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朝食を食べつつ、「感動」ということを考えました



 朝食は、妻が出かけてから、ゆっくりと食べます。今日は、レタスサラダにハムエッグ(焼き方は、サニーサイドエッグ)、パンケーキ、2枚、といった「メニュー」です。
 もともと、「趣味」は、家事で、昔一度、休みの日に妻が洗濯を干していると、たまたま、隣の奥さんも洗濯干しをしていて、「今日は、ご主人ご病気か何かですか・・」と声をかけられたほどです。考え事は、「家事をしながらする」のが一番よいタイプです。

 さて、「新版歌祭文」の予習をしてから、少し、考え込みました。 
 「感動」だけでよいか、ということです。
 つまり、今、観た出し物を、素直に、一生懸命、理解しようと努力し、「感動し」、ただそれを語るだけでよいのかな、ということです。
 
 例えば、文楽です。理解すればするほど、今の上演方法で、見所の段を、台本の順序ではなく、1部と2部に「うまく」散らしたり、原作にある段を省略したり、改変したりしています。また、文楽は、古典文学や歌舞伎の「原点」ともいえるのにもかかわらず、多くの(勿論、例外はあります。ただ、私の経験した範囲では。以下同じです。)自治体などの「公共ホール」の職員なども、洋楽、演劇の知識はあるが、文楽や日本の古典を観たり、勉強したことのない人がきわめて多いのです。

 また、例えば、能です。ファンが拡大しない、と言いつつ、「永遠の古典」性の認識がぬけず、これも、「公共ホール(多目的ホール)」の職員なども、きちんと、能について議論できる人材が少なく、能を「ホール」で上演しても、能楽堂と同じ層の観客が、同じ感覚で、しかも、多くの空席で入るだけになっています。また、能が、当時に比較した3倍の長さになっていたりすることへの問題意識が希薄です。一方で、お祭り的な薪能は大人気です。
 
 また、例えば、オペラです。多くの「公共ホール」などは、洋楽中心で、時に、1オペラの上演に、約3~4千万円と、1年~2年の準備期間と、数か月の練習期間がかかりますが、このことに理解が得らない。
 また、「公共ホール」は、コディネイトできる人材が少ない。ホールや運営も「管理規則」にしばられいて、思い切った運営ができない。
 それらの結果、外部プロダクションや有名学者へ「丸投げ」になり、人気のある有名オペラや人気アーティストの上演、反対に、学者のペダンチックな出し物となり、市民からの意見、批判(市民の意見はしばしば自分の好みが土台となるときがあります。)に、きちんと答えられない。 「レアな」演目に対しては、経営的観点から批判されたり、また、仲間うちの招待客で席を埋めることが行われることが多く見受けられます。それで、ますます、公的団体では納税者が、オペラ、レア物には白い目で見ることになります。

 この3つは、通じるものがある、仲のよいジャンルで、例えとしてあげましたが、他のものも、大同小異といえるでしょう。

 そこに持ってきて、「公的ホール」である場合は、役所から、さらなる効率化、収支改善が求められています。それに対して、多くの公的団体は、独自の哲学がなく、それに従うか、「商業主義」に迎合して、自主的に出し物を「入り」のよいもの、あるいは入りのよい「方法」に改変してしまいます。

 「事業仕訳」的発想では、もっと「ニーズのある出し物」を、「経済効率的に」公演すべきだ、ということになろうと思います。しかし、その前に、今の出し物がどのような状態にあるか、そのままでよいか、どうすればいいか、それは民と官がどう分担すればいいか、といった芸術に対する「哲学」がきちんとなければならないと思います。

 ただ、ニーズのある、感動できる出し物をやっているだけでは、進歩はないと思います。
 それに、そもそも、「公共ホール」などでは、出し物の決定方法が、年に1、2度形式的に開かれるだけの理事会や芸術知識のない管理職の決裁権や、仲間内の数人の合議や学者「丸投げ」、詳しい職員の企画、が多くなります。そして、「行革命令」には真っ先に従います。あまり、「芸術的」では無いところが多いのです。

 観衆側も、ただ、観た舞台を感覚的に、感動した、という物差しや、ご贔屓さんの芸に浸るだけで測るのではなく、もう少し、「理屈っぽく」観る習慣と根気があってもいいと考えます。そういう態度が芸術をのばしていくのではないでしょうか。

 いろいろ、解決方法は考えられるでしょうが(事実、オペラ分野では、小さなNPO団体の上質なオペラ公演などが、200人以下の小さなのホールで数日間連続公演したり、といった試みが目に付きます。)こんなのも、面白いと思います。
 たとえば、「芸術を、きっちり、鑑賞する、初心者、研究会」を、ホール側と鑑賞者側などで作るというようなものです。
 
 「きっちり」というのは、単に、その舞台を評論家風に感動や評価を語るだけでなく、来し方、行くべき方向を持って語り、その感性を磨き、勉強することのうえで感動します、できればみんなで、ブログなどで発信します。
 「初心者」というのは、ベテランは、自分の好み・評価が固定し、問題点を心理的に「止揚してしまって」いる場合が多く、青臭い議論が抜けてしまいます。それに対して、熱心な初心者は、結構、理論をきっちり予習し、またジャンル横断的に同じような問題点を発見し、観られますので、このような課題にナイーブではないか、と思うからです。音楽ボランティアというと、詳しいひとばかり集まることの逆の発想です。
 「会」で、というのは、一人での勉強よりも視点が多様になるから、です。また、ゆくゆくは、何らかの「行動」も可能だからです。ま、会がなくても、いろいろなブログ発信者の方が、多少でも、このような観点を意識的にもって、ブログ提携してもいいのですがね。

 ゆっくりものを考えられるようになると、多少視野も深まってきたようです。でも、少しとり止めの無い無い文章になってしまいました。同業の方には、元同業からの生意気な発言ですが、心の悩み?ですからお許しください。
(なお、今回は、あえてご覧いただかなくてよいのですが、写真は、Wクリックで大きくなりますので、念のため。) 

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プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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