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7月・国立劇場公演に備えて、「雅楽」の基礎を予習してみました ~寺の梵鐘の音の調子の話や「徒然草」の逸話を知って、「時代」の理解には、音楽も含めた広範な知識が必要と改めて感じました。

 息子から、「3L」の大きなビワが送られて来ました。
 私の好物と知ってから、ここ数年、5月始めには温室物、6月には露地物、と、2度送ってくれます。
 それまで、大好物ながら、自分では買わず、周囲も気に止めなくて、我家の庭のビワの木にも実がならず、ほとんど食べませんでした。晩年にこんなに食べられるとは。死んでも、位牌に供えてくれ、と言っています。

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 さて、今日は、楽器の琵琶(びわ)の話もします。
 7月に国立劇場で、午前中「大人のための声明入門」、午後「大人のための雅楽入門}があります。
 午前と午後の間に2時間ほどあるので、お隣の「ホテル・グランドアーク半蔵門」で、「松花堂弁当」を予約して、食べるのが楽しみですが、それは兎も角、本題の予習を始めました。

 書斎から取り出して来たのは、一度は読んだ、
東儀秀樹 『雅楽ー僕の好奇心』(集英社新書)
です。
 (なお、誤植があります。この時点で第4刷ですが、「篳篥(ひちりき)は、いとかしがましく、秋の虫をいはば、轡虫(くつわむし)などの心ちして、うたて、け近くきままほしからず。」は、清少納言「枕草子」の、218段では無くて、204段です。)

 もう一冊、
笹本武志 『はじめての雅楽 笙・篳篥・龍笛を吹いてみよう』(東京堂出版)
CD付きです。こんな高価な本、買っていたんだ・・。

 前者は、2割くらいある、著者の自慢話がやや鼻につきますが、雅楽の説明は、詳細で役にたちます。
 ここで、「徒然草」などが引用されていましたので、
新潮日本古典文学集成『徒然草』(新潮社)
も座右に置きました。219,220段に、大徳寺や神護寺の寺の鐘が、「五行説」の影響でしょうか、雅楽の「調子」に調製されているなどの話があったからです。

 手取り早く、その段の要約を知りたいと、
橋本治 『絵本 徒然草 上・下』(河出書房新社)
を繰ってみましたが、219、220段は、省略されていました。雅楽は、専門的な話になりますものね。で、仕方なく、原文で読んでいきましたので、後述しておきます。
 一応、基礎知識がついて後に読むと、219段は、「楽器を責めず自分の腕を責めよ」的な、なかなか合築のある話です。

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映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』を観ました ~「図書館は本・・」では無い。そのことを、約50の、高度で、貴重、新鮮な実践活動を4時間近くの映像で観ることが出来ました。「凄い !」の一語につきます。

5月28日(火)10時10分から、神保町・岩波ホールで、

映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

を観ました。

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 朝9時に劇場に着き、3番目でした。この日(回)は、ほぼ満席です。
 この劇場は、定員200名ほどなので、最良席は、最前列です。見上げるようにはなりません。上映時間は、3時間40分
 《エクス・リブリス》(ex libris)とは、《蔵書票》のことです。

 名匠、フレデリック・ワイズマン監督の〈ドキュメンタリー〉作品ですが、いわゆる、普通に想像するような、映像に解説が付くような形式ではありません。
 解説などは一切入らず、図書館で行われる講演、研究会、会議・ディスカッション、各種イベント、それに勿論、司書や図書館バックヤードの仕事などをじっくり映していきます。 どれも内容は、可成り水準の高い議論などですので、観るにはそれなりの覚悟が必要です。

 私が、特に、印象に残ったのは・・、
「読書会」での、ガルシア・マルケスの「コレラの時代の愛」についての参加者の議論です。聞いていて興味が沸き、一度読んでみようと思いました。

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『クリムト展』を観賞しました ~ かつては埋もれていて、後世になるほど人気が出たクリムト。さすが、《ベートーベン・フリーズ》の全面を観られたのは、感動しました。でも、どうして、この全面図版のグッズが、1点、直輸入品の小さな説明紙片しか無いのでしょうか、残念です。

 5月24日(金)に、東京都美術館で、

『クリムト展』

を妻と鑑賞しました。

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 まずは例の通り、新橋の第一ホテルで、ランチ・バイキングを済ませてから、上野に向かいました。バイキング、ブッフェは、食物が置かれた〈場所勘〉に慣れているのがポイントです。

 さて、グスタフ・クリムト(1862-1918)については、すでに、このブログ(2019・1・4付け)で、詳細に〈予習〉しています。

 そこには書かなかったのですが、クリムトの生年には、ロンドンとパリで印象派に大きな影響を与えた日本版画(クレポンジャポネ)展が開催されています。
 クリムトにも影響が皆無では無く、今回の展示にもそれが仄めかされています。
「近代絵画のドアを開けるべく鍵を入れたのはマネ、その鍵は日本版画」と言われるほどです。
 日本版画は、技法的な面だけでなく、反官営芸術のデモクラティックな面への共感もあったでしょう。そういうアンチ・アカデミズム時代の、クリムト、と片隅に置いて絵を観て行きましょう。

 また、一方で、クリムトは、かつて、美術史の書籍などでは、あまり取り上げられておらず、近時、人気が出て来ました。そのことについての批判もあります。
 そのあたりの理由を記事にしたものが無いか、ネットでも探しましたが、ありませんでした。私の、持っている図書から、最後に、少し触れることにしましょう。

 なお、余談ながら、28歳で早世し、クリムトを慕っていた画家、エゴン・シーレ(1890-1918)との、交流を描いた、
ドキュメンタリー映画「クリムトとエゴン・シーレ、ウイーン黄金時代」(監督・ミシェル・マリー)
が、6月に、公開されるのは楽しみです。

