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島田雅彦 『スノードロップ』 ~着想がすこぶる斬新な《皇室小説》ですが、ドラマが足りない。もっとも、あまりドラマが精密すぎると、《問題化》するのかもしれませんが。 

 前回で、英語の慣用句で言う、「奥のコンロに置いた」、つまり後回しにした、本の読書を一応終え、今日は、新刊です。

 新潮社の月刊PR誌「波」5月号で、「皇后陛下が立ち上がる日」という表題で、著者・島田雅彦(1961-)と官邸ジャーナリスト(1975-。中日新聞。)望月衣塑子氏の対談が載っていて、この本を知りました。
 凄い本が出た、と飛びつきました。装幀も凝っています。
 それは、

島田雅彦 『スノードロップ』(新潮社)

です。

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 令和になって、ほぼ10年後と思しき頃の皇室が舞台の物語です。

 雅子皇后を彷彿させる、プリンセス・レイジーなど誹謗中傷され、〈お世継ぎセクハラ〉などで神経が参って精神科医の治療を受けている、不二子皇后が主人公。
 皇后は、ITに詳しい侍女・岡野ジャスミンを雇用し、クローゼットに造った〈秘密情報センター〉と暗号通信を遣って、ハンドルネーム《スノードロップ》(花言葉は、希望、慰め)で、ダークネットに、現首相批判など様々な記事をアップしていきます。

 そのジャスミンを推薦したのは、日本の「#ME Too」を主導した加藤沙織准教授。侍女は、皇室費雇用で、政府の関与無しに選べるのです。

 一方、女官・三浦理香子(渾名は、ミセス・ネバー)は、皇室内に盗聴器を仕掛けてまで、皇室内情報を蒐集して、政府側に伝えています。内閣情報調査室の黒瀬は、ダークネットを察知し、発信元を突き止めようと、ジャスミンを疑います。

 最後は、天皇と公然とダークネットを遣って現政権批判を行い、「令和の改新」を狙い、さらに、舞子内親王の女性天皇の可能性も模索しようとします。政府側は、外遊に出た舞子内親王をCIAを遣ってアメリカに拉致して、取引をちらつかせます。
 因みに、舞子内親王のハンドルネームは、ブルー・ローズです。

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古川のり子 『昔ばなしの謎 あの世とこの世の神話学』 ~ お伽噺の原話は、残酷で気味悪い話でした。きょうは、近況の雑談もたっぷりとお話しします。

 気のゆるみは全くありませんが、ほぼ2か月ぶりに、家居の日常からやや遠出をして、東京駅前・大手町まで外出。30年以上行きつけの散髪屋で7か月ぶりに散髪してきました。
 もともと超短髪で、風邪をひいたらイヤなので、いつも冬場は3、4か月は散髪しないのですが、今年は、春になってもコロナ禍で家居することになって、ついに7か月になってしまった訳です。
 さすが、ざっくりと刈って貰って気持ち良い気分です。悪いので、チップをはずみました。

 終わってランチの後、隣の丸善(「丸の内オアゾ」)で買い物。
 このところ、読書時のメモで沢山遣ったシステム手帳(A5)用リフィルと、保存用バイインダーを買い、新刊を4冊求めました。
 買った本の中には、読みたい、「スノードロップ」と前回お話した「暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて」もあります。
 因みに《スノードロップ》とは、自由を求め、右派首相に対決する、皇后の秘密ハンドルネームです。これは、問題作となる皇室小説かもしれません。

 書店員さんは、マスクは勿論、ゴーグルもしていました。やや気になったのは、買いたい本の場所を尋ねると、えらく迷惑そうだっこと。コロナ禍は、結構、人の行動も変えていくのでは。

 さて、この日は、真夏日の気候だったので、マスクも、昔買ってあった、飛行機内での乾燥防止用マスクをして行きました。このマスクは、ウイルス防止効果は多少落ちますが、素材が和紙なので、蒸れなくて快適なんです。
 この日、コロナ感染が心配なので、買い物の品以外は、ある医師が言っていたように、「外では、身の回りは全て《ペンキ塗りたて》だと思って行動する」ことをすすめていたのを実践しました。
 電車もがら空きですし、レストランも、6人のボックス席に1人で座れ、安心できました。

 家に帰ると、役所から、マイナンバーカードの電子証明部分の5年目更新期間の手続き案内が来ていました。
 年初に、今年の誕生日に更新期限が来るので、どうするのか、出張所に聞きに行ったときには、要領得ない答えだったのに、直前に、しかも、聞くところでは、定額給付金絡みのナンバーカード申請などで窓口が大混雑しているような時に通知を寄こしたのに立腹し、混雑が収まったころにゆっくり行くことにしました。

 雑談が長くなりました。

 不要不急ということで、溜めていた書物の読書も、一応、今回で最後となります(実は、もう少しあるんですが、新刊が読みたくなりました)。
 今回の本は、

古川のり子 『昔ばなしの謎 あの世とこの世の神話学』(角川ソフィア文庫)

です。

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 一番面白かったのは、《箒(ほうき)》の話。

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朝日ジャーナル編 『大江戸曼荼羅』 ~ 始まりと終わりが明白な、江戸260年間の《尾頭(おかしら)つき》、江戸時代の「天下」を、多様な視点から楽しめた、有益な大著です。

 このところ、「日本の庭」以来、書架に積んであった未読の書籍を片っ端から読んでいて、そろそろ終わりに近づいています。あと1回ぐらいお付き合いください。
 前回述べたように、時々の興味に優先されて、「不要不急」になり、他の本に追い越されて、残ってしまった本たちです。

 余談ですが、5月12日「朝日新聞」朝刊に載った、養老孟司さんの「人生は不要不急・・」、と言った趣旨のエッセイは面白かったですねえ。
 私も齢72、間もなく73歳。人から見ると不要不急の人間ですが。
 そう言えば、ル=グウィンのエッセイ集に、亡くなる1年前(87歳)に書かれた「暇なんかないわ大切なことを考えるのに忙しくて」(河出書房新社・2017年)がありましたっけ。読んでみなくては。

 閑話休題。しかし、こうして読んでみると、「不要不急」と言っても、良い本ばかりでした。どうして、読んでいなかったのか不思議です。不要不急の言い訳の中に価値が埋もれてしまいました。
 思えば、生き方、にもこのようなことがあったかもしれない、と想っています。

 年寄りの戯言が続きました。
 今回の本は、

『大江戸曼荼羅』(朝日新聞社)

 これも、数年前に古書店で買ったまま積んであった、1996年刊行(定価3,600円)の書物です。買値は、2,000円。
 前回の本と同じく、やはり425頁、おまけに上下2段組の大冊です。
 しかし、図版が満載なので、読んでいて楽しいし、理解し易い。著者約50人が、それぞれ8頁ずつ、49章書いています。

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 1987年1月から1年間、「朝日ジャーナル」(1959~1992年発行の週刊誌。1987年は、筑紫哲也編集長が3月で辞めた年です。)に連載されたものです。
 したがって、中には「朝日ジャーナル」読者知識人を意識して、いやに力んでわかりにくい文章の著者も無いではありませんが、予想に反して、大方は分かりやすく書かれています。

 まずは、刮目すべき2論が印象に残ります。

 芳賀徹「序、世界史の中の徳川日本」では、世上の《徳川暗黒史観》、《夜明け前史観》を否定し、

 中沢新一「江戸の王権」(6,7章)では、
 「織田がこね、羽柴がつきし天下餅、座りてひとり食うは家康」で、
 織田信長が天下統一の事業を進めるについて、最大の障害・敵だったのは、戦国大名たちでは無く、日本人口の過半数を占めた一向宗門徒による「一向一揆」だったことから論じ、江戸幕府の「天下」に至ります。

 本書は、江戸の街の、まさに「裏」百科のような面白さ。
 山本昌代「浮世床芝居噂」(24章)など、落語のようで面白い。
 芝居見物など「小屋に入って弁当を食って、何やら知らぬが面白いところだけ観ておけばよい」、「筋が見たくて小屋に入る馬鹿はいねえ」とか、「泰平に倦んでくれば、人の目は肥えて舌になる・・目が二つとも舌になったら都合三枚舌」とか、エスプリが効いています。
 もっとも、前者は、当時人気の鶴屋南北の〈綯交ぜ(ないまぜ)〉著しい(ここでは「度が過ぎる」と言っていますが)、曼荼羅のような芝居を指しています。
 さて、本書の特長も、ここで言う曼荼羅のような章編成の記述でしょうか。

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『講座日本風俗史 旅風俗(宿場編)』 ~詳細な《飯盛旅篭》の話、近世の辛い、憂い旅の話に引き込まれてしまいました。

 引き続き、家居をしています。
 不要不急、と言われますが、これも不要不急で、読んでいなかった本が、結構、沢山あるんです。
 一番多いのが、古書店で目について面白そうだと思って買った本ですが、読むのが、ずっと後回しになって、いまだに読んでいない本。
 これからご紹介する、

『講座日本風俗史 旅風俗(宿場編)』(雄山閣)

も、そのような本で、2,3年書架に置いたままになっていました。

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 家居が長くなり、書店の人混みも嫌なので、不要不急だった本を読むことになりました。
 余談ながら、いよいよ、アマゾン《Kindle Oasis》を注文しました。品切れ中、とかで待っています。同じ考えの人が多いのでしょうか。
 買うことにしたのは、思ったよりも、読みたい本が電子書籍化されているのに気付いたのと、目が悪くなって来たし、ま、万一コロナでホテルに幽閉されてもこれがあればいいか(冗談)と思ったのです。
 これを境に、アマゾンプライム会員になって、紙の書籍の注文も、アマゾンですることにしました。コロナをきっかけに、生活が、大きく転換したのがこのことでしょうか。

