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梶よう子 『とむらい屋颯太』 ~葬具屋を舞台に江戸の人間模様を描いた、まるで、江戸のホームドラマのような市井の物語六編。

 「現役」の頃から、数十年通っている、大手町の理容店に行き、その後、もう、朝9時から開いている、丸善書店で、来年のカレンダーと薄い手帳を買いました。
 手帳は、もう無くても良いんですが、《年齢早見表》は、どうしても必要なんですね。

 さて、前回の、朝井まかてさんの次は、やはりファンである梶よう子さんの新刊小説。

梶よう子 『とむらい屋颯太』(徳間書房)

今度は、どんな物語か、ワクワクして頁をめくって行きました。
 江戸新鳥越町二丁目にある「葬具屋」つまり、「とむらい屋」を舞台にして、市井の人々を描いた、六編の短編からなる物語です。

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 一章、大店の君津屋に台所奉公している、植木屋・与八とおていの娘・八重が、大川に土左衛門であがった不審死、
 二章、馬喰町の公事訴訟宿(江戸宿)に泊まっていた加平次が独楽(こま)の紐を持って凍死していた不審死、
・・を読むと、まるで、颯太の謎解きミステリーかな、と思ってしまうのですが、だんだんと、二章で、加平治が、子どもの昔、加吉と言った頃の、兄の長助(長じて峯屋長右衛門)との話が出てくる頃から、主人公たちの辛い過去、その中で光明を与えてくれた人を、縁あって葬る物語が頻出します。
 そうなると、もう、梶さんの世界に引き込まれていました。
 世の中に幸福を絵に描いたような人は周囲にいない、という物語が続きます。
 今度は、こう来たか・・・。

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朝井まかて 『落花狼藉』 ~江戸「吉原町」の約50年間の盛衰と傾城屋「西田屋」の人間模様を〈切先鋭い〉主人公花仍を中心に描いています。

 今度、朝井まかてさんが書いたのは、江戸吉原の歴史と、そこにある傾城屋「西田屋」の人間模様です。
 朝井小説大ファンの私は、今年、8月刊行の本を、秋深くなって、今、精読しました。

朝井まかて 『落花狼藉』(双葉社)

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 物語は、親仁(とと)さんと皆から慕われた、吉原の傾城屋「西田屋」の庄司甚右衛門と、気の強い妻・花仍(かよ)の生涯を、遊郭「吉原」の歴史を詳述しつつ描かれます。

 江戸が開府され、当初、圧倒的に男性人口が多かった当時は、売色もさかんでした。
 それを、秩序をまもるためという理由で、一箇所に売色の店を集めた、遊郭の吉原は、甚右衛門の手腕で、12年かけて、唯一の〈売色御免〉公許の町になり、甚右衛門が惣名主となり「町」と認められました。
 当初、江戸幕府を甘く見て吉原に〈投資〉しなかった、角町(すみちょう)の九郎右衛門の店などとの諍いも長く続きました。

 その間、吉原の町も11年たつと、由井正雪の乱で浪人が逃げ込むのを防ぐためや、江戸城大奥の反対もあって、また、何よりも吉原周辺が江戸の繁華街に成長して来たこともあって、今度は、遊郭の風紀を守るためという理由で、江戸の外れ、葦の生え田圃の広がる浅草浅草寺裏の新吉原に移ることを命じられたりもしました。

 その時も、甚右衛門は、町奉行との移転条件交渉に没頭します。
 大火災が、正保2年富沢町出火の火災と、明暦3年の大火災、さらには、万治3年の大火と三度起こり、再起に苦労します。店や家は勿論、妓夫も死にます。

 「吉原」は、湯女がいて売色する「風呂屋」(売色しないのが「湯屋」)や、売色する「お国歌舞伎」との争いもずっと続きます。

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加須屋 誠 『地獄めぐり』 ~自己の内面の欲動を、顧み・抑えること、としての地獄思想に触れることが出来ます。

 余談ですが、時代の流れが、どうも「そちら」(キャッシュレス)の様なので、私もその一つ、《PayPay》を始めました。
 Yahoo ! JAPAN IDで、チャージ用のYahoo ! JAPANカードもつくり(それも、Tポイントに有利なマスター・カード)、正統的に構築しましたが、結局、チャージは、セブンイレブンATMでしています。
 始めるにあたって、ネットの各種投稿、特に、You-tubeの動画の説明が随分役立ちました。始めると簡単で、確かに、《現役》の人には、必須かもしれません。

 今日の本題です。

 子どもの頃、親から「嘘をつくと閻魔さんに舌を抜かれる」とか、「お天道さまが見ているよ」などと言われた記憶があります。
 また、小説に出てくる「火車(かしゃ)」とはどういうもの、と思ったこともあります。

 しかし、閻魔さんや、地獄について、きちんと知る機会が無いまま72歳まで来ましたが、ここで始めて、この本で知ることが出来ました。

加須屋 誠 『地獄めぐり』(講談社現代新書)

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 今、もう一冊

中島 敦 『中国小説集』(ランダムハウス講談社)と、
『中島敦』(河出書房新社・道の手帳)

も読んでいます。

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 後者については、神奈川県民ホールで、オペラ『カルメン』を観る折、神奈川近代文学館の「中島 敦」展に立ち寄ろうと思ったからです。
 『カルメン』については、《ゲネプロ(総仕上げリハーサル)》と《本公演》と、2回(2日)観ますが、ゲネプロ前に文学館(「中島敦展」)を、本公演終了後は、近くに泊まって、翌日、横浜美術館(「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」)に行く予定をしています。

 さて、閻魔さんや地獄・・、

 まず、〈閻魔天〉が、裁きの〈閻魔王〉になったのは、12世紀頃からのようです。
 閻魔、は、サンスクリット語のヤマ神の音訳です。そこに、チグチス・ユーフラテス河流域のシュメール人の文化である地獄の思想が入って来ました。

 中国では、8,9世紀頃から民衆に道教の教えが混ざって、そのような傾向がありましたが・・例えば、人が死んで7日、49日毎に閻魔王の裁きがあるので、肉親らは、少しでも刑が軽くなるように供養した如く・・、我が国では、まだ、仏教伝来当初は、閻魔王という、最初の人間、したがって最初の死者として、12天の一人として仏教を守る役割がありました。

 やがて閻魔天から、裁きの〈閻魔王〉になった閻魔は、同生神同名神、という二人の倶生神を従えています。
 二人は現世に出張し、前者は人の右肩、後者は人の左肩に付いて、人の生涯の善悪の行いを詳細に記録します・・いわゆる「お天道さまが見ている」ことでしょうか。

 人は死ぬと、先の記録に基づいて〈閻魔王庁〉の合議で裁かれます。
 合議は、閻魔王のほか、書記の司命、司録など〈五官〉です。先の記録の外、〈浄頗梨鏡(じょうはりきょう)〉という、過去・現在・未来の一切を写す鏡もあります。

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深水黎一郎『トスカの接吻』 ~2日で読了しました。オペラ解釈や舞台裏話満載で、オペラ好きには、抜群に面白い作品です。

 知りませんでした。この作者、この作品。
 面白かった。実に、面白かった。

深水黎一郎『トスカの接吻』(講談社ノベルス)

です。少し古く、2008年作品です。

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 前回の、『エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』の美術と言い、このオペラと言い、ややマイナーな読者対象で、本の売れ行きを案じてしまいます。

〈トスカの接吻〉とは、第2幕でのローマの歌姫・トスカが、警視総監・スカルピオをを刺殺する時の台詞です。
 因みに、私が、このオペラを観たのは、2007年2月でした(演出は、アレッサンドロ・タレヴィ、指揮・ダニエーレ・ルスティオーニ)。
 この11月に日生劇場でも観る予定があります【下は、そのチラシです。】。

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 小説のあらすじは・・、

 ジャコモ・プッチーニのオペラ『トスカ』の第2幕で、恋人カラバッドシを捕らえ、処刑すると言って、トスカに言い寄る、王党派の警視総監スカルピアを、トスカは、隠し持ったナイフで刺し殺します。
これがトスカの接吻よ ! 
と言いながら。

 しかし、舞台では、ここで、すり替えられた本物の短剣で、首の頸動脈を切られたスカルピア役が本当に殺されてしまいます。

 おまけに、数日後、このオペラを演出した、世界的演出家も風呂場で頸動脈を切られて殺されました。
 その現場には、「これがトスカの接吻よ」という文字が、鏡に口紅で書かれ、死体は、奇妙に、手を交差したような格好をしていました。

 殺された演出家は、来年上演する新しい「トスカ」の演出を記者会見で発表したばかりです。
「トスカ」のオペラ台本や台詞の分析を踏まえて、「トスカ」の読み替え・新解釈、《スポレッタ黒幕》の演出を考案していました。

 その新演出は、スカルピアは、トスカを我が物に出来ると思ってからは、カラバッドシを、見せかけの処刑にしようと意図していたものを、部下のスポレッタが、トスカをやはり我が物としたくて、命令に背いて実際に銃殺にしてしまった、というものです。