 この展覧会のポスターは、《ユディットⅠ》(1901)。
 額に〈ユディットとホロフェルネス〉とあるにもかかわらず、〈サロメ〉と呼ばれて来ました。
 自ら手を下して殺し、切り落としたホロフェルネスの首はほとんど画面の右下外で、性の欲望を顕示するファム・メタルつまり〈宿命の女〉として描かれています。
 それも、欲望に引きずられて男を殺した能動的な女では無く、官能に負けた女、得体の知れない「威嚇する存在」です。
 ファム・メタル、威嚇する存在は、後述する《ベートーベン・フリーズ》と同じように、女性の役割の変化による不安、男の自我の危機が下地にあると言われます。これをクリムトは、アレゴリーの世界に押し込めました。

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 今回の目玉作品は、当然、複製画ですが、全面の《ベートーベン・フリーズ》。

 1902年の漆喰塗りの作品を、1970年にオーストラリア政府が買い上げて修復し、同時に複製も創られました。複製は1984年ヴェネツアで公開され、修復されたオリジナル版は1986年初公開されました。
 今回の展覧会でも、一部屋が本作品に当てられています。

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 5月、国立劇場・文楽公演「通し狂言 妹背山婦女庭訓」 ~熱演、 顔全体が口になったような表情の〈山〉の豊竹藤太夫。〈太宰館〉の豊竹靖太夫も大熱演が光ります。さて、次は、いつ観られるか、歴史的な舞台。85歳、吉田簑助の〈雛鳥〉を目に焼き付けました。

 5月19日(日)、20日(月)の二日間、東京・国立劇場で、文楽、

通し狂言 妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」

を鑑賞しました。
 きょうは、余談も長くなりますが、文楽初心者のために、いろいろ、書かせてください。

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 今回は、「大序」が復活上演。また、三段目「山」と二段目の入れ替えも無く、台本どおりの上演です。
 本作の《通し》公演は、平成22年に、大阪・国立文楽劇場まで行った覚えがあります。
 その時の公演は、営業的な配慮からか、公演時間を各部均一にしたいのか、イレギュラーで、3段目を第一部に持ってきて、2段目を第二部にしていました。
 余談ながら、この平成22年公演鑑賞は、ブログを始めて2か月目くらいでした。したがって、その感想はまだ未熟でした。

 其れにつけても、〈通し〉で、吉田簑助(85歳)の〈雛鳥〉を観られた貴重な公演でした。少しの間なのに、相変わらず、どうして、簑助の人形は、こんなに美しく、素晴らしいのでしょうか。

 私は、近時、文楽公演が《みどり》公演ばかりなのを嫌って、しばらくご無沙汰していました。
 《みどり》(「よりどりみどり」! )、つまり、仕込みなく、いきなり山場を見せ、したがって、筋も人物の成り行きも飛ばして、一日に何狂言も公演することです。
 歴史的には、松竹が1930年(昭和5年)に文楽座新ビル落成を期に、公演時間を午後3時から午後10時までに改めて、一幕寄せの「見どり」公演を始めたことに淵源があります。 なお、文楽が、松竹経営に移ったのは、1909年(明治42年)です。

 少しご無沙汰している間に、織太夫、玉助、藤太夫とか、襲名があり、また、世代交代も随分進みました。
 皮肉ではありませんが、変わっていないのは観客で、相変わらず、単に、人形の出が、有名遣い手だと、大きな拍手しています。それで、太夫を〈邪魔〉しているくせに、逆に、今回もありましたが(靖太夫・「太宰館」)、太夫の〈大笑い〉の技巧などには拍手なし。変わっていません。

 今回は、もう、通しを一日で観る体力が失せたので、久しぶりに、劇場隣の、〈ホテルグランドアーク半蔵門〉に泊まって、二日かけて(一日目は二部、二日目は一部)、ゆっくり、じっくり鑑賞しました。
 余談ですが、このホテルのレストランの〈松花堂弁当〉(要予約)は、お薦めです。

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 さて、世代交代が、思ったよりも順調に進んでいます。
 私の好きな、竹本織太夫と豊竹呂勢太夫は、もう、屋台骨の感じ(美声で、声が若い、というのは、まだ、如何ともし難いですが。)ですし、今回、文字久太夫改め豊竹藤(とう)太夫豊竹靖太夫は、二部〈山〉と一部〈太宰館〉での、「大熱演」が光りました。この二人の熱演には、心底引き込まれてしまいました。
 これだけでも、今回の収穫です。

 余談ですが、靖太夫は、〈床本〉を、一応、形は頁を繰ってはいるのですが、ほとんど、見てはいません。まるで、自分で演じているが如き熱演でした。
 まあ、ベテラン太夫は、皆、同じように頭に入っていて、そんなこと珍しくは無いのでしょうが、これほどの名〈演技 ?!〉をされると、もう、圧倒されてしまいます。

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梓澤要「方丈の孤月 ー鴨長明伝ー」 ~少し、鴨長明のイメージが変わってしまいました。 「方丈記」を基に、多くの歴史事実を加えて、鴨長明の一生と人物を鮮明に浮き上がらせます。〈無常〉観の歌人よりも、ひねくれた偏屈者、の性癖に焦点があたっていて新鮮ではあります。

 「わが人生で一番の楽しみは、のんびりと肘枕でうたた寝して、自由の境地を味わう以外に無い」、
 ・・漱石晩年の信条、「則天去私」を彷彿させます。また、
 「気のむくまま、のんきに好きなように日々を過ごしてさえいれば、人間、最低限の邪念しかわいてこない」・・、と言う、
鴨長明 (かものながあきら・1155-1216)。
 もっとも、大原隠棲(50歳)の時は、早々に「飽きて」しまったようですが・・。

 「・・行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず・・」で、有名な『方丈記』の作者です。
 今回読んだのは、

梓澤要「方丈の孤月 ー鴨長明伝ー」(新潮社)

