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多くの悲劇を生む、壮大な仇撃物語。文楽、『伊賀越道中双六』を、きっちり予習します。

 またとない機会、競演です。

 9月には、人形浄瑠璃文楽伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)』(1783年初演)のタテ(通し)、朝11時から夜9時まで。

 11月には、歌舞伎『伊賀越道中双六』の、やはり、通しが鑑賞できます。
 いずれも、永田町の国立劇場(大・小ホール)です。


 「伊賀越」というと、「沼津」、と連想されますが、今度は、タテで、戯曲の全貌が聞けます。
 しかも、チラシでは、今回、「円覚寺」の段が入っています
 台本が、単なる敵討ちだけでなく、近松半二の意図した大名と旗本の争いにしているか、大夫がそこを十分理解しているか、そこも見ものではあります。

 そこで、きょうは、鑑賞のポイントを、初心者の方にも理解できるように、きっちりと、予習してみます。

 涼しくなってきた、秋、第一弾の長文となります。


 まず、「仮名手本忠臣蔵」の時代設定もそうですが、この『伊賀越道中双六』も、1634年、荒木又右衛門らの伊賀上野・鍵屋(かぎや)の辻での、仇討ち(あだうち)に至る追跡の物語(時代物)ですが、当時、幕府への配慮から、時代設定が、足利時代末になっています。


 したがって、冒頭、プロローグなども、1521年、足利十一代将軍治世の鎌倉・鶴が岡八幡宮ということです。
 もっとも、その割には、「吉原」なども出てくるので、几帳面に地図など参照していると混乱してきます。
 地図を参考にするのは、大きな舞台、双六のように進む、奈良郡山、沼津、愛知岡崎、伏見、三重上野、といった土地を主にしてください。


 余談ながら、ここでも、「八ツ橋」が、文中に現れます(「岡崎の段」)。
川の水が、八つの橋の何れの下におさまって外にもれない、転じて、男女の親密な仲を暗示します。
 さらに余談ながら、この段に、「がさ汁(すっぽん汁)と色事は、味を覚えたら止められるものじゃない・・。」、なんていうのもあります。古典は、こういう昔の言葉が沢山分かって面白い。


 次に、近松半二(1725ー83)の物語は、雄大で、構想豊か、しかも、その中に、多くの伏線を張ってあります。
 
 ですから、単に、「(よりどり)みどり狂言」で、「沼津」を聴くのとちがって、通しでは、人物相関、出来事を、きちんと理解しておく必要があります。
 その意味で、初見の方は、最初から、筋を追っていったほうがよいと思います。


 まして、本作品は、近松半二最後の、渾身の、作品(1783年)です。半二は、初演を見ずして亡くなりました。
 そして、この後、竹本座自体も、創設以来100年の幕引きとなりました。


 筋を、きちんと理解していても、例えば・・・、

 「饅頭娘」(7歳位の《お後(のち)》が、婚礼の席で、饅頭(まんじゅう)を欲しがる。)、その、政右衛門が子細を語らず《お谷》を離縁して、《お谷》や《五右衛門》を悲しませ、怒らせるのは我慢できない、

 あるいは、「沼津」の平作は、二人の子のうち、お米の方を愛していたのではないかとか、

 敵に組みする十兵衛を追って敵の行方を聞く平作の心がわからないとか、いや、あれは、それが口実で、息子に最後逢いたかったからだとか、

 あるいは、「岡崎」で、お谷が現れる必然性に欠けるとか、
 
 我が子・巳之助を殺して庭になげ捨てる心情は如何、

 ・・・と、いろいろ論争箇所がありますので、鑑賞しつつ、舞台がどのように語り、鑑賞者はどう考えるか、常に、気が抜けません。

(なお、「饅頭娘」の婚礼には、母・柴垣が、殿から志津馬に下された「敵討御免」の書状を見せ、そこで、一同、仇討ちが解禁、となるのですし、子を殺した、政右衛門の目にうっすら涙が浮かんでいる、という筋にはなっています。)


 次に、圧巻、壮大な見所、「沼津」や本来2時間を超える「岡崎」があります。

 特に、「沼津」は、「西風(にしふう)」【竹本座で初演した質実な曲風。対して「東風(ひがしふう)は、豊竹座で初演した華麗な曲風】の極みといわれます。
 文楽は、「聴覚重視」の古典芸能です。大夫、三味線の「風」をじっくり味わいたいものです。

 余談ですが、贔屓の人形の出に拍手をして、大夫を「じゃま」したくはないものです。

 また、「岡崎」は、子殺し、その残酷さから近時、歌舞伎では、上演されません。文楽での真骨頂でしょう。


 深刻な、「沼津」と、「岡崎」の間には、気分転換のチャリ場、助平の出る、「藤川新関」の場もあります。
 もっとも、この公演では、「沼津」で、一旦第一部が終わって、入れ替えがあるので、本来の意味がありませんが。


