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マイケル・バード『ゴッホは なぜ星月夜の うねる糸杉をえがいたのか』 ~このような本が書けたらいいなあ。ある程度の知識があると、1を知って10をイメージできる、魅力的な語り口と美しい絵と造本の美術史です。

 まずは、ご報告です。遅まきながら、ブログをSSL化しました。URLが若干変わりましたが、従来URLからも転送されますのでご安心ください。
 (ついでながら、SSL化は、アクセス数カウンターのみ後で再貼り付け・・数は、継続・・しただけで、あっけなく、1分ほどで終わりました。)

 さて、今日のお話です。
 気障に言えば、書斎で、熱い紅茶でものみながら、ゆっくり頁を繰るのに良い書物です。
分厚いので、寝て読むと言うわけには参りません。
 先だって、学識溢れる、柳亮『近代美術史』をご紹介しましたが、本書は、《学識》というよりも、《見識》豊かな書物、と言えるでしょう。
 このような本が書けたら良いなあ、と思いました。プレゼントに良いでしょうね。

マイケル・バード・著
ケイト・エヴァンス・絵
岡本由香子・訳
『ゴッホは なぜ星月夜の うねる糸杉をえがいたのか』(エクスナリッジ)

 著者は、英国の作家、歴史家そして、ラジオ司会者です。
A4版、336頁のどっしりした造本です(3,200円)。
 1テーマ(アーティスト)約3頁で、1枚の絵と絵本のようなイラストがあります。

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 絵は、紀元前4万年前の、ドイツ〈シュターデル洞窟〉から、2010年の中国現代アーティスト、アイ・ウェイウェイまで、68作品で、その選ばれた絵が秀逸のセンスです。
 その絵に関して、知的な《語り》で、そこから、イメージが広がります

 書名になっている、「星月夜」は、精神病院にいた頃描いた「星月夜」から、ゴッホの人生と絵の特長を見事に活写しています。

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 気に入ったのは、ロダンの頁。内容は、ロダンでは無く、〈弟子〉〈愛人〉、カミーユ・クローデル (1864-1943)・・ロダンに《捨てられて》半生を精神病院で過ごしました・・に光を当てて、彼女の作品「波」を載せています。
 この著者の〈見識〉に、大いに賛同します。

 スーラでは、その画法を、《ポワインティイーズム》(点描画法)というのでは無く、《クロモ・ルミナリズム》と紹介しています。ここにも著者の見識が現れています。
 隣の色によって、色が違って見えることを主張しました。

 ピカソの頁は、「ゲルニカ」。この選定にも感心しました。
アートというのは真実を語るうそなのだ」と言いつつ「ゲルニカ」を描いたピカソを描きます。
(そう言えば、この言葉、ピエール・ボナール (1867-1947)も、「絵画とは、小さな嘘をいくつも重ねて大きな真実を作ることである」と言っていましたっけ。)

 葛飾北斎は、「神奈川沖浪裏」(1831)で、きちんと、この頃の雅号「為一(いいつ)」で、富士山と版画や漫画絵の話で北斎の一生を語っています。

 アルブレヒト・デューラー (1471-1528)の絵は、あえて ? 「芝生」(1503)。

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ギヨーム・ド・ベルティエ・ド・ソヴィニー『フランス史』 ~大部なので、読み方を工夫しました。一人の著者による、公平で、平易な通史で、面白さに、どんどん前に引きずられて、あっという間に六百頁以上を読了しました。これを機会に、新聞の『書評』欄に一言苦言を。

 余談になりますが、ちょうど絵画の印象派登場の頃の、日本も知っておこうと、明治神宮外苑にある「聖徳記念絵画館」に行ってきました。
 例の如く、妻と、新橋・第一ホテルでランチ・ブッフェを食べた後、地下鉄銀座線で〈青山一丁目〉に出て、10分余歩いて、若い頃から見てはいるけれど、まだ入ったことが無い「絵画館」(重要文化財・1926年竣工)【写真は最後】で、たっぷり2時間弱、明治天皇のストーリーを80枚ほどの大きな絵画でたどりました。参考になりました。

