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柳亮 『近代絵画史』(美術出版社)を読み、重木昭信 『音楽劇の歴史』を読んで、さらに、ドナルド・キーン 『オペラへようこそ!』を読むと、「時代」の臨場感を感じて、絵画・音楽一体となって、すこぶる理解が進みます。

 はじめに、余談になりますが、6月から、「二期会オペラ愛好会」に再入会しました。約1年ぶりでしょうか。
2020-2021シーズンの出し物が、「ルル」、「フィデリオ」、「タンホイザー」、「ファルスタッフ」・・など、充実しているから、良い席をとるためです。

 きょうの、本題です。
 最初、漫然と読んでいた3冊の本でしたが、読み進めるうち、一本の流れとなって、面白さと、知識が何倍にもなった感じを経験しました。

 まずは、1冊目・・、

柳亮 『近代絵画史』(美術出版社)

 古書店で、300円で買いました(元値は、3,200円)。棚にあるのが、すぐ、目に入ったのです。
 美術批評家・柳亮(1903-1978。本名・伊藤義治)の、1974年(昭和49年)に出版された第5刷目の書籍です。

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 近代絵画史、とありますが、ほとんど印象派を中心にした記述で、その前後。
レアリズム印象派風景画新印象派キュービズム
と、印象派が、なぜ、どのように誕生し、さらには、その先どのようになって行ったが、分かりやすく書いてあります。

 印象派、といっても、内実は様々ですから、それと、その行く先をきちんと説明されているほうが興味を持てるわけです。
 その中で、〈風景画〉というものも、その意味の重要性が理解出来ると、絵を見ていても理解が違ってきます。
 それに、本書では、特に、日本の浮世絵の影響について、再三ふれられているのに気づきます。その影響の大きさを再認識させられました。

 平行して、2冊目・・、

重木昭信 『音楽劇の歴史 オペラ・オペレッタ・ミュージカル』(平凡社)

 上記の印象派の時代、音楽では、ワルツからオペレッタの時代になって来ました。
時代が、新興ブルジュアや一般市民層の比重が高くなったからです。
 この本は、音楽劇の歴史を、消費者、つまり観客層の変遷の視点から書いています。
 音楽と絵画の流行を、時代のスケール(物差し)に並べて比較して見ると、すこぶる面白い。
 本書は、アメリカのミュージカルについての記述など、最高に面白かったので、次回以降、詳細にご紹介したいと思っています。

 さらに、3冊目・・、上記2冊の知識を下敷きに・・、

ドナルド・キーン 『オペラへようこそ!』(文芸春秋)

を読むと、著者が書いている作品が、生き生きと、理解出来ます。

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 ところで、実は、古書店で、柳さんの本のほかに、一緒に買った本があります。
『マネ』(府中市美術館)
『印象派と20世紀の美術 フィラデルフィア美術館展』(東京都美術館)
『ポスト印象派』(同朋舎出版)
『絵画の知識百科』(主婦と生活社)
です。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

 いずれも、300円ほど。特に、展覧会の図録は、会場では、普通、3,000円位しますが、意外に、持ち帰って読まないことが多いので、綺麗に保存されています。
 帰宅してから、各本を見ると、内容的に全て「当たり!」でした。
 余談になりますが、私は、古書店で買った本は、除菌シートで入念に拭き、2~3日、頁の中に陽が当たるように置いて〈日光浴〉させます。昔からの習慣です。

 最初の本の印象派前後の話を、少し、音楽の話も加えてまとめて紹介しておきます・・・、

 ・・画家では、マネからピサロそしてドガへ、
ドラクロアからルノワール、セザンヌへ、
スーラからシニャックへの
大きな流れへと、一方のゴッホにも触れて記述が進みます。

 芸術家仲間が集まったカフェ「黒猫」で、給仕に芸術院会員の服を着せたとか、モンマルトルの酒場「日本床」が根城だった話なども、間に挟まれ、時代の雰囲気が伺われて面白い。このような話が意外に有益なのです。

 柳さん著作では・・、

 まずは、〈レアリスト〉、〈完全な実景描写〉のギュスタヴ・クールベ(1819-1877)の《サロン》入選を、ユジェーヌ・ドラクロア(1798-1863)が注目した、1844年あたりを出発点にして、
 1862年の、ロンドン万国博覧会後のパリでの浮世絵展の大きな影響を経て、

 1863年の、ナポレオン三世による《サロン・ド・ルフュゼ(落選者展覧会)》、
※このころ、オペレッタのジャック・オッフェンバック(1819-80)が活躍し、「地獄のオルフェオ(天国と地獄)」(1858)などが有名です。

 1865年の、シスレーらの〈風景画〉の広まり、

そして、
 1874年の、第1回《画家・彫刻家・版画家匿名組合展覧会》という《印象派(アンブレッショニズム》が誕生。名付けたのは、風刺雑誌記者のルイ・ルロア。

※1873年から96年まで、銀価格が下落し金本位制を採用した、世界大不況です。英国では、ギルバートとサリバンのオペレッタ(サボイ・オペラ)が流行しました。
※1975年には、パリのオペラコミック座で。ビゼーの「カルメン」が上演されています。ビゼー死後、オペラに改作されました。

 1879年の、セザンヌが、印象派展を抜けて、画商・ヴォラールの〈個展〉中心となったこと、
 1880年の、第5回印象派展へのゴーギャン参加、

 1883年のマネの死。84年の、第1回アンデパンダン展(独立芸術家協会)、1886年第8回展での最後と、そこでのスーラシニャックらの参加。
 ゴーギャンベルナールの〈サンテチズム〉や、スーラ、シニャックの〈分割主義(ディヴィジョニズム)〉、分かりやすく〈新印象派〉と名付けたのは、批評家・アルセーヌ・アレクサンドルです。
 スーラの死後は、シニャックは風景画に、ゴーギャンはタヒチに去ります。

 1890年の浮世絵板物展、つづく、第7回アンデパンダン展、スーラの死。
※ヴィーンでは、ヨハン・シュトラウス二世の「金の時代」に重なります。

 1893年の広重展、その影響の大きさ。1896年のゴンクール「北斎」刊行。
 ルドン(1840-1916)の版画や、トゥールーズ・ロートレック(1864-1901)も忘れられません
・・というわけです。

 因みに、本書では、クリムト(1862-1918)は、全く触れられていません。クリムトが注目されだしたのは、近時なんですね。このあたり、古書のデメリットではあります。

 さて、明後日、《シネスイッチ銀座》に、映画「クリムト エゴン・シーレとウイーン黄金時代」を観に行こうと思っています。★

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Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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