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 5月、国立劇場・文楽公演「通し狂言 妹背山婦女庭訓」 ~熱演、 顔全体が口になったような表情の〈山〉の豊竹藤太夫。〈太宰館〉の豊竹靖太夫も大熱演が光ります。さて、次は、いつ観られるか、歴史的な舞台。85歳、吉田簑助の〈雛鳥〉を目に焼き付けました。

 5月19日(日)、20日(月)の二日間、東京・国立劇場で、文楽、

通し狂言 妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」

を鑑賞しました。
 きょうは、余談も長くなりますが、文楽初心者のために、いろいろ、書かせてください。

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 今回は、「大序」が復活上演。また、三段目「山」と二段目の入れ替えも無く、台本どおりの上演です。
 本作の《通し》公演は、平成22年に、大阪・国立文楽劇場まで行った覚えがあります。
 その時の公演は、営業的な配慮からか、公演時間を各部均一にしたいのか、イレギュラーで、3段目を第一部に持ってきて、2段目を第二部にしていました。
 余談ながら、この平成22年公演鑑賞は、ブログを始めて2か月目くらいでした。したがって、その感想はまだ未熟でした。

 其れにつけても、〈通し〉で、吉田簑助(85歳)の〈雛鳥〉を観られた貴重な公演でした。少しの間なのに、相変わらず、どうして、簑助の人形は、こんなに美しく、素晴らしいのでしょうか。

 私は、近時、文楽公演が《みどり》公演ばかりなのを嫌って、しばらくご無沙汰していました。
 《みどり》(「よりどりみどり」! )、つまり、仕込みなく、いきなり山場を見せ、したがって、筋も人物の成り行きも飛ばして、一日に何狂言も公演することです。
 歴史的には、松竹が1930年(昭和5年)に文楽座新ビル落成を期に、公演時間を午後3時から午後10時までに改めて、一幕寄せの「見どり」公演を始めたことに淵源があります。 なお、文楽が、松竹経営に移ったのは、1909年(明治42年)です。

 少しご無沙汰している間に、織太夫、玉助、藤太夫とか、襲名があり、また、世代交代も随分進みました。
 皮肉ではありませんが、変わっていないのは観客で、相変わらず、単に、人形の出が、有名遣い手だと、大きな拍手しています。それで、太夫を〈邪魔〉しているくせに、逆に、今回もありましたが(靖太夫・「太宰館」)、太夫の〈大笑い〉の技巧などには拍手なし。変わっていません。

 今回は、もう、通しを一日で観る体力が失せたので、久しぶりに、劇場隣の、〈ホテルグランドアーク半蔵門〉に泊まって、二日かけて(一日目は二部、二日目は一部)、ゆっくり、じっくり鑑賞しました。
 余談ですが、このホテルのレストランの〈松花堂弁当〉(要予約)は、お薦めです。

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 さて、世代交代が、思ったよりも順調に進んでいます。
 私の好きな、竹本織太夫と豊竹呂勢太夫は、もう、屋台骨の感じ(美声で、声が若い、というのは、まだ、如何ともし難いですが。)ですし、今回、文字久太夫改め豊竹藤(とう)太夫豊竹靖太夫は、二部〈山〉と一部〈太宰館〉での、「大熱演」が光りました。この二人の熱演には、心底引き込まれてしまいました。
 これだけでも、今回の収穫です。

 余談ですが、靖太夫は、〈床本〉を、一応、形は頁を繰ってはいるのですが、ほとんど、見てはいません。まるで、自分で演じているが如き熱演でした。
 まあ、ベテラン太夫は、皆、同じように頭に入っていて、そんなこと珍しくは無いのでしょうが、これほどの名〈演技 ?!〉をされると、もう、圧倒されてしまいます。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)


 余談ついでに、内容のことでは無いのですが、靖太夫と同じ、住太夫門下だった竹本小住太夫は、癖なのか、床本に覆い被さるようにして、ずっと目で追って語り、表情も、手の動きも少ないのは、見ていて迫力に欠けます。
 ま、皆さん、人形のほうを見ていられるので、そこまで気にされないのでしょうが。

