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大島真寿美 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』 ~素晴らしい ! 直木賞を受賞する筈です。人形浄瑠璃作者・近松半二の生涯とその周辺を、優しさのこもる眼差しで描いています。

 本年7月の、第161回 直木賞候補の女性ばかり6名を知った時に、「ああ、これは多分、原田マハさんではないか。」と思っていました。
 しかし、受賞したのは、本作でした。そして、一読で納得。これは上手い。感動ものです。

大島真寿美 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(文藝春秋)

を読みました。

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 大阪弁で、台詞が地の文に溶け込んでいる、まるで、浄瑠璃のような文章が、テンポ良く進みます。
 作者・大島真寿美は、56歳で、デビューは、1992年ですが、時代小説は始めてとか。  
 1985年から1992年まで、劇団「垂直分布」で、脚本・演出を担当していたとのことですから、なるほど、と頷けました。劇団の経験も、作品に溶かしこまれているようです。

 ところで、私は、文楽(人形浄瑠璃)好き。とりわけ、近松半二(1725-1783)、中でも「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」のファンで、本年5月に、国立劇場で、久方ぶりの〈通し〉公演も観たばかりです。前回は、約10年ほど前に、大阪(文楽劇場)まで観に行っています。

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 半二の戯曲は、明るく華やかで、色気もあって、謎解き・どんでん返し・サスペンスに満ちていて、からくりも満載です。
 因みに、近松半二は、近松門左衛門とは、何の関係もありません。尊敬しているだけです。
 本書では、その近松半二の生涯を、単純な成功物語では無くて、常に呻吟する、悩める主人公として描いていきます。ストーリーテリングの見事さです。
 話の中の、お末や、死に際の母・絹の描写などが実に上手い。最終部分の妻・お佐久と娘・おきみの姿も清々しい爽やかさで、心うたれます。

 本書の肝は、道頓堀全体の渾然一体となった操(人形)浄瑠璃や歌舞伎世界の〈渦〉、虚と実の〈渦〉、そこに生きる人々の人間模様の物語です(参照;202,208,233頁)。
 浄瑠璃は戯曲で先行し、すぐ後に、歌舞伎が追いかけて上演します。著作権などありません。むしろ、先行作品の欠点を修正したりして完成度をあげて行きます。歌舞伎の方は、戯曲よりも、役者を見せるのが主ですから、そのように脚色します。そのあたりが、繰り返し出てきます。
 一体となったの中で、それぞれが影響され、頭角を現し、虚実の間に苦しみます。

 余談ですが、この10月国立劇場の歌舞伎演目は、四世鶴屋南北作「天竺徳兵衛韓噺」ですが、これは、近松半二の「天竺徳兵衛郷鏡」が、道頓堀の〈渦〉の中で先行作になっている作品です。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)


 主人公・近松半二、本名、穗積成章(なりあき)は、人形浄瑠璃道楽の父・以貫(1692-1769)に連れられて、幼時から竹本座に出入りしていました。
 父に連れられて行くばかりか、5つ下の芝居茶屋和泉屋の息子・久太郞と親しくなり、連んで、竹本座に入り込み、まるで〈常連〉のテイの生活です。
 この友人・久太郎は、実は、後の大歌舞伎作家、並木正三(しょうざ。1730-1773)で、頻繁に物語に登場します。生涯を通じた半二の友人であり、良きライバルという訳です。

 しかし、このような、勉学よりも浄瑠璃三昧の成章に、母・絹は、厳しく当たります。
 あげく、成章は、ちょっと、欝状態。厳しい母から離れるために、父から譲られた近松門左衛門の硯を懐に、京の隠居、歌舞伎好きな、有隣軒のもとに向かいます。
 ここで、近松半二の名を父と考え出します。

 京に行っても、好きな浄瑠璃、読書三昧の毎日です。

 ところで、一方、成章の影響で浄瑠璃好きになった友人・久太郞も、それを心配した父が、菓子屋高砂屋に奉公に出します。しかし、そこは甘い父で、その菓子屋は実家の竹本座の茶屋に近く、おまけに、その菓子屋は、菓子を実家に納品していました。厳しくされるわけがありません。

 京の有隣軒急死後、半二は、居所なくして、挙げ句大阪の実家に戻りますが、実家は、兄の婚姻で、家にいられず、竹本座近くの、隠居の染太爺宅に転がり込んで、懐かしい竹本座に入り浸り、使っ走りで暮らします。

 大阪に帰って半二は、久太郎とも再会します。
 すっかり、芝居好きになっていた久太郎は、〈廻り舞台〉のアイデアなど思いつきます(そのアイデアは、1758年に、実際に、西欧より約100年早く廻り舞台化しました。)。
 さらには、久太郎は、一足先に、歌舞伎戯作者としてデビューし、さらに、並木正三(しょうざ)として、竹本座を離れた並木千柳宗輔。1695-1751)の弟子となります。半二に気を遣って、千柳が竹本座を離れるのを待っていたのです。