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承前。激情で描いたスーチンを中心にした、「エコール・ド・パリ」の、四人の「呪われた芸術家たち(レザルティスト・モウディ)」の話です。

 スーチンの絵を観ていて、直接、関係は無いのですが、大江健三郎の、「文学の文章は、美しく書かないで、あえて歪めて書く」、という指摘を思い出しました。

 一人の画家を知るには、1、2冊だけ参考書を読んだのでは、余計疑問が深まります。
 スーチンの場合も、例えば、貧困と言われていますが、バーンズやカスタン夫妻に絵が売れた後もなぜそうだったのかとか、どうして名医にたやすくかかれたのかとか、ゲルダの収容されたのはドイツの強制収容所では無くてフランスのそれだったとか(これは思慮深く読めばすぐ気づきますが)、あるいは、そもそも、マリー・ベルト・オーランドは自殺したとか・・、なかなかそれぞれの本だけでは、行間が埋まりませんでした。やっと、ほぼ理解出来たので、アップしてみます。

 さて、今回も、まずは、ハイム・スーチンの絵画、
マキシムのボーイ」(1927)です。

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 ボーイの屈託、屈辱(チップを貰う差し出した手をご覧ください。)と雇用不安を想像させる中に、あざけるような笑い、も表現されています。
 似ている絵は、先日の、前回のブログの
ページ・ボーイ」(1925~7頃)。

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 寂しげな目、しかし、口は官能的です。支離滅裂なようで、作者の激情が表されています。これにもミステリー小説に出て来た、カドミウム・レッドが使われています。
(スーチンは、指を遣っても描いたそうですから、カドミウム中毒ということも捨てきれません。)
 この外に、真っ赤な服の絵は、後援者・マドレーヌ・カスタン(室内装飾家)が当時破格の3万フランで買い上げた「座る少年聖歌隊員」(1930)、それに、「赤い服を着た女」(1922)、やはり前回のブログに載せた「心を病む女」(1920)などがあります。

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 多くのスーチンの絵は、全て身をくねらせ、流麗からほど遠く、ある女性の絵は、スーチン自身が胃潰瘍であったことから、極端な痩せたウエストで描かれています。
 いずれも、不気味な戦慄を与え、苦しむ者の存在の根源から発しているようなデフォルマッション(対象の変形・歪曲)です。

 前回、スーチンと晩年の約3年を過ごした女性、ゲルダ・ミハエルスの本(『スーチン その愛と死』)を紹介しましたが、実は、その外に、ゲルダの前に、スーチンには、ボーレット・ジュルダンという女性がいました。
 1925年頃に、画商・ズブロフスキーが、モデル兼家政婦として紹介した女性です。
 さらに、ポーランド女性のデボラ・メルニク

 そして先ほどのゲルダの次に(大戦中、ゲルダが、フランスの敵国であるドイツ人であるため、1940年5月15日からフランス国内で強制収容されて、スーチンと離れざるを得なくなった後)、四番目、死を看取ったマリー・ベルト・オーランドと、4人の女性が係わりました。
 マリーは、当時、35歳位で、マックス・エルンストの前妻でした。美人でしたが、気が荒く、昔、アル中かで精神病院入院歴もあったとか。
 スーチンの墓(後に、墓碑銘が彫られた時に、スーチンの綴りと生年が間違っていました。)に自分の場所を確保しておき、1960年に自殺し、亡くなったときに、そこに埋葬されました。
 マリーとゲルダの複雑な感情は、ゲルダの前掲書に書かれています。
 メルニクは、1925年に女の子を産みましたが、ゲルダの書に出てきますが、後に手紙で知ったスーチンは認知しませんでした。
 何れの女性もスーチンに尽くしましたが、ゲルダが最も献身的で、スーチンが心の安らぎを得たのは間違いないようです。

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画家スーチンに凝って、深水黎一郎 『エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』を読みました。 ~絵画の蘊蓄にみちたミステリーです。 エコール・ド・パリの絵画史と、スーチンの絵画が関係する現代日本の密室ミステリーで驚きの結末に至ります。

 前々回も少し触れましたが、先日、国立西洋美術館の「松方コレクション」で、エコールド・パリ(パリ派)の画家、ハイム・スーチン(1893-1943)の
「ページ・ボーイ」(1925)と、
「常設展」会場の、
「心を病む女」(1920)、
を観て以来、スーチンの書物に集中しています。
 写真は、書斎の机上です。下記の書物3冊と、機器の《ポメラDM200》(キングジム)があります。《ポメラ》は、フタを開ければ、すぐ入力できるので、書き溜めの執筆に欠かせません。執筆終了後にパソコンにリンクして、ブログに複写しています。

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 さて、ハイム・スーチン。シャイム・スーチンとも、カイム・スーチンとも言います。
 先ほどの、「心を病む女」。
 ・・画題は、「狂女」、「気違い女」などとも言われますが、もともと、画題は作家自身がつけたものでは無く、画商やパトロンがつけたものですが、本作は、作家・林芙美子さんが所蔵していたものです。
 何となく、納得できるではありませんか。
 死後、夫の林緑敏さんが、1960年、開館1年余の国立西洋美術館に寄贈されました。(美術評論家・嘉門安雄「日本にあるスーチン」~「カイム・スーチン 世界の巨匠シリーズ」月報所収~)。

 そこで、今日読み終えたのは、2008年2月刊行の作品ですが、

深水黎一郎『エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』

(講談社ノベルス)です。
 レザルティスト・モウディとは、「呪われた芸術家たち」という、エコール・ド・パリの画家たちを言います。

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 なぜ、読むのが小説か ? と言うのは、この小説中に、書中書のように、エコール・ド・パリ、エコル・ド・パリとも言い、《エコル》とは流派のことですが、この「美術史」の記述が、主人公が書いた著書の形で、独立して数章入っているからです。
 さらには、小説本文中にも、随所にエコール・ド・パリやスーチンら画家に関する記述が出て来ます。
 スーチンに関する書物が少ない中で、これは貴重な資料です。

 著者の深水黎一郎〈ふかみ れいいちろう〉氏は、1963年生まれ、慶応大学文学研究科後期博士課程修了で、在学中、仏政府給付留学生として留学、ブルゴーニュ大学修士号、パリ大学DEAを得ています。
 ですから、本書中の美術史の部分は、それだけで、一冊の価値がある記述です。
 併読している下記の参考書籍も、その《参考文献》で知りました。
 余談ですが、この著者の、オペラを題材にした作品『トスカの接吻』(講談社ノベルス・2008年)を探し出して、読み始めました。11月に、日生劇場で「トスカ」を観る予定ですので、余計に面白い・

 閑話休題。その併読しているのは、

ゲルダ・ミハエルス 『スーチン その愛と死』(美術公論社)、

 (ゲルダ・ミハエルス(愛称・ガルド嬢)は、スーチンと晩年共に過ごした女性です。
《ガルト》とは、看護婦の意味での愛称ですが、看護婦ではありません。スーチンと住み、医者に行くのを勧め、レントゲンを撮るのを説得し、タバコだらけの床を掃除して、極貧の中に暮らして、スーチン死後は、フランスに帰化し、パリに一人で過ごし、この書は、1977年に出版されていますが、その前年、1976年までは美術館に勤めていて、その時点で65歳でした。)

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 もう一冊は、大判の画集、
・『カイム・スーチン(世界の巨匠シリーズ)』(美術出版社)
です。

 きょうのブログでは、主に、小説のほうを中心にお話しして、エコール・ド・パリなど絵画史については、後日「続編」として、あらためて書いてみます。

 では、早速、小説(ミステリー)の概要で、
まずは、全体のポイントは・・、
(なお、ネタばらしは、最後の「追記」で書きますので、結末を知りたくない方も、ご安心して本文をお読みください。)

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宮部みゆき 『あやかし草子 -三島屋変調百物語 伍之続』 ~ 度肝を抜かれ、めまいがするほどの、主人公・おちかの名言で、感動の《第一期》が終結します。

 このブログに、私も数冊読んだ、有名な女性作家の方が訪ねてくださいました。元気が出ました。

 猛暑の中、行きつけの新橋・第一ホテルのランチ・ブッフェを食べた後、日本橋・三越に行って「みんなの寅さん」展を観て来ました。12月上映の50作目のプレ・イベントなんでしょう。
 山田洋次監督直筆原稿を観られたことは良かったですが、それくらい。私は、招待状だったから良いのですが、入ったと思ったらもう出口。その間は、大半がポスターで、入場料(800円)を払った人は怒るのでは・・。

 本題です。
 きょうの本は、

宮部みゆき 『あやかし草子 -三島屋変調百物語 伍之続』(角川書店)

です、
 ぐっと分厚い565頁ですが、面白いので、頁の多さは全く気になりません。

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 シリーズ第5作目。これまで、断続的に、4作目まで全て読み、いよいよ、現在出版されている最後の、5作に追い着きました。
 このシリーズは、人間の奥底を描いて、何れも内容が《重い》ので、第4作を読んだ後、しばらく間を置きました。そのせいで、登場人物が、皆、懐かしい。