です。

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 梓澤要(1953-)の小説は、これまでに「荒法師運慶」(本ブログ・2017/8/28)、「遊部」(本ブログ・2018/8/9)、「画狂其一」(本ブログ・2018/2/25)、「万葉恋づくし」(本ブログ・2018/3/13)を読んでいます。

 今まで、鴨長明の人間像については、隠棲してはいても、情報収集に長けていて、行動力もある人物と考えていましたが、本書で、後述するイメージに変わってしまいました。

 ところで、本書、些細ですが、肝心なところで、誤植があります。
 鴨長明が自ら詠み、好む和歌、「石川のせみの小川の清ければ月も流れをたづねてぞすむ」〈石川のせみの小川は水が清いので、月もこの流れをわざわざ探し求めて宿り、澄みきった月影を映している〉の、「石川」が「石川」となっています(3月20日初版)。
 「せみの小川」は、鴨川の古名で、鴨長明の下賀茂神社(賀茂御祖神社・かもみおやじんじゃ)に縁があります。「せみ」は、「澄む」と「住む」がかけられています。

 さて、私は、本書を読む前に、『方丈記』を、さっと読了しましたが・・、

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国立博物館(上野)で「特別展 国宝 東寺ー空海と仏像曼荼羅」展を鑑賞しました ~時を忘れる、ということを経験した、圧巻の110点の彫刻、曼荼羅図、法具などでした。「特別展 美を紡ぐ 日本美術の名品ー雪舟、永徳から光琳、北斎まで」も鑑賞しました。

 5月14日(火)、雨が降りそうなので、9時に家を出て、上野の国立博物館(上野)で、

「特別展 国宝 東寺ー空海と仏像曼荼羅展」

を鑑賞しました。

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 特に、第四章の部屋では、約20体の仏像彫刻に、時がたつのを忘れて、あちら、こちら、と何度も観ました。お寺と違って、フロアに置いてありますから、横からも、後ろからも観られます。
 奥の荘厳な、如来像も良いですが、さすが、明王像は迫力があります。菩薩像・・後で、違いをご説明しますが・・も、修行中の特色が面白い。
 唯一、《写真可》の「帝釈天騎象像」の前では、人だかり。でも、近寄れない混みようではありません。

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 「両界曼荼羅」・・これも後でご説明します・・も、相当、予習した甲斐あって、ポイントをよく観られました。
 3時間近くいたでしょうか、その後、昼食抜きで、別会場・別料金の、

「特別展 美を紡ぐ 日本美術の名品ー雪舟、永徳から光琳、北斎まで」

も観ました。

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 これが、また凄い。
狩野永徳(1543-90)「唐獅子図屏風」(左は、狩野常信)や「檜(ひのき)図屏風」(1590)、
雪舟「秋冬山水図」、
長沢芦雪「花鳥遊魚図巻」(「奇想の画家」の一人です。)、
さらには、
藤原定家筆「更級日記」写本(原本は、失われています)
といった、まるで、教科書か美術書でも観ているように、「超」有名作が目白押し。こちらは、2時間近くいました。

 この日は、「日本庭園」も公開されていたので、欲張って、そちらも散歩したら、おなかが減ってクラクラしてきました。
 間にレストランに行ったのですが、満員であきらめたのです。

 ところで、先にお話ししますが、日~月曜日は、5月国立劇場「通し狂言 妹背山婦女庭訓」に参ります。〈通し〉(10時30分~21時)公演なので、隣のホテルに泊まって、2日に分けて鑑賞に参ります。

 (以下、少し詳しく書きますので、「続きを読む」をクリックして、時間をかけてお読みください。必ず、鑑賞のご参考になると思います。)

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埼玉県立近代美術館で、異色の「ブラジル先住民の椅子」展と、「所蔵コレクション展」で、ルノワール「三人の浴女」などを鑑賞しました。動物の椅子は、目を見ていると、話しかけて来そうです。

 前回アップした、小説「落花」について、新聞批評がありました。
 朝日新聞12日(日)付け、「エンタメ地図 おすすめの3冊」という書評頁です。
 ここで、文芸評論家・末國善己氏は、この小説に、「戦争を抑止したり、終結させたりするために、文化には何ができるのかを問う」テーマを指摘されています。
 ウーン、そこまで気づかなかった。
 オペラや文楽のブログ感想は、後の新聞批評とほぼ一致した指摘をしているつもりですが、美術や文芸は、なかなか難しい。

 さて、その声明の小説、「落花」を読んだので、早速、国立劇場・7月の、「大人のための声明入門」と「大人のための雅楽入門」の切符を買いました。
 いずれも、開演前に「体験」コーナーに参加できます。
 発売初日すぐにネットに繋がりましたが、売れが早く、3列目と8列目と相成りました。特殊な催しの様に思いますが、結構、人気があるんですねえ・・。
 これに備えて、いま、東洋音楽叢書(6)『仏教音楽』(音楽之友社)
も、ゆっくり精読中です。610頁で、いささか骨が折れます。

 このところ、鴨長明の伝記、梓澤要の「方丈の弧月」を読んでいます。これも、次回くらいにアップできると思いますが、「方丈記」から得るイメージとかなり違った人物像です。

 さて、埼玉県立近代美術館(2階展示室)で、ちょっと変わった、
ブラジル先住民の椅子」展
を観てきました。

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 同時開催の、「所蔵コレクション展」(1階展示室)に、オーギュスト・ルノワール(1841-1919)最晩年の作品「三人の浴女」(1917-19)も出ているというので期待しました。

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澤田瞳子 『落花』 ~《平将門の乱》での僧・寛朝の「朝敵調伏祈願」の史実を元に、多くの細かい史実・伝説のパーツを遣って、壮大な物語を組み立てた重厚な作品です。

 まずは、このブログのアクセス数が、5月4日22時前後に、18万を超えたことをご報告し、愛読していただいている皆様にお礼申し上げます。何卒、これからもよろしくお願い申し上げます。

