FC2ブログ

アーシュラ・K・ル=グウィン 『暇なんかないわ 大切なことを 考えるのに忙しくて』 ~ 「若い者には年寄りが務まらない」と持論を語り、自らの生涯の一冊や、愛猫を語り、文学論から半熟卵の茹で方・食べ方の話まで、ブログで語った話をまとめた一冊です。

 今日の本は、本年1月に出版された、

アーシュラ・K・ル=グウィン 『暇なんかないわ 大切なことを 考えるのに忙しくて』(河出書房新社)

です。

20200520213749d48.jpg 

 あと10年で作者と同年齢ですが、「絶対にやらなくてはならないこと以外のことをする時間が、以前に比べて一層少なくなる」こと、「医者に行かなくてはならない頻度が増すにつれて、そこにたどり着くことの難度がます」なんて、理解できますねえ。

 アーシュラ・K・ル=グウィン (1929-2018)は、米国の作家で、本書は、ジョゼ・サラマーゴが、85,86歳にポルトガル語で書いたブログ、「ノート」に触発されて、2010年から始めたブログの記事から41編が、死の前年、2017年に出版されたものです。
 85歳近くになったので、人目にたつような活動をしていないと死んだとみなされるおそれがあるので、生存している印を残した、墓場から手を出して挨拶するようなものだとも述べています。

 夫との日々の生活の苦労も、例えば、車を持たない老いての買い物や、老いて必要が増えていくのに、行くことの苦労が多い通院なども触れられています。
 夫に付けている渾名(あだな)は、「アッティクス」。政争に巻き込まれるのを嫌って、ギリシアのアテナイに移住した、古代ローマの実業家で、キケロの親友ですが、そのような名を付けたのは、さすが文学者です。

 第一部「80歳を過ぎること」から、第二「文学の問題」、第三部「世の中を理解しよとすること」、第四部「報酬」とあり、その間に愛猫に関するエッセイ「パード日記」があります。
 特に、第一部は、こんなブログが毎日読めたら、本当に楽しいだろうな、と思うほど引き込まれます。

 表題の「暇なんかないわ 大切なことを 考えるのに忙しくて」の由来は、第一部冒頭にありますが、81歳の時に、母校ハーバード大学から、1951年卒業生の60年目の同窓会前に来たアンケートに、「余暇には何をしますか」の問いがあったことからです。
 しかも、その選択項目には、「ゴルフ」などと共に「創造的活動」とあります。作家の自分がしている創造的活動は、余暇なのか。
 一方、そもそも、1951年卒業生は全員80歳以上で、大半が引退しているなずです。
引退した人にとって、余暇以外の時間があるだろうか、と問いを発します。
 そこから出た回答が、
「暇なんかないわ 大切なことを 考えるのに忙しくて」と言うわけです。

 そこから、寧ろ、現代の子ども達が、余暇無く、予定というベルトコンベアーに乗っているように次々と間を置かずに活動している様子に、「ぶらぶら歩きながら、なかなか深く、考えたり、感じたり」する「隙間にうまく滑り込む」こと、を願います。
 
 例えば、
 「年齢は気持ちが決める」などというポジティブシンキング(この言葉は、1952年にノーマン・ヴィンセント・ピールが提唱したものとか)を信用せず、むしろ、明晰な人は、自分が若いなどと思わず、自分がどんなに年を取っているか理解している
 だから、「若い者には、年寄りは務まらない」、こんなスローガンがあったら良いなと言います。
「83年生きてきたことが、気の持ちようの問題だと、まさか本気で思っているんじゃないでしょうね」、「私の老齢が存在しないと告げることは、私が存在しないと言うのと同じだ。私の老齢を消すことは、私の人生を消すこと、私を消すことだ」とも。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

スポンサーサイト



ローレンス・ブロック『短編絵画』 ~エドワード・ホッパーの絵画から着想した、贅沢な作家17人の作品を集めたアンソロジー。何という余韻。早いですが、「今年、最も気に入った」と言うであろう書物、が早速出ました。