 この第5作で、・・勝手に名付けるのですが・・《第一期》が完了のようです。
 主人公・おちかの祝言、それによって、聞き役が富次郎へ交代する、という感動の結末を持って終わるからです。

 今回、読んで気づくのは・・、
・ おちかの、実家「丸千」での《事件》からの〈日にち薬〉の効き方。
・ 小旦那・富次郎の新しいキャラクターぶり。
・ 叔父夫婦の、これまでの苦労と良い歳の取り方。
・ 江戸の商家の日々の暮らしぶり。
が格段に良く描かれています。
 書名「あやかし草子」は、富次郎が、「変わり百物語」をおちかの脇で聞いた後、その印象を1枚の絵に描いて、それを仕舞って置くための桐の大きな箱のことです。

 さて、内容は・・、

 今回は、第一話「開けずの間」から、三島屋の小旦那である次男・富次郎(おちかの従兄にあたります。21歳。)が、「変わり百物語」の聞き役に加わりました。聞き終えた後には、聞いたあやかしの語りを1枚の絵に収めます。これが、まずは、新趣向。 
 なお、因みに、三島屋の若旦那(跡継ぎの長男)・伊一郎は、通油町の小物売商・菱屋に修業に出ています。こちらが若旦那ですから、次男・富次郎は《小旦那》という訳です。

 ところで、主人公・おちかは、川崎宿の旅籠・丸千の娘ですが、昔、おちかを取り合った二人の男性のうち、許婚・良助(よしすけ)が殺され、下手人も、おちかに恋心のある幼なじみで自死してしまうという悲劇がありました。
 この心に負った傷を、〈日にち薬〉で癒やすため、実家を離れて、江戸の叔父・伊兵衛の営む、小物屋である三島屋で、娘+女中の様にくらし、さらに、叔父の発案で、トラウマを癒やす一助になるように、三国屋の奥の黒白の間で、人の怪異な話、「変わり百物語」を、「名はふせて可、聞いて聞き捨て、語って語り捨て」で聴くこととしています。

 本書では、これを始めてから、約3年たっています

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木内昇 『化物蝋燭』 ~人の心の寂しさを掬い上げ、その運命、嘆き、願いが物の怪となって繋がる、各一作が重い、見事な短編集です。

 暑い、ですが、私は、一昨年から、避暑に行くのをやめています。
 行き帰りが暑くてしんどいし、荷物をまとめるのも億劫ですし、何よりも、やはり、家のほうが余程広くて、食事も都会のほうが便利です。本も沢山あるし、パソコン機材も周囲にあることも大きい。ま、実際は、もう、歳なのかもしれませんが。

 そう言う、都会生活のわけで、昨日は、中目黒のヘアー・サロンに行くと言う、お盆休みをとらない息子と、終わったら落ち合うということで、昼に、目黒・雅叙園の中華料理店「旬遊紀(しゅんゆうき)」で、妻共々、フル・コースを味わいました。

 久しぶりに、ブルックス・ブラザースの半袖シャツに麻のスーツ。それに、ストローハットにサングラスと、都会風に洒落込みました。
 3時間近く、たっぷり食べましたが、中華料理は医食同源なのか、行き帰りに汗をかいたせいか、はたまた、夕食をとらなかったせいか、1kg弱体重が減っていました。

 さて、本題です。
 前回の「渦」に続いて・・その「渦」のブログは、力を込めた割には、お盆のせいか、しばらく置いていても《視聴率》が伸びませんでしたが・・、今回も、良作に当たり、読書の楽しみを満喫しました。
 その作品は、

木内昇 『化物蝋燭(ばけものろうそく)』(朝日新聞出版)

です。

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 木内昇(1967-)は、『よこまち余話』(2016)、『櫛挽道守』(2014)、『漂砂のうたう』(2011)で、いずれも、感銘を受けた、好きな作家です。本書は、本年7月末刊行の7編からなる短編集新刊で、すぐに入手しました。

 ゆっくりと、文章を味わえます。至極の読書のひとときと言えましょうか。

 まず、江戸弁(職人も、「わっち」と言ったのですねえ。)と江戸の地理市井の生活描写知らない言葉が印象に残ります。例えば・・、

「せっかく真猫(しんねこ)だったのにねえ、喧嘩別れでもしたのかえ」
《真猫》とは、気の合う男女の仲睦まじい語らいです。
 こう言う時、スマホは、すぐ調べられて良いですね。もう、スマホ無しじゃあ生活が不自由になります。

 若い女性の描き方も、例えば、色白の女性は・・、
「残雪を思わせる肌に切れ長の目 奥二重・・」、「白粉気がないのに淺瓜のように白く・・」、「顔の輪郭を見失うほどの色白」という感じです。
 体がほっそりと、病気がちのことを「蒲柳(ほりゅう)の質(しつ)」と言うことや、いろいろな言葉を知りました。メモしておくと良いですね。

 出てくる生業(なりわい)も・・、
羅宇屋」(らおや。煙管の掃除をする。煙管の雁首と吸口の中間の竹管部分を〈羅宇〉と言います。)や、「早桶屋」(埋葬用の桶を急いで作ります。)や、本書の表題『化物蝋燭』に出て来る「影絵師」、果ては、「提重」(さげじゅう。重箱に菓子や鮨をつめてお屋敷や寺社を廻る商売女。実は、私娼)などです。提重は、新しく知りました。

 そう言えば・・この様な題名の小説がありますが・・、「付喪神(つくもがみ)」。
 主人の為に一生懸命働いて来た道具が、古くなったといって簡単に捨てられたときに取り付く霊です。《終活》も良いですが、呉々もお気を付けになって。冗談です。

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大島真寿美 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』 ~素晴らしい ! 直木賞を受賞する筈です。人形浄瑠璃作者・近松半二の生涯とその周辺を、優しさのこもる眼差しで描いています。

 本年7月の、第161回 直木賞候補の女性ばかり6名を知った時に、「ああ、これは多分、原田マハさんではないか。」と思っていました。
 しかし、受賞したのは、本作でした。そして、一読で納得。これは上手い。感動ものです。

大島真寿美 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(文藝春秋)

を読みました。

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 大阪弁で、台詞が地の文に溶け込んでいる、まるで、浄瑠璃のような文章が、テンポ良く進みます。
 作者・大島真寿美は、56歳で、デビューは、1992年ですが、時代小説は始めてとか。  
 1985年から1992年まで、劇団「垂直分布」で、脚本・演出を担当していたとのことですから、なるほど、と頷けました。劇団の経験も、作品に溶かしこまれているようです。

 ところで、私は、文楽(人形浄瑠璃)好き。とりわけ、近松半二(1725-1783)、中でも「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」のファンで、本年5月に、国立劇場で、久方ぶりの〈通し〉公演も観たばかりです。前回は、約10年ほど前に、大阪(文楽劇場)まで観に行っています。

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 半二の戯曲は、明るく華やかで、色気もあって、謎解き・どんでん返し・サスペンスに満ちていて、からくりも満載です。
 因みに、近松半二は、近松門左衛門とは、何の関係もありません。尊敬しているだけです。
 本書では、その近松半二の生涯を、単純な成功物語では無くて、常に呻吟する、悩める主人公として描いていきます。ストーリーテリングの見事さです。
 話の中の、お末や、死に際の母・絹の描写などが実に上手い。最終部分の妻・お佐久と娘・おきみの姿も清々しい爽やかさで、心うたれます。

 本書の肝は、道頓堀全体の渾然一体となった操(人形)浄瑠璃や歌舞伎世界の〈渦〉、虚と実の〈渦〉、そこに生きる人々の人間模様の物語です(参照;202,208,233頁)。
 浄瑠璃は戯曲で先行し、すぐ後に、歌舞伎が追いかけて上演します。著作権などありません。むしろ、先行作品の欠点を修正したりして完成度をあげて行きます。歌舞伎の方は、戯曲よりも、役者を見せるのが主ですから、そのように脚色します。そのあたりが、繰り返し出てきます。
 一体となったの中で、それぞれが影響され、頭角を現し、虚実の間に苦しみます。

 余談ですが、この10月国立劇場の歌舞伎演目は、四世鶴屋南北作「天竺徳兵衛韓噺」ですが、これは、近松半二の「天竺徳兵衛郷鏡」が、道頓堀の〈渦〉の中で先行作になっている作品です。

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武川佑 『落梅の賦』 ~騎馬、船の戦場面の描写に迫力があります。戦国末期の勢力図を鳥瞰して理解することのできる作品です。