 ところで、千葉にある成田山新勝寺・・歌舞伎・市川宗家「成田屋!」で有名・・は、本作の主人公・寛朝(かんちょう。916-998)が、本作でも主題の一つである、平将門の乱のおり、朱雀天皇(61代)の密命を受け(939)、京・神護寺の不動明王像(空海・作)を奉じて、関東下向しました(940)。

 その霊験あってか、将門の額に、寒の戻りの逆風に乗った矢が命中。乱は鎮圧されました。寛朝が、帰京しようとしますが、不動明王が動こうとせず、成田山新勝寺を開山しました。
 成田山「新勝寺」の《新》は、将門が名乗った《新皇》、に《勝》ったからとか。
・・という史実を土台に、全く新しく物語を構想し、小説化したのが、

澤田瞳子 『落花』(中央公論新社)

です。

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 小説では・・、
 寛朝が、将門調伏のために関東下向したのでは無く、師を探し、梵唄(ぼんばい)修業するために関東下向という筋になっています。
 それでも、一時、将門の「(戦の)至誠の声」にうたれます。
 つまり、寛朝は、梵唄、特に、真言声明(しょうみょう)の第一人者だったところを物語の大筋としたわけです。
 なお、分かりやすく言うと、《声明》とは、仏教儀式の〈法会〉の時に(従って、御詠歌や巡礼歌が除かれます。)、僧侶が、経典に節を付けたように唄う仏教音楽(声楽)です。
 信徒を精神的境地に誘導、教化していこうとするものです。

 余談ですが、近年の僧侶が、宗教的信念も無く、布施を得る渡世の方便に、事務的に、聞く人に何の感銘も与えない、空虚な読経することへの強い批判が仏教界にもあります(参照:『仏教音楽』(音楽之友社)中、片岡義道氏「解題」)。
 因みに、寛朝の真言声明(天台声明もあります。)は、仁和寺を中心に「進流」(一方は「新義派」)として大きく勢力を伸ばしましたが、他の流派もそうですが江戸期に衰退しています(前掲書)。

 著者・澤田瞳子(1977-)は、さすが、同志社大学文学研究科博士課程で、奈良仏教史を学んでいるだけあって、これまで読んだ、「若冲」(本ブログ・2016/5/9)、「火定」(本ブログ・2018/7/26)、「龍華記」(本ブログ・2018/10/25)と、いずれも重厚な作品が続いています。

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《令和》・初日は、「鋸山」のハイキングをしました ~連休の渋滞、雨を避けられて、かつ、膝に痛みも無く、息子に案内されて、妻と久しぶりの〈ハイキング〉を楽しみました。

 「たまには、体を動かしたほうが良い・・」、と言う息子の勧めで、妻共々、ハイキングに行って来ました(写真中央が私、左が息子。)

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 場所は、息子が好きだという、千葉県富津市金谷にある「鋸山(のこぎりやま)」です。
 《平成》最後の、30日(火)に、妻と、千葉-海浜幕張に入って、どうにか予約できた《ホテルフランクス》に一泊。
 余談ですが、このホテルのバー風のブッフェ《スリービーラウウジ》は、洒落ていました。フリ-・ドリンクで、種類が豊富です。部屋の周囲には、ハンド・メイドの書籍が並んでいます。

 《令和》になった、1日(水)、8時に、息子が手配した〈シェアカー〉(へえ、レンタカーじゃなくて、こんなのがあるんだ)で、ホテルにお迎え。南房総に向かいました。雨もやんでいます。

 渋滞無く、高速を1時間ほどで、到着。駐車場もまだ余裕がありました(因みに、帰り時は、「満車」で、待ちの長蛇の列になっていました。「夜までに入れるの ?」 と思ってしまうほどの、行列でした。)。
 まずは、並ばずに、スイスCWA社ゴンドラの〈ロープウエー〉で、山の中腹「十州展望台」に。展望台で保田海岸などのパノラマで、絶景です。

 さっそく20分ほど歩いて、山頂展望台〈地獄のぞき〉。

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いよいよ、それから、3時間ほどハイキング
 大半が石の階段と、雨でやや泥濘んだ登山道。木の根っこが滑り易い。

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「ギュスターヴ・モロー」展 ~〈サロメ〉やギリシャ神話絵画の〈色彩の衝撃〉と、二人の女性たちへのあたたかい眼差しに感動しました。

 《平成》の世も、大詰めと相成りました。

 まずは、10月の、神奈川県民ホールのオペラ「カルメン」の最前列席をゲット。その日は、鑑賞後、ホテルで寛ごうと、お隣のホテルエドモント横浜も予約しました。現役の昔から、一段落後は、ホテルで一人になって休むのが好きなんです。
 もう一つ。澤田瞳子『落花』を読み始めました。そこに、〈梵唄(ぼんばい〉、つまり、〈声明〉(経典の読誦(どくじゅ)法)のことがさかんに出てきます。
 で、国立劇場で、7月に〈声明〉の公演があるので、チケットを買うことにしました。

 さて、4月25日(木)、雨の合間をぬって、妻と《パナソニック 汐留美術館》で行われている、

「ギュスターヴ・モロー」展

を鑑賞してきました。

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 因みに、この美術館は、ギュスターヴ・モロー(1826-1898・72歳)の教え子であった、ジョルジュ・ルオー(1871-1958)の作品を蒐集しています。
 ルオーは、《ギュスターヴ・モロー美術館》の初代館長も1903年から勤めました。

 この日、まずは、行きつけの《新橋第一ホテル》のランチ・バイキングで腹ごしらえしてから、パナソニックビル4階にある《パナソニック 汐留美術館》に行きました。
 ポスターは、ギュスターヴ・モロー晩年の「一角獣」(1885)、つまり、けがれなき女性にしかなつかないユニコーンです。
(ユニコーンについては、このブログ、2019年2月20日の記事をご参照ください。)