 でも、まずは、折角なので、たまっている書物を読み尽くそうと思っています。

 本書は、サブタイトルに、《旅の宿浮世のサービス物語》とあり、元値は4,200円・・1989年刊行当時は、高価だったと思います・・、大部な書籍で、写真、図版も豊富です。 因みに、買値は、1,500円。

 これを買った時は、多分、歌舞伎を観る知識の補強にと買った本だと思いますが、読み始めるとすこぶる面白い。

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辻邦生 『西行花伝』 ~ 再読し、陶酔しました。丁寧に中世史を辿りながら、西行の心の懊悩に触れた、静かな語りかけの感動に浸ることができました。

 このところ中世史や定家に関する書籍を読んでいて、書斎の棚にでんと鎮座している、多分、20年近く前に読んだ、

辻邦生 『西行花伝』(新潮社)

を再読しました。
 間もなく73歳の齢、この書に陶酔(ふかよい)してしまいました。

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 また、思えば、西行終焉の地「弘川寺」最寄りの、南河内の寺内町(戦国の世には、アジュール(治外法権)であった)、富田林(とんだばやし)は、歌人・石上露子(いそのかみ つゆこ。1882-1959)に興味を持って行って、馴染みがあるんですが、弘川寺まで足をのばさなかったのに後悔しています。
 余算山の端近くなって、これから行けるかどうか。

 辻邦生(つじ くにお。1925-1999)、1995年刊行の、箱入り上製・細かい活字の525頁で、ずしりと重く、読んでいて、手と目が疲れました。
 このブログも、4,800字となります。ゆっくりとお読みください。

 書中に、昔の十数枚の付箋が付いています。今回は、マーカーを引きながら読みましたが、その箇所は、付箋と同じ箇所でした。これは、喜んでいいのやら、頭脳進歩に不安やら、やや複雑です。
 今回は、「歴史年表」(三省堂)、「山家集」(宇津木言行=校訂)を丁寧に参照しつつ、さらには、スマホで、一つ一つ歌を検索しながら、メモもとりながら、すこぶる丁寧に読了しました。前回の読書には無かったことです。
 この先は、なお、「山家集」を座右に置いて、日々、拾い読むつもりです。

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 本書の構成は、西行の弟子、式部少輔・藤原秋実が、師・西行の実像、師の生きた姿を立ち返らせ、文にまとめるため、鎌倉二郎季正(西住)はじめとして様々な人を訪ねて、話を聞く設定となっています。
 余談ですが、朝井まかての新刊「輪舞曲(ロンド)」も、大正期の女優・伊澤蘭奢をこのような形で描いているようです(読まなければ)。
 話から、莞爾(かんじ)として平らかに保っておかねば生きていけないほどの心の懊悩が見えてきます。
 様々な人々の話を再現する一方で、克明に歴史の中の西行を追っています。それは、歴史書には無いミクロな風景を描いて、まるで、歴史の街中に佇んでいるようです。

 西行(1118-1190。もと、俗名・佐藤義清ーのりきよー、法名・円位)の精神史についても、巻末の参考文献を見ると、目崎徳衛「西行の思想史的研究」などが読み込まれており、西行の思想史的変遷(数奇より仏道へ)が、学問的にも信頼感があります。

 また、崇徳天皇・新院が、侍賢門院璋子と(鳥羽院では無く)男女関係のある白河院の子という設定は、刑部卿・源顕兼の「古事談」(1212-1215頃)を元に書かれています。これについては、太上天皇の内裏立入禁止の不文律から、後見役の白河院と鳥羽天皇のパイプ役を璋子が勤めていて、男女関係では無いとする説(樋口健太郎)があります。
 余談ですが、面白そうなので、「古事談」を読んでみたいと思っています。

 その意味では、小説的クライマックスがありませんが、それはそれで静かに語りかけてくる感動があります。
 
 西行の生涯は・・、

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五味文彦 『中世社会のはじまり (シリーズ日本中世史 1 )』 ~ 《家》文化から《身体》、《型》の文化形成へ。源氏・平家、奥州藤原氏など集合体の発展と天皇家との関係で見る中世史。戦から文化まで、すべて盛り込まれた、すこぶる濃い内容の一冊です。

 外は、青嵐、と言うか、このところ結構、風が強い日が続きました。それを理由に、庭の雑草取りを先送りしています。

 まずは、余談。
 もう、10月は何とか大丈夫だろう・・と、神奈川県民ホールのオペラ「トゥーランドット」のチケットを買いました。何度も観た、大好きな出し物です。
 例年、このホールのオペラは、本公演前日に、ゲネプロ(仕上げの総練習)が公開されるのも楽しみで、いつも1泊して本公演と連続して観ています。

 家居する・・ステイ・ホームとは言わずに・・毎日ですが、「西行花伝」を読んでいて、必要なので、西行の「山歌集」(宇津木言行校注)を買いました。
 この歳になって、始めて、「アマゾン」で買い物をしました。「年たけて また越ゆべしと 思いきや」・・。

 雑談は置いて、本論です。

 また、「日本中世史」の読書ですが、これも、やはり、時宜、というものがあります。今、この本を読むのは、私にとって、時宜を得ています。
 それに、今回ご紹介する書物は、「日本中世史」が、ぎゅっと圧縮されていて、歴史を俯瞰・一覧でき、しかも、政治史から文化史まで、視点が多面的で、実に有益です。
 余談ですが、やはり今、読んでいる「西行花伝」は、きょうの本と反対に、街角をじっくり見て歩く感覚です。
 その本は、

五味文彦 『中世社会のはじまり (シリーズ日本中性史 1)』(岩波新書)

です。

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 改めて、感じるのは、まことに、中世は、豊饒な日本文化の原点とも言えることです。
 相変わらず、血なまぐさい政争に終始する世の中ですが、「言葉」を中心に、精神文化が熟成してきました。
 本書は、まるで、新幹線から過ぎる景色を見ているように歴史を叙述しています。
したがって、通り過ぎる細かいとところは、とても、記憶しきれませんが、全体の「風景」で、時代に浸かることが出来ます。

 そう言うことで、新書ながら、実に内容が濃くて、読むのに根気が必要です。
 各編を、さっと通読し、再び天皇や藤原家などの系図を見ながら、赤鉛筆・青鉛筆を持って精読していきました。
 ところで、昭和39年頃に買って遣っている・・したがって、学生時代のものです・・、「日本史年表」(三省堂)の巻末系図を見ていたら、源為義の子が、4人しか載っていませんでした。本書には10人、先日読んだ「椿説弓張月」には、たしか7人いましたが。
 ま、細かいことはさておき、本書です。

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井上ひさし『十二人の手紙』 ~ 様々な形式で描かれる、様々な、重い、人生の物語。

 コロナ危機で、いざとなっても検査もなかなかしてくれない、万一、陽性でもアビガンは使ってもらえず、自宅待機などということがあり、兎も角、自己防衛で外出しないで、うつらないことを第一にしていますから、今年は、桜の咲いたのも、散るのも見ませんでした。

 そこで、この際、書斎の未読の本を読み尽くそうと、いわば、《読書の終活》をしようと思い立ちました。
 先日アップした、二冊組みの、堀田善衛 『定家明月記私抄』が、その最初の本でした。
 ところが、棚の目立つところにあった、十数年前に読んだ、辻邦生「西行花伝」が、どうも、気にかかって仕方ありません。このところ日本中世の本を読んでいるせいもあります。そこで、細かい活字で、500頁を超える同書ですが、今、読んでいます。

 途中、気分転換に、先日、朝日新聞読書欄で紹介されていた、1980年の本の改訂7刷、

井上ひさし『十二人の手紙』(中公文庫)

を、2週間前に買ってきて、床に入って、寝る前に読みました。

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 帯に「読んでいないなんてもったいない」、「隠れたミステリー」、「どんでん返しの見本市」、「井上ひさしの底力に打ちのめされる1冊」、「濃密な人間ドラマ×超絶技巧」とPR表記されています。
 そのとおり。まさに、その帯で言い尽くされています。
 私は、特に、聾唖者の文章理解を扱った著者の知識や、1980年出版なのに、すでに、核廃棄物廃棄場探しの問題、などに触れられているのに驚かされました。

 しかし、しかしです。物語がみな重いんです。不幸な少女の登場が多くて、読んでいて、暗澹となって、特に、夜寝る前は愉快で無くなるから、読むのを止めようかと思ったほどです。
 でも、面白いので、本当に面白いので、全部読んでしまいました。
よかった、全部読んで。最後の「エピローグ」で、12の物語の登場人物が、揃って、もう一度出てくるとは思いませんでした。

 重い、暗い、その例は・・、

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藤木久志 『中世民衆の世界 ー村の生活と掟 』 ~逃散(ちょうさん)の自由や、自由に泊まれる惣堂の話、領主から村民への過大な饗応の例、戦の手当額など、あらためて、中世の村の暮らしと掟を知ることが出来ました。

 ウィルス喧噪の世上、気取って言えば、歌人西行の思う「浮島」を包む花ならぬ、書物の香りに囲まれての毎日の遁世です。
 なお、西行につては、近くお話しします。
 毎日、機器を使った有酸素運動と筋トレ(二日毎、スクワット60回)をしつつ、もう2週間は家で自粛・・私は、自己防衛と言っていますが・・しています。
 そのせいもあってか、今年は、花粉症が少しも出ませんでした。

 年相応に、軽い持病があって、2か月ごとに通院して薬を貰っています。
 先日は、薬剤師さんに〈入れ知恵〉してもらって、医者に行かず、電話で、全て薬局払いで薬を頂きました。
 はっきりと、「今、医者に行きたくないんです。」と言ったら、医院の看護婦さんは、ややムッと、反対に、薬剤師さんは、「家まで届けますよ」と親切でした。

