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国立西洋美術館『松方コレクション展』で、ハイム・スーテインの絵に邂逅し、感動しました。

 曇天の9月3日(火)午前中、まず、新橋に出て、NHK-TV『サラメシ』(毎週火曜日夜放送)で紹介された店《長崎街道》で、〈長崎皿うどん〉を食べた後、国立西洋美術館で開催されている

松方コレクション展

に行きました。
 チケット購入まで約10分待ちでした。

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 結論から言うと、この日、始めて観た、エコールド・パリ(パリ派)のハイム・スーテイン(1893-1943)の、「ページ・ボーイ」(1925)に感動を受けました。
 パリ国立近代美術館(ポンピドーセンター)からの特別貸与公開です。仏政府が、返還を拒んだ作品の一つというわけです。

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 ハイム・スーテインは、1923年にアルバート・C・バーンズがギヨーム画廊で見いだすまで、一枚も売れず、「汚し屋」と言われたり、生涯、苦労が多かったロシア出身のユダヤ人画家です。
 さらに、この日、常設展に行くと、なんと、同人の「心を病む女」(1920)が、展示されていました。こちらは、この美術館所有です。これに気づくとは、やはり縁があるのかもしれません。

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 思うに、近く東京都美術館で所蔵品が公開される、英国の繊維業界の実業家・サミエル・コートールド(1876-1947)の場合もそうですが、松方幸次郎(1866-1950)も、高い理想にたって、絵画を蒐集した往時の実業家の一人です。
 松方幸次郎は、第四代総理大臣松方正義の3男で、川崎造船所社長時代に、絵を蒐集しました。
 力を貸したのは、この展覧会で飾られている、「松方幸次郎の肖像画」を描いたフランク・ブラングインやロダン美術館のレオンス・ベネディットです。

 もっとも、松方幸次郎の場合は、関東大震災(1923)・第二次世界大戦(1940-)・昭和大恐慌による会社破綻(1927)など、さらには、英国の絵画保管倉庫火災(約900点喪失)、戦後仏国による接収(400点)などによって、蒐集絵画も随分散逸してしまいました。
 幸い浮世絵のほうは、国が買い、国立博物館に大半があるのは、同慶の至りです。

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 そのかわり、と言っては何ですが、日置幸三郎という人材が名を残しました。
 ナチスのフランス侵攻時に絵を、パリ郊外のアボンダンの自宅に絵を隠して、守りました。これから読もうと思っている、
原田マハさんの小説『美しき愚かものたちのタブロー』(文藝春秋)
は、多分、このあたりを物語にしているのでしょう。
 因みに、《タブロー》とは、キャンパス画を指すフランス語です。

 だいたいが、この国立西洋美術館は、松方コレクションの絵画返還をフランス政府と1953年から交渉し、1959年に返還された絵画を展示するために、ル・コルビジェの設計によって建てられたものです。建物自体も世界遺産に指定されています。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

 ですから、常設展に行けば、観られるのですが、今回は、仏政府が返還を惜しんだゴッホの作品(「アルルの寝室」(1889))など20点の中からも展示されているのが特質です。
 「アルルの寝室」は、3バージョン中最後の作品で、この翌年にゴッホは自死しています。

 では、反対に、期間中、常設展にはどの作品があり、なぜ、残されたのかが気になるところですが、モネ(「ラ・ロッシュ=ギュイヨンの道」)、ルノワール(「木かげ」)、ピサロ(「エラニーの秋」)、クールベ(「ホロフェルネスの首を持つエディト」)などが残されて展示されています。
 先述のスーティンの「心を病む女」もあります。
 なお、シャイム・スーティンは、ハイム・スーティン、カイム・スーティンとも記述されますし、絵の題も、書物によって微妙に違っています。

 さて、私が前に常設展に行った日(2018年6月)には、今回の展覧会で宣伝されているクロード・モネ(1840-1926)、「睡蓮」(1916作品)の前で、幼児たちが座って、感想を言いながら観賞している、微笑ましい姿があり、感動しました。因みに、この絵は、《門外不出》とか。
 その時は、「睡蓮」の隣、右には、やはりモネの「陽を浴びるポプラ並木」が掛かっていました・・という具合の日常です。
 常設展観賞を是非お薦めします。65歳以上は無料で観られます。

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 話が松方コレクションに戻りますが、松方幸次郎は、モネ宅に通って、信頼関係を得て、1921年に、直接に絵を売って貰ったことでも有名です。

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 今回は、2016年にルーブル美術館の収蔵庫で発見された、モネの「睡蓮 柳の反映」(1916)が、修復デジタル画像とともに展示されています。
 この作品は、オランジュリー美術館の「睡蓮 大装飾画」のうち、第二室「木々の反映」に関連する習作の一部だと言われています。
 第2次世界大戦の中、フランスがナチスに占領される中で絵を隠し廻った挙げ句、いたんだのでしょう。

 そう言えば、絵を隠し、逃げ回らせる為の費用を捻出するため、日置幸三郎が、松方から言われて売った絵が何かも、気になるところです。
 20点ほどだと言われていますが、マネ「嵐の海」(1873)、マティス「長椅子に座る女」(1920)などだとか。これらも出品されています。
 日置幸三郎(1883-1954)は、1916年から、松方の特別秘書として渡欧して、絵の管理に尽くしたわけです。

 この日、展覧会に行くにあたって、常設展に残された絵と、売り払われた絵のことが、まず、気になっていましたが、何とか分かりました。あとは、原田マハさんの本を読むだけです。
 もう一冊、シャイム・スーテインが登場する小説・深水惣一郎『エコールド・パリ殺人事件』(講談社)も読んでみる予定です。
 
 夜、窓の外から聞こえる虫の声がすっかり秋です。★
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Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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