 暑くなったので、寝室を1階北側和室に、書斎を2階北側に移しました。
 どの部屋も、クーラーは在るのですが、北の和室は、洒落たような小さな窓も無くて、雨戸を閉めてしまうと、朝8時を過ぎても、カーテンの隙間から陽の入る様なことも無くて、真っ暗なので気にいっています。
 また、北の書斎は、もともとは、私の書斎だったのですが、陽ざしが入らず、かといって天窓があって書物も読み易く、それでいてクーラーの効きが早いので気にいってます。本だらけで多少狭いのですが。

 このところ、書斎を変えて、本に囲まれた部屋になったら、現代美術史の本を読むのに夢中になって、ブログのアウト・プットを怠りました。しばらく、この状況が続くかもしれません。
 あっ、それから、ご同役と同じに、私も、庭の雑草取りに、疲れています・・。

 さて、きょうは、新聞書評で知った、本年4月刊行の戦国時代小説です。

武川佑 『落梅の賦』(講談社)

 著者・武川佑(たけかわ  ゆう)は、1981年生まれ。本書は、2016年デビュー後の第2作です。立教大学博士課程でドイツ文学を専攻(前期課程)し、書店員、専門誌記者を経て小説家になられたとか。

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 ところで、私は、本書に平行して、古書店で、400円で入手した、

市川正徳 『図解 江戸民族史』(けいせい)

を座右に置いて、《騎射戦がうみだした大鎧(よろい)》、《兵器とともに変化した戦争形式》や、《火縄銃》、《忍者》、《水術》などの知識を得ながら読了しました。
 ただ、小説を流し読みしては、勿体ない。

 物語は、分かりやすい。
 武田家滅亡間近の、
甲斐武田衆ご一門衆・穴山信君(のぶただ。後、梅雪)、
武田信虎の11子・武田信友
信友に従う佐藤信安(のぶやす。清安(せいあん)とも。)
の謀反を、主・武田勝頼の対比で、必然性ある説得力で描いたものです。

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笠原英彦 『皇室がなくなる日』~皇位継承の歴史と現代天皇継承の問題点を整理した、センシティブな課題への労作です。明確な「答え」には窮している感じの叙述ですが。

 余談ですが、かかりつけ医に血液検査、血圧測定をしてもらいました。全く、問題なし、でした。別段、運動もしていないのですが、ストレスを溜めないのが良いのかも。

 さて、江戸の世に、新井白石が、3宮家(伏見宮、桂宮、有栖川宮)では皇統の存続に不安があると、閑院宮家を新設したことがありました。
 その不安が、70年後に的中し、1779(安永8)年に、118代 後桃園天皇が早世し、閑院宮家の祐宮(さちのみや)が、天皇の養子(猶子)となって、即位し(光格天皇)事なきを得たことがありました。

 今日の本は、いささか衝撃的な書名です。

笠原英彦 『皇室がなくなる日』(新潮選書)

です。

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(なお、先ほどの、宮家の話ですが、明治、大正の頃には、出家が禁じられたこともあって、還俗した者が宮宅を創設することが多く、14家に増え、財政を圧迫しました。その後、終戦後には、GHQの命もあり、3宮家を残して、11宮家51方が皇籍離脱しました。今日の話に、若干関係してきます。)

 歴史の本を読んでいても、例えば、大化の改新、乙巳の変などとあっても、そこで生じた結果だけを知って、そこでの当事者たちの「血のつながり」は、あまり記憶していません。
 いわんや、天皇空位が10年あったとか、称制(天皇空位時の執政代行)が行われたとか、終身性から譲位制に移ったとか、世代内承継から直系承継になったとか、天皇の多くが側室などの非嫡出子であったとか、あまり細かいことは、覚えていません。
 せいぜい、藤原氏が天皇の外戚になって権力を振るったこと(例えば、不比等の娘二人は天皇に嫁ぐ)や道鏡の暗躍が強く印象に残っているくらいでした。

 今日のこの書物は、むしろ、そこに、皇位継承関係に焦点をあてた内容です。
 前半は、皇位継承のさまざまな例と問題が如実に現れている7世紀を梗概し、中盤は、現在の皇室典範との関係で、その淵源となっている明治期皇室を述べ、終盤は、現代の皇位継承問題を扱っています。

 特に、悠仁(ひさひと)親王まで40年間男子が誕生せず、男女比率も1:7で、戦後、華族制度も無くなり、勿論、側室制度や庶子(正室ではない女性から生まれた子ども)は認めない世の中で、今後の天皇継承者を考えるのは、超難問と言えそうです。
 本書の著者も、やや考えあぐねている感じがしないではありません。

 著者は、「悠仁(ひさひと)親王までは、皇位継承順位を変えずに「男系男子」を優先し、セーフティネットとして(一代限りの)女性宮家を創設する。」
という結論ですが、それにしても、次に男子誕生を期待される、悠仁親王の結婚相手探しにも、深甚な心配をします。

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今村夏子 『父と私の桜尾通り商店街』 ~ざらついた現代にピタリの作風。心の奥底の重いこだわりや呻吟を汲み出すような物語です。ややグレーの美しい活字の頁に反して、内容は、気色(きしょく)悪い !? ところもあります。

 余談ですが、『本の旅人』(角川書店。月100円)の「休刊」通知が来ました。休刊、と言っても、事実上は廃刊のようです。
同書は、新潮社の『波』と共に、毎月、上質な内容でしたのに、残念です。

 巻頭に、編集長の「休刊によせて」という一文がありますが、感傷的な大学時代の思い出よりも、マスコミ人として、紙媒体の同書が「休刊」に至った理由、経営状況など数字をあげて問題提起してほしかった。
 また、連載中の幾つかは、創刊する、電子媒体の『カドブンノベル』に引き継ぐようですが、それがどういうものか、全く情報も無いのは、いささか不手際ではありませんか。

 さて、今日の本は、6つの小品からなる短編集 (2019年2月刊行)です。
 表題から、てっきり、微笑ましい短編集だと思いましたが、意外に、重い作品集でした。
 いわば・・勝手に期待しただけですが・・寿司を食べに行ったら、ラーメンが出て来た感じでもあります。

今村夏子 『父と私の桜尾通り商店街』(角川書店)

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 著者(1980-)のインタビュー(2019年2月28日)をネットで読むと、太宰賞(2010)受賞後、芥川賞の候補(「あひる」)にもなったベテランながら、・・謙遜かもしれませんが・・「もう書くことがないと完全に諦めていた」が、文学ムック編集長に、「自分の楽しみのためだけに書いてください。」、と言われたことで気持ちが動いて書いた作品ばかりとのことです。
(因みに、太宰治賞(2010・デビュー作「あたらしい娘」)の翌年には、三島由紀夫賞(2011「こちらあみ子」)。それから、確かに、随分立って、2017年に野間文学新人賞・芥川賞候補(「星の子」)を受賞と、ブランクがあります。最新作は、「むらさきのスカートの女」(朝日新聞出版))

 いわば、書くことが無くなって、呻吟して書くと、人の奥底の苦しみを汲み出してしまうものなのでしょうか。
 あるいは、「楽しみ」に書いたとなれば、もともとの作風、傾向、本質がこの本のようなものなのでしょうか。
 ネットで確かめると、この作風が受けているようです。これらを知って読まないと、ちょっと「失敗」(!?)します。

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 本書の短編6つ目、最後の、表題の短編『父と私の桜尾通り商店街』は、惨めに過ごした商店街のパン屋を閉じる段になって、事もあろうに、新しいパン屋を始めようと〈偵察〉に来た女性と邂逅したことによって、それまでのくびきや父の桎梏からテイクオフした女性を描きます。
 ちょっと、常識からは考えられない行動がありますが、呻吟した心の奥底のこだわりをはき出したような、重いけれども、清々しい物語です。

 冒頭の短編、「白いセーター」は、「伸樹さん」から、前年のクリスマスにプレゼントされた白いセーターですが、お好み焼き屋に、着ていくのは、匂いがつくし、ソースで汚すかもしれないと躊躇っていたもの。

 楽しい夜になるはずだった、クリスマスイブに、同棲している「伸樹さん」と夜に、お好み焼きを食べに行く約束をした。ところが、その午前中に、急に、その伸樹さんの姉の子どもの子守を頼まれ、そこで起きた、ささいな出来事。

 好きな人と一緒になれば、おのずとその家族との付き合いが付いてくるし、人生、こんな些細な苦さは何度もある。そんな心の奥底の重苦しさを、ちょっとした出来事で、繊細に描いています。その後、二人の関係は、文章から判然としません。

 以上の2作以外は、好き嫌いが分かれるでしょう。

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重木昭信 『音楽劇の歴史 オペラ・オペレッタ・ミュージカル』 ~音楽劇の歴史を、受容する観客側からの変遷で書いた意欲作です。特に、アメリカの音楽劇(ミュージカル)史が俄然詳しく、面白い。

 今日のお話に関係しますが、今年の「トニー賞」ミュージカル部門は、「ヘイディズタウン」が8部門で受賞しました。この作品は、オペラ「オルフェウスとエウリディーチェ」を現代風にした作品だそうです。
 オペラ「オルフェウスとエウリディーチェ」は、オペレッタ「地獄のオルフェウス(天国と地獄)」の基にもなっています。

