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原田マハ 『美しき愚かものたちのタブロー』 ~緻密な構成で、主に1910年代から1953年までの、「松方コレクション」に情熱をかけた人々の迫力満点の物語。一気に読ませます。これを読むと、「国立西洋美術館」を訪ねる態度が変わります。

 はじめに余談から。「二期会」オペラの、次年度(2020年9月から2021年7月)のS席シーズン券を一括前売りで買いました。
 出し物は、「フェデリオ」、「メリー・ウィドー」、「タンホイザー」、「セルセ」、「ファルスタッフ」と良く、全回初日(プレミエ)で、最前列です(5万円。通常7万円)。
 ま、それくらいは、生きながらえているでしょう。
 なお、今シーズンは、あと、「椿姫」と「サムソンとデリラ」を買ってあります。

 さて、本題です。
 今日の本は、面白くて、2日で読了しました。

原田マハ 『美しき愚かものたちのタブロー』(文芸春秋)

です。

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 《タブロー》とは、キャンバス画をさすフランス語ですが、本書では、《絵画》と訳されています。
 松方コレクションをめぐる、絵画に情熱をかけた人々の物語です。
 つまり・・、
 絵画約1万点をヨーロッパで蒐集した、松方幸次郎(1866-1950)と、その絵を、第2次世界大戦中にフランスにいて守った日置釭(こう)三郎、さらに、戦後、フランスに摂取されたそれらの絵画の「返還」に力を尽した田代雄一とその周辺の人々を描いています。
 とても、「愚かもの」などとは、思えませんが、タブローを想い、絵のために人生を捧げた人々の物語です。

 ところで、昨年、6-9月、「国立西洋美術館」で、「松方コレクション展」が開かれました。(クリックして、「2019/9/4」の記事を、ぜひ、ご参照ください。)。
 本書は、タイミング良く、あるいは意図してか、その直前の5月に刊行された本です。
その時に、読んでおけばよかったのですが・・。
 同展覧会には、本書に出てくる、フランスが返還を拒んだ、ゴッホのアルルの寝室」(1889)なども展示されていました。

 私は、著者のファンで、ほとんどの作品を読んでいるのですが、先日の『風神雷神』上・下が、天正遣欧少年使節メンバーに俵屋宗達が参加したという、やや〈過ぎるフィクション〉で、私には、あまり興味なく読み終えた〈後遺症〉がまだあって、今回、著者の作品を読むのはどうしようかな・・と、悩んでいたのですが、読んで、本当に良かった。
 読まなければ、著者から遠ざかってしまっていたかもしれません。

 それにしても、やはり、著者は、キュレーター(美術の学芸員)資格を有していて西洋美術に詳しく、しかも、近時はパリを仕事場としているようなので、それが、今回の作品では、絵画説明は勿論、パリの風景描写に最大限生かされています。

 前にブログにも書きましたが、「国立西洋美術館」設立の経緯は、だいたい知っていました。
 しかし、小説として、たとえフィクションが混ざっているとはしても、細かい歴史的〈行間〉が、このように物語で埋められると、感動的で、同美術館に通う態度が少し変わってしまいます。
 次に行ったときは、まずは、じっくりと、感動的に、建物全景を見ることになるでしょう。
 
 さて、本書は、松方幸次郎(1866-1950)とそのコレクションを元にした「国立西洋美術館」の絵画の物語というので、きっと、日置釭三郎(松方のフランスでの秘書で、元海軍航空隊技術士兼飛行士。1883年島根県生まれ)などの活躍が描かれるのかな、と思っていました。
 しかし、日置は、最初、146頁で少し頭出しする程度で、次には、159、248にも少し出る程度。しかし、終盤、327頁から、圧倒的存在感で登場しました。

 妻のジェルメンヌと、パリの戦時下にコレクションを守って、悲劇的だが、感動深く描かれるのです。まさに、スリルに満ちていて、頁を置くことが出来ませんでした。
 2日で読了したのは、後半のこの感動にあったと言えるでしょう。

 余談ですが、このところ、面白い本ばかりで、次々に、あまり早く読了するので、中3日あけて・・ゆっくり読んでいただけるように・・記事をアップしているこのブログで、ご紹介する本が詰まってしまいやや困っています。

 閑話休題。本書の大半は・・、
 オーソドックスに、戦前、松方幸次郎が、画学生・田代雄一の助言を得て、絵を収集するエピソードと、
 戦後、フランスに接収された《松方コレクション》を、吉田茂の命で、先ほどの田代雄一が、フランスから《返還》交渉にあたり、ついには、数枚の絵を除いて日本に帰り、上野の国立西洋美術館を建設して収めるまで・・、
が描かれます。

 本書の、良く出来た構造を、少し俯瞰してみますと・・、

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

 まずは、田代が、フランスと絵画返還交渉を始める1953年から、本書がスタートします。

 そして、田代30歳代の1921年に戻り、
さらに、1866年の松方生年の話になり、好子(三田藩主九鬼隆義の娘)との結婚、松方の1902、1907、1911年の洋行の話になります。
 松方は、1910-1920年代に、約1万点の絵を購入したといわれています。

 1919年の黒田清隆(1886年生まれで松方と同郷。画家。「外光派」。1896年「白馬会」創設。)らと松方交流の話になり、この時すでに、松方の《共楽美術館》構想が登場します。麻布仙台坂に4千平米の土地も準備されました。

 そこから、また、1953年の交渉と、パリで田代が、訪れれて来た、やつれた様子の日置に邂逅します。

 話は、再び、1921年の松方5度目の洋行になり、1922年の松方帰国、1925年の田代帰国、
 1927年の金融恐慌と、松方が、1928年社長辞任の話をはさんで、

 話は、1931年の日置48歳・ジェルメンヌ40歳の結婚13年目の話になり、1940(第2次世界大戦-)を、1953年の目まぐるしい日置の回想になります。最後は、日置56歳、ジェルメンヌ49歳。ジェルメンヌの病死に繋がります。
 パリの西、アポンダンへのコレクション疎開の描写は、迫力に溢れます。

 最後・・1959年上野の国立西洋美術館開館で幕となるわけです。日置は、病死しました。

 因みに、松方が集めた約1万点の作品のうち・・、

約900点は、保管していたロンドンの倉庫の火災で焼失、
パリにあった約400点のうち、375点が国立西洋博物館に帰還、約20点はそのままフランスに(多分、日置が、費用捻出の為に売った作品を含みます。)保留、
国内に送られた約1,000点は、債務などで全て散逸、
宝石商アンリ・ヴェルナールから買った浮世絵約8,000点だけは、国立博物館所蔵となりました。

 なお、作品中、1921年松方の洋行には、海軍・福田馬之助造船中将から依頼された、Uボート設計図入手の密命といった、余話の点描も入ります。

 あっちに跳び、こっちに跳び、と巧く構成しています。惜しむらくは、絵画の記述について、数か所でも、キュレーターしか書けないような光った記述があれば、もっと、作品の重厚度がましたでしょう。
 いずれにしても、傑作でした。

 次は、恩田陸『祝祭と予感』と、これも楽しみな、評判の作品を読み始めます。★
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Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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