 並木千柳(並木宗輔)が、竹本座を離れた頃、人形遣い・吉田文三郎からさかんに背中を押された半二は、戯曲に筆をとる気になりってきます。文三郎は、吉田冠子(かんし)の名で戯作者でもあります。

 半二は、昔、兄の許婚で、母の反対で奈良の実家に帰されたお末と再会しました。
 再開2年後、勧められて、奈良三輪の酒屋に嫁いで幸せに暮らしているお末を訪ねたおり、半二の心に「妹背山婦女庭訓」の、〈妹山背山〉のアウトラインが浮かびますが、劇化は20年近く後になります。お三輪という名の酒屋の娘は、「妹背山」四段目に登場します。

 気分転換で筆が進んだ半二は、デビュー作で、旅の見聞が役だった、「役行者大峰桜」(1751)を書き上げました。27歳です。

 ここから小説は、途中、竹本座の座元が、二代目出雲から竹田近江に移り、小出雲(三代目出雲)が継ぐ前の、竹本座・近江と吉田文三郎との座内の争いを描き、稀代の人形遣い吉田文三郎の晩年の寂しさを、三好松洛(1736-1770)が語ります。
 歌舞伎では、相変わらず、正三が活躍しています。

 竹本座の竹田近江が、奢侈(しゃし)の咎で入牢し、竹本座の経営も苦しくなったおり、竹本座は、京公演に向かい、半二は、京の仮住まいの煮売り屋の主人・喜助の姉の娘に知り合い、やがて、そのお佐久と世帯を持ちます。
 お佐久は、半二が母危篤の知らせに躊躇していた時に、強く帰阪を勧めました。
実家に向かいましたが、結局、母の死に目に会う勇気が無く、家の前で引き返しはしました。しかし、後に、母が、半二のことを心配していたこと、お手伝いの老婆・熊が、半二は、立作者になり、気立ての良い娘と所帯を持ったという、戯曲のような作り話をしたときに、涙を流した、と分かりました。本当は、半二のことを気に病んでいたのでしょう。
 熊の作り話どおりに、話は進んだのですが・・。

 半二は、浄瑠璃の「立作者」となり執筆を続ける中で、今ひとつ納得行く作品が書けず、まれに、自信をもって書いた作品は不入りの体たらく。
 逆に、旧友・並木正三は、着々実績を積み、歌舞伎全盛時代に寄与していきます。
(自信を無くした半二が、酒で早世した戯作者・竹田治蔵を、正三と語るなかで、〈〉の話が出てくるわけです。)

 そんな中で、あるとき、「妹背山婦女庭訓」のアイデアが形を結び、半二は、京の喜平宅で執筆に専念します。老いた三好松洛も、大阪で応援します。
 「妹背山」が、ほぼ仕上がった頃、半二は、お末が5年前に急逝していたことを知ります。深い悲しみに襲われます。

 ・・後に、それは、時代物の中に、世話物のお三輪が登場するきっかけとなりました。そして、このお三輪は、人形でしか出来ない(「人形は、死なないが、生きている。この世であって、この世で無い人形の世界」331頁)、歌舞伎とは異なる役どころです。
・・婦女庭訓つまり、女の守るべきお手本に縛られない女、悋気を隠さず男に詰め寄る女、他の女のもとに行く男を追いかける、捨てようとする男を取り戻そうとする女、そんなことをしたらおなごとして失格と思われてもよい、「庭訓」に縛られず、後先を考えない女。
 しかも、その悋気が好いた男の役に立って殺される。疑着の相。・・そんな女・お三輪に観客は、特に、女性は喝采し、涙を流しました。
 「妹背山婦女庭訓」は、連日の大入りで、大成功しました。歌舞伎を凌ぐことも出来ました。

 しかし、「妹背山」で、歌舞伎を超えた活況を呈した人形浄瑠璃でしたが、半二は、「妹背山」を超える出し物が書けません。
 そのうち、また、歌舞伎人気が盛り返し、人形浄瑠璃の経営が厳しくなり、竹本座も北新地に移転します。
(小説は、単純な、半二の成功物語にしません。)

 そこに、切磋琢磨した正三の死がもたらされます。まるで、「虚に食われたよう」な死でした。

 沈んだ半二は、管専助と一時組みますが、その専助も、やがて引退して京に帰ります。

 59歳の半二は、「伊賀越道中双六」(1783)を書いた後、死の床につきます。
・・「わしの一生、まあまあやったけども、まあまあ、いうんは、あんがい、ええもんやで」と。

 「柝(き)の音が聞こえた。」で、この361頁の物語が終わります。
久しぶりに感動しました。

 読み終えて、巻を置くと、渦の無い、・・現在の、押しつけ商業主義的な歌舞伎と、覇気と超ベテランに欠けて《みどり公演》ばかりの文楽世界、歌舞伎と文楽の渦も無い、現実に、あらためて残念な思いを感じました。★
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Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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