 さて、知っているつもりでも、まして、そうでないところは、読み出したら、面白くて止められない本が今日ご紹介する本です。

重木昭信 『音楽劇の歴史 オペラ・オペレッタ・ミュージカル』(平凡社)

を読了しました。本年3月刊行です。
 オペラ、オペレッタ、ミュージカルの、「音楽劇」の歴史が書かれています。

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 私は、オペラ、オペレッタ、能・狂言、歌舞伎、文楽・・と一通り観劇歴がありますが、ミュージカルは、舞台では、このブログにありますが、2010年6月に帝劇で、作曲・レナード・バーンスタイン、台本・ジョン・ケアードの「キャンディード」(初演は、1956年)を観た以外、多分観ていません。

 映画では、幼時に、「オズの魔法使い」(製作は1939年。なお、私は、1947年生まれです)を観て後、「ウエストサイドストリー」や「サウンドオブミュージック」、「メリーポピンズ」を20代前後に観た程度でしょう。

 この本は、ミュージカルに詳しい著者ならではで、ミュージカルというもの、を良く理解できます。

 考えてみますと、オペラも現代のミュージカルも、ある意味、共通する歴史があります。
 アメリカは、貴族・王族がいませんが、ヨーロッパの革命に近い、南北戦争(1861-65)、不況(1873-96)・大恐慌(1929)、世界大戦(1914-18)、禁酒法(1920-33)などが、微妙に音楽の傾向を変えています。

 音楽的には、何れも、台本が〈薄い〉ので、演出家の解釈・出番が大きくなっていることや舞台装置を競うことなど同じ傾向です。
 一方、オペラとミュージカルの大きな違いは、ミュージカルは、《踊り》が、《歌(音楽)》・《台詞》と全幕で融合しているところでしょうか。あと、ミュージカルは、マイクを遣い、オペラは、声楽家が声を競うこと。
 その他の、変遷は、似たようなものと感じます。

 著者は、音楽専門家では無く、実業家ですから、まさに、趣味が高じたところでしょう。
それが、この本を、理解しやすく、ツボにはまって、読んでいて面白い仕上がりになっているのでしょう。
 前半、100頁ほどは、要領よく(本当に、的を得たまとめ方です)、ヨーロッパのオペラ、オペレッタなどの歴史が語られます。

 後半が本書の特長です。アメリカの音楽劇の歴史、ミュージカル誕生から現在までの歴史が、俄然、面白い。

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梓澤要「方丈の孤月 ー鴨長明伝ー」 ~少し、鴨長明のイメージが変わってしまいました。 「方丈記」を基に、多くの歴史事実を加えて、鴨長明の一生と人物を鮮明に浮き上がらせます。〈無常〉観の歌人よりも、ひねくれた偏屈者、の性癖に焦点があたっていて新鮮ではあります。

 「わが人生で一番の楽しみは、のんびりと肘枕でうたた寝して、自由の境地を味わう以外に無い」、
 ・・漱石晩年の信条、「則天去私」を彷彿させます。また、
 「気のむくまま、のんきに好きなように日々を過ごしてさえいれば、人間、最低限の邪念しかわいてこない」・・、と言う、
鴨長明 (かものながあきら・1155-1216)。
 もっとも、大原隠棲(50歳)の時は、早々に「飽きて」しまったようですが・・。

 「・・行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず・・」で、有名な『方丈記』の作者です。
 今回読んだのは、

梓澤要「方丈の孤月 ー鴨長明伝ー」(新潮社)

です。

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 梓澤要(1953-)の小説は、これまでに「荒法師運慶」(本ブログ・2017/8/28)、「遊部」(本ブログ・2018/8/9)、「画狂其一」(本ブログ・2018/2/25)、「万葉恋づくし」(本ブログ・2018/3/13)を読んでいます。

 今まで、鴨長明の人間像については、隠棲してはいても、情報収集に長けていて、行動力もある人物と考えていましたが、本書で、後述するイメージに変わってしまいました。

 ところで、本書、些細ですが、肝心なところで、誤植があります。
 鴨長明が自ら詠み、好む和歌、「石川のせみの小川の清ければ月も流れをたづねてぞすむ」〈石川のせみの小川は水が清いので、月もこの流れをわざわざ探し求めて宿り、澄みきった月影を映している〉の、「石川」が「石川」となっています(3月20日初版)。
 「せみの小川」は、鴨川の古名で、鴨長明の下賀茂神社(賀茂御祖神社・かもみおやじんじゃ)に縁があります。「せみ」は、「澄む」と「住む」がかけられています。

 さて、私は、本書を読む前に、『方丈記』を、さっと読了しましたが・・、

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澤田瞳子 『落花』 ~《平将門の乱》での僧・寛朝の「朝敵調伏祈願」の史実を元に、多くの細かい史実・伝説のパーツを遣って、壮大な物語を組み立てた重厚な作品です。

 まずは、このブログのアクセス数が、5月4日22時前後に、18万を超えたことをご報告し、愛読していただいている皆様にお礼申し上げます。何卒、これからもよろしくお願い申し上げます。

 ところで、千葉にある成田山新勝寺・・歌舞伎・市川宗家「成田屋!」で有名・・は、本作の主人公・寛朝(かんちょう。916-998)が、本作でも主題の一つである、平将門の乱のおり、朱雀天皇(61代)の密命を受け(939)、京・神護寺の不動明王像(空海・作)を奉じて、関東下向しました(940)。

 その霊験あってか、将門の額に、寒の戻りの逆風に乗った矢が命中。乱は鎮圧されました。寛朝が、帰京しようとしますが、不動明王が動こうとせず、成田山新勝寺を開山しました。
 成田山「新勝寺」の《新》は、将門が名乗った《新皇》、に《勝》ったからとか。
・・という史実を土台に、全く新しく物語を構想し、小説化したのが、

澤田瞳子 『落花』(中央公論新社)

です。

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 小説では・・、
 寛朝が、将門調伏のために関東下向したのでは無く、師を探し、梵唄(ぼんばい)修業するために関東下向という筋になっています。
 それでも、一時、将門の「(戦の)至誠の声」にうたれます。
 つまり、寛朝は、梵唄、特に、真言声明(しょうみょう)の第一人者だったところを物語の大筋としたわけです。
 なお、分かりやすく言うと、《声明》とは、仏教儀式の〈法会〉の時に(従って、御詠歌や巡礼歌が除かれます。)、僧侶が、経典に節を付けたように唄う仏教音楽(声楽)です。
 信徒を精神的境地に誘導、教化していこうとするものです。

 余談ですが、近年の僧侶が、宗教的信念も無く、布施を得る渡世の方便に、事務的に、聞く人に何の感銘も与えない、空虚な読経することへの強い批判が仏教界にもあります(参照:『仏教音楽』(音楽之友社)中、片岡義道氏「解題」)。
 因みに、寛朝の真言声明(天台声明もあります。)は、仁和寺を中心に「進流」(一方は「新義派」)として大きく勢力を伸ばしましたが、他の流派もそうですが江戸期に衰退しています(前掲書)。

 著者・澤田瞳子(1977-)は、さすが、同志社大学文学研究科博士課程で、奈良仏教史を学んでいるだけあって、これまで読んだ、「若冲」(本ブログ・2016/5/9)、「火定」(本ブログ・2018/7/26)、「龍華記」(本ブログ・2018/10/25)と、いずれも重厚な作品が続いています。

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鴻巣友季子『謎解き「風と共に去りぬ」』 ~大当たり ! めっぽう面白く、有益な〈テキスト分析〉です。

 参考に・・、と読み出したら、これが、めっぽう面白く途中で止められません。それは、

鴻巣友季子『謎解き「風と共に去りぬ」矛盾と葛藤にみちた世界文学』(新潮選書)

です。

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 私は、「風と共に去りぬ」(Gone with the Wind / 以下、GWTWと略します。)を、2015年4月から、数か月間隔で、順次、全6巻が出版されて行った、荒このみ・新訳の岩波文庫で読んでいきました。
 ところが、あまりにも面白くて、最終の第6巻が待ちきれず、50章から63章は、これも新訳で、一足早く出版されていた、新潮文庫の鴻巣友季子訳で読んでしまいました。この訳者は、本書の著者です。

 なぜ、そんなに面白かったのか・・。
 本書でも書かれているように、「共感できないヒロイン」に、いつの間にか共感していたこともありますし、何よりも、ストリー展開の面白さ、物語のトーンの卓抜な切り替え、善悪の一方には流れない筋、それに、随所にある、例えばシリアスなシーンで急にずっこけさせる筆致・・全くもって見事なものです。
 どうして、もっと早く読まなかったのかと、この時、後悔しました。

 それは、多分、映画のGWTW(1940年封切)から、大河恋愛小説、通俗的大衆小説と思っていたからでしょう。

 小説GWTWを読み終えた後、このブログに書いた感想(2016年1月24日付)を読み返してみますと、これは大河恋愛小説なんかでは無い、それに、「主役」スカーレット・オハラを、メラニー・ハミルトンが食った感じ、小説はアメリカの影が描かれている、などと書いています。
 本書を読むと、その感想は、まずはアタリで、一安心しました。