 ところで、以前、古書店で求めた、

長谷川伸集・荒木又右衛門
(河出書房「大衆文学代表作全集 第17巻・昭和30年刊、280円→100円)

にも、実際の事件の発端が小説化されています。
 この書は、3段ぎっしり、245頁ありますが、ぜひ探して、読んでいただきたい作品です。 


 さて、その、「伊賀越、仇撃(きゅうげき)」、実際の事件の発端は・・、

1630年、備前岡山藩士の倅、河合又五郎(20歳)が、友人・渡辺数馬(23歳)の弟、渡辺源太夫を、祭(祝儀踊りの催し)、しかも、藩主の世継ぎ誕生祝いも兼ねた祭りの夜に、家に侵入して切り殺したことです。
 真相は、美男の源太夫に、男色を拒否されたことのようです。

 もっとも、言い寄られた源太夫は、すでに、藩主・池田宮内少軸(しょうゆう)忠雄(ただかつ。29歳)の愛童であったようです。
 また、それを鼻にかけた、いやみな人間だった、と、長谷川の前掲小説には書かれています。

 ちなみに、忠雄は、同じ頃に、もう一人の愛童がいて、これも切り殺されています。
 
 本来は、仇討ちは、主、父、兄の復讐で、弟や子の仇討ちは認められていませんが、このような、殿の復讐心と後述する安藤家への殿の遺恨(「又五郎の首を我が墓前に供えるまでは、家督相続無用」!)が、つまりは、「亡君の仇討ち」になり、それを認めたのでしょう。


 少し横道になりますが、この事件後、又五郎は、父から、江戸に下って、旗本である上州高崎・安藤家の江戸屋敷に匿ってもらうことを助言されたようです。

 なぜなら、十数年前に、安藤家の江戸屋敷に仕えていた、父・半左衛門は、喧嘩で朋輩を切り殺したときに、池田家の大名行列に紛れて池田家邸に入り、池田家は、安藤家の引き渡し要求にガンと応じず、安藤家が無念な思いをしたことがあったのです。
 今度は、その逆に、安藤家に池田家の要求を拒絶させて、仕返しの機会を与えようとしたのかもしれません。
 事実、事件後、旗本vs大名家の大きな争いとなりました。


 なお、柳生新陰流、荒木又右衛門保和(やすかず)は、渡辺数馬の姉を娶っており、亡父・が、池田家の禄を食んだこともあります。

 荒木姓の名乗りは、出生地が伊賀上野荒木村、神官・荒木田宮内の倅(せがれ)だからです。
 文楽の中での説明によると、幼少に親から離れ、山田幸兵衛【後出】に育てられ、剣、槍、鎖鎌、体術、柔術(やわら)など仕込まれましたが、15歳で家出したとなっています。

 なお、又右衛門は、仇討ち達成後、41歳で亡くなったとも、あるいは、復習を避けるためそのように藩が流布したとも言われます。
 
 
 この事件を、舞台では、勅使下向の日、上杉家の家老、和田行家(ゆきえ)の子、和田志津馬【モデルは、渡辺数馬】は、悪友・沢井股五郎【同、河合又五郎】に唆(そそのか)され、吉原の遊女・瀬川と逢引きし、身請けの金五百両の代わりに家宝・正宗の名刀を質に取られ、あげく、酔いつぶされて職務の失態を演じてしまいます。

 
 和田行家は、そのような息子、志津馬を勘当します。

 さらに、沢井股五郎は、剣術の師であり、いま病身の和田行家を見舞う口実で来訪し、家を乗っ取る腹づもりもあり、無理難題を吹きかけた上、「勘当とは、偽りで、志津馬を屋敷内に隠しているのだろう・・。」と責め、あげく、床下に隠れた実内と計って、行家を切り殺して、床の間の正宗を奪い、逃亡してしまいます。
 息子、志津馬は、仇として追うことになります。
 芝居では、実際の事件と異なり、分かりやすく、父の仇、としたわけです。


 そこで、その追いつ、追われつの土地、その物語の土地を辿ると、さながら、「道中双六」のようで、この名題となっています。


 ・・というのがプロローグですが、折角ですから、少し、一番重要な、押さえておくべき、「舞台での」人物相関を整理しましょう。


 和田行家には、先妻の子が二人います。勘当した志津馬と、娘・お谷です。


 ところで、お谷は、荒木又右衛門、舞台では、浪人、唐木政右衛門と不義密通(「親の許さぬいたずら」)して、すでに、5年前に勘当されています。

 唐木政右衛門は、志津馬の友人で、助太刀に加わりますが、その理由をたてるのに、勘当され、家を離れた、お谷では仇討ちの理由が立ちません。
 そこで、お谷のお腹に子どもがいるのに離縁して、行家の後妻・柴垣との間に生まれた、幼い、お後(おのち。7歳位。なお、姿は、「芥子(けし)坊主の娘の形(なり)。つまり、頭の周りを剃って、真ん中だけ毛髪を残している子供の姿。)と婚姻します【饅頭娘】。