 さて、今日ご紹介する本書を読んでいて、例えば、国立西洋美術館の庭にあるロダンの彫刻《カレーの市民》(1888年作・この〈カレー包囲戦〉は、1346年英国エドワード三世・仏フィリップ六世の治世にフランスのカレーで起こりました。)や、シェイクスピアの史劇《ヘンリー5世》(1599年)、ジャンヌ・ダルク(1431年に火刑)、さらには、今、上演中のミュージカル「ピピン」という題名からフランスにいたピピン二世(741まで在位)や三世(ー771)アキテーヌ王・ピピン(-830)を思い浮かべたり、納得したのは、再三でした。
 その本は・・、

ギヨーム・ド・ベルティエ・ド・ソヴィニー『フランス史』(講談社選書メチエ)

です。本年4月の新刊です。

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 本のぶ厚さ(668頁)! に一瞬たじろぎ、後述しますが、読んで行く章の順序を、ちょっと、自分のニーズに合わせて少し工夫しました。
 しかし、面白さに、すぐ夢中になり、厚さなど気にならなくなりました。

 ところで、本書の監訳者・鹿島茂の「あとがき」(638頁)にありますが、「一人の著者が、それも真っ当な歴史家による1冊読み切りのフランス通史」は、「日本には・・学界の、マルクス史観や実証主義史観の影響もあって・・、本書以外無い」そうです。
 さらに言えば・・驚きですが・・フランスにも本書が出版される以前は無かったとか。

 特に、実証主義になってからは、学者の専門が細かく細分されて、専門外の部分は素人並の知識しか無い、というのは、なるほど、と頷かされます。

 本書は、朝日新聞の書評に取り上げられていましたが、このような肝心な情報は書かれていません。
 その書評では、「人物のエピソードが面白く書かれている」云々、とありました。
 実は、私は、それにひかれて買ったのですが、人物のエピソードが面白いと言うのは兎も角、もう、内容全体が実に要領よくまとまっていて、大部ながら、一気に読んでしまう面白さでした。
 書評は、こういうところにきちんと触れるべきでしょう。

 ついでながら、近時の新聞書評は、評者に興味のあるペダンチックな書物が取り上げられることが多く、内容も難しすぎるかと思えば、これ、ちゃんと最後まで読んだの ? と思う内容もあります(ついでながら、書評頁が、4頁から3頁になったのも不満です。)。

 ところで、先の書評で、「人物のエピソードが面白く書かれている」例として、ドゴールが引退後、「回想録の執筆に専念している」など挙げていましたが、書かれているのも、唯、それだけです。あとは、何も書かれていません。一体、どこが「面白く書かれている」のでしょうか(580頁)。

 閑話休題。しかし、本書は、実に面白かった。しかも、フランス史を通じて、結局、ヨーロッパ史全体のアウトラインも理解できます。お薦めです。

 読み終えて、少し極論になりますが・・思ったのは、

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レーヌ=マリー・パリス『カミーユ・クローデル』 ~早熟の天才的な女性彫刻家。哀愁と悲しみを帯びた作品。ロダンの協力者(弟子)、愛人として、ロダン作品に構想を反映させ、やがて、捨てられて心が病み、30年を精神病院で暮らしました。

 以前から、ロダン作品を観るときに、カミーユ・クローデル(1864-1943)の事が気になっていました。
 ロダンの優秀な弟子(ロダンは、厳密には弟子をとったことがありません。従って、協力者か、〈弟子以上の存在〉とも言えます。)・愛人で、ロダンにアイディアを与え、やがて捨てられて精神を病んだことは知っていました。

 今回、1989年発行の、1万円近い、厚さ4㎝にもなる重厚な本書で、カミーユ・クローデルのことをきちんと知りました。精神病院での診療記録も公開されていますが、毎年の記述が、「同様」「同じ状態」・・といった、疑問を感じる記録の何と多いことか。

レーヌ=マリー・パリス『カミーユ・クローデル』(みすず書房)