 さて、本書では、私も感じた上記の様なことを、もっと広く、深く、根拠を述べて書いています。面白く読める訳です。

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橋本治『ひらがな日本美術史 (7)』 ~いよいよ期待膨らむ最終巻 !  第7巻は、すでに豊かに達成している日本絵画をどのように再び完成すれば良いか(これが重要)に悩む、明治・大正・昭和の画家たちを描き、全巻に係る作者の主張が出た魅力ある最終巻でした。

 寒い桜雪の話題が聞かれますが、こうなると気億劫で、「・・別に用事も無いのに外に行かなっくても・・」と、例によって書斎に籠もります。
 今、鴨長明「方丈記」を読んでいます。梓澤要「方丈の弧月 鴨長明伝」を読む予習の意味です。小説を読むために古典をひもとくのは、逆のようですが、梓澤要の作品は、手強いので・・。
 あと、「ラファエル前派兄弟団」と「ギュスターブ・モロー」の美術展に行くので、これも、予習しています。前者は、明日、日生劇場の講演会の前に寄るつもりです。

 さて、本題です・・・、

 きょうの、この書は、話が、あっちに行ったり、こっちに行ったりして、また、平気で「へた」とか、「優れたものとは思わない」、「意外とどうってことのない作品」などと言う感想が述べられていて、びっくりすると言うか、魅力の一つでもあります。

橋本治『ひらがな日本美術史 (7)』(新潮社)

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 この巻は、既に既刊を通して感じて来たように、日本絵画は、既に、近代以前に豊かに達成されている、写生だってきちんと出来ている、だから、(ここが重要です。)一度完成したものを、どうやって再び完成して行くか・・が主な問題意識、テーマになっています。
 通論で、平板に、7巻まで、良い絵を紹介・説明して来ているのでは無いことを、改めて気づき、確認しておく必要があります。
 したがって、この巻も、横山大観、岡倉天心、菱田春草など、〈尋常〉な大家は、登場しません。

 ですから、例えば、35歳で死んだ、今村紫紅(しこう。本名・寿三郎。1880・M13-1916・T5)の「熱国之巻」(1914・T3)、その20メートルに及ぶ日本画の絵巻物の記述には熱い感慨の様なものが感じられます。

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《連続テレビ小説「なつぞら」》を観て、〈戦災孤児〉を書いた、石井光太『浮浪児1945』を再紹介します。

 ほとんどテレビを観ないのですが・・、
たまたま、新聞の紹介欄で、《NHK連続テレビ小説「なつぞら」》の、草刈正雄が、主人公・なつに教える「生きるすべ」のセリフが感動的だ、と紹介されていたことと、舞台の北海道十勝・新得町に、夏に長期滞在したことがあって、さっそくテレビを観ましたら(焼きが回った・・。)、主人公・奥原なつ役の子役(栗野咲莉。成長後は、広瀬すずが演じます。)とタイトルバックのアニメ(監修・舘野仁美)の可愛さに魅せられて、すっかり、毎日観る羽目になりました。

 で、主人公なつは、終戦後の〈戦災孤児〉で、ゆえあって、十勝の牧場に引き取られる設定で、当時の戦災孤児のことが描かれます。
 実は、このブログの、2014・9・16付けで、戦災孤児・浮浪児の事を書いたルポルタージュを紹介しています。
あまりに悲惨で、当時、ほとんど感想を書いていないと言うか、書けなかったのですが、この際、改めて、再度、ご紹介しておきます。
 そう言えば、近時、新潮文庫でも発売したようです。

石井光太『浮浪児1945ー戦争が生んだ子供たち』(新潮社)

です。

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 「1945年」とありますが、余談ながら、私は、1947年生まれ。もう、父母ともいませんが、大変な時代に育ててくれたんだ・・・。

 本題です。本書は、終戦直後、12万人以上いたとされる〈戦災孤児〉を、5年間かけて、百人近くに、インタビューして廻った労作です。
 上野の闇市、次々死んでいく幼い子ども、ナンとか生きようとするやや大きい子ども、また、いわゆる〈浄化作戦〉・・テレビ小説でも8日に出てきました・・、孤児院、悲惨な孤児院からの脱走、流浪・・、悲惨さが胸を打ち、またも、・・とても、書いていられません。

 テレビドラマは、日本のアニメ誕生の背後に戦争の悲惨があったこと、戦争で子どもたちが一番の犠牲者となること、その戦争で傷ついた子ども達を励まそうという意図が戦後アニメーションにあったことから、ヒロインの設定を戦災孤児にしたようですが、実際のモデルは、アニメーターの奥山玲子(1936-2007)さんだとか。
 テレビアニメの「ひみつのアッコちゃん」、「魔法使いサリー」の作画監督です。夫の小田部羊一さんがアニメーション時代考証に当たっています。

 と、言う訳で、このドラマは、ずっと観そうです。
 ところで、今、今週末にある、日生劇場のオペラ関連企画の講演会に備えて、そのテーマである、オペラ「ヘンゼルとグレーテル」のCDを2種類聴いています。このヘンゼルとグレーテルの生活も、極貧で、食うや食わずですが、そこはオペラで、明るくしていますが。★

橋本治『ひらがな日本美術史 (4)・(6)』 ~5巻 に続いて、熱中して読んでしまいました。例えば、浮世絵の登場から発展が実に身につき、理解できます。

 まずは、新元号「令和」の出典が、万葉集からと言うので、手元にある「新潮日本古典集成 万葉集」を繰ってみました。
ありました。第2巻、61頁。「天平2年正月13日、師の老の邸宅に集まって宴をくりひろげた」とあり、「この序は、王羲之の「蘭亭集序」や初唐の詩序などの構成・語句に学ぶところが多い。」と注釈にあります。
 これから、ここを起点に万葉集をきちんと読んでいこうかな、と思いました。

 さて、「絵画は、前提無しで、丸ごと受け止めて鑑賞するのがコツ」・・とよく言われるのも、一理はあるでしょうが、やはり、知識があったほうが、格段に理解が深まります。
 特に、日本画は、仏教的・説明的なものも多いですし、描き方も、筆で〈線画〉(輪郭線)を描く一次元作業・・ですから「絵手本」が重視されました・・の次に、職人が手がける〈彩色〉の二次元作業がある、一方、これを同時にする(線である墨の黒に水をつけて面にする。)水墨画・・、といった日本画独特の知識があれば、鑑賞視点も、また、違ってくるでしょう。

 ・・と、言いながら、本書4巻の俵屋宗達(「絵屋」の主人でした。)の絵、「田家早春図」、「牛図」、「雲龍図屏風」などは、理屈抜きで、説明と言うものを越えていますが。「白象図杉戸」もそうでしょう。
 尾形光琳(こちらの生家は、京都の呉服商「雁金屋」でした。)の「燕子花(かきつばた)図屏風」もそうで、このような絵もあるには、あります。

 しかし、やはり、事前知識があった方が理解が深まるし、注意が行き届きます。

 例えば、そもそも浮世絵とは何か北斎と広重の風景画の違いはとか、なぜそうなったのか、なぜ勝川派の美人画が廃れて歌川派が隆盛したのか、とか・・、
 本書は、こういうことをひとつ一つ丁寧に、講演でも聴く如く理解できます。
 と言うことで、今回も、前前回に続いての読書、しかも、今回は、2冊です。

橋本治『ひらがな日本美術史 (4)』(新潮社)

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と、もう一冊は、

橋本治『ひらがな日本美術史 (6)』
(新潮社)

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 この両書で、例えば、「浮世絵」の歴史を以下のように辿れます。

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橋本治『ひらがな日本美術史 (5)』 ~どうして、もっと早く読まなかったのか、残念。絵画から歌舞伎の話まで、知識満載。面白くて巻を置くことができません。

 前々回、橋本治(はしもと おさむ。1948-2019) さんの本を紹介しました。その書物に、この本の広告が載っていたので、早速、今、開催中の『奇想の系譜』展に関連する第5巻から読みました、

橋本治『ひらがな日本美術史 5』(新潮社)

です。

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 実は、『7』、『6』、『4』巻も、もう、繰り始めているんですが・・。
 素晴らしい ! 本編は、全7巻です。
 表紙は、歌麿の大判錦絵「婦人相學十躰 ポッピンを吹く娘」(1791頃)。まだ、肉感美ではありません。

 「芸術新潮」に連載されたもののうち、第5巻は、第75話から第89話までの単行本化で、A4判オールカラー、200頁です。

 本巻は、主に、18世紀後半、特に、1765年(明和2年)を中心にした記述です。
 前の年、1764年は、35歳の蕭白が「群仙図屏風」、「唐獅子図」を描き、伊藤若冲が、23歳から当主となった青物問屋「枡源」を弟に譲る40歳直前です。