 ついでながら、豊竹咲太夫竹本織太夫の、座っても、脇に、指をピンと伸ばして揃えているのは、見ていて、気持ちが良い。どうでも良いついでながら、先ほどの、藤太夫、靖太夫は、腹の〈おとし〉(力を入れる為の小豆の入ったおもり)を握っている感じ。

「何処を見ているの?」と言われそうですが。
 こういうのが良く見られるのが、文楽では、最上席と言われる、6~8列の、25~28番くらいの席をお薦めします。
 でも、今回、〈山〉だけを考えるのなら、上手側に背山の本山・本床と、下手側に妹山の脇山・仮床の両床掛け合いがありますので、ご贔屓の太夫がいるなら、下手側も、穴場となります。
 因みに、上手側が威武な染太夫風(竹本座)、下手側がまったりした春太夫風(豊竹座)です。

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 閑話休題。しばらく鑑賞に間を置くと、何よりも、東風(豊竹座)・西風(竹本座)の曲調や、太夫一人ひとりの義太夫の〈風〉・〈芸風〉、あるいは、少ないが、團平・彦六風を忘れがちになるのは、少し困りました。

 今回の出し物は、近松半二、1771年(明和8年)の、時代物(王代物)の名作です。
 廃座寸前になっていた竹田新松座(竹本座の後身)のために書き下ろされ、起死回生の大成功となった出し物です。
 また、余談ですが、近松半二のことを書いた小説、
大島真寿美 『渦 妹背山婦女庭訓魂(たま)結び』(文藝春秋社)
が新刊で出ているので読もうと思っています。

 入り組んだ複雑な筋と、凝った舞台機構で、理解出来ると、実に魅力的な、人気狂言となっています。第一部「大内の段」が入ったので、随分、〈世界〉に入り易くなりました。

 《通し狂言》の重要性は・・、
1演劇としての魅力の展開、
2芸の質の維持・向上(各段各場の人物の性根を的確に把握するなど)、
3観客の掘り起こし、
4製作スタッフの育成・・のために重要と言われます。

 さて、やっと前置きを終え、今回の公演です・・・、

・・第一部

大序》は、
 今回、《大内の段》が復活上演され、地味ですが、筋の理解が進み、〈世界〉に入って行きやすくなりなっています。
 若い世代、イケメンと言われる咲寿太夫や、小住太夫、亘(わたる)太夫、碩(ひろ)太夫が、切磋琢磨。心配しましたが上々。
 心配云々とは、前日、二部〈道行き恋の苧環〉の、若手太夫陣の一部は、どうもいただけなかったからです。その時は、三味線方には悪いが、拍手しませんでした。

ところで、大序は・・、
昔、太夫、三味線の修業に重要で、修業順は、例えば、大序→序中→序切口→序切中→二段目口→二段目中→二段目中→三、四段目切場、などと言われました。
 また、宝暦の頃までの時代物の重要度は、1大序と三段目切、2四段目切と道行、3二段目切と三段目口、4初段切と四段目口の順だったとか。

万歳の段》。すっかり、貫禄もついた織太夫。オペラなら、「ブラボー!」でしょう。
若く、声が綺麗ですが、歳をとるともっと味が出てくるのが楽しみです。

芝六忠義の段》、唯一の切り場語り・豊竹咲太夫(三味線・燕三、人形・勘十郎)。
 世代交代が順調、とは言っても、若いうちは、咲太夫のような熟成感が出てこないんですね。もう、味があります。こういう声を聞くと、文楽って良いなあと感じるのです。

 猟師・芝六の住処が、天皇の行在所になっています。芝六は、我が子・三作が石子詰の刑になることもいとわず、禁制を犯して爪黒の鹿の血を得ます。
 老境まで子が無い蘇我蝦夷が、妻に白い牡鹿の生血を飲ませて生んだ入鹿(名はそこから来ています。)に対するため、後述する、漁師鱶七(実は、金輪五郞)の入手した、疑着(嫉妬)の相の頂点に達した女(お三輪)の血と混ぜるためです。

