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原田マハ 『〈あの絵〉の前で』 ~ 絵にパワーを貰う話など、久しぶりに読書で憩えました。作者は、やはり、こういう絵画をメタファーにした小説が巧いですねえ。

 うるんだ蒸し暑さ、たまりません。
 それにしても、です。
 余談ですが、家居、ステイ・ホームや密を避けると言って、その話題の中に、《読書》を奨める論調を見たことがありません。不思議です。
 家の中で、場所も時間も問わないし、一人で、いくらでも時間が潰れ、一向に飽きないのは、読書でしょう。なぜ、読書の話が出てこないのでしょう。

 おまけに、図書館。さっさと「休館」しています。今は、何処でも、「貸し出し」は、「ネット申し込み」が出来るでしょう。借りる本を取りに行く時など、もう密防止が完成しているではないですか。まさに、この時代を先取りしたごとくのシステムがありながら、さっさと休むって何 ?
 美術館の学芸員のことを先日述べましたが、図書館の司書こそ、出番ではありませんか。図書館も、指定管理制度の事業委託が進んで、受託者は、何も言えないのでしょうか。

 ついでながら、今、何を読んで良いか分からない方には、さしあたって、
恩田陸 『土曜日は灰色の馬』(晶文社。近時、ちくま文庫あり。)
というエッセーなど如何。世の中のあらゆることに注視し、軽妙に書かれています。しかも、小説・少女漫画・映画に関して多くの頁が割かれています。

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 ・・と、本論に入ります。
 今度も、新刊です。

原田マハ 『〈あの絵〉の前で』(幻冬舎)

 絵画を素材にした6編の短編集です。

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 私は、ちょっと小難しい読書の合間に、コーヒー・ブレイクの様に、原田マハさんの、絵をメタファーにした作品を読みたくなります。
 今回は、短編ばかりですが、我が家の、都会ながら静かな書斎で、外に、時間毎に異なる鳥の地鳴きを聞きながら読書していると(キザですが、本当です)、今日の物語は、少し涙腺が緩んできました。
 こういう、何と言おうか、凝った比喩は出て来ませんが、ストレートに現代的な、やや少女っぽい(失礼 !)作品は、やはり原田マハさんは巧く、私は、この手の作品が好きで、憩えます。

「あの絵の前で」は、直接には、第四話「豊饒」の中の会話にも、第六話にも出て来ます(129頁)し、第五話「聖夜」には数カ所(161-163)出て来ますが、後者には、泣けてきますねえ。こういうのに弱いんです。

 第一話「ハッピー・バースデー」は、広島に住む、婆母子3人に主人公(母)夏花の大学時代の親友・亜季をからませた暖かい物語です。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)


 特に、婆と母、言い方を変えれば母と子ですが、この二人のやり取りが、すこぶる温かい。
 「(母に)ほんのり責められて」とか、「絵の前で、母と私はひとしく赤ん坊だった」とか、「静まりかえった水の底のような展示室」といった、心に残る表現が多い作品です。
 ここでは、夏花が、2歳の時、母親に連れていかれた《ひろしま美術館》と、同館の所蔵作品で、大学時代に亜季から誕生日(8月6日の原爆の日)祝いに贈られた手帳の表紙の絵、41歳になった夏花と亜季の再会するところで、
 フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)の、《ドービニーの庭》(1890。ひろしま美術館)が物語を進めます。

 この絵は、画家・シャルル・フランソワ・ドービニーの庭を、ゴッホが死の2週間前に描いた作品で、同名同構図の作品が、ゴッホ美術館、スイス・バーゼル美術館、ひろしま美術館にあるものです。