 作者は、カミーユの弟・ポール・ルイ・シャルル・クローデル(1868-1955)の孫娘(1838-。次女の娘)です。
 なお、ポール・ルイ・シャルル・クローデルは、外交官で駐日・駐米大使も歴任し、劇作家(「マリアへのお告げ」)、詩人(五大頌歌」)としても、20世紀前半の最も重要なフランス文学の存在と言われています。

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 表紙の作品は、ほぼロダンと別れる頃の作品、大理石の「小さな女城主」(1896。「少女ジャンヌ」・「リレットの少女」とも。)です。独創的な彫刻家でカミーユを見いだしたプーシェの「優しさ」の影響がうかがわれます。

 まずは、共訳者の、文学者で精神科医でもある、なだいなだ(1929-2013)の言葉が胸に応えます。
「当時の精神病院では、それが当たり前のことであって、100人の医者がいたら、99人までが、彼女を同じように遇しただろう・・・にもかかわらず訳者は、厳しすぎると思われるかもしれないが、敢えて99人を責めずにはいられない・・・もう少しなにかできなかったのか、と」。

 カミーユ・ロザリー・クローデル (1864-1943)。シャンパーニュに生まれました。
 美貌で、しゃがれ声、田舎くさいところもあって、とつとつとした話し方。荒っぽい動作と子どもっぽい機智を持っています。〈クローデル〉とい名前に関係あるか否か分かりませんが、やや足を引きずって歩いた(「びっこ」)と弟は書いて(220頁)います。

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 父は、ヴィルヌーブの名士であった、ルイ=プロスペール・クローデル(登記所の収税吏)、母はルイーズ・セルヴィで、相続した土地を持参して1862年に結婚しました。
 子どもは、夭折した長男・アンリのほか、3人で、カミーユ(1864年生)、ルイーズ(1866年生)、ポール(1868年生)。

 クローデルの家庭は、父は、真面目で厳しく、〈嵐が猖獗を極めた〉ように、言い争いが多く、穏やかではありませんでした。カミーユは、稀に見る美貌で、気性激しく、また、自分の才能を露ほども疑っておらず、小さい頃から彫刻が好きでした。
 父は、厳しくも子ども達を愛して育てました。母は、後に、カミーユがロダンと今で言う〈不倫〉してからは、カミーユを嫌い、妹を愛し、頼りました。この時代、性の問題はタブー視されていました。
 カミーユは、弟・ポールとは親愛で、息を引き取るときに「私のかわいいポール」と言ったとか。

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『本当にあった ? グリム童話「お菓子の家」発掘』 ~オペラ「ヘンゼルとグレーテル」のチケットを買った機会に、グリム・メルヒエンを〈研究〉してみました。

 昔、藝術財団の事務局長の頃、オペラ指揮者と演出家の顔合わせ会食の席で、ご両者の話題の中で、さかんに、「ヘングレ」と言っておられたのを思い出しました。
 「ヘングレ」は、オペラ「ヘンゼルとグレーテル」のことで、その時に、これは、子ども用オペラでは無いことを悟った次第です。
 後述書「解説」でも触れていますが、普通、《童話》と言われているからで、《メルヒエン》、せめて《昔話》と言われるべきだったからなのでしょう。
(なお、余談ですが、こういった会食費用は、財団では、交際費といった予算が無いので、全て私のポケット・マネーでした。これが結構負担なのですよ。)

 閑話休題。《日生劇場》の6月オペラ、
ヤーコブ(1785-1863)と、ヴィルヘルム(1786-1859)のグリム兄弟原作の、
『ヘンゼルとグレーテル』
のチケットを買いました。
 席は、例によって、S席・中央・最前列です。やはり、先ほどの事務局長の頃に、某音楽大学の学長から聞いた「兎に角、オペラは前ですからね。」、が頭に残っていて、それ以来一途に、10年以上、最前列を買っています。