 もう少しライトを当てて見ますと、江戸で、鈴木春信が「絵暦(えごよみ。大小歴とも。)交換会(大小会とも。)」で、錦絵を創造したのが翌年、
 24歳の浦上玉堂が主君を失ったのが、'68年。平賀源内が脱藩して独りで生きてゆくのが'61年から。
円山応挙が〈応挙〉と名乗ったのが、'66年。
 そして、20年近い田沼時代が始まったのが、'67年、続く6年間の松平定信の〈寛政の改革〉の後には、歌舞伎、役者絵が変革されてゆく・・・・という時代です。

 ですから、この巻は、今、上野の美術館で開催中の『奇想の系譜』展にも関連しています。それに関して、本書では、「へん」とは何か、から入って行きます。

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椹木野衣『感性は感動しない 美術の見方、批評の作法』 ~まずは、《かたまり》を呑み込む。その後は、意外に〈常識的な〉知的生活のノウハウの数々が披瀝されています。

 当初、難解な論文集の様な書物かな、と思ったのですが、意外でした。それが良かったのか、どうか・・・。
 巻頭に、近時、教科書や入試論文にも取り上げられたという、全8頁の、「感性は感動しない」を置いて、それを敷衍するように〈書きおろ〉された、エッセイ集でした。
 書名は、

椹木野衣『感性は感動しない 美術の見方、批評の作法』(世界思想社)

〈さわらぎ のい〉さん、1962年生まれです。

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 入手してすぐ「飛行機の座席の選び方」(P.180)を読んでしまいました。何処に乗れば、事故の時に生き残る確率が高いか、を考える軽いエッセーでした。

 著者の言う、絵画鑑賞の要諦は・・、まずは、作者の〈分身〉である絵画を、〈かたまり〉として〈受け止める〉こと。
 次には、漠然と〈思いを巡らせ〉ます。その時に、様々な〈教え〉は、頭から取り除きます。答えも感想も出さずに、〈見て感じる〉ことが大切です。

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高殿円『戒名探偵卒塔婆くん』 ~戒名の知識が得られて面白い小説です。平行して、竹井栄文『戦国の城の一生 ーつくる・壊す・蘇る』も読みました。

 余談です。今、私の書斎の窓際と風呂場には、春の強い陽ざしがたっぷり入って、花粉の心配をして表に出なくても、家で、日なったぼっこをしつつ、ゆっくりできます。一日、読書をしていると、どうも運動不足になって仕舞いがちですが、不要の外出は、読書の時間を奪われるようで好きでは無いのです。
 朝食に、最近、アボカドにヨーグルトをかけて食べるのが好きで、今日も、それと、「成城石井」のニンジン・サラダを、少し焼いたパンに2種類のハムと、きゅうりを挟んで、サンドイッチにして食べています。

 さて、今日の本題です。新聞の読書欄で知った新刊は、

高殿円『戒名探偵卒塔婆くん』(角川書店)

です。〈たかどの まどか〉さん、と読みます。

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 物語は、麻布にある臨済宗妙徳寺派・秋王山金満寺(きんまんじ)の二男で、高校生の金満(かめみつ)春男が、古典に詳しい同級生・外場(そとば)の協力を得て、戒名に係わるもめ事等を解決してゆく、軽妙な小説です。
 春男の兄は、寺の住職代行を勤める13世龍円(りゅうえん)師で、他に、やはり同級生の寺の女生徒、善九寺尊都(ぜんきゅうじ みこと)も登場し、役者がそろいます。

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橋本治『草薙の剣』 ~重く寂しい、約60人の人生が描かれます。時代の事件の外で、〈時代〉を作くっていった〈普通の人〉に焦点を当てた、100年のクロニクル(年代記)小説の秀作です。

 ちょうど、平成の〈くぎり〉にこの本を読んだことは、すこぶる有益でした。
 有益、と言っても、何かを得たというよりも、人生を反芻する機会を得られたからです。
これだけの物語があれば、読者に心当たりのある出来事の一つや二つは、きっとあるでしょう。 
 きょう、ご紹介するのは、

橋本治『草薙の剣』(新潮社)

です。
 橋本治(はしもと おさむ。1948-2019)が亡くなる前年、2018年に、作家生活40周年記念出版されたものです。

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草薙の剣(くさなぎのつるぎ)〉とは、最終章339頁に出て来ます。
 三種の神器の一つ。神話の日本武尊(やまとたけるのみこと)は、一面の野原で敵に火をはなたれたとき、この剣で、薙ぎ払った草を火打ち石で燃やして敵を迎え撃った故事から、重要なのは、剣よりも、向かい火をおこす火打ち石である、その火打ち石に特別な名前はありません。見えないが、この小説の登場人物それぞれに、そのようなものがあるのでは無いか、との趣旨でしょう。

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『小説は書き直される 小説のバックヤード』 ~原稿用紙で創作していた時代の作家の人柄と呻吟、逡巡に触れるような写真と要を得た解説が満載です。

 余談ですが、私は、出版社4社の月刊PR小雑誌を定期購読しています。
 なかなか充実した内容ですが、その中には、作家のインタビュー記事があって、例えば、新潮社の『波』(3月号)では、横山秀夫の書斎写真が表紙で、中の記事には、新刊(「ノースライト」)の執筆についてのインタビュー記事が特集されていたりします。
 角川書店の『本の旅人』(3月号)では、澤村伊智や高杉良・・、と言った具合です。

 近時の作家は、ほとんど、パソコン、ワープロを使用しているようですが、昔、原稿用紙を使っていた時代の記録が満載の、昨年、12月の新刊です。
 その、今回、読んだ書物は、

日本近代文学館編
『小説は書き直される 小説のバックヤード』
(秀明大学出版会)

です。

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 歴史的な様々な作家の、著名な作品の、構想、取材、原稿執筆、校正、印刷、出版、改稿、全集改訂などまでを、全ページ、アート紙にオール・カラー印刷で追った書物です。
 内容は、写真をポンと掲げるのでは無く、詳細に分析、説明があって実に丁寧です。
 もともとは、2017年12月から2018年2月10日までの日本近代文学館の冬期企画展を〈再現〉したものです。

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砂川幸夫『浮世絵師又兵衛はなぜ消されたか』(草思社) ~ いささか古傷を暴くようですが、〈憂世の道化師〉岩佐又兵衛を巡っての、陰湿な、長い論争過程の詳述を読みました。

 それにしても、常磐の受難と仇討ちが描かれた「山中常磐物語絵巻」は凄い。
 先頃始まった・・勿論、「山中常磐物語絵巻」の一部も出展されている・・、東京都美術館での『奇想の系譜展』の岩佐又兵衛を知るために、

砂川幸夫『浮世絵師又兵衛はなぜ消されたか』(草思社)

を読みました。

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 合わせて、この本に、又兵衛「復活」の転換点となった書物としてあげられている、昭和55年刊行の、

『日本美術絵画全集』(集英社)

を私は、持っていました ! 早速、書斎から持参して座右に置きました。また、

松本清張「岩佐又兵衛」
(「小説日本芸譚」所収、155-176頁。もとは、昭和32年「芸術新潮」連載。)も読みました。
生涯が、実に、明快端的に書かれています。

 はじめに、岩佐又兵衛について・・、
 岩佐又兵衛(1578-1650)は、諱は勝似(かつもち)。摂津・有岡城主・荒木村重の末子(おそらく妾腹の子)です。

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青山文平 『跳ぶ男』 ~私の、「観能」回帰への意欲を起こさせた、魅力ある能描写が満載です。

 いきなり余談ですが、近時、私は、舞台を観る回数が少なくなりました。
それは・・、
オペラ」は、有名演目の、安易な繰り返しの、惰性的な演目が多く、
文楽」は、日に3部制公演もある、(よりどり)〈みどり〉狂言(仕込みが無くて、いきなり山場の、戯曲を無視した公演)が多く、また、名人の多くが亡くなっています。
「国立劇場・歌舞伎」は、改革臭のペダントリーに一般受けを混ぜた中途半端な新台本が多く、
歌舞伎座」は、まるで観光地のようであまり好きではありません。

・・そして、実は、一番最初に去ったのは、「」でした。
 観能は、いつも、流派の五番立ての定期能でしたが、〈首本党〉(舞台を見ないで、手元の謡本を見ながら首を動かしている。中には、三色ボールペンを使っている人も。)が多い雰囲気で、疑問を感じて行かなくなりました。
・・しかし、本書を読んだら、番組と会場を選んで、能に回帰しようかな、という気がしてきました。何よりも、古典を読むようにもなるからです。
 
 と言うことで、その新刊は、

青山文平 『跳ぶ男』(文藝春秋)

です。

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 江戸時代は、家を継ぐ、ことが一番重要でした。
 ところが、この物語の、藤戸藩(二万二千石)では、16代藩主・武井甲斐守景通が、風病で、こともあろうに16歳で死んでしまいます。
 17歳から49歳までなら、〈急養子〉(急逝しても養子を立てられる制度)が認められていますから、手立て出来たのに、16歳ではどうしようもありません。