 さて、本論です。

 このところ、日本の中世に関する読書が続いていますが、今日は、その時代、庶民はどうなっていたかを知りたくなりました。
 そこで、読んだのは、

藤木久志 『中世民衆の世界 ー村の生活と掟 』(岩波新書)

です。

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 当時の引用文書が、平易な現代文に訳して書かれているので、極めて読みやすい書物です。

 話が前後しますが、はじめに、能「鵜飼(うかい)」の話です。
 安房から石和に着いた旅僧(ワキ)が、里の男(アイ)と問答します。
 その問答は、「鵺(ぬえ)」のワキとアイの問答と同じですが、要するに、「往来の人に、宿を貸すことは禁制」だが、「川崎(川に突き出たところ)のみ堂」、「惣堂(そうどう)に」お泊まりなさい、という会話です(「日本古典文学大系」(岩波書店。174頁、304頁)。

 ここで「み堂」「惣堂」について、同書の頭注では「協同で建てた堂。惣は、中世の村落の自治組織の名」とあります。

 ここからが本題です。
 よく時代劇で、旅人が、小さなお堂に入って一泊したり、そこに子連れの女がいたりしますが、素朴な疑問は、勝手に入って泊まっていいの ?
 いいんです。よそ者を厳に警戒する村でも、村(ざいしょ)の共有する「惣堂」(草堂)は、自由に泊まれました。
 しかも、旅人たちは、かなり自由に「落書」を沢山残しました。落書きと言えない長文もあります。
 その落書きを見ると、旅人・・それも全国にわったっています・・ばかりでは無く、戦国のあるいは主家を追われた牢人の長期滞在もあります。

 勿論、惣堂は、旅人たちだけの用途では無く、重要な仏事の場であり、村の寄り合い、夜なべの藁仕事を持ち寄ってしたり(夜鷹坊)、あるいは、一揆の拠点ともなりました。したがって、村の咎を追求され、惣堂が焼かれることもありました。
・・ということが第2章に書いてあり、改めて刮目します。
 たまたま第2章から始めたのですが、著者も、本書で、この惣堂について、重要な位置づけをしていると解して良いでしょう。

 話が第2章から入ってしまいましたが、第1章からは・・、

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堀田善衛 『定家明月記私抄 続編』 ~ 言葉と〈景気〉についての定家と後鳥羽上皇の考え、対立を通して和歌の本質が見えてきました。新古今集を読む意欲の一歩が進みました。

 先日に引き続いて、続編、

堀田善衛 『定家明月記私抄 続編』(新潮社)

を読みました。

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 本書で、最も感銘を受けたのは2つ。
 1つは、定家の何気ない単純な一句を、後鳥羽院が、多分、7年前の出来事を批難されたと誤読して、立腹し、定家を閉門したおりに展開した、院の歌論『後鳥羽院御口伝』を通した、和歌の重要なあり方です。(なお、その歌の内容などは、7年前の出来事のところで、記述します。)

 和歌が、孤独な(自由な)個人の歌では無くて、人が和する歌として可能になるためには、〈言葉〉を補う、人々が和することの出来る〈景気〉(一定の景色、気配、詩的雰囲気、活気、活況)が必要で、また、そこに最小限〈ことわり〉(筋道、道理、詩的論理)が無くては、他人が和して別の歌を詠めない、ということです(111~130頁)。
 例えば、〈あわれ〉という〈叙心〉の表現を拡大するには、〈叙景〉での暗号化が必要です。暗号化ですから、誤読の可能性も生じます。
 これらのことを知ると、なおさら、「新古今和歌集」を読んで行く意欲が湧いてきました。

 もう1つは、和歌、また、それ以外の日本文化は、庶民から上がって来て、貴族などで清廉され、「家」の文化となり、しかし、それゆえ、後代、枠のなかで固まって行ったことと、さらに、後述する室町の騒乱で、それが、また、庶民に戻って新たな発展形態となって行った、巨視的な流れに気付きました。

 さて、本論に入ります。

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本郷恵子 『将軍権力の発見』 ~もし、公家政権が滅びていたら、という問題意識を底流に、鎌倉・室町時代の政権構造と、その中の公文書、宗教の係わり、さらには当時の「改名」の実情まで詳しく語られた有益な書でした。

 さて、老愁の残涯、頑張って行きたいと思います。

 今日の書物、

本郷恵子 『将軍権力の発見』(講談社選書メチエ)

は、鎌倉武士政権から室町時代にわたる、公武の権力のありかたや、その中で律宗、禅宗などが果たした大きな役割が理解できます。

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 公武の組織と対立、それぞれの「文書」の作製と流れ、「有職故実」についての詳細な説明がすこぶる有益です。
 天皇を中心とした公家と武家政権のあり方については、「もし、公家政権がなかったら」、という問いかけが、斬新で意義が深いところです。

 本書の第三章は、著者専門の、当時の公文書形式について熱のこもった説明が延々と(?)あり、著者の専門分野への洞察と問題意識に圧倒されて、しばし、読むのが足踏みしてしまいました。
 しかし、これも、やはり、きちんと読んで頭に入れておけば、歴史書・歴史小説を読んでいて、判然と理解が進みます。我慢して、通読すべきところです。私は、この部分は再読しました。
 「選書」とは言え、本書の学問的水準は、相当なものだと思います。

 それに例えば、当時の、「」(いみな)の変更について書かれているが面白い。
 例えば、先日、私は、定家の「明月記」を読んでいて、右大臣九条兼実の息子で「良経」がいましたが、「よしつね」とは、「義経」と同じ読み方だなあ・・と思ったのですが、本書に書かれているように、やはり、ご当人も気になったらしく、改名を考えたようです。
 しかし、結局、自分は改名せずに、義経のほうを「義行」「義顕」として追討宣旨を出した(198頁)とか。
 さらには、豊臣秀吉の5回の改名経過まで、詳しく書かれています。

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堀田善衛 『定家明月記私抄』(新潮社) ~まるで、週刊誌を読むよう。60年間の、鬱屈に満ちた魂が、時代の詳細な記録と共に描かれていて、その〈人間味〉にひかれてしまいます。

 余談から。「外出自粛」で思い出しましたが、50年ほど前、大学紛争で、大学が封鎖されたとき、たしか、1年以上家にいた記憶があります。あの時、新潮文庫の日本純文学、カミユ、カフカ、ヘミングウエイ等々を片っ端から、随分読んだ覚えがあります。その頃から、家にいるのが平気だったのです。

 中世史の本を何冊も読むよりもこの時代がよく分かる、と思ったのが、今日の本を読んでの一番の印象です。
 かなり前に古書店で買い(500円)求め、積んであった、

堀田善衛 『定家明月記私抄』(新潮社)

を読みました。続編も買ってあります。

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 例によって、座右に「日本史年表」、年表とその中の皇室、藤原氏、さらには、北条氏、清和源氏の系図を置いて、参照しつつ読み進めました。
「新古今和歌集 上下」(新潮日本古典文学集成)も引っ張り出して来ました。

 本書は、箱入りの、布張り上製本で、1988年7月10日刊行・第15刷(1986年2月20日初版刊行)1500円とあります。作者・堀田善衛は、1918(大正)年 - 1998(平成10)年、の作家です。

 藤原定家は、1162(応保2)年ー1241(仁治2)年の歌人。
 当時、和歌の原意は、和する歌、答える歌で、常に、応答、交換を期した会話、対話、また、この世に対する挨拶で、時には政治的応用が入りました。

 本書は、語りかけるように、人間味豊かな定家像と生きた暗黒時代を詳述し、今まで読んだ、どんな中世史よりも、この時代が良く理解できました。

 余談ですが、今、別途、本郷恵子著の『将軍権力の発見』(以下「前掲書」と略します。)という書物を平行して読んでいます。
 そこに、定家の時代、いかに「有職故実」を記録して蓄えることが大切か、が出て来ます。「有職故実」とは、儀礼の場での作法や立ち居振る舞い、文書をやり取りする場合の書式や語法(書札礼)です。
(なお、その公家の有職故実は、武家故実になり、やがて、民間習俗の形成に影響していますから疎かにできません。)

 「明月記」原文は、この有職故実の記録に満ちていて、我々が今書く「日記」とは性質が違います。
 しかし、本書は、その有職故実の部分よりも、定家の日常生活を取捨して書かれているので、取っ付きやすく、面白いくなっているのが最大の特長です。

 定家の生涯は・・、主家の九条家・・この名も、前掲書に説明されていますが、「藤原」家では、あまりに多いので、住所を通称にしたものです・・の運命に翻弄されつつ、
気位い高く、宴会嫌いで、
職業歌人〉(あるいは、宮廷芸人)として、
今日の勤め人の様に、遊び人の上司(上皇)に気を遣い、ご機嫌をとり、
官職での出世願望(40歳になっても、自分の子ども達のような同僚ばかりの少将・・定家が、この少将になったのは、28歳の時でした)から、中将以上を望みます。

 左近衛権中将になったのは、47歳、1202年10月24日でした。その中将も、政策を論じる役職の参議中納言を目指している若者ばかりでした。
 定家は、天皇の秘書役とも言える蔵人頭を狙いましたが適いませんでした。
昇進運動をし、姉も側面支援しますが、同僚には足を引っ張られ、
一方、生活苦や27人の子どもの面倒をみての貧窮、
治安最悪の世の中に、喘息や腰痛、腎臓結石、神経痛に悩まされまがら歌の家業に専念した、
・・一生でした。
 それらが見事な筆力で書かれています。本書を買ってから、和歌に不調法なので手を出さずに積読であったのを反省しています。