 美術館に到着して、まずは、広いロビーで、映像「ギュスターヴ・モロー美術館」(制作・NHKエデュケーショナル)を観てから、入館しました。

 本展は、フランスの、
《ギュスターヴ・モロー美術館》(パリ9区、ピカール広場から、約500mのラ・ロッシュフーコー通り14番地にあり、26歳から死ぬ72歳まで住んだ、石造り4階建てのモローの元邸宅で、油彩850点、水彩350点、デッサンなど7,000点が展示されています。)
の協力を得た展覧会なので、美術書でよく観られる主要な作品は。ほぼ展示されているのが、素晴らしい。

 作品を観ていくと、神話からの幻想世界を描いた作品が大半ですが、やはり、同時期にエドヴァール・マネ「草上の昼食」(1863)らのパティニヨール派~印象派の画家も出た頃で、一昔前の歴史画(物語画)とは違うのは一目で印象づけられます。

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鴻巣友季子『謎解き「風と共に去りぬ」』 ~大当たり ! めっぽう面白く、有益な〈テキスト分析〉です。

 参考に・・、と読み出したら、これが、めっぽう面白く途中で止められません。それは、

鴻巣友季子『謎解き「風と共に去りぬ」矛盾と葛藤にみちた世界文学』(新潮選書)

です。

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 私は、「風と共に去りぬ」(Gone with the Wind / 以下、GWTWと略します。)を、2015年4月から、数か月間隔で、順次、全6巻が出版されて行った、荒このみ・新訳の岩波文庫で読んでいきました。
 ところが、あまりにも面白くて、最終の第6巻が待ちきれず、50章から63章は、これも新訳で、一足早く出版されていた、新潮文庫の鴻巣友季子訳で読んでしまいました。この訳者は、本書の著者です。

 なぜ、そんなに面白かったのか・・。
 本書でも書かれているように、「共感できないヒロイン」に、いつの間にか共感していたこともありますし、何よりも、ストリー展開の面白さ、物語のトーンの卓抜な切り替え、善悪の一方には流れない筋、それに、随所にある、例えばシリアスなシーンで急にずっこけさせる筆致・・全くもって見事なものです。
 どうして、もっと早く読まなかったのかと、この時、後悔しました。

 それは、多分、映画のGWTW(1940年封切)から、大河恋愛小説、通俗的大衆小説と思っていたからでしょう。

 小説GWTWを読み終えた後、このブログに書いた感想(2016年1月24日付)を読み返してみますと、これは大河恋愛小説なんかでは無い、それに、「主役」スカーレット・オハラを、メラニー・ハミルトンが食った感じ、小説はアメリカの影が描かれている、などと書いています。
 本書を読むと、その感想は、まずはアタリで、一安心しました。

 さて、本書では、私も感じた上記の様なことを、もっと広く、深く、根拠を述べて書いています。面白く読める訳です。

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《アップルファーム わたせせいぞうギャラリー》を訪ねました。豪徳寺と世田谷八幡宮もお参りして、すっかり日焼けしました。

 このところ、展覧会に行くのに備えて、『ギュスターヴ・モローの世界』(新人物往来社)や、再び、大きく重い、ゴットフリート・フリードル『クリムト』(ベネディクト・タッシェン出版)、それに、鴻巣友季子『謎とき「風と共に去りぬ」』(新潮社)を読んでいましたが、妻が、わたせせいぞうギャラリーに行きたいと言うので、腰を上げました。

 小田急・成城学園前から徒歩で5分もかからない場所にある、
わたせ せいぞう(1945-)さんの

《アップルファーム わたせせいぞうギャラリー》(世田谷区成城5-2-15)

に行きました。
 個人の住居を訪問する感じで、靴を脱いで部屋に入ると、狭い部屋に作品がぎっしり展示してあります。

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ちょうど、第97回企画展
「虹色のHappy Time」展(3月26日~6月23日)
が開催中です。
 余談ですが、ほんの少し前に、小澤征爾さんの邸宅があります。

 一通り鑑賞後、帰りには、書物
『あの頃ボクらは若かった』(毎日新聞出版・2018出版)
を買いました。

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 そう言えば、1968年のザ・スパイダースに「あの時君は若かった」という曲がありましたっけ。
 本に、1964年代-95年代〈極私的クロニクル〉と書かれています。ちょうど、71歳の私とほぼ同年代ですね。
(欲を言えば、ここで販売しているのですから、サイン入りにして欲しかった。)
 
 見学後、行きに通過した、小さなイタリアンのお店、
《TRATTORIA成城》(成城5-1-23)
で、ランチ〈ゆっくりコース〉(2,000円)を食べました。
 周囲は、皆、元気いっぱいのママ友グループばかり。
 トラットリアとは、一般的に、リストランテと違って、オステリア(居酒屋風)、バール(喫茶風)とやや似た、家庭的なレストランのことです。

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「ラファエル前派の軌跡」展 ~ターナー、バーン・ジョーンズ、ロセッティなど、自然でわかりやすい絵画を堪能しました。ラスキンの「現代絵画論」も見られました。

 前回お話ししたように、丸の内・三菱一号美術館で、13日(土)朝10時から、

「ラファエル前派の軌跡」展

を鑑賞してきました。
 ポスターは、後述する、ロセッティの「魔性のヴィーナス」(1863-68頃)。

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 盛期ルネサンスの画家・ラファエロ・サンティ(1483-1520)については、ルネサンス様式の完成者として知っていますが、ラファエロ「前派」とは何 ? 
 ラファエロ(因みにこれは英語読みで、伊語読みではラファエル)「前」とは、ラファエロを含んだ「前」、それとも、1483年よりも前 ?、それとも、37歳で死にましたが、初作品の1501年よりも前 ?、「派」って何・・?。

 「前」は、当然、それを含みません。含んだ時は「以前」です。法律用語でもそうですね。
 さきほど、「ルネサンス様式の完成者」と言いましたが、それで、レノルズが、1769年に開校した英国ロイヤル・アカデミー付属美術学校は、ずっとラファエロを中心にした古典重視の絵画教育をしていました。