 ・・ということで、この際、そのオペラを、少し〈研究〉することにしました。

 ご承知でしょうが、このオペラの作曲者は、
エンゲルベルト・フンパーディンク(1854-1921)。
妹の、
アーデルハイト・ヴィッテ(1858-1916)
が台本を書いた、1893年作品で、物語は、すこぶる明るいものになっています。

 まずは、原作を、

吉原高志・吉原素子訳『初版 グリム童話集 Ⅰ』(白水社ブックス)

で読みました。可なりミゼラブル、暗い感じです。
 本書は、初版第一巻(1812)です。これが、最終、第七巻(1857)になると、可なり変わって、残酷、セクシュアルな要素が目立たなくなっているとか。
 先日の、「フランダースの犬」もそうでしたが、この頃のヨーロッパ庶民は、戦争もあって、皆、食うや食わずの悲惨な時代だったのがわかります。

 次に、近所の、図書館に行くと、

ハンス・タラクター著・矢羽々崇・たかおかまゆみ訳
『本当にあった ? グリム童話「お菓子の家」発掘』
(現代書館)

という本があって、面白そうなので借りてきました。

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  なんと、228頁のうち、70頁近くが「訳者解説」(矢羽々崇)になっていて、読者が、いらぬ《誤解》をしないようにされています。
 つまり、この本で、ヘンゼルとグレーテルに出てくる《お菓子の家》を《発掘》するというのは、あくまで、パロディなのです。でも、良く出来ています。ゼッタイ、本当だと思ってしまいます。

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レイチェル・イザドラ 『ベンのトランペット』~ ああ、粋な〈大人〉だなあ。心を通わせる一言があります。

 絵本です。
 モノトーンで、ミケランジェロの素描のような、細密な線の描写です。

落合恵子「明るい覚悟 ⑪」(「一冊の本」所載)の中で、庭の、るこう草を見ながら、亡くなった友にあげたかったこの絵本を、「ひとりの大人として」想いながら引用された絵本です。

 レイチェル・イザドラ(著)・谷川俊太郎(訳)
『ベンのトランペット』(あかね書房)

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 アメリカ図書館協会の下部機関、児童図書館協会の1979年度コルデコット賞次席受賞作品です。
 19世紀英国のイラストレーター、ランドルフ・コールデコット(1846-1886)に由来し、年間で最も優れた作品に与えられます。

 貧しい黒人少年ベンが、毎晩、「ジグザグ・ジャズ・クラブ」から流れるジャズに合わせて、非常階段に座って、〈エアー・トランペット〉を吹いています。時に夜更けまで。
 家に帰ってからも、夢中で、家族に聴かせます。

「ばっかじゃねえか ! ペットなんかもってねえくせに。」友は、馬鹿にします。

 そんなある日、バンドメンバーが休憩した時、一人のトランペッターがベンに近づいて来て聞きます。
「ラッパは どこにあるんだい ? 」
「もってないよ。」ベンは言います。
トランペッターは、ベンの肩に腕をまわして言いました。
「クラブへこいよ。」

・・
「いっしょに やってみようじゃねえか。」

 ただこれだけ。〈粋〉な大人です。こんな風に子どもに接したいものです。
さて、子どもは、この絵本をどう感じるでしょうか。★

トレイシー・シュバリエ『真珠の耳飾りの少女』 ~仮説の世界から味わうフェルメールの世界。フェルメールがますます近しくなる素敵な書物です。

 ムンクに続いて、これも、今、展覧会が開かれている(「上野の森美術館」。来年2月3日まで。)ヨハネス・フェルメール(1632-1675)に関する書物(小説)を読みました。
 やはり、新刊ではなくて、2000年刊行の、

トレイシー・シュバリエ『真珠の耳飾りの少女』(白水社)

です。

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 2003年に映画化もされています。それ以降、「ターバンの少女」では無くて、「真珠の耳飾りの少女」でよばれるようです。
 読書中、座右には、おなじみの新潮美術文庫 13「フェルメール」を置きました。絵を観ながらの読書です。

