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大本泉 『作家のまんぷく帳』 ~ 22人の小説家の食のこだわりに注目しました。むしろ、作家小辞典の趣の、簡明な作家身辺雑記が役にたちます。

 梅花は、霜雪に耐えて春、百花に長ずる、と言いますが、今年は霜雪では無く新型ウイルス。
 私は、もともと、家好きですので、出歩かなくても一向平気(だから、マスクは、10年前の騒動の時の備蓄が30日以上あるのを、全部、妻にあげて喜ばれました。)。
 陽の当たる書斎で、日光浴しながら本を読み、時々、フィットネス・バイクをこぎ、スクワットを50回ほどしての読書三昧。今は、「椿説弓張月」を読んでいます。この本は、後程じっくりと・・。

 今日は、朝日新聞の「天声人語」で、本書の、泉鏡花(1873-1939)の〈神経症的〉な食生活が紹介されていて面白そうだったので、早速読みました。

大本泉 『作家のまんぷく帳』(平凡社新書)

です。

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 その「泉鏡花ー食べるのがこわい」(23-32)ですが、酒は、ぐらぐらに煮燗(消毒)し、あんパンの指でつまんだところは捨て、リンゴも同じように頭と尻の部分を持ってコマを回すように横囓りして指の触れたところは捨て(リンゴをむく奥さんも大変です。)、上物でも刺身などは見るのもイヤ、安心できない家を訪問するときは、家で満腹にしてから出かける、という具合。

 食べ物ばかりか、郵便を送るときも、ポストの投入口の奥深くまで手を入れて、しばらくそのままで郵便物を離さない。ようやく投入しても、ポストの周囲に落ちていないか、3回は、ポストの周囲を回る。済んで、帰るときに、もう一度振り返る、と言う具合。
 家の中の鉄瓶の口や煙管の口にもサックをかぶせ、天井の木の隙間には半紙を細長く切って挟む、という生活です。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)


 小林秀雄(1902-1983)の相当な、絡んだりの酒癖が印象に残ります。
 なお、妹は、1923年頃からの画家集団「マヴォ(MAVO)」の、高見沢路直(後の、田河水包)の妻潤子です。これは、山本浩貴 『現代美術史』でご紹介しました。

 獅子文六(1893-1969)も酒が好き。ただ、晩年は、「独酌の酒」をじゃまされたくなかった。大食いで、鮎の塩焼き20匹以上、と言うのはすごい。本当かなあ〜。
 全くの余談ですが、私は、現役の頃の昼食は、昼休みぐらい一人でいたい、絶対の「一人めし」派でした。

 酒の話と言えば、女性では、幸田文(1904-1990)の、ある場所で、年配の女中さんのお酌の仕方が、「心をつぐ」様な仕草に感動しています。
 人の暮らしの中で様々に発する生きている証拠のような音、特に、台所の音の話は、さすが文学者です。
 これも全くの余談ですが、とうに亡くなった私の母が、私が幼少の頃、幸田文「流れる」(1955)の話をよくしていましたっけ。

 ・・という具合に、22人の小説家の食のこだわりが書かれています。

 冒頭は・・、

 樋口一葉(1872-96)が、小説の書き方を1年2か月間習っていた、「東京朝日新聞」専属作家・半井桃水(ながらいとうすい)宅で、1892年2月4日の氷雨の夜に、ご馳走になった、焼きたての餅入り汁粉は、いつも貧しく、14回転居し、母たきと妹邦子を養いながら小説を書き、24歳で早世した一葉にとって、桃水への想いもあり、とりわけ印象深いものだったようで、小説「雪の日」(1893)になっている、
・・という話から始まります。

 因みに、〈一葉〉とは、達磨(だるま)大師が、葦の一葉に乗って中国に渡って行った故事から生まれた(達磨大師も私も、お「あし」(お金)が無い意味)とか。 
 また、作家・斉藤緑雨の「筆は一本、箸は二本」(筆一本では、食べていけないこと)とは、言い得て妙です。

 比べるのは、ナンですが、樋口一葉が14回転居なら、こちらは11回。でも、理由は、貧困では無くて、「恋」が終わるたびの転居です。しかも、98歳までの長生きは、宇野千代(1897-1996)。実家は、酒造業。
 瀬戸内寂聴さん以上の(失礼!)恋多き生涯。気に入った食べ物は、1か月くらいずっと食べ続け、ある日狐が落ちたように止めるのだとか。

 やはり実家が酒造業なのは、内田百閒(うちだ ひゃっけん。1889-1971)。百閒の由来は、故郷岡山の百間川から付けられました。
 23歳の長男久吉が、高熱でメロンを食べたいと言ったのを、高いからと夏みかんにして3日後、病が急変して亡くなったことを後悔して、一生メロンは口にしないと誓ったそう。

 一葉に多少影響された、久保田万太郎(1889-1963)は、家庭的には悲しく、また、女性関係でも揉めた生涯でした。赤貝を喉に詰まらせての死でした。
 久保田万太郎が、赤貝で死んだのなら、北大路魯山人(1883-1959)は、田螺(たにし)の食べ過ぎの肝腎ジストマによる肝硬変。
 魯山人の前半生は、生誕から逆境続きでした。

 私の書棚に、読もう、読もうと思って、まだそのままの『富士日記』(昭和52年田村俊子賞受賞)がありますが(そろそろ読まねば)、その著者、武田百合子(1925-1993)の、食「日記」は、なかなか夫婦、家庭の情もあってほっこりと読ませます。

 やはり、山口瞳(1926-1995)は、睦まじい夫婦。氏の堅焼きソバにたっぷり芥子をかけたのや、グリンピースご飯は、私も好物です。

 ・・もっと載っているのですが(ところで、本書に選んだ作家の〈選定理由〉が、よくわからない。)、本書の最後は、藤沢周平(1927-1997)で終えます。
 氏の人柄や庄内地方の食べ物が紹介されますが、作品の引用も多く、網羅的でやや焦点が定まらないのは、藤沢ファンとしては残念です。

 作家紹介が主になっているようなところが多く、それはそれで、小文学事典のようで役にたちます。ただし、紹介が、最初の履歴部分と重複していて、工夫の余地があります。
 肝心の食に関する部分は、作品引用もやや煩わしく、焦点が定まらないところもあり、また、文章の脈絡が突然変わるところや、年表記が、西暦だけだったり、元号だけだったり、丁寧に両方書かれていたりと、入り乱れていて、読んでいて手間がかかりました。★
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Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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