 それに、1848年、反旗を翻したグループというか、秘密結社のような団体が、「ラファエル前派兄弟団」(「P.R.B」《Pre Raphaelite Brotherhood》とサインしました。)の7人です。つまり、ラファエロより前の初期ルネサンス絵画に戻ろう、という理念を掲げていました。
 その理念は、「人間を主役にする」あるいは「自然に忠実な絵画製作」、神の創造物である完全な自然をありのまま表現する、とも言いましょうか。また、細密な人物描写や遠近法を使った均整のとれた美よりも、純粋・素朴な精神性、道徳性を重んじているとも言えましょうか。

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日生劇場「音楽レクヤー・オペラとメルヒェン」 ~ ドイツ人の家庭第一主義を知ることによって、オペラ「ヘンゼルとグレーテル」を芯から良く理解できました。質疑で、多くの音楽談義も聞けました。

 4月13日(土)。午前中は、丸の内の《三菱一号館美術館》で、《ラファエル前派の軌跡展》を観て、久しぶりの《レバンテ》・・数十年前、移転前の店によく行きました・・でランチ後、14時から《日生劇場》の6月オペラ、《ヘンゼルとグレーテル》関連企画の

「音楽レクヤー・オペラとメルヒェン」

を、日生劇場7階会議室で聴講しました。
 なお、ラファエル前派美術展の感想は、後日アップする予定です。
 この日の講演は、
西洋音楽史・岡田暁生
指揮者・角田鋼亮
のお二人。角田さんがピアノを弾いての解説が沢山入ります。

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 さて、エンゲルベルト・フンパーディンク(1852-1921)の
3幕のメルヒェン劇「ヘンゼルとグレーテル」(1893・12・23初演)
を理解する〈切り口〉は、この日、2つでした。

 一つは、ドイツの家庭です。
 兎に角、ドイツ人は、特に、大半を占めるキリスト教プロテスタントは、家庭を大事にする、家族第一主義です。それは、聖なる家族、と言っても良いほど。
 ほのぼのとした家庭で、お母さんが暖炉で焼くクッキーをミルクで食べるのが、あたたかい〈おうち〉のシンボルです。
 イタリアやフランスのように、リキュールの入ったケーキなど論外です。
 クリスマスには、みんなプレゼントを買いに行き、「ヘンゼルとグレーテル」のオペラは、日本の《第九》のように公演されます。
・・オペラ「ヘンゼルとグレーテル」(以後、ヘングレと約します。)は、このような土壌で育ちました。《お菓子の小さな家》などと言う発想は、ドイツだから成立しました。

 アヴァンチュールやリキュールの香りのするイタリアなどでは、無理。
 第一、イタリアオペラで、ドイツ人歌手が、このような〈あたたかいおうち〉ムードを持ち込んで、オペラが台無しになることさえあります。
 ショパンに、もし、〈あたたかいおうち〉の匂いがしては台無しなのと同じです。

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橋本治『ひらがな日本美術史 (7)』 ~いよいよ期待膨らむ最終巻 !  第7巻は、すでに豊かに達成している日本絵画をどのように再び完成すれば良いか(これが重要)に悩む、明治・大正・昭和の画家たちを描き、全巻に係る作者の主張が出た魅力ある最終巻でした。

 寒い桜雪の話題が聞かれますが、こうなると気億劫で、「・・別に用事も無いのに外に行かなっくても・・」と、例によって書斎に籠もります。
 今、鴨長明「方丈記」を読んでいます。梓澤要「方丈の弧月 鴨長明伝」を読む予習の意味です。小説を読むために古典をひもとくのは、逆のようですが、梓澤要の作品は、手強いので・・。
 あと、「ラファエル前派兄弟団」と「ギュスターブ・モロー」の美術展に行くので、これも、予習しています。前者は、明日、日生劇場の講演会の前に寄るつもりです。

 さて、本題です・・・、

 きょうの、この書は、話が、あっちに行ったり、こっちに行ったりして、また、平気で「へた」とか、「優れたものとは思わない」、「意外とどうってことのない作品」などと言う感想が述べられていて、びっくりすると言うか、魅力の一つでもあります。

橋本治『ひらがな日本美術史 (7)』(新潮社)

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 この巻は、既に既刊を通して感じて来たように、日本絵画は、既に、近代以前に豊かに達成されている、写生だってきちんと出来ている、だから、(ここが重要です。)一度完成したものを、どうやって再び完成して行くか・・が主な問題意識、テーマになっています。
 通論で、平板に、7巻まで、良い絵を紹介・説明して来ているのでは無いことを、改めて気づき、確認しておく必要があります。
 したがって、この巻も、横山大観、岡倉天心、菱田春草など、〈尋常〉な大家は、登場しません。

 ですから、例えば、35歳で死んだ、今村紫紅(しこう。本名・寿三郎。1880・M13-1916・T5)の「熱国之巻」(1914・T3)、その20メートルに及ぶ日本画の絵巻物の記述には熱い感慨の様なものが感じられます。

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《連続テレビ小説「なつぞら」》を観て、〈戦災孤児〉を書いた、石井光太『浮浪児1945』を再紹介します。

 ほとんどテレビを観ないのですが・・、
たまたま、新聞の紹介欄で、《NHK連続テレビ小説「なつぞら」》の、草刈正雄が、主人公・なつに教える「生きるすべ」のセリフが感動的だ、と紹介されていたことと、舞台の北海道十勝・新得町に、夏に長期滞在したことがあって、さっそくテレビを観ましたら(焼きが回った・・。)、主人公・奥原なつ役の子役(栗野咲莉。成長後は、広瀬すずが演じます。)とタイトルバックのアニメ(監修・舘野仁美)の可愛さに魅せられて、すっかり、毎日観る羽目になりました。