 素晴らしい本です。
 本書続編も読むのが楽しみですし、さらには、古典文学全集で新古今和歌集をもっと読みたいし、同時代の、慈円(「愚管抄」)、西行、鴨長明(「方丈記」)についても、きちんと、精読したくなりました。

 本書は・・、

 まずは、定家19歳の時、源氏追討の軍事行動のある、社会不安溢れた(群盗の群れがはびこり、流行歌に、「尼も長刀(なぎなた)をもつ」ほどの乱れた)世上に・・

「世上乱逆追討耳ニ満ツト雖(イエド)モ、之ヲ注セズ。紅旗征戎(コウキセイジュウ)吾ガ事ニ非ラズ

・・との達観、

「雲さえて峯の初雪ふりぬれば有明のほかに月ぞ残れる」
という驚嘆感動から始まります。

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恩田陸の新連載小説『SPRING』が始まったのを発見しました。『戦争は女の顔をしていない 』を、コミカライズで読みました。

 余談から。中世、鎌倉時代、世が乱れ、疫病に悩まされた人々は、「管貫(すがかん)」、茅で造った輪を門柱にかけたり、大きな輪に造って、くぐったりして祓えをしました。
 さらに、〈病気〉という言葉を忌んで、〈歓楽〉という言葉を用いたりしました。

 定家の「明月記」、建久9年(1198年)1月2日(37歳)には、
「心身甚ダ歓楽。家門入ルノ後、身体歓楽・・、終夜甚ダ歓楽」というようにあり、これは、乱痴気騒ぎでは無く、病気に苦しんでいる記述です。
 しかし、そもそも、この頃、主家九条家が失脚して、建久8年などは、定家は、2首しか歌を作っていないときです・・・と、まあ、定家の「明月記」については、後日書きます。

 まずは、
小梅けいと『戦争は女の顔をしていない 1』
を、朝日新聞読書欄で推薦していた、コミカライズ、漫画版(KADOKAWA)で読んでみました。小梅けいとは、京大工学部中退の漫画家で、男性です。
 1では、7話が載っています。先日、ご紹介した「独ソ戦」(岩波新書)に触れた《あとがき》があるので、この戦争の認識には違和感がありません。

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 翻訳版と違ってコミカライズだと、当然ながら、当時の社会風景など絵が正確ではなくてはならず、ある種《考証》も必要でしょう。本書は、戦争中にソ連の階級章に変更があったことも前提に、正確に、襟の階級章が描き分けられているのに感心します。

 登場する女性兵士たちは、従軍洗濯部隊、狙撃兵、衛生兵、高射砲兵、飛行士、輸送機関士などです。
生理や下着が男性もの、小用の苦労などから、子育てで、日中、家に粥と幼児をおいて隊に行っていた話など、男性中心の戦記ものでは知り得ない話が満載です。
 少しばかり乙女チックな印象なのは、どうしてもコミックでは、こうなってしまうのでしょうか。

 さて、このところ、読書にばかり集中していて、定期購読で取っている出版社の小雑誌に目を通すのが、散漫になっていました。
出版社の小雑誌というと、いかにもPR誌的ですが、内容は頗る濃い。
 久しぶりに、きちんと目を通すと、各誌3、4月号では、引きつけられる記事が沢山あります。
 例えば・・、
 筑摩書房の「ちくま」(年間1,000円)。

 「蜜蜂と遠雷」で感動した・・、
恩田陸の新連載小説、『SPRING』が、3月号から始まっています。
今度の作品は、ダンサーの世界のようです。
 主人公の回想で始まります。2回までに登場するのは、回想するジュン、その友人・萬春(よろずはる)、他に、棚田誠、まつなが高志。二人は、エリックの主宰する名門ダンス・スクールのプレ・オーディションで遇いました。エリックと正反対の教師リシャールも登場します。
 
冒頭は・・、

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立原正秋 『日本の庭』 ~ 晩年の思索に満ちた庭の再訪。遠慮無い評価と、博学な古典の知識が光る、まさに名著です。

 先日、パソコンの更新ファイル・アップ・デートが、随分長くて35分とかかっていた時、暇で、ふと、本棚にあった、約30年前に買ったまま(奥付けの発行日は、昭和54年(1979)5月)読んでいない本、

立原正秋(1926-1980) 『日本の庭』(新潮社)

が目に入りました。
 まさに、終活も、ほどほどに、です。捨てなくて良かった。

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 昭和49年(1974)12月に「序」部分が、昭和51年1~10月に1~10章が、「藝術新潮」に連載されたものです。78枚(12枚はカラー)の写真や石敷のデッサンも載っていて、完璧です。

 箱入り、布張り上製本です。1頁目を繰ると、京都北山の正伝寺や大徳寺での思索から始まっています。ちょうど、日本中世史の新書を読み終えたところで、足利義満や禅宗の話が頭にあったので、俄然興味が沸きました。
 でも、本書を読むと、既存の旅行案内書や観光案内僧侶の「禅と庭」に関する話は、ちょっと、眉に唾をつけて聞かなくてはと思うようになりました。
 賛否、好悪は別にして、本書は、京の旅には必読と思います。しかし、残念なことに、単行本は、絶版になっています。

 本書の文章・・、「正伝寺の山門を出たら、風が死んでいたことがあった。」など、まさに名文や、著者の、若い頃の悩みながらの彷徨が率直に書かれています。その悩みとは、きっと、作品がなかなか世に出なかった苦悩や、国籍のことかもしれません。

 氏は、再訪した庭であっても、「文章は、すぐ書けない。2か月ほど発酵させ、その中かから、必要な事象のみを掬いとるが、これがなかなか容易でない」、と書いていますが、本書は、単なる庭の案内記で無いことが、ここからも伺えます(85頁)。

 早速、寝る前の読書本となり、それは、至極のひと時となりました。
 私も、間もなく73歳。歳をとって、それなりの、少しばかりの知識を積んで、やっとこの本に、真の意味で邂逅出来たのでしょう。

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平岩弓枝 『私家本 椿説弓張月』 ~ 海洋を挟んで、史実の裏で展開する、壮大な貴種流離譚。政争と戦い、夫婦・親子・家族、一族の情と犠牲、怪異ファンタジー的な要素もあり、危機と安堵が繰り返される物語。曲亭馬琴はやはりすごい。

 一度、きちんと物語を知りたかったのです。
 辻悦雄「奇想の系譜」で、江戸のアヴァンギャルドと言われた、一勇斎国芳歌川国芳・1798-1861)の大判3枚続きの錦絵、
讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」(1852)

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を見てから、曲亭馬琴(1767-1848)の読本(史伝物)「椿説弓張月」(1807-1811)を、です。
 正式名は、「鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月(ちんせつゆみはりずき)」。

 しかし、古典文学全集は入手出来ず、入手できたにしても、長大な物語・・前編・後編・続編各6巻、捨遺5巻、残編5巻・・を読み切る自信がありません。
 と言うことで、今回、

平岩弓枝 『私家本 椿説弓張月』(新潮社)

を読みました。

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 〈椿説〉とは、虚構のような、いわば珍説で、史実とフィクションがないまぜの物語ですが、歌舞伎流に、鎮西八郎・六条判官源為朝の〈鎮西〉がかけられているとも言われます。
 本書は、膨大な物語を、序・破・急・転・結の巻5章にまとめています。

 急の巻以降は、琉球王国での物語になっています(これも、〈琉球〉の名の由来とか、実に、有益で面白い。)。
 なお、女性作家(この言い方は褒められませんが)のせいか、白縫による武藤太の処刑場面、懐剣で指を一本ずつ切り落とし・・といったところは、切った首が転げるだけで、さらりと過ぎます。三島由紀夫作・演出の歌舞伎台本では、好んだ場面のようですが(1969年11月・国立劇場)。
 当然、「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」の場面も、しかっり出て来ました。
 少し、ここの部分の物語を、先に、書いてみますと・・、

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大木毅 『独ソ戦 ー絶滅戦争の惨禍ー』 ~一読暗澹。空前絶後の《皆殺し》戦争、その理性無き絶滅戦争と報復戦争の実体を新資料で説いた、《2020年新書大賞》受賞作です。

 昨年7月に出版されて以来、興味を持っていましたが、《2020年新書大賞》を受賞したというので、早速、買いました。2月5日出版で、もう、10刷になっていました。

大木毅 『独ソ戦 ー絶滅戦争の惨禍ー』(岩波新書)

です。

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 独ソ戦(西欧では。「東部戦線」とも言います。)については、ベルリン陥落時のソ連兵の掠奪・暴行・殺戮、1,000名近い独市民自殺などは、知っていましたが、本書で戦の全貌を始めて知りました。図も理解しやすい。
 双方、国際法など、全く無視した殺し合いの酷さ、惨憺さに、ただただ唖然としました。

 それは、例えば、日本の人口が、1939年に7,138万人で、戦闘員・非戦闘員あわせて、260万人~310万人が死んだ悲惨さと比較すると、独ソ戦では、ソ連側で2,700万人、独側で600万人~830万人、という桁違いの悲惨さです。

 戦闘エリアの広大さも、例えば、スターリングラード戦役だけで言っても、円を描くと、東京ー横浜ー奈良ー長野ー金沢、位の広大さがあります。

 特に、本書で強調されているのは、ヒトラーだけ悪人では無いと言うこと。
 ヒトラーは国民に負担・犠牲を強いることの無いように、独国民に対してはその優越性を前面に出し、高い生活水準を保たせ、完全雇用を実現し、公共事業を拡大しつつも国民に負担が行かないように占領地住民・敵性住民・ユダヤ人を強制労働力にして、巧みに政策し、貴重な外貨を使って嗜好品・衣料・煙草・コーヒーなどを輸入し、国民は、それに同調し、他方、国軍も、積極的に作戦を練りました。ドイツ国民の《共同責任》を強調します。