太宰館》、素晴らしい大熱演、靖大夫(三味線・錦糸)。
大判事と定高、入鹿の意地コトバは、段切は、勇壮に一気呵成。
 あーあ、会心の「笑い」には、拍手で答えるべきでしょうねえ
 以前は、文楽批評の大家・内山美樹子「大」先生に、「形だけ、師・住太夫を真似ている」と批評されたこともありましたが、大成長。

・・第二部

 2と3段目を入れ替えるなどの作為をせず、台本順番どおりの上演で、戯曲的に楽しめます。

 《山の段》(歌舞伎の「吉野川」)、掛合で、上手の背山の本山・本床と、下手の妹山の脇山・仮床の両床です。
 半二独自のパラレリズム(並列手法)の華麗な見せ場です。これは、「役行者大峯桜」に趣向に倣ったものとか(「伝奇作書」)。掛合の魅力たっぷり。

 定高(さだか)は、私が好きな、豊竹呂勢太夫(三味線・清介、人形:和生)。
 大判事は、竹本千歳太夫(三味線・藤蔵、人形:玉男)です。千歳太夫、60歳。ちょっと、調子がいま一つだったかな。

 雛鳥は、これも、私の好きな、竹本織太夫(三味線・清治、人形・簑助、前段は、簑紫郞)。
久我之助は、4月から竹本文字久太夫改め初代・藤太夫(とうだゆう)(三味線・富助、人形は、玉助)。三味線・清治は、切り場語りでは無く、織太夫に組んでいます。

 冒頭は、威武な染太夫風の久我之助太夫の出番です。「山住居(やまずまい)」で、柝、紅白幕が落ちて、桜の吊り枝に、川は滝車(たきぐるま)で、船底の筒4本を回して水勢が滔々。
 吉野川左岸のゴツゴツした背山と、ややこんもりした妹山。妹山は、はんなりした名人巧者だった初代春太夫風

 美男美女の恋人とそれぞれの親の、の悲壮な美。それを、衣装、内容に応じて、頻繁に変わる作曲の調子に、発声、三味線、の見事な掛け合いです。段切りも、皮まで叩く初代染太夫風とはんなりした初代春太夫風の三味線掛け合い相俟って、悲嘆の極み、感動的な、大落しです。

 この段は、俗に言う顎を遣う、威武な染太夫風満点の、豊竹藤太夫が圧倒しました。顔が一面、口になったような表情で、大熱演。さすが、最後の拍手は、文楽では見られない長さと大きさでした。ファンになったかも・・。

道行恋苧環(おだまき)》では、姫へのお三輪のクドキの詞章に、「主ある人をば大胆な、ことわりなしに惚れるとは、どんな本にもありゃせまい、女庭訓しつけ方、よう見やしゃんせ・・」と、外題の由来が出て来ます。この日、若手の出来が今ひとつ。

金殿》(馬子唄「竹に雀」がこの段の俗称)は、春太夫場、豊竹呂太夫(三味線・團七)。
体調を克服したようですが。

 疑着(嫉妬)の相の頂点に達した生血が求められる手の込んだ趣向の、お三輪の見せ場(人形・桐竹勘十郞)。漁師鱶七(実は、金輪五郞)は、吉田玉志。猟師芝六の持つ爪黒の鹿の血と混ぜて鹿笛に注ぎ、吹いて、入鹿を弱らせて本懐を遂げます。

 豆腐御用(いわゆる、お端下おむら)は、桐竹勘壽。お三輪が呼び止め、お清所(台所)の道を尋ねられたと勘違いして道順を教える、おはした(下女)役で、原作では「お端下」とありますが、歌舞伎では、「おむら」と付く、儲け役です。

 繰り返しますが、通しで、吉田簑助が入った上演。歴史的な公演に立ち会えた嬉しさに感動しています。
 藤太夫、靖太夫の大熱演と、呂勢太夫×織太夫、それに咲太夫の味と、第一部・第二部後半の人形・桐竹勘十郎に打たれて帰宅の途につきました。
 やはり、文楽は、良いですね。
 (勝手な、人物観測・感想をご容赦ください。あくまで、(当然ながら)個人的感想です。)

 今週は、いよいよ「クリムト展」にも参ります。★
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Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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