 で、主人公なつは、終戦後の〈戦災孤児〉で、ゆえあって、十勝の牧場に引き取られる設定で、当時の戦災孤児のことが描かれます。
 実は、このブログの、2014・9・16付けで、戦災孤児・浮浪児の事を書いたルポルタージュを紹介しています。
あまりに悲惨で、当時、ほとんど感想を書いていないと言うか、書けなかったのですが、この際、改めて、再度、ご紹介しておきます。
 そう言えば、近時、新潮文庫でも発売したようです。

石井光太『浮浪児1945ー戦争が生んだ子供たち』(新潮社)

です。

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 「1945年」とありますが、余談ながら、私は、1947年生まれ。もう、父母ともいませんが、大変な時代に育ててくれたんだ・・・。

 本題です。本書は、終戦直後、12万人以上いたとされる〈戦災孤児〉を、5年間かけて、百人近くに、インタビューして廻った労作です。
 上野の闇市、次々死んでいく幼い子ども、ナンとか生きようとするやや大きい子ども、また、いわゆる〈浄化作戦〉・・テレビ小説でも8日に出てきました・・、孤児院、悲惨な孤児院からの脱走、流浪・・、悲惨さが胸を打ち、またも、・・とても、書いていられません。

 テレビドラマは、日本のアニメ誕生の背後に戦争の悲惨があったこと、戦争で子どもたちが一番の犠牲者となること、その戦争で傷ついた子ども達を励まそうという意図が戦後アニメーションにあったことから、ヒロインの設定を戦災孤児にしたようですが、実際のモデルは、アニメーターの奥山玲子(1936-2007)さんだとか。
 テレビアニメの「ひみつのアッコちゃん」、「魔法使いサリー」の作画監督です。夫の小田部羊一さんがアニメーション時代考証に当たっています。

 と、言う訳で、このドラマは、ずっと観そうです。
 ところで、今、今週末にある、日生劇場のオペラ関連企画の講演会に備えて、そのテーマである、オペラ「ヘンゼルとグレーテル」のCDを2種類聴いています。このヘンゼルとグレーテルの生活も、極貧で、食うや食わずですが、そこはオペラで、明るくしていますが。★

5月の国立劇場、「妹背山婦女庭訓」のチケットを買えました !! 嬉しくって、記事にしちゃいました。

 5月の国立劇場(東京)は、「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」の《通し》です。

 通しは、平成22年に、大阪・国立文楽劇場まで行って観た覚えがあります。ブログを始めて2か月目くらいでしたっけ。したがって、感想もまだ短い。

 今日、10時から、《あぜくら会》(国立劇場会員)チケット先行発売があり、第一部、第二部ともに、7列目・上手ブロックの最良席を買うことができました。ダメかと思ったのですが・・。
 10分前から、もうネットに繋がらなかったのですが、10時8分頃、繋がりました。一瞬、慌てました。
 買えた20分後、再び画面を出してみると、もう、ほとんど売れていて、私の買った日の第二部は、後ろのほうに、残り17席だけでした。(これじゃ、一般発売に買えるわけはありませんワ)

 久しぶりの〈通し〉。文楽は、壮大な叙事詩で、《端場》(登場人物や場所を説明)の本分も守って、約10時間かける重要性がそこにあります。

 今回は、久しぶりに、劇場隣の、〈ホテルグランドアーク半蔵門〉も、既に予約してあって、二日かけて(一日目は二部、二日目は一部)、ゆっくり鑑賞する予定です。

 今回、妹山背山の段の、定高(さだか)は、呂勢太夫(人形:和生)、大判事は、千歳太夫(人形:玉男)のようですね。

 22年は、営業上の理由からか、イレギュラーに、3段目を一部に持ってきて、2段目を二部にしていました。今回は、順番どおりで、3段目は二部になり、結構です。
 因みに、平成22年は、定高は、綱大夫、大判事は、住大夫だったんですね~。吉野川の桜に、悲嘆の極みの旋律大落し・・。ああ、楽しみです。★

橋本治『ひらがな日本美術史 (4)・(6)』 ~5巻 に続いて、熱中して読んでしまいました。例えば、浮世絵の登場から発展が実に身につき、理解できます。

 まずは、新元号「令和」の出典が、万葉集からと言うので、手元にある「新潮日本古典集成 万葉集」を繰ってみました。
ありました。第2巻、61頁。「天平2年正月13日、師の老の邸宅に集まって宴をくりひろげた」とあり、「この序は、王羲之の「蘭亭集序」や初唐の詩序などの構成・語句に学ぶところが多い。」と注釈にあります。
 これから、ここを起点に万葉集をきちんと読んでいこうかな、と思いました。

 さて、「絵画は、前提無しで、丸ごと受け止めて鑑賞するのがコツ」・・とよく言われるのも、一理はあるでしょうが、やはり、知識があったほうが、格段に理解が深まります。
 特に、日本画は、仏教的・説明的なものも多いですし、描き方も、筆で〈線画〉(輪郭線)を描く一次元作業・・ですから「絵手本」が重視されました・・の次に、職人が手がける〈彩色〉の二次元作業がある、一方、これを同時にする(線である墨の黒に水をつけて面にする。)水墨画・・、といった日本画独特の知識があれば、鑑賞視点も、また、違ってくるでしょう。

 ・・と、言いながら、本書4巻の俵屋宗達(「絵屋」の主人でした。)の絵、「田家早春図」、「牛図」、「雲龍図屏風」などは、理屈抜きで、説明と言うものを越えていますが。「白象図杉戸」もそうでしょう。
 尾形光琳(こちらの生家は、京都の呉服商「雁金屋」でした。)の「燕子花(かきつばた)図屏風」もそうで、このような絵もあるには、あります。

 しかし、やはり、事前知識があった方が理解が深まるし、注意が行き届きます。

 例えば、そもそも浮世絵とは何か北斎と広重の風景画の違いはとか、なぜそうなったのか、なぜ勝川派の美人画が廃れて歌川派が隆盛したのか、とか・・、
 本書は、こういうことをひとつ一つ丁寧に、講演でも聴く如く理解できます。
 と言うことで、今回も、前前回に続いての読書、しかも、今回は、2冊です。

