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立原正秋 『日本の庭』 ~ 晩年の思索に満ちた庭の再訪。遠慮無い評価と、博学な古典の知識が光る、まさに名著です。

 先日、パソコンの更新ファイル・アップ・デートが、随分長くて35分とかかっていた時、暇で、ふと、本棚にあった、約30年前に買ったまま(奥付けの発行日は、昭和54年(1979)5月)読んでいない本、

立原正秋(1926-1980) 『日本の庭』(新潮社)

が目に入りました。
 まさに、終活も、ほどほどに、です。捨てなくて良かった。

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 昭和49年(1974)12月に「序」部分が、昭和51年1~10月に1~10章が、「藝術新潮」に連載されたものです。78枚(12枚はカラー)の写真や石敷のデッサンも載っていて、完璧です。

 箱入り、布張り上製本です。1頁目を繰ると、京都北山の正伝寺や大徳寺での思索から始まっています。ちょうど、日本中世史の新書を読み終えたところで、足利義満や禅宗の話が頭にあったので、俄然興味が沸きました。
 でも、本書を読むと、既存の旅行案内書や観光案内僧侶の「禅と庭」に関する話は、ちょっと、眉に唾をつけて聞かなくてはと思うようになりました。
 賛否、好悪は別にして、本書は、京の旅には必読と思います。しかし、残念なことに、単行本は、絶版になっています。

 本書の文章・・、「正伝寺の山門を出たら、風が死んでいたことがあった。」など、まさに名文や、著者の、若い頃の悩みながらの彷徨が率直に書かれています。その悩みとは、きっと、作品がなかなか世に出なかった苦悩や、国籍のことかもしれません。

 氏は、再訪した庭であっても、「文章は、すぐ書けない。2か月ほど発酵させ、その中かから、必要な事象のみを掬いとるが、これがなかなか容易でない」、と書いていますが、本書は、単なる庭の案内記で無いことが、ここからも伺えます(85頁)。

 早速、寝る前の読書本となり、それは、至極のひと時となりました。
 私も、間もなく73歳。歳をとって、それなりの、少しばかりの知識を積んで、やっとこの本に、真の意味で邂逅出来たのでしょう。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)


 まずは・・、
 妙心寺塔頭霊雲院、春光院、天球院そして大徳寺本坊から始まり・・、

「生のさなかで、美しいものに出会えるのは、そうたびたびあることではない。」、
作庭は、最初は荒び(すさび。慰み・遊び)であった(変容するものに、後世の人間が思想をとりつけてどうなるのか。ただ、世阿弥、宗易の美は、後世不抜な思想となった。)」、
「論理性と思惟性の行き着く場所」、

・・と言い、

 修学院離宮では、完成された作庭を今更語るよりも、むしろ、15年かけた後水尾天皇の話題(108代)となり、
 さらに桂離宮では、精緻な庭とは言いながら、通俗的で気に入らぬところ、石畳の石の色ほか、蘇鉄山、天の橋立、洲浜などを相当の頁を割いて語ります。

 小堀遠州の庭については・・、

「庭の現世化」をしていて、荒びの無い、厚化粧をした(「綺麗さび」の装飾過多)俗な庭も造り出しているとし、その造形感覚は評価しつつも、空間が無く、まるで花魁(おいらん)道中を思わせる、

・・と語ります。

 著者は、いろいろな庭を訪ねた後、つまらない庭は、思考の篩(ふるい)から落ちて行くと語ります。
 そして、考えたのは、作庭術とは、自然をどのようにして庭にいれるか、と言うこと。
 龍安寺石庭についての若い頃の文章をひいて、多分、今もあまり変わっていない感想・・、石庭は、悟りがどうのこうのと言うのは後付けで、「暗さをすくうための庭」ではないか、という解釈を語ります。

 ここで、「禅と庭」は、本当にかかわりがあるのだろうか、という疑問を提示します。
そもそも、庭と禅を結びつけたのは、確たる知識を前提としない、「無責任な」志賀直哉の主観的意見に過ぎず、それ以前、庭は、〈風流〉の対象でした。
 加えて、もう一つ。石庭を禅と結びつけた、久保真一(「禅と美術」)の論を、無責任なミーハー的解釈、土産物店向けの空論と強く批難しています。

 むしろ、南禅寺方丈本庭・横庭、大徳寺龍源院本庭、妙心寺退蔵院枯山水、堺・南宗寺、酬恩庵方丈前庭、萬福寺法堂前庭を愛でて、ここでは禅を語り、

 さらに、浄土の庭、京都相楽の浄瑠璃寺、宇治の平等院鳳凰堂、岩手県の毛越寺(もうつうじ)を語ります。
 茶室の露地(表千家の不審庵、裏千家の今日庵、武者小路千家の官休庵)、民家の庭(重森三玲、中根金作、飯田十基らの作庭)、現代の庭師・・あえて言えば、現代の〈山水河原者〉・・なども含めて多くの美が語られています。

 途中、川上徹太郎とは、下関で河豚を食しながら庭について〈禅問答〉をし、なお、雪舟作と思われる山口市・常栄寺の庭には意見が分かれ、はっきり肯定の意見を言います。

 力がこもる・・、千宗易は、「内に花を秘めることにより逆に心の贅沢を得る道であった」、「精神的自足」を語り、「露地は、佗茶人の情念の表現ではなかろうか」と、自答します。
 夢窓疎石の天龍寺・西芳寺の〈荒び〉、〈一所不在〉や中世の語り・・外が乱世の時代、内で庭を造っていたこと・・も豊饒です。

 本書では、嫌いなものは嫌いと率直に、厳しく、語ります。例えば・・、

厚化粧の女を眺めているようで心に入らない清水寺本坊成就院の庭、
ばかばかしい、表情の無い霊鑑寺の庭、
露地の池に鯉を泳がせて、佗茶をぶちこわしている某露地、

はては・・、
観光を売り物にしている当世の禅坊主なら、庭には思想がある、と断言するだろう、
京や鎌倉の寺院に撮影を申し込むと、何万円よこせと僧侶がすぐ手を出す、
〈大徳寺大仙院〉は〈大得寺代銭院〉だ(竹山道雄書からの引用)、

さらには・・、
歯の治療が気に入らず、帰ったら怒鳴ってやる、
など。

 しかし、独りよがりの批判のための批判では無くて、事実と古典で論証しています。
 今の時代、これほど忖度無く、はっきりした物言いをする人がいるでしょうか。
まさに、目から鱗、心が洗われたごとき一冊です。

 ところで、中世の寺社は、国家権力に匹敵するような、想像以上の権力を持っていて、その敷地は、《アジール》であった、武装を禁じられた流血の無い不可侵の土地であった、と言う論が、
伊東正敏『アジールと国家』(筑摩書房)
に述べられているようです。早速、調べてみなければ。★
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Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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