 エドワード・ホッパー (1882-1967) の絵にも邂逅して、早いですが、「今年、最も好きな書物」と言うであろう作品が、早速出ました。
 その書物は、

ローレンス・ブロック『短編絵画』(ハーパーコリンズ・ジャパン)

です。

20200107205713e0c.jpg 

 エドワード・ホッパーの絵画から着想した、17の《テーマ型アンソロジー》です。
 作者が、一流の作家ばかりで、中には、ライティングの教授も数名いて、短編の凝ったお手本のような上出来の作品ばかりです。
「子どもがドラクロワのパレットを使って描いたような顔をしている」とか、
「黄昏どきが、午後のセルリアンブルーを夜のプルシャンブルーへと変えはじめている」、
といった洒落た表現も満載です。
 歳をとっての癌は、「治療を受けても必然への道を悪化させるだけだ」という会話にも感じ入ります。

 因みに、パリのドラクロワ美術館にある「ドラクロワのパレット」は、色見本のように理路整然と様々な色が置かれています。

20200110141438000.jpg 

 本書、口絵の絵「Cape cod morning」(1950)だけは、読者に創作を委ねています。
 あなたなら、この絵画からどのような物語を作るでしょうか。

202001091214475c4.jpg 

 まず、始めに、「City roofs」(1932 街の屋根)の絵から着想した、
ゲイル・レヴィンの「牧師のコレクション」から読みました。
 作者は、ニューヨーク市立大学教授で、ホッパーの絵画を沢山収蔵しているホイットニー美術館のキュレーターを勤め(1976-1984)、ホッパーの遺品調査をし、目録も完成しています(1995)。
 物語は、ホッパーの死後、屋根裏にあったコレクションを守ろうと(自分の利益も考えて)する牧師アーセイヤ・R・サンボーン(2007死去)の物語です。
 ホッパーの妻ジョー・ホッパー(1968年死去)やホッパーの姉マリオン・ルイーズ・ホッパー(85歳で死去)や弟エドワード・ホッパー(85歳で死去)も登場する虚実入り交じった物語です。

 次に、「Room in NewYork」(1932)の絵から着想した、
大家、スティブン・キングの「音楽室」

20200109092850569.jpg 

 モダン・ホラーの大家らしい物語で、奥のクローゼットには、街で会って連れてきた男を閉じ込めて、死ぬのを待っています。こうして、夫婦は金を〈稼いで〉生活しているのです。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

藤田令伊 『現代アート超入門 ! 』 ~いままでの知識をまとめることが出来ました。あわせて、年末雑感も。

 今年も残りわずかです。
 遣っていたボールペンが、どうもかさついて書けない、と思ったら、インクが無くなっていました。
今までに、一本きれいにインクをつかったことはあまり無く、始めてです。我ながら、歳をとってからの真面目な、メモぷりに驚いています。

 原田マハ『風神雷神』上巻を、3日で読み上げましたが、まだ、「下巻」があるので、ブログでのアップは、お正月が済んでからにします。
 この本は、えらく、壮大なフィクションになっていて、宗達の「風神雷神」が描かれた時期に関する《山根有三説》がどうの、なんて言う知識を知っていてもあまり役に立ちません。しかし、いきなり「白象」が出て来たり、このところ読んでいた、現代アートのジャクソン・ポロックの《ドリッピング技法》のことが出て来たりで、驚きました。

 お正月には、分厚い本を離れて、ナカムラクニオ 『世界の本屋さんめぐり』、でも読むつもりです。載っている本屋さんが、写真では無くて、イラストなのは、少し気に入りませんが。
 今は、パラパラと、佐伯泰英 『惜櫟荘(せきれきそう)だより』(岩波書店)を読んでいます。このようなエッセイは、気にいった頁を、気にいった時に読めるので、何かと慌ただしい時期向きです。

 このところ、リビングに、映画「スターウオーズ」の過去のパンフレットを持ってきて、暇な時に、筋を復習しています。
中から、前に書いたメモが出て来て、重宝しています。毎回、同じことをやっているんですね。映画は、字幕では無くて〈吹き替え〉で観ようか、と考えています。内容に追