橋本治『ひらがな日本美術史 (4)』(新潮社)

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と、もう一冊は、

橋本治『ひらがな日本美術史 (6)』
(新潮社)

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 この両書で、例えば、「浮世絵」の歴史を以下のように辿れます。

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レーヌ=マリー・パリス『カミーユ・クローデル』 ~早熟の天才的な女性彫刻家。哀愁と悲しみを帯びた作品。ロダンの協力者(弟子)、愛人として、ロダン作品に構想を反映させ、やがて、捨てられて心が病み、30年を精神病院で暮らしました。

 以前から、ロダン作品を観るときに、カミーユ・クローデル(1864-1943)の事が気になっていました。
 ロダンの優秀な弟子(ロダンは、厳密には弟子をとったことがありません。従って、協力者か、〈弟子以上の存在〉とも言えます。)・愛人で、ロダンにアイディアを与え、やがて捨てられて精神を病んだことは知っていました。

 今回、1989年発行の、1万円近い、厚さ4㎝にもなる重厚な本書で、カミーユ・クローデルのことをきちんと知りました。精神病院での診療記録も公開されていますが、毎年の記述が、「同様」「同じ状態」・・といった、疑問を感じる記録の何と多いことか。

レーヌ=マリー・パリス『カミーユ・クローデル』(みすず書房)

 作者は、カミーユの弟・ポール・ルイ・シャルル・クローデル(1868-1955)の孫娘(1838-。次女の娘)です。
 なお、ポール・ルイ・シャルル・クローデルは、外交官で駐日・駐米大使も歴任し、劇作家(「マリアへのお告げ」)、詩人(五大頌歌」)としても、20世紀前半の最も重要なフランス文学の存在と言われています。

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 表紙の作品は、ほぼロダンと別れる頃の作品、大理石の「小さな女城主」(1896。「少女ジャンヌ」・「リレットの少女」とも。)です。独創的な彫刻家でカミーユを見いだしたプーシェの「優しさ」の影響がうかがわれます。

 まずは、共訳者の、文学者で精神科医でもある、なだいなだ(1929-2013)の言葉が胸に応えます。
「当時の精神病院では、それが当たり前のことであって、100人の医者がいたら、99人までが、彼女を同じように遇しただろう・・・にもかかわらず訳者は、厳しすぎると思われるかもしれないが、敢えて99人を責めずにはいられない・・・もう少しなにかできなかったのか、と」。

 カミーユ・ロザリー・クローデル (1864-1943)。シャンパーニュに生まれました。
 美貌で、しゃがれ声、田舎くさいところもあって、とつとつとした話し方。荒っぽい動作と子どもっぽい機智を持っています。〈クローデル〉とい名前に関係あるか否か分かりませんが、やや足を引きずって歩いた(「びっこ」)と弟は書いて(220頁)います。

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 父は、ヴィルヌーブの名士であった、ルイ=プロスペール・クローデル(登記所の収税吏)、母はルイーズ・セルヴィで、相続した土地を持参して1862年に結婚しました。
 子どもは、夭折した長男・アンリのほか、3人で、カミーユ(1864年生)、ルイーズ(1866年生)、ポール(1868年生)。

 クローデルの家庭は、父は、真面目で厳しく、〈嵐が猖獗を極めた〉ように、言い争いが多く、穏やかではありませんでした。カミーユは、稀に見る美貌で、気性激しく、また、自分の才能を露ほども疑っておらず、小さい頃から彫刻が好きでした。
 父は、厳しくも子ども達を愛して育てました。母は、後に、カミーユがロダンと今で言う〈不倫〉してからは、カミーユを嫌い、妹を愛し、頼りました。この時代、性の問題はタブー視されていました。
 カミーユは、弟・ポールとは親愛で、息を引き取るときに「私のかわいいポール」と言ったとか。

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橋本治『ひらがな日本美術史 (5)』 ~どうして、もっと早く読まなかったのか、残念。絵画から歌舞伎の話まで、知識満載。面白くて巻を置くことができません。

 前々回、橋本治(はしもと おさむ。1948-2019) さんの本を紹介しました。その書物に、この本の広告が載っていたので、早速、今、開催中の『奇想の系譜』展に関連する第5巻から読みました、

橋本治『ひらがな日本美術史 5』(新潮社)

です。

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 実は、『7』、『6』、『4』巻も、もう、繰り始めているんですが・・。
 素晴らしい ! 本編は、全7巻です。
 表紙は、歌麿の大判錦絵「婦人相學十躰 ポッピンを吹く娘」(1791頃)。まだ、肉感美ではありません。

 「芸術新潮」に連載されたもののうち、第5巻は、第75話から第89話までの単行本化で、A4判オールカラー、200頁です。

 本巻は、主に、18世紀後半、特に、1765年(明和2年)を中心にした記述です。
 前の年、1764年は、35歳の蕭白が「群仙図屏風」、「唐獅子図」を描き、伊藤若冲が、23歳から当主となった青物問屋「枡源」を弟に譲る40歳直前です。

 もう少しライトを当てて見ますと、江戸で、鈴木春信が「絵暦(えごよみ。大小歴とも。)交換会(大小会とも。)」で、錦絵を創造したのが翌年、
 24歳の浦上玉堂が主君を失ったのが、'68年。平賀源内が脱藩して独りで生きてゆくのが'61年から。
円山応挙が〈応挙〉と名乗ったのが、'66年。
 そして、20年近い田沼時代が始まったのが、'67年、続く6年間の松平定信の〈寛政の改革〉の後には、歌舞伎、役者絵が変革されてゆく・・・・という時代です。

 ですから、この巻は、今、上野の美術館で開催中の『奇想の系譜』展にも関連しています。それに関して、本書では、「へん」とは何か、から入って行きます。

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プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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