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アーシュラ・K・ル=グウィン 『暇なんかないわ 大切なことを 考えるのに忙しくて』 ~ 「若い者には年寄りが務まらない」と持論を語り、自らの生涯の一冊や、愛猫を語り、文学論から半熟卵の茹で方・食べ方の話まで、ブログで語った話をまとめた一冊です。

 今日の本は、本年1月に出版された、

アーシュラ・K・ル=グウィン 『暇なんかないわ 大切なことを 考えるのに忙しくて』(河出書房新社)

です。

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 あと10年で作者と同年齢ですが、「絶対にやらなくてはならないこと以外のことをする時間が、以前に比べて一層少なくなる」こと、「医者に行かなくてはならない頻度が増すにつれて、そこにたどり着くことの難度がます」なんて、理解できますねえ。

 アーシュラ・K・ル=グウィン (1929-2018)は、米国の作家で、本書は、ジョゼ・サラマーゴが、85,86歳にポルトガル語で書いたブログ、「ノート」に触発されて、2010年から始めたブログの記事から41編が、死の前年、2017年に出版されたものです。
 85歳近くになったので、人目にたつような活動をしていないと死んだとみなされるおそれがあるので、生存している印を残した、墓場から手を出して挨拶するようなものだとも述べています。

 夫との日々の生活の苦労も、例えば、車を持たない老いての買い物や、老いて必要が増えていくのに、行くことの苦労が多い通院なども触れられています。
 夫に付けている渾名(あだな)は、「アッティクス」。政争に巻き込まれるのを嫌って、ギリシアのアテナイに移住した、古代ローマの実業家で、キケロの親友ですが、そのような名を付けたのは、さすが文学者です。

 第一部「80歳を過ぎること」から、第二「文学の問題」、第三部「世の中を理解しよとすること」、第四部「報酬」とあり、その間に愛猫に関するエッセイ「パード日記」があります。
 特に、第一部は、こんなブログが毎日読めたら、本当に楽しいだろうな、と思うほど引き込まれます。

 表題の「暇なんかないわ 大切なことを 考えるのに忙しくて」の由来は、第一部冒頭にありますが、81歳の時に、母校ハーバード大学から、1951年卒業生の60年目の同窓会前に来たアンケートに、「余暇には何をしますか」の問いがあったことからです。
 しかも、その選択項目には、「ゴルフ」などと共に「創造的活動」とあります。作家の自分がしている創造的活動は、余暇なのか。
 一方、そもそも、1951年卒業生は全員80歳以上で、大半が引退しているなずです。
引退した人にとって、余暇以外の時間があるだろうか、と問いを発します。
 そこから出た回答が、
「暇なんかないわ 大切なことを 考えるのに忙しくて」と言うわけです。

 そこから、寧ろ、現代の子ども達が、余暇無く、予定というベルトコンベアーに乗っているように次々と間を置かずに活動している様子に、「ぶらぶら歩きながら、なかなか深く、考えたり、感じたり」する「隙間にうまく滑り込む」こと、を願います。
 
 例えば、
 「年齢は気持ちが決める」などというポジティブシンキング(この言葉は、1952年にノーマン・ヴィンセント・ピールが提唱したものとか)を信用せず、むしろ、明晰な人は、自分が若いなどと思わず、自分がどんなに年を取っているか理解している
 だから、「若い者には、年寄りは務まらない」、こんなスローガンがあったら良いなと言います。
「83年生きてきたことが、気の持ちようの問題だと、まさか本気で思っているんじゃないでしょうね」、「私の老齢が存在しないと告げることは、私が存在しないと言うのと同じだ。私の老齢を消すことは、私の人生を消すこと、私を消すことだ」とも。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)


 また、著者は、猫好きで(あるフランス人は「猫は家の魂」と言ったとか)、13年間暮らしたゾロの死後、動物愛護センターで、飼い主が貧困の為に手放した子猫を譲り受けパートと名付け飼い始めました。
 この猫との生活が、各部ごとにに微笑ましく書き添えられています。なお、米国の愛護センターの充実ぶりや、猫にリードをつけて散歩させることも知ることが出来ました。

 第二部「文学の問題」も、面白い。
 特に、60年以上たって、始めて価値がわかった、自らの偉大な一冊と捉える、スタインベック「怒りの葡萄」(TGOW)のことを、親友であったスタインベックの姪ジーンを絡めて思い出を語ります。

 同事に、TGAN(ザ・グレート・アメリカン・ノヴェル。「偉大なアメリカの一冊」)に関する男性優位論的ジェンダー問題をヴァージニア・ウルフやモーシン・ハミットの作品や提言と共に語る一文は、注目に値します。
 なお、「芸術は競馬ではない。文学はオリンピックじゃあない」とは、他の部でも述べられています。

 また、近時、日本語でもよく遣われる「ファッキング(めちゃ)きれい」の、「ファック」、「シット」など安易な用語遣いへの警鐘が印象に残ります。
 原注にある、闘牛で、怒った雄牛(おうし)は赤い旗に向かって行くが、怒った雌牛(めうし)は闘牛士に向かって行くという話は、面白い逸話です。

 第三部「世の中を理解しようとすること」は、ジェンダーや軍服の話、成長と言うメタファーに固執する経済、など多様に世相に目を配って評しています。

 余談ですが、本書中の「弱強五歩格」(149頁)の意味を、スマホで調べているうちに、《たっぷりシェイクスピア !「シェイクスピア台詞の音楽性」》(新国立劇場「演劇講座」講師・河合祥一郎)に行き当たりました。すこぶるタメになりました。

 第四部「報酬」は、別に、印税の話などでは無くて、オペラから、秘書とファンレター(その中には「おねだり(ギミーズ)」もあって、それに対して「礼儀正しいノー」を出します)に対応した話、果ては、半熟卵の茹で方・食べ方をじっくり教示します。
 それは、「何によらず手をつけたことは熱心にするがよい。いつかは行かなければならないあの陰府(よみ)の国には仕事も企ても、知恵も知識も、もうないのだ」と、ながら仕事批判ひとつのことを全力でやることへの賛歌があります。

 第四部では、クリスマスツリーの〈木〉、その生物に対するあたたかい眼差しと人間への厳しい眼差しがあります。
 貧者に対する巨大なフードバンクの建物(大聖堂と、メタファーに呼んでいます。)の話や、旅行記を経て、本書は幕を閉じます。

 以前読んだ、メイ・サートン(1912-1995)の「82歳の日記」(みすすず書房。2004年)とは、また違う雰囲気の感動した一冊でした。★
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Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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