引き続き、『源氏物語』の読書が続いています。合間に、『学習院女子と皇室』を読みました。
引き続き、マイペースで、ゆっくりと『源氏物語』を読んでいます。2度目になります。
次は、目もよくなったので、ライフワークとして、原典で読んで行く計画です。
「源氏物語」は、ある意味では、大長編では無く、短編の集まり、したがって、読む順序に決まりはありません。光源氏(六条院)の成長に沿って読むのが一般的ですが、これすら、1桐壷の後は、5若紫・・、と読んだほうが理解できます。
光源氏をふった稀有の女性、朝顔との、なりそめが描かれておらず戸惑いますが、これは、脱落した「輝く日の宮」という帖があったのだそうです。道長の思惑で削除されたとの説もあります。
それはさて、いずれにしても、これだけ恋多い光源氏も、意外につくった子が少ない(夕霧、明石の女御、それに㊙冷泉帝)ことや、出家した女性と恋した女性の娘には手を出していないことに気づきます(例えば、夕顔の娘・玉鬘、六条御息所の娘・秋好中宮)。
これらに関して、源氏物語を読むと、紫式部の想いや平安時代の貴族の生活、和歌に興味が沸きます。そこで、途中で、これまでも、『紫式部日記』など、あれこれ読んできましたが、前者の観点では、
大塚ひかり『嫉妬と階級の源氏物語』(「新潮」所載の連載で、10月号の第10回で完結)、
酒井順子『紫式部の欲望』(集英社)
が参考になります。
前者は、嫉妬、後者は、欲望を切り口に紫式部の執筆心理を想像しています。
貴族の生活に関しては、既述の『大鏡』が、今の政界裏話の様で無類に面白い。以上は、〈参考書〉としてお薦めです。
余談ですが、能に「源氏」からの演目が、「葵上」など10演目ほどありますが、これも、以上のことを知らないでは真に理解できなかったと、改めて思っています。
さて、息抜きに読んだのは、新刊の、
藤澤志穂子『学習院女子と皇室』(新潮新書)
です。
実は、筆者の二男夫婦、その子ども達(筆者の孫たち)皆が、全員、学習院卒業・通学中なので、つい、手が出てしまいました。
本書は、小室夫妻、秋篠宮家の〝騒動〟の分析、昭和天皇皇太子時代の結婚に関する〈宮中某重大事件〉の紹介から入り、学習院・卒業生の歴史を、〈ノブレス・オブリージュ〉を物差しにして述べていきます。本書の著者も卒業生です。
この教育史を読んでいて、直接関係がありませんが、考えたのが、近時批判されることの多い、男女別教育です。
男女別学校は、修身思想とかに発するよりも、むしろ、学習院、津田塾、実践女子大など、近代黎明期に、女性が通える大学を造っていったから結果として女学校が増えたところが大きいのですね。
さて、本書ですが、オノヨーコ、加藤シヅエ、とよた真帆など、意外な多くの卒業生や、外遊による単位不足で進級できず「中退」扱いの上皇、「常盤会」会員誌「ふかみどり」(1910年創刊)などいろいろな興味ある〝知識〟を得られましたが、総体として、大きな山を前に十分な登山が出来なかった感じです。
多くの肝心なところを、他者(学者・卒業生など)の引用文で語らせたり、書物の帯にある宣伝文句の、小室・秋篠宮家問題も中途半端な〝触り〟様で、食い足りません。
本自体が、まるで学習院の様なお行儀の良さで貫かれています。
しかし、まあ、孫たちの通う学校の歴史をきちんと知ることが出来たのは大きな収穫でした。★
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梶よう子『焼け野の雉』 ~ 多くのエピソードを組み合わせ、その中の人間模様、江戸風俗の描写が秀逸で、頁を置けず一気に読了しました。 « ホーム
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