 さらに、冷戦が終わる1970年代、さらにソ連邦崩壊で資料が公になるまで、東側も西側も都合の良い独ソ戦解釈を公にしてきました。巷で、刊行されている大半の書物は、それに乗っかった間違った歴史解釈をしていて、それを、きちんと正し、実証研究した第一歩の書が本書、という訳です。

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『西洋美術の歴史 7』 ~ 美の永久革命が始まった19世紀。伝統的・古典的な美術と近代的・革新的な美術との葛藤、相剋を中心に、各国の個性的な美術がマクロに描かれます。

 すでに、第8巻を読了しているのですが、今回は、その前の第7巻、

『西洋美術の歴史 7』(中央公論社)

を読みました。
 19世紀美術を扱っています。

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 冒頭に、過去の美術史では、19世紀美術がどのように扱われているか、特に、執筆年代が新しくなるに従って印象派偏重になっていることなどが述べられ、本書の叙述方針の総論(「序章・19世紀美術とは何か」)を経て、各論に入る記述は、非常に分かりやすい。

 それでも、私は、第4章19世紀後半から読み始め、第3章19世紀前半を読み、それから、第1、2章を読みました。
 いつも、他の本を読みつつ、この本を併読して、ゆっくり読むのは、至福の時、でした。
 ミステリーでは、結論から読むのは邪道ですが、このような美術史は、結構、着地点から読むのも理解が深まるものです。

 まずは、先立つ、18世紀、市民革命が起こり、特に、古代ギリシャ・ローマ共和制時代に範をとり、また、デッサンよりも色彩表現を重視した「新古典主義」や、産業革命による科学技術の進歩の一方、自然への畏怖や不安、文学からの夢幻性を感ずる「ロマン主義」の萌芽から本書は、始まりました。

 そして、本論、19世紀。この時代は・・、

 新古典主義の歴史画(入念な画面構成・悲劇性・理想美・典型的な人物像・男性裸体・芝居のようなポーズ)からの、
 ギュスターブ・クールベらの現代風俗画(現実性・日常性・単調な構図・動きに変化の無い身振り・平凡な人物表現)、ジャン・フランソワ・ミレー、オノレ・ドーミエらの農民画への変化、アンチテーゼとしてのロマン主義の異国や中世趣味、文学、国民史、同時代事件の作品。
 一方、身近な現実を描くレアリズム(写実主義)絵画と、ポスト・レアリズム絵画、さらには自然主義への発展は、印象派との折衷を求めます。

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大本泉 『作家のまんぷく帳』 ~ 22人の小説家の食のこだわりに注目しました。むしろ、作家小辞典の趣の、簡明な作家身辺雑記が役にたちます。

 梅花は、霜雪に耐えて春、百花に長ずる、と言いますが、今年は霜雪では無く新型ウイルス。
 私は、もともと、家好きですので、出歩かなくても一向平気(だから、マスクは、10年前の騒動の時の備蓄が30日以上あるのを、全部、妻にあげて喜ばれました。)。
 陽の当たる書斎で、日光浴しながら本を読み、時々、フィットネス・バイクをこぎ、スクワットを50回ほどしての読書三昧。今は、「椿説弓張月」を読んでいます。この本は、後程じっくりと・・。

 今日は、朝日新聞の「天声人語」で、本書の、泉鏡花(1873-1939)の〈神経症的〉な食生活が紹介されていて面白そうだったので、早速読みました。

大本泉 『作家のまんぷく帳』(平凡社新書)

です。

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 その「泉鏡花ー食べるのがこわい」(23-32)ですが、酒は、ぐらぐらに煮燗(消毒)し、あんパンの指でつまんだところは捨て、リンゴも同じように頭と尻の部分を持ってコマを回すように横囓りして指の触れたところは捨て(リンゴをむく奥さんも大変です。)、上物でも刺身などは見るのもイヤ、安心できない家を訪問するときは、家で満腹にしてから出かける、という具合。

 食べ物ばかりか、郵便を送るときも、ポストの投入口の奥深くまで手を入れて、しばらくそのままで郵便物を離さない。ようやく投入しても、ポストの周囲に落ちていないか、3回は、ポストの周囲を回る。済んで、帰るときに、もう一度振り返る、と言う具合。
 家の中の鉄瓶の口や煙管の口にもサックをかぶせ、天井の木の隙間には半紙を細長く切って挟む、という生活です。

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山本浩貴 『現代美術史』 ~ 多様な思想を、多様なメディウムで表現した〈何でもあり〉の現代美術。そのごく直近の現在までを、丁寧に俯瞰した好著です。

 近時は、読書、オペラと現代美術が「趣味」になっています。
 今日の本は、この半年で数冊目になる〈現代美術〉の本で、

山本浩貴 『現代美術史』(中公新書)

です。

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 新書とはいえ、内容は、重厚です。読み終えるのに、結構、時間を要しました。
しかし、決して難解と言うのではありません。
 本書は、著者のロンドン芸術大学の博士論文審査後に1年間で執筆したとあって、心なしか余熱のようなものを感じます。
 余談ながら、著者の指導教官の一人が、黒人女性作家(第3世界フェミニズム)のソニア・ボイス(1962-)です。

 本書中には、マルセル・ヂュシャンの『泉』の作者は、エルザ・フォン・フライターク=ロリングホーフェン(1874-1927)ではないか、という類書に無い記述があったりして興味をひきます。

 ところで、私が、表題で遣った〈メディウム〉というのは、狭義では、絵具を溶かす触媒ですが、広義には、画家が、自己の思考を目に見える形で表現するのに遣う素材などを意味します(因みに、複数形は、メディア)。かつての絵画の絵具や彫刻の大理石だけでなく、現在は、あらゆるものを遣います。ほんとうに、あらゆるもの、です。
 ここで、一つの《何でもあり》があるわけです。
 余談ですが、『西洋美術の歴史 8(20世紀)』(中央公論新社)で読んだ、体を傷つけたり、尿や糞の〈作品〉表現などは、〈何でもあり〉と言っても、さすがについて行けない感じがしました。

 そして、当然ながら、印象派以降、作品は、対象を正確に表現するのでは無くて、感じた心、頭の中にあるものを表現します。それは、場所によっても変化します。つまり、鑑賞者の積極的な関与なくしては成立しません。当初は、そんなのは、未完成品だなどと言われました。
 なお、さらに、作品物体そのものでは無くて、展示室の空間そのものを作品とするものが多くなりました(インスタレーション)
 そして、その心の物差しも、シュールレアリズムなど様々な思想・哲学があります。

 さらに、感じた心、も、1990年代以降は、社会との係わりで多様性、多文化主義(マルチカルチュラリズム)があります。2000年以降は、ジェンダー、エスニシティ(民族性)など社会と係わる芸術(ソーシャリー・エンゲージド・アート。《エンゲージ》とは、関与。)が中心となって来ました。

 あらゆる言説の正当性を担保する理念や全人類に妥当する価値観、いわゆる《表象》も揺らぎました。(ジャン=フランソワ・リオタール『ポスト・モダンの条件」(1979)』)

 このような状況を丁寧に踏まえて本書は記述されています。

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宮部みゆき 『黒武御神火御殿』 ~悪しき魂の器である屋敷からの乾坤一擲の脱出物語など、相変わらず素晴らしい語りぶりの物語4編で、570頁を一気に読んでしまいます。

 楽しみにしていた、6冊目の「三島屋変調百物語」、

宮部みゆき 『黒武御神火御殿』(毎日新聞出版)

です。

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 今回から、「変わり百物語」の聞き手が、瓢箪古堂(貸本屋)の勘一のところに半年前に嫁に行った、おちかから、三島屋・次男の富次郎(22歳)になりました。
 守り役は、お勝です。疱瘡後が、禍祓いになっています。

 語り手に出す菓子・・上野池之端の《田植傘》とか、《流水の葛寄せ》とか、羽二重大福とか・・が、美味しそうで、実際にあるのか、ついネットで探してしまいます。
 さて、最初に聞いた話は、幼馴染みの、豆腐屋の八太郎からでした(「第一話 泣きぼくろ」)。
 今回、「第三話  同行二人(どうぎょうににん)」などは、後味が良い物語になっています。

 「聞いて聞き捨て、語って語り捨て。名乗らず、細部を隠してもよい」約束の語り。
 表題作の、第四話『黒武御神火御殿』は、261頁から569頁という〈大作〉です。
「毎日新聞」の連載で読んだ方は、2018年8月から2019年7月まで、毎日、楽しみに過ごせたでしょうね。

  さて、ここからは、いわゆる《ネタバラシ》満載となります。

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安藤優一郞 『江戸の間取り 百万都市を俯瞰する』 ~これを知っていれば、時代小説がもっと面白い。

 今日の本は、

安藤優一郞 『江戸の間取り 百万都市を俯瞰する』(彩図社)

です。(2020年1月24日刊行)

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 本書の、個々の平面図を眺めているだけでも楽しくなります。そして、この時代は、武士も町人もすこぶる格差が大きいのに気付きます。

 時代小説を読んでいると、筋を追うのに懸命で、出てくる用語を確かめている暇がありません。かといって、読了後に、いちいち当たることもしませんから、用語だけを知っている、と言うことが往々にしてあります。

 江戸城本丸御殿の〈表〉(儀典と役人の政務のエリア)の、大広間(約500畳)、白書院黒書院の場所だとか、用途だとか、大広間から白書院に行く中庭に沿って、約50メートルの〈松の廊下〉と、徳川御三家の控えの間があるとか、
 勿論、本丸御殿中奥(将軍の政務と生活エリア)や大奥(御殿向、長局向、広敷向のエリアがあり、奥女中は、約1,000人)の詳細もあります。
 因みに、御側衆への権力集中は、図面からも伺えます。