 藩は、台地しかない、貧しい藩で、土地が無くて、埋葬すらままならず、死者を海に通じる河に流しているほどです。

 そこで、目付・鵜飼又四郎は、かねてけから、こういう時のために、幕府に内密(公辺内分)の〈身代わり〉を考えていました。目を付けたのが、文武に優れ、武家の式楽(幕府の式典歌舞劇)である能にも長けた、岩船保です。
 又四郎は、先々代の能の名人で三年前に没した、14代文隣院景慶(かげよし)に能の手ほどきも受け、子方としての経験もあります。

 しかし、些細な諍いから、保は、切腹してしまいます。
 そこで、身代わりの身代わりになったのが、3歳下の、主人公・屋島剛(たける)です。

 道具役、戦の無い現在では、能の御手役者・屋島五郎の家に育ちましたが、実母・菊死後、後妻・仙が来て、6歳下の二男・正(まさし)が生まれてから、疎外されていた剛は、しかし、疎外されても、兄と慕った保と、密かに能の稽古を積んでいました。保の父も、道具役でした。
 稽古の場は、死者を河に流す河原(野墓)である野宮(のみや)にある、石舞台でした。石ですから、剛は、トビ安座をしていて大怪我をしたこともあります。

 さて、身代わりを受けた剛は、江戸に上ります。まずは、能に生きようと跳びます。
当時、武士の跡継ぎは、17歳までは、江戸に住むならいです。

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〈タピスリーのモナ・リザ〉、フランス中世《貴婦人と一角獣》6連作に感動し、その〈謎〉を追ってみました ~発端は、原田マハ 『ユニコーン ジュルジュ・サンドの遺言』 を読んだことです。

 「ねえ、お背中掻いて・・」と2年生の孫に言われての写真です。

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 さて、サリンジャーの短編(1940~46年頃)
「このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる」
を読んでいて・・

・・この物語は、ジョージア州にある基地からダンス・パーティに行く、ヴィンセントたち、GI達がトラックの中で話していて、兄・ヴィンセントは、争中行方不明になった弟・ホールデンを考えている物語で、この題名は、主人公が頭の中で創った詩の題名の候補の一つで、残念ながら、さして深い意味はありません。
 この後、1951年に「キャッチャー・イン・ザ・フライ(ライ麦畑でつかまえて)」が発表されますが、因みに、ヴィンセントも、ホールデンも死にます。余談ながら、ヘミングウエイが「老人と海」を発表したのは、1952年です。・・、

 文中で、「まるでユニコーンの膀胱みただ・・」という台詞があります。

 この時、たまたま平行して、ユニコーン(一角獣)のタピスリー(壁飾りの綴れ織り。ゴブラン織とも。英語では、タペストリー。))が主題の、

原田マハ『ユニコーン ジュルジュ・サンドの遺言』(NHK出版)

を読んでいました。

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座右に置いた、21013年5月号の
「芸術新潮」では、今回お話しする《貴婦人と一角獣》だけで無く、
《一角獣狩り》(7連作。ニューヨークメトロポリタン美術館分館クロイスターズ)、
《アンジェの黙示録》(84場面・140m。フランス・アンジェ城タピスリー美術館)、
のフランス中世3大タピストリーを特集しています。

 著者が敬愛するという、
ジュルジュ・サンド(1804-1876)
が、没落貴族未亡人・ポリーヌの、中仏リムーザン地方のブサック城で、この6枚の連作タピスリー
貴婦人と一角獣
に邂逅します(1844年作品「ジャンヌ」に登場)。

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村上隆『芸術闘争論』 ~〈アーティスト〉を目指す若手に、熱っぽく、手の内を見せて語る、ビジネス教科書のような〈起業指導書〉。鑑賞者も、現代美術がわかるような気になり、かつ、業界〈密室〉内情が実に面白い。

 この書物が刊行されたのが、2010年。以来、どの程度、影響があったのでしょうか。
 兎も角、面白いのが、

村上隆『芸術闘争論』(幻冬舎)

です。

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 著者・村上隆(たかし。1962-)は、現代美術家。東京藝大(日本画)・大学院卒。画廊を3か所(1つは台湾)所有しています。

 大学では、日本画専攻で、辻惟雄「奇想の系譜」に扱われる岩佐又兵衛ら6人の画家の画面構成や、アニメーター金田伊功(よしのり)など作画手法の影響も受けているとのことで、今、東京都美術館で開催中の展覧会にも、若干、繋がります。
 それに、最後に述べる〈スパーフラット〉という建築概念が、やはり今開催中の、埼玉県立近代美術館の企画展に繋がります。
 このように、多くの連鎖に気づき、解ってくると、展覧会に行っても、面白いですね。

 さて、本書・・、
 これから、世に出ようとする、若いアーティストに向けた、熱く、本音、裏話など全てさらけ出したような書物です。
 読み出したら、面白くて、止められず、2日で読了してしまいました。
 それでも、途中で、参考書に、
『現代アート事典』(美術出版社)
を座右に置きました。

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朝井まかて『草々不一』 ~脇に登場する女たちが、皆、出すぎず引きすぎず、ほっこりと魅力的で、夫婦愛など心にしみます。男たちの、仇討ちや留守居役の根回し活動など、武士の裏面世界も興味深く描く、力作の短編8作品です。

 いつもながら、良いですねえ、朝井まかて作品。
 朝井まかては、松井今朝子、宮部みゆき、原田マハ、青山文平などと共に、私の好きな作家の一人です。今日の本は・・、

朝井まかて 『草々不一』(講談社)

です。

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 この作品に登場する女性は、江戸の、武士の、男性の世に、出すぎず引きすぎず、しかし、みな自分を持って生きています。
 やはり、女性作家ゆえか、女性の描き方はすこぶる巧く、感動します。

 一方、男性は、皆、下級武士で、生きづらい、閉塞的な武士の世を生きています。
 この武家社会の生きづらさ、これは、青山文平作品でもよく書かれていますが、本作品は、さらに具体的に細かく書かれていて、《江戸留守居役》などについても一考に値します。

 例えば・・・、

 江戸城内・大奥の生活・・例えば、物語「一汁五菜」では、鮪(まぐろ)は、別名シビと言い、死日を連想させるから禁忌食材であるとか、毒味方法(御広敷番之頭・御用達添番、御中﨟、御年寄)なども細かく語られますし・・、

 江戸の武士社会・・例えば、いかに非役が多く、内職、賄賂が多かったかとか、早朝の「対客登城前」とか、武士は、一人歩きしない・荷物を自分で持たないとか、それに・・、
 街風俗・・例えば、「吉原の牛太郎(ぎゅうたろう)と客引きのことを言うとか・・
そう言ったことが、分かりやすく描かれています。

 作品は、皆、人間を見る目が優しく、それでいて諧謔もきいた文章で、いずれも、各章40頁前後で、時代小説の名作がある著者ならではの、起承転結、巧く纏まった短編揃いです。

 もう一つ。本書の表紙、挿絵です。著者の作品の多くと同じく、今回も、ユーモアがあり思わず吹き出してしまいます。今回の表紙と挿絵は、白浜美代子

 各章をざっと観てみましょう・・、

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松井今朝子『芙蓉の干城』 ~手練れ、熟達の作品です。昭和の始めの時代と歌舞伎がたっぷり描かれた上質なミステリーです。

 あらゆるところに、重要な伏線がはってありますが、犯人を、全く予想できませんでした。今回読んだのは、〈歌舞伎バックステージ・ミステリー〉作品とうたう、

松井今朝子 『芙蓉の干城(ふようのたて)』(集英社)

です。

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 2013年7月1日の本ブログでもアップした、「壺中(こちゅう)の回廊」の〈姉妹編〉と言えましょうか。
 今度も、昭和8年頃が舞台で、狂言作者で大学講師の桜木治郎が謎を解いて行きます。
「壺中の回廊」で登場した、治郎の妻の従妹・大室澪子(みおこ)が、今度は、魅力的に描かれています。それに、(驚きました)荻野沢之丞も再び登場します。
 引き続いて存在感あるのは、築地署の警部補・笹岡です。

 物語は、桜木治郎が、5代目荻野宇源次(藤太郎)の襲名記念のために、6代目荻野沢之丞の子、故・4代目荻野宇源次(本名・高村泰男)の評伝を書くつもりが、木挽座での殺人事件(三十間堀事件、入船町事件など)に首を突っ込む様になり、これを解決していく物語です。

 殺されるのは、右翼(征西会)の大物・小見山正憲(本名・正三郎)とその〈女〉で、したたかな大坂島之内の芸妓・照世美(本名・木村ヒロ)。さらに、大道具方・杉田、小道具方・百瀬など・・。など、です
 「壺中の回廊」では、木挽座の〈鳥屋〉で蘭五郎が殺されました。今回も、座内での犯行から物語がスタートします。

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プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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