 なお、「岡崎」では、子を見せようと訪ねてきたお谷の子を、正体が露見しないようにでしょうが、切り殺します。


 志津馬と結ばれた、吉原「松葉屋」の遊女・瀬川は、今は、お米(よね)として、実父・平作(70歳位)の家に戻っています。

 お米は、「せせなげ(川の瀬)に咲いた杜若(かきつばた)」のような美しさ。

 平作には、昔、鎌倉にいた頃、2歳で養子にやった子、幼名・平三郎、今の十兵衛がいます。
 出世した、呉服屋・十兵衛(28歳)は、頼まれて、沢井股五郎を九州に逃す役目を負っています。

 親子再会したのに、平作は、志津馬の為に、命をたって十兵衛から沢井股五郎の逃亡先、九州・相良(さがら。今の、熊本県人吉市)を聞き出します【沼津】。
「理を非に曲げても(道理に反してでも)言わしてみしょう」、「親子一世(いっせ)の逢い初め、逢い納め。」とう名馬面になります。


 大和郡山(やまとこおりやま。今の、奈良県郡山市。誉田大内記(ほんだだいないき)領)の、宇佐美五右衛門は、勘当されたお谷を娘のように引き受け、唐木政右衛門を仕官させました。
 さらに、藩の桜田林左衛門と勝負して勝たせ、その地位を継承させようとしています。
 しかし、仇討ちの目的があるために剣術指南役となりたくない政右衛門は、わざと負けること、また、そうなった場合は、推薦者の宇佐美五右衛門の切腹は避けられない、腹を切ってほしい、ことを頼みます。それは、婚礼の後、午前4時頃のことです。試合は、午前6時からです。


 沢井股五郎の縁者、三州岡崎(今の、愛知県岡崎市)の藤川の新関(新しく設けられた関所)の役人兼農民の山田幸兵衛と娘・お袖(そで。17歳。昨年まで、鎌倉で腰元奉公していたが、主人指図の云号(いいなずけ。顔は知らないが、実は、沢井股五郎。)を嫌って暇ごいした。)がいます。

 お袖は、旅に難儀している志津馬に恋心を持ち、家に泊めることを父に頼みました。
 志津馬は、股五郎と偽っています。実は、江戸でのお袖の云号は、顔を見ませんでしたが、股五郎でした。
 そこで、一家して、江戸の云号(いいなずけ)を嫌ったのを後悔したりします。

 同じ夜、追手に追われている政右衛門を助けたのも、山田幸兵衛。
 かつて、勢州山田(今の、三重県伊勢市)の新陰流指南で、政右衛門(幼名・庄太郎)の師だったことがわかります。15年ぶりの再会です。 

 ここで、子殺し。
 政右衛門は、幸兵衛の信頼を得るためか、あるいは、武士として、人質をとったと有頂天になる幸兵衛に耐えられなかったこともあるでしょう。

 それにつけても、この「岡崎」(中世には、「矢作の宿」といわれました。)がクライマックスの地となり、政右衛門の元妻・お谷と子が訪ね来たのは、恋人を尋ねて、矢作から吹上に旅する「浄瑠璃姫物語」を彷彿します。


 そして、クライマックスの仇討ちと相成るわけです。
 ただし、荒木又右衛門の36人切りは、史実では、3人だったとか。

 駆け足、でしたが、主要人物のご理解が進んだのでは、と思います。これを元に、ネットなどにたくさんある「あらすじ」をお読みください。
 たとえば、「文化ライブラリー」、
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc16/iga/ajiwau/kosei/kosei_01.html 

【文字の上をワンクリックしてください。】


 ところで、ブログで、「予習」する、私自身の大きなメリットは、
「うろ覚え」で済まされないので、きちっと調べること、
また、「なぜ?」という、動機や原因を探ること、調べたことを書くので、覚えること、です。
 そして、当然ながら、整理されて舞台を聞く、観るのでツボを外さないこと、でしょう。

 余談ですが、以前、現役の頃に、いろいろな「講師」をしていました。
 新しい演題では、1時間話すのに、10倍以上の勉強をしましたが、これで分かったのです・・・「講演会で、一番勉強になるのは、講師」だと。
 ブログも、同じようなものかもしれません。


 では、劇場で、大いに楽しみましょう。

参考:
・「国立劇場上演資料集」(平成19年12月)
・「国立劇場上演資料集」(平成16年10月)
・新日本文学大系(94)「近松半二 江戸作者 浄瑠璃集」(岩波書店)~上級向きです。
・歌舞伎オン・ステージ(2)「伊賀越道中双六・妹背山婦女庭訓」(白水社)
・沼野正子「今宵も歌舞伎にまいります」(晶文社) 
・『長谷川伸集・荒木又右衛門』(河出書房「大衆文学代表作全集 第17巻・昭和30年刊、280円→100円)
・「復元幻の長時間レコード」~山城少掾の音源復元です。雑音が多いのですが、音遣いの参考になります。

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Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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