 下級武士である御家人(御家人は、将軍への御目見得の資格がありません。)衆の屋敷は、まとめて与えられ、例えば、将軍警護の御徒が集まっていたのが、今のアメ横通りを抜けたところの〈御徒町(おかちまち)〉であるとか、
 御家人は、拝領地を又貸しして生活の糧にしていて、例えば、借地人に青木昆陽がいたとか、サイドビジネスに、朝顔市に発展した朝顔の内職の話もあります。

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恩田陸 『祝祭と予感』 ~「私はまだ、音楽の神様に愛されているだろうか ? 」という、あの名作『蜜蜂と遠雷』の感動を思い出して、ゆっくりと味わいました。さて、今日は、私の日々の「読書生活」の話もお聞きください。

 今日は、(皆さんのお話を聞いているばかりではなくて)少し趣向を変えて、始めに、私の読書生活のお話をしてみます・・、
(そんなに大したものではありませんが)

 72歳、当たり前ですが今年73歳になりますが、読書が捗ります。
その一日の読書生活は・・、
 あれこれ家事を済ませて、まず、午後2時頃から5時過ぎまで、2階の書斎に籠もります。
 今日、読んだのは、交互に、『西洋美術の歴史』第8巻・・因みに、このシリーズは、全巻読もうと思っています・・と宮部みゆき「黒武御神火御殿」。
 途中、ベランダの洗濯物を取り込んだりアイロンをかけたり、時には、ブログを見たり入力するのに、パソコンやタブレットを使ったりもします。3時前後に1階に降りて、妻とお茶を飲みます。この日は、ココアと花林糖。

 夜は、9時過ぎから、再び書斎に籠もります。
 今読んでいるのは、『江戸の間取り』。11時近くなったらスクワットを30回して、寝室に。妻は、もう寝ています。ベッドに入って、あと30分読書。この時は、軽い読みものにします。今は、『百人一首』の再々読。『深読み百人一首』という、次回にアップする本が面白かったので、和歌を読み直しているのです。
 電気を消すと、数分で寝てしまいます。
 翌朝は、8時近くまで寝ています。
 起きると、熱くて濃い緑茶、朝風呂が習慣です。
雨戸(シャッター)がぴったりしていて、寝室に全く日の気配がしなくて、よく眠れます。最近、夜、トイレに1度行ったり行かなかったり。

 朝食は、10時過ぎで、日に2食です。時には、妻と、近くの「ガスト」や「丸亀製麺」「餃子の王将」に良く行きます。
けっこう、がっちり食べて・・例えば、「ガスト」では、〈蠣フライ・スープ・ライス〉と〈山盛りポテト〉に〈ドリンクバー〉の飲み物4種類と・・しまいます。

 〈現役〉の頃から本を読むのが好きでしたが、やはり、当時、8割方は、仕事の本になりました。2割は、いわゆる教養モノで、良い内容はメモして挨拶などに使いました。
 現役を退いて、好きな読書を存分に出来るようになり、それも、もう約10年になりますから、今までの分を取り戻してしまういきよいです。
 その読書も、ブログに感想をアップしますから、いい加減な読み方が出来ず、克明にメモをとりますから、その身に付きようは、昔の比ではありません。
 ブログは、読書にとって本当に有益です。それに、どうしても、感動は、人に話したくなりますが、それにはブログがちょうど良いのです。

 運動は嫌いですが、不思議と病気をしたことがありません。
 3年前に、血糖値が高めと言われて、2か月に一度通院していますが、そこで処方される血糖値の薬を飲んいるのを良いことに、最近、大食いになっています。ただ、アルコールは、もともとそんなに好きでは無かったので、ピタリと止めました。

 2年ほど前に民生委員を辞めてからは、人付き合いも煩わしいし、時間が惜しいので、つきあいの類は止め。昔、特別養護老人ホームの施設長もしていましたが、「歳とったら、積極的に運動と交友」なんて、嫌いな人もいる、とその時から思っていました。好きにしたい。
 ・・と、言うことで本日の読書の話です。

 さて、本論です。
 改めて、当時の感動を思い出しました。読んだのは、

恩田陸 『祝祭と予感』(幻冬舎)

です。

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 2009年から連載(「星星狭」から「ポンツーン」)され、2016年に刊行された、そして、2017年の直木賞と本屋大賞を受賞して、映画化もされた、『蜜蜂と遠雷』の「スピンオフ(派生的)作品」という触れ込みの作品です。
 短い、文字通り『蜜蜂と遠雷』の発想の原点を明かしたような小品6点です。
 作者は、心中でこのように造形していたのか、と思って感動します。

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海野弘 『二十世紀美術 1900-2010』 ~ この本で、ようやく、モダン・アートの霧が晴れて、観賞が面白くなって来ました。大いにお薦めの一冊です。引き続いて、『西洋美術の歴史 8(20世紀)』も読んでいます。

 まずは、日曜日、「銀座松屋」で、開催されていた「私立小学校児童作品展」に行き、孫達(学習院初等科5,3年生)の作品を見て、その後、食事をして来ました。
 写真は、3年生の《魔除け》。5年生は、《七福神》でした。

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 帰りの地下鉄銀座線は、超の付くガラガラ。コロナ・ウイルスの影響で、外国人旅行者も少なく、また、外出を控えている人が多いからなのでしょうか。

 さて、遅くなりましたが、前々回、少し触れた本のご紹介です。
 昨年秋から。集中してモダン・アートに関する展覧会を観たり、書物を読んでいて、ようやく、全体像が見えて来た気がします。
 今回の本は、

海野弘 『二十世紀美術 1900-2010』(新曜社)

です。

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 実に読みやすく(理解しやすく)、今まで溜めていた疑問も大半、氷解しました。
 その前に、ちょっと先に進みますが、この本を読んだ後、今、読んでいるのが、

『西洋美術の歴史 8(20世紀)』(中央公論新社)

です。

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 海野著で、まだ、あやふやなところは、この本(以下、「歴史版」と要約します)で分かりました。
2冊の本を読んだおかげで、モダン・アートについて、ほぼスイスイと理解でき、画家の話が出て来ても、絵が頭に浮かぶようになって来ました。

 まずは、(海野さんの本ですが)、20世紀以前の、後期印象派象徴主義、曲線に特長あるアール・ヌーボーのデザインの話からはじまります。

 その後、20世紀を10年ごとに区切って、その間のアートの流れを、まずは「展望」で総括し、次に、各論的に説明しています。文章も分かりやすい。
(因みに、「歴史版」の方は、論点整理的な記述で、こちらでは、《イズム》、《フォーマリズム》等もよく理解出来、また、こちらだけに記述がある《ディアスポラ》という用語等、良く頭に入って行きます。)

 海野書は、「失われた世代」とか、その時代の関連用語が、幅広く、分かりやすく説明されていきます。
 特長が、巻頭の図表(「二十世紀美術の流れ」)です。

 私は、まずこの図をコピーしてから、本文を読みながらメモして行きました(文字通り、びっしりと埋まってしまいました。なお、「歴史版」を読むときにも、記入用に使っています。)。
 今までの疑問やモヤモヤが氷解しました。
 この本も、今年印象に残った一冊になります。

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原田マハ 『美しき愚かものたちのタブロー』 ~緻密な構成で、主に1910年代から1953年までの、「松方コレクション」に情熱をかけた人々の迫力満点の物語。一気に読ませます。これを読むと、「国立西洋美術館」を訪ねる態度が変わります。

 はじめに余談から。「二期会」オペラの、次年度(2020年9月から2021年7月)のS席シーズン券を一括前売りで買いました。
 出し物は、「フェデリオ」、「メリー・ウィドー」、「タンホイザー」、「セルセ」、「ファルスタッフ」と良く、全回初日(プレミエ)で、最前列です(5万円。通常7万円)。
 ま、それくらいは、生きながらえているでしょう。
 なお、今シーズンは、あと、「椿姫」と「サムソンとデリラ」を買ってあります。

 さて、本題です。
 今日の本は、面白くて、2日で読了しました。

原田マハ 『美しき愚かものたちのタブロー』(文芸春秋)

です。

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 《タブロー》とは、キャンバス画をさすフランス語ですが、本書では、《絵画》と訳されています。
 松方コレクションをめぐる、絵画に情熱をかけた人々の物語です。
 つまり・・、
 絵画約1万点をヨーロッパで蒐集した、松方幸次郎(1866-1950)と、その絵を、第2次世界大戦中にフランスにいて守った日置釭(こう)三郎、さらに、戦後、フランスに摂取されたそれらの絵画の「返還」に力を尽した田代雄一とその周辺の人々を描いています。
 とても、「愚かもの」などとは、思えませんが、タブローを想い、絵のために人生を捧げた人々の物語です。

 ところで、昨年、6-9月、「国立西洋美術館」で、「松方コレクション展」が開かれました。(クリックして、「2019/9/4」の記事を、ぜひ、ご参照ください。)。
 本書は、タイミング良く、あるいは意図してか、その直前の5月に刊行された本です。
その時に、読んでおけばよかったのですが・・。
 同展覧会には、本書に出てくる、フランスが返還を拒んだ、ゴッホのアルルの寝室」(1889)なども展示されていました。

 私は、著者のファンで、ほとんどの作品を読んでいるのですが、先日の『風神雷神』上・下が、天正遣欧少年使節メンバーに俵屋宗達が参加したという、やや〈過ぎるフィクション〉で、私には、あまり興味なく読み終えた〈後遺症〉がまだあって、今回、著者の作品を読むのはどうしようかな・・と、悩んでいたのですが、読んで、本当に良かった。
 読まなければ、著者から遠ざかってしまっていたかもしれません。