 本書は、惜しむらく図版が掲載されていないので、作品を読む前に、そこに出てくる絵画を、まず、スマホで調べて観賞してから作品を読むことにしました。

 第二話は、「窓辺の小鳥たち」。絵は、パブロ・ピカソ(1881-1973)の「鳥籠」(1925)。 この絵は、本書のカバーに図版が載っています。

 どこかで読んだ記憶がありますが、この絵は、作者が10歳の時、岡山に単身赴任していた父親に、大原美術館に連れて行って貰って観た絵だそうで、最初は、感動しなかったそうです。しかし、作者のアンリ・ルソーを主題にした作品「楽園のカンヴァス」(2012)にも、同じような趣旨で出てくる絵なので、それだけ思い入れがあるのしょう。

 物語は、長い同棲相手の男性を、「一生かけてやりたいことは」と挑発し、その結果、アルゼンチンにギターを学びに旅立たせることになった女性の、出発日の決心と寂しさを描いています。

 第三話は、「檸檬」。絵は、ポール・セザンヌ(1839-1906)の「砂糖壺、梨とテーブルクロス」(1893-1894)、ポーラ美術館に所蔵されています。

 「檸檬」と「レモン」を使い分けています。主人公・岡島あかねは、過去と、現在の、冷たい2つの人間関係の躓(つまず)きを止揚して、心の中のもう一つの人格、「モウさん」の語りかけで、再び、好きな絵を描こうとします。
 あわせて、動画や、ネットでは無く、本物の絵を観る大切さを再認識します。

 第四話は、「豊饒」。絵は、グスタフ・クリムト(1862-1918)の、「オイゲニア・プリマフェージの肖像」(1913)、豊田市美術館が、トヨタ自動車の寄付金18億近くで購入したものです。
 描かれているオイゲニア・プリマフェージは、富裕な銀行家の妻で、夫と共にクリムトのパトロンであり、元女優です。

 小説家志望で、母親に棄てられて祖母に育てられた主人公・亜衣が、死んだ祖母のような隣に引っ越して来たおばあちゃんと邂逅して、日常が変化し、ついに小説を書き上げます。
 祖母から貰った絵はがきの、また、隣人のおばあちゃんが勤める(実は、清掃員だった)という豊田市美術館にある「オイゲニア・プリマフェージの肖像」を観に行きます。

 第五話は、「聖夜」。絵は、東山魁夷(1908-1999)の、「白馬の森」(1972)、信濃美術館・東山魁夷館所蔵作品です。

 10年前に、21歳の時、冬山で遭難死した息子の墓に、嘗て、山から帰ったら紹介する筈であった恋人が、結婚報告の手紙を置いていきます。
 それを見た両親は、彼女が、最後に、果たされなかった、両親と4人で観る約束だった信濃美術館・東山魁夷館「白馬の森」を見に行くのを知って、後を追い、美術館の絵の後ろから彼女の幸福を祈って見守る、という物語。
 原田マハさんには珍しく、主人公が62歳の両親です。

 第六話は、「さざなみ」。絵は、クロード・モネ(1840-1926)の「睡蓮」(1915-1917)。地中美術館
 職場の人間関係に疲れ、体も壊して、子宮筋腫の手術から退院した女性が、病室のテレビで見た直島の美術館に向かう。そこで、モネの「睡蓮」の絵を観ているうちに、心に寄せたさざ波に悩みが流されて、元気を取り戻す物語。
 一番明るい「その絵の前」の物語です。

 良いですね、絵画って。私も、美術館に行って、絵からパワーを貰いたくなりました。

 さて、次からも、新刊ばかり、音楽(600頁ある「オーケストラ」)と、哲学(「世帯哲学1」)に歴史(「アジールと国家」、「下級武士の田舎暮らし日記」)の本を読んでいます。★

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Re: タイトルなし

 コメントありがとうございます。
 ぜひ、お読みください。心がほっこりします。

こんばんは^^

原田マハさんの作品は最近、「キネマの神様」を
読みましたが、続きが気になって一気に読了しました。

また時間があるときに別の作品も読んでみたいと
思っていましたので、『〈あの絵〉の前で』も
今度読んでみたいと思います。
プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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