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日生劇場「音楽レクヤー・オペラとメルヒェン」 ~ ドイツ人の家庭第一主義を知ることによって、オペラ「ヘンゼルとグレーテル」を芯から良く理解できました。質疑で、多くの音楽談義も聞けました。

 4月13日(土)。午前中は、丸の内の《三菱一号館美術館》で、《ラファエル前派の軌跡展》を観て、久しぶりの《レバンテ》・・数十年前、移転前の店によく行きました・・でランチ後、14時から《日生劇場》の6月オペラ、《ヘンゼルとグレーテル》関連企画の

「音楽レクヤー・オペラとメルヒェン」

を、日生劇場7階会議室で聴講しました。
 なお、ラファエル前派美術展の感想は、後日アップする予定です。
 この日の講演は、
西洋音楽史・岡田暁生
指揮者・角田鋼亮
のお二人。角田さんがピアノを弾いての解説が沢山入ります。

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 さて、エンゲルベルト・フンパーディンク(1852-1921)の
3幕のメルヒェン劇「ヘンゼルとグレーテル」(1893・12・23初演)
を理解する〈切り口〉は、この日、2つでした。

 一つは、ドイツの家庭です。
 兎に角、ドイツ人は、特に、大半を占めるキリスト教プロテスタントは、家庭を大事にする、家族第一主義です。それは、聖なる家族、と言っても良いほど。
 ほのぼのとした家庭で、お母さんが暖炉で焼くクッキーをミルクで食べるのが、あたたかい〈おうち〉のシンボルです。
 イタリアやフランスのように、リキュールの入ったケーキなど論外です。
 クリスマスには、みんなプレゼントを買いに行き、「ヘンゼルとグレーテル」のオペラは、日本の《第九》のように公演されます。
・・オペラ「ヘンゼルとグレーテル」(以後、ヘングレと約します。)は、このような土壌で育ちました。《お菓子の小さな家》などと言う発想は、ドイツだから成立しました。

 アヴァンチュールやリキュールの香りのするイタリアなどでは、無理。
 第一、イタリアオペラで、ドイツ人歌手が、このような〈あたたかいおうち〉ムードを持ち込んで、オペラが台無しになることさえあります。
 ショパンに、もし、〈あたたかいおうち〉の匂いがしては台無しなのと同じです。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

 このオペラ自体が、フンパーディンクの妹・アーデルハイト・ヴィッテの頼みで、
1890年5月に、ヴィッテの夫の誕生日祝いに子ども達が歌う音楽劇(それは、ヴァグナーのパルジファルの向こうを張った「舞台神聖祭典劇」)として作曲されました。

 もっとも、フンパーディンクも、すでに、
1879年、25歳の時に、この物語に感動したと日記に書いています(9月19日付)。
 なお、リブレットは、グリム版では無くて、ルーヴィッヒ・ベヒシュタイン版(「ドイツのメルヒエンの本」)です。ルーヴィッヒ版は、民話を忠実に採取したグリム版よりも、主観的で、リアリスティックで、ドラマティックな展開になっています。

 その後、フンパーディンクは、さらに、一家で肉付けして、ジングシュピール版を、
1890年8月に創っています。
 ジングシュピールとは、音楽と音楽の間が、レチタティーボなどでは無くて、台詞で進む、ミュージカルのようなものです。
 そして、フンパーディンクは、、オペラとして、
1890年から作曲し、1891年に完成し、1893年頃までオーケストレーションをつけていました。

 ついでながら、ドイツ語は、子音が中心で〈汚く〉聞こえます。イタリア語の母音中心の美しさとは比較になりません。

 二つめ。
 あの超偉大なリヒャルト・ヴァグナー(1813-1883)が死んで、当時の音楽家は、行く末を悩みました。選んだ道は・・・、

 第一の道は、オペラから逃げること。リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)らです。
 第二の道は、ヴァグナーの道をさらに発展させようとする、ヴァグナー信者タイプ。これは、ロクなオペラが作られず、全滅しました。
 第三の道は、痴情殺人型のヴェリズモ・オペラの開拓。ピエトロ・マスカーニ(1863-1945)、ルッジェーロ・レオンカヴァッロ(1857-1919)らです。
 第四の道は、痴情殺人などではなくてモーツアルト的な道
 そして、第五の道は、ヴァグナーを批判などせず受容した、メルヒエン音楽の開拓です。 これこそ、ヴァグナーの愛弟子で、子どもの家庭教師も勤め、「パルジファル」の写譜係も勤めた、フンパーディンクの道でした。ただ、フンパーディンクは、これ一作で終わってしまいましたが。(その後は、ラインハルトの経営する劇場の座付き作曲家として生活していました。)

 因みに、一人で、全ての道を試みたのが、リヤルト・シュトラウスです。
 ヴァグナー死後は・・、
まず、オペラから逃げて交響詩作曲に専念し、
次は、プレッシャーに負けたか、ヴァグナーそっくりのオペラ「グントラム」(1892)を作曲して大失敗し、
次は、メルヒエン調の、しかし、爆笑するほど猥褻な筋のオペラ「火の矢先」(1901)を書き(ただし、音楽は素晴らしい。)、
次に、痴情愛欲型のオペラ「サロメ」(1905)を作曲して喝采をあびての成功で、
さらに、「ばらの騎士」(1911)で大成功しました。
 なお、「ヘングレ」の初演は、このシュトラウスです(1893年12月23日)。

 オペラ「ヘングレ」は、縦の和音と横のメロディーのバランスが素晴らしく、楽器の種類が多く、色彩豊かな楽器奏法や打楽器も多く、また、バス・クラリネットも使って、「人間の奥底の声」を出しているとか、指揮者としてはそこを聴いてほしいという発言もありました。

 ・・このような話に加えて、この日は、後半、会場の質問に答える形で、様々な面白い話題・裏話が聴けました・・、
 
 例えば、
フランツ・シュレーカー(1878-1934)のオペラ「はるかなる響き(遠い響き)」(1912)
が素晴らしいが、めったに演じられないとか・・日生劇場で是非公演してもらいたいものです・・、
ダンスの演奏は、演出家が98%握るから指揮者の出番が無いとか、
どこの劇場が一番好きかとか、オペラ劇場のオーケストラとシンフォニー・オーケストラの体質の違いとか、ジングシュピールは、基本的には、芸達者な、多少歌の巧い役者なら歌手で無くても出来るとか、マリアカラスはプッチーニを歌いすぎてダメになった〈都市伝説〉についてとか・・閉会は4時5分過ぎでした。

 さて、私は、この日に備えて、一応、次の3つのCDを聞き比べていました。

指揮・クルト・アイヒホルン=ミュンヘン放送管弦楽団
指揮・ドナルド・ラニクルス=バイエルン放送交響楽団 
指揮・サー・コリン・デイビス=ドレスデン・シュターツカペルレ
です。
何れも、20数年前の録音ですが、ラニクルス版が気に入っています。デイビス版は、CD和訳が拙い。

 まことに、貴重で楽しい2時間余ではありました。次は、美術展の感想ですが、少し、思索の時間をいただきます★
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Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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