 それにしても、やはり、著者は、キュレーター(美術の学芸員)資格を有していて西洋美術に詳しく、しかも、近時はパリを仕事場としているようなので、それが、今回の作品では、絵画説明は勿論、パリの風景描写に最大限生かされています。

 前にブログにも書きましたが、「国立西洋美術館」設立の経緯は、だいたい知っていました。
 しかし、小説として、たとえフィクションが混ざっているとはしても、細かい歴史的〈行間〉が、このように物語で埋められると、感動的で、同美術館に通う態度が少し変わってしまいます。
 次に行ったときは、まずは、じっくりと、感動的に、建物全景を見ることになるでしょう。
 
 さて、本書は、松方幸次郎(1866-1950)とそのコレクションを元にした「国立西洋美術館」の絵画の物語というので、きっと、日置釭三郎(松方のフランスでの秘書で、元海軍航空隊技術士兼飛行士。1883年島根県生まれ)などの活躍が描かれるのかな、と思っていました。
 しかし、日置は、最初、146頁で少し頭出しする程度で、次には、159、248にも少し出る程度。しかし、終盤、327頁から、圧倒的存在感で登場しました。

 妻のジェルメンヌと、パリの戦時下にコレクションを守って、悲劇的だが、感動深く描かれるのです。まさに、スリルに満ちていて、頁を置くことが出来ませんでした。
 2日で読了したのは、後半のこの感動にあったと言えるでしょう。

 余談ですが、このところ、面白い本ばかりで、次々に、あまり早く読了するので、中3日あけて・・ゆっくり読んでいただけるように・・記事をアップしているこのブログで、ご紹介する本が詰まってしまいやや困っています。

 閑話休題。本書の大半は・・、
 オーソドックスに、戦前、松方幸次郎が、画学生・田代雄一の助言を得て、絵を収集するエピソードと、
 戦後、フランスに接収された《松方コレクション》を、吉田茂の命で、先ほどの田代雄一が、フランスから《返還》交渉にあたり、ついには、数枚の絵を除いて日本に帰り、上野の国立西洋美術館を建設して収めるまで・・、
が描かれます。

 本書の、良く出来た構造を、少し俯瞰してみますと・・、

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柏耕一『交通誘導員ヨレヨレ日記』 ~街中で誘導員を見かけると、この本の内容が頭に浮かんで来ます。法制度の内容が初耳で面白い。

 今日は、東京地方は雪との予報でしたが、雪は降らず冷たい雨です。

 余談ですが、前回書いた、千葉の美術館に行くのに、その朝、久しぶりでラッシュアワーの電車に乗りました。
 勤めの方は、大半、駅構内を、小走りなのに、たじろいでしまいました。駅まで来る道では、保育園に子ども連れて行くお母さんの大半が、今は、電動自転車でスピードを出して、私の脇をS字にスイスイと走り抜けます。
 私も、昔、子ども二人(男の子)を自転車の前後に乗せて、毎日、保育園に行っていましたっけ。それを想うと懐かしさと大変さ、を思い出し、兎も角、邪魔な爺さんと思われないように、精一杯、早歩きしました。

 さて、本題です。
 今日、ご紹介する本の第一版発行が、2019年7月26日で、買ったこの本は、9月20日刊行の第三刷となっています。随分売れているんですねえ。何となく、興味が湧きますものねえ。また、書名と表紙のイラストが面白そうです。
 その本は、

柏耕一 『交通誘導員ヨレヨレ日記』(株式会社三五館シンシャ)

です。
 この寒い日も、働いておられるんでしょうね。

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 以前、似たように興味をひいた、
吉玉サキ 『山小屋ガールの癒やされない日々』(平凡社)
の感想をアップしたことがありますが、同じような傾向の本です。しかし、今回の著者は、出版の編集業務経験もあるので、細かい注釈を付けたり、図解があったりと、やはり、それなりの出来です。

 しかし、そのような業務経験もある人が、なぜ、よりによって交通誘導員の仕事 ? と思ってしまいます。読んでいると、どうも、仕事で借金を作って、おまけに、ギャンブルでも・・、と推測出来るんですが。
 こういう経緯があるからなのか、どうも文章に、鬱積(うっせき)したプライドのようなものが感じられます。
特に、自分が一番物わかりが良い人間で、常に、我慢している、というところが多くて、その上から目線的な書き方がやや気になります。

 それに、奥さんの記載が「大学出て恥ずかしくないの」とか、「近所にみっともない」とか、「今月はまだ金入れてない」とか、その言いようがきついくて、夫婦、上手く行っているのかしら、と思ってしまいます。

 本の内容は、「この本に人格者はほとんど登場しない」(96頁)と言うとおり、大半の会話は、
相手が、「てめえ・・・」、「てめえら・・」、「あんたよお・・」と言います。たしかに、交通誘導員に関係する世界の人間関係の苦労が伺われます。
 でも、まあ、これほど露骨では無くても、働いていたら、多かれ少なかれ、人間関係の苦労はどこでも多いものですが・・。

 この本で興味を得られたのは・・

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大岡敏昭 『新訂 幕末下級武士の絵日記 その暮らしの風景を読む』 ~江戸末期の下級武士の、今とは異なる、暮らしぶりもよく分かる、読んでいてタメになる面白い本です。

 昨日は、自治会の「新年会」がありました。ホテル12階の宴会場で、食事とビンゴを楽しみました。私の前の席には、赤ちゃんを連れた若い夫婦。戸建てに住む高齢者が多い中、マンションに住む若い人も出席するようになってきたようです。

 さて、本題です。
 江戸も末期になると、かなり〈煮詰まった〉時代と思われますが、そんな時代であっても下級武士は、勤勉に学問に励んでいたことにまず、感じ入りました。
 それに、今とは異なる習慣・・
 例えば、ソバは、年越しではなくて元旦の祝いに食べたとか、歳暮はお金だったとか、素人歌舞伎で演じるのは皆、女だったとか、等々たくさん知ることができる歴史書です。
 今日の書物は、

大岡敏昭 『新訂 幕末下級武士の絵日記 その暮らしの風景を読む』(水曜社)

です(2019年4月刊、2,500円)。

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 武蔵野の松平氏所領、忍(おし)藩(現在の埼玉県行田市)10万石の城下町(約1万5千の人口)の下級武士、尾崎石城(せきじょう。1829年・文政12年生まれ)が書き残した「石城日記 7巻」という絵日記をまとめたものです。
 忍城は、「のぼうの城」や「陵王」で有名で、私も、訪ねたことがあります。

 その石城一家・・石城と妹邦子、その夫進(石城は、養祖父にあたります。)、赤子きぬや母、兄、兄の妻・・と、下級・中級武士たちとの交友、当時の、貧しい子どもたち、料亭の女将たち、寺の和尚(武士のしがらみを捨てて僧になった者が多くいました。)たちの姿が、細かい説明とイラスト風日記に描かれています。

 日記の作者石城(本名は、隼之助。石城は号)は、安政4年(1857年)に、《上書》(藩に意見を言う)したことから、知行取り上げ、逼塞(昼間は、家の戸を閉じて謹慎する。夜は、潜り戸からの目立たぬ外出は可。)となり、やがて養子をとって29歳で強制隠居となりました。
 これ以前にも、23歳(1851年・嘉永4年)に江戸詰めから在所詰めとなったことがあり、尊皇攘夷の心情があったためではないか、と解釈されています。

 因みに、妹の夫進も、文久元年12月に、《過酒》(実際は、藩政批判が耳にはいったようです)で、180名の一人として、逼塞となったりしています。
 この時、石城は、上役を「呉れ竹の横にのみ根を張るように群れてばかりいて、一人では何も出来ない」、と忌々しげに書いています。
 何れも、逼塞になっても、大勢の友人が《見舞い》と励ましに押しかけたりしています。

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原田マハ『風神雷神』上・下巻 ~天正遣欧少年使節メンバーに宗達が参加したという、壮大な《ファンタジー》《少年冒険小説》的作品。しかし、ここまで「何でもあり」の歴史小説、フィクション作法には疑問を感じます。

 今日、読み終えたのは、私の好きな作家の一人である作品、

原田マハ『風神雷神』(PHP)上・下巻

です。

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 余談ですが、以前(2018年1月29日)、本ブログで紹介しましたが、
柳広司「風神雷神」(講談社・2017・8刊)
という同名の小説を読んだことがあります。
 同書も上・下2巻の大部でしたが、《風神雷神》は、たしか、最後の10頁しか出てこなかったように記憶しています。
 今日の本書には、宗達の《風神雷神》は、出て来ません。父やカラヴァッジョのそれらしい作品が出て来ますので、《風神雷神》は、一種の象徴でしょう。
 で、誤解して、俵屋宗達の物語に期待する読者も出てくるかもしれないので、この書名は如何でしょうか、疑問です。

 と言うことで、まずは、本書から外れて、俵屋宗達と、作品《風神雷神》について・・、 
《風神雷神》の作者・宗達は、生没年も不明で謎の画家です。
ただ、《風神雷神》だけは、当時、宗達にしか描けない作風の絵だと言われています。

 いつ頃に描かれたかについては、学者の、山根有三説、山川武説、水尾比呂志説、源豊宗・橋本綾子説(私の持っている、集英社「日本美術絵画全集」の説です。)などがあります。
 何れも、宗達が、〈法橋〉になった前か後か、晩年か、が主眼となっています。勿論、法橋叙位年についても争いがありますが。

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ナカムラクニオ 『世界の本屋さんめぐり』 ~想像以上に各国の実情を知ることが、また、将来の書店を予測することが出来て面白い書物でした。