 フェルメールの絵は、世界に35作品しかありませんし、日記などの類いも無いので、全く謎です。
 それをこの女流作家は、周囲を丹念に調べて、小説にしました。
 謎のところは、仮説、作家の解釈ですが、実に、良く描かれていて、そこから、一つの〈フェルメールの世界〉に浸れます。

 この小説のミクロの絵画世界と、17世紀の、北部オランダ・カルヴァニズムの影響ある絵画の、例えば、絵画のパトロンは、市民であったなど、マクロの絵画世界を知っていれば、フェルメール作品の鑑賞は、格段に楽しくなること請け合いです。

 物語は、フェルメール家に女中に入った、16歳の少女、フリートが主人公です。
18歳の時、「真珠の耳飾りの少女」(「ターバンの少女」とも。)のモデルとなります。勿論、著者の解釈です。先日(2日)、フジテレビの特集番組では、長女がモデルであるという説もありました。因みに、同番組には、本書の著者トレイシー・シュバリエも主演していて、自説を主張されていました。

 舞台は、オランダの港町デルフト。1664年。
史実では、フェルメール32歳。小説の主人公・フリート16歳です。

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エドワード・ドルニック『ムンクを追え!』 ~盗難にあった《叫び》を追う、囮捜査官の実録で、面白い。《ムンク展》を観る前に、興味が出て、読み終えました。

 新刊では無く、2006年の本です。
 先頃、上野の東京都美術館で《ムンク展》が始まり(2019年1月20日まで)、ずっと、ムンクの事が頭にあって、古書店で、この本を見つけた時、すぐ買ってしまったわけです(〈新品同様〉で、1,700→500円。)。

エドワード・ドルニック『ムンクを追え ! 』(光文社)

 実は、もう二冊、ムンクとフェルメールの本もあるのですが、それは、後日アップしてお話しする機会があると思います。

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 本書によると、絵画の盗難は、まず、有名な作品から狙われるそうです。
 しかし、有名な作品が狙われるのは、盗難に限らないようで、本書の原題は、「THE RESCUE ARTIST」ですが、「ムンクを追え」とムンクを前面に出した邦題になっています。 内容は、多くの他の美術盗難事件も俎上にのっていて、「美術囮捜査官の活躍」と言った趣です。

 因みに、〈叫び〉は、叫んでいるのでは無くて、叫びを聞かないようにしている説が有力とか。ムンクの手記からもそのようにうかがえます。
 10月末から、テレビ朝日、高田純次『じゅん散歩』(9時55分から)で、数日間オスロを訪ねていて、「叫び」を描いた丘の上の道(橋ではありません。)や、ムンク美術館などを観ることが出来て、参考になりました。

 ムンクの《叫び》盗難事件は、1994年2月12日払暁に発生しました。
 因みに、ムンクの《叫び》は、世界に4枚あります。盗まれたのは、ノルウエー国立美術館のムンクで、厚紙に、テンペラ(ポスターカラー)、パステル、チョークで描かれています。驚いたのは、裏面が没になった描き損じであることをこの作品で知りました。
 実行犯は、元プロサッカー選手の犯罪者・ポール・エンゲルと18歳のウィリアム・アースハイムの二人です。

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いったい、スカーレットの人生ってなんだったのだろうか。 ~M・ミッチェル 『風と共に去りぬ』を、最後の巻は、岩波版発行を待ちきれず新潮社版で、読み終えました。

 昨年、4月から数か月間隔で刊行されている、新訳の

荒このみ新訳、『風と共に去りぬ』(岩波文庫)

第5巻まで刊行され、あと1巻は来月以降に刊行されるようです。
 でも、ここまで来たら待ちきれず、50章から63章は、一足早く刊行されている、やはり新訳の、

鴻巣友季子 『風と共に去りぬ ~5』(新潮文庫)

を読んでしまいました。
 こういう人は多いかもしれません。でも、ここで、両新訳書を比較するのも、良いタイミングではあるのです。
 見てお分かりのように、岩波版が、1巻分多いのは、解説が充実しているからです。その意味で、発行されたら勿論、買うつもりです。
 
 長大な、物語を読み終えて感じたのは・・、

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プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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