 年末年始に旅行で食べた青森りんごの美味しかったことを思い出しています。

 まず、年末に、映画「スターウォーズ / スカイウォーカーの夜明け」を観ました。
 映画館で、上映約3時間前にチケットを買ってから、パンフレットを買い、それを喫茶店で熟読した後観ましたので、登場人物も骨格もすこぶる理解できました。
 少々、好戦的で、オカルト的な、スカイウォーカー家の物語でしたが、さすが、最後の台詞、「レイ・スカーウォーカー」には感動しました。
 カイロ・レン役のアダム・ドライバーは、個性があって印象的です。しかし、レイ役のテイリー・リドリーは、白い薄物で良く動き回りました。失礼ながら、胸もほどほどで目立たないのもいいのかもしれません。
 ジョン・ウイリアムズの音楽は、ヴァグナー的なライト・モチーフも遣っているんですね。いずれにしても、40数年、一つの時代が終わりました。ただ、それほど大騒ぎする映画かな・・とも思いました。

 本題です。
 年末・年始に読んだ、

ナカムラクニオ 『世界の本屋さんめぐり』(産業編集センター)

です。薄く、著者のイラストが満載の取っ付きやすい書物です。

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 イラストにしたのは、印象が古くならない為だとか。
 スイスでは、教養の無いのは病気、だそうで、それを癒やすのは図書館、だそうです。(スイスの「ザンクト・ガレン修道院付属図書館には、「魂の病院」という看板が掲げられています。)

 世界の本屋さんを巡っての感想的な結論は・・
 今後、大きなチェーン店的な書店の経営は厳しく、書店×カフェ・レストラン的な書店が増えるかもしれない。また、無人書店や電子書籍も増えていくかもしれない。
 しかし、一方、世界にはまだ沢山の特色ある書店、図書館があり、また、書物の自動販売機のようなものも広まるかも知れない。
 ・・ということですが、具体的に各国の書店事情を読んでいくと想像以上に面白い。知らなかった、各国の特色も分かっていきます。

 まずは・・、
 米国第2の大型書店「ボーダーズ」の経営破綻(2011)、「バーンズ・アンド・ノーブル」の1800人解雇(2018)、英国の「ウオーターズスト-ンズ」の経営難、独取次ぎ大手「KNV」の破産(2019)、仏国の「シャピトル」の倒産(2013)、「ブックオフオペラ店」の閉店(2015)、独国の「シュターンベラーグ」や大手取次ぎ「コッホ・ネフ&フォルクマール」の経営破綻(前者2016と後者2019)の一方、
 独立系書店の新しい形の書店の健闘や、仏国での「反アマゾン法」(ネットでの割引、送料無料を禁ずる)が制定されたり(2014)と、世界は動いています。
 フィンランドでは、図書館で貸し出された本1冊について、約15円の印税が著者に入ります。スエーデンの「本読み放題サービス」が話題です。

 アジアの書店事情を見てみますと・・、
《書店バブル》に沸く中国。巨大書店、無人書店24時間営業の、個室利用や宿泊付き書店(広州の「1200bookshop」)、

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原田マハ 『20 CONTACTS 消えない星々との短い接触』 ~個性的な土産を持って、亡き芸術家を訪ねて、1つ質問する、面白いアイデアの掌編集。むしろ、原田マハのICOM京都大会での美術展監修者としての《政治力》に注目しました。

 今日の話題の一つは、「知らなかった」こと、2題です。

 まずは、余談になりますが、「知らなくて」、恥をかくところでした。
 東京・有楽町、日比谷劇場街の入り口角にある「有楽町東宝ビル」(千代田区有楽町1-6-3)の1階から5階までは、以前、バーガー店があって、書店回りで疲れた時、劇場に行く前に、ドリンクだけで一休みするには格好の場所でした。

 そのバーガー店が、撤退して、何が出来たかと思ったら、《ゲイシャコーヒー》の店。
 よりによって、訪日外国人が多いので、《ゲイシャ》などという通俗的な店名を付けたのか、と軽蔑していました。
 ところが、ネットで調べると、「ゲイシャ(Geisha)コーヒー」というのがあって、それは、希少性が高い、アラビカ種の高級コーヒーだそう。

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 もう一度、店名をよく見ると、「GESHARY COFFEE」あり、《ゲイシャ》では無くて、「ゲシャリ-・コーヒー」となっていて、ネットでは、《世界初のゲイシャコーヒー専門店》とうたわれています。
 ネットでは、これまで〈ゲイシャ珈琲〉は、「丸山珈琲 表参道店」で、一杯2,000円程度で飲めたようです。専門店としては始めてなのかもしれず、こちらは、1,000円前後。
 迂闊に、「なんという店名を付けたの?」などと、話題にしないで良かった・・。

 二つめの「知らなかった」ことは、今日、ご紹介する本に関係します。
 その本は、

原田マハ 『20 CONTACTS 消えない星々との短い接触』(幻冬舎)

です。

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 もともと本書は、
「ICOM(アイコム・国際博物館会議)京都大会」
が、今年、9月1日から8日に開催されたことを奇貨として、清水寺(成就堂・経堂・西門・馬駐)で、著者が監修者となって、美術・文学・漫画・映画からなる、
《CONTACT つなぐ、むすぶ、日本と世界のアート展》
が行われて、その会場で配付された、タブロイド版資料のために書かれた〈掌編〉を書物にした新刊です。

 知りませんでした・・。その「展覧会」を知っていれば、京都まで出かけたのに。
 関西のメディアでは頻出していたのでしょうか。関東では、私のネット知識にも引っかかりませんでした。残念至極。

 しかし、原田マハさんには、美術展の監修者として、随分、行動力と政治力があるところを見せつけられた感じです。

 本書は、
 著者が好きな、20人の物故者のアーティスト(著者は、「星々」と言います。)に「コンタクト」(接触)して、それぞれ個性的な手土産を持って訪ね、ただ一つだけ、常々疑問に思っていることを質問する、と言う趣向の掌編集(各章は、短くて、8頁前後)です。

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吉村英夫 『チャップリンを観る』 ~国立劇場・歌舞伎の予習のつもりが、すっかりチャップリン作品に興味を持ってしまいました。きょうは、その他に、『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』 と 『山小屋ガールの癒やされない日々』 の2冊もご紹介します。

 めっきり寒くなって来ました。
 きょうは、3冊ご紹介します。

1 吉村英夫 『チャップリンを観る』(草の根出版会)
2 塙宣之(聞き手中村計)『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』(集英社新書)
3 吉玉サキ 『山小屋ガールの癒やされない日々』(平凡社)

です。

最初に、一番、感動深かった、
吉村英夫 『チャップリンを観る』(草の根出版会)
からです。

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 12月の国立劇場・歌舞伎演目が、チャップリンの「街の灯」(1931年・83分)からアイデアを得た88年ぶりの上演(木村錦花作・「蝙蝠の安さん」)と聞いたので、まずは、チャップリンの「街の灯」が詳説してある本書を読みました。

 映画のラストは、多義的な解釈がされていて、一般には、素晴らしいラスト、と言われます。
 歌舞伎では、ハッピーかアンハッピーか、その多義性があるところそのまま観客に委ねるのか、どう演出し、演ずるのか、期待と不安が高まりました。

 それよりも、この本で、改めて、チャップリンとその作品に、大きな興味を持ちました。

 チャップリンは、1914年から50本以上の《スラップスティック》(どたばた喜劇)を〈量産〉していて、1921年に、がらりと作風が変わった「キッド」を製作しました、
 そして、その「キッド」以降、チャップリンは、ヒューマニズムに満ちたシリアスな作品を作るようになりました。

 サイレント映画の最高傑作とも評価する人もいる、「黄金狂時代」(1925。72分)があり、そこには、すでに底流に、「街の灯」に繋がるような人情味も窺われます。

 子ども捨てなければ生きられない世界「キッド」から10年後、金持ちが貧乏人に冷たい社会「街の灯」(1931)を作ったわけです。

 その後は、世の中の機械化への警鐘「モダンタイムス」(1936。83分)、
全ての戦争を否定する『殺人狂時代』(1947。124分)、
平和と民主主義への強いメッセージ『独裁者』(1940。120分。日本公開は1960)、
老芸人のピュアな恋と老いた者が去り、若い者の時代となる、チャップリンの総括のような映画『ライムライト』(1952。131分)、
となります。

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梶よう子 『とむらい屋颯太』 ~葬具屋を舞台に江戸の人間模様を描いた、まるで、江戸のホームドラマのような市井の物語六編。

 「現役」の頃から、数十年通っている、大手町の理容店に行き、その後、もう、朝9時から開いている、丸善書店で、来年のカレンダーと薄い手帳を買いました。
 手帳は、もう無くても良いんですが、《年齢早見表》は、どうしても必要なんですね。

 さて、前回の、朝井まかてさんの次は、やはりファンである梶よう子さんの新刊小説。

梶よう子 『とむらい屋颯太』(徳間書房)

今度は、どんな物語か、ワクワクして頁をめくって行きました。
 江戸新鳥越町二丁目にある「葬具屋」つまり、「とむらい屋」を舞台にして、市井の人々を描いた、六編の短編からなる物語です。

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 一章、大店の君津屋に台所奉公している、植木屋・与八とおていの娘・八重が、大川に土左衛門であがった不審死、
 二章、馬喰町の公事訴訟宿(江戸宿)に泊まっていた加平次が独楽(こま)の紐を持って凍死していた不審死、
・・を読むと、まるで、颯太の謎解きミステリーかな、と思ってしまうのですが、だんだんと、二章で、加平治が、子どもの昔、加吉と言った頃の、兄の長助(長じて峯屋長右衛門)との話が出てくる頃から、主人公たちの辛い過去、その中で光明を与えてくれた人を、縁あって葬る物語が頻出します。
 そうなると、もう、梶さんの世界に引き込まれていました。
 世の中に幸福を絵に描いたような人は周囲にいない、という物語が続きます。
 今度は、こう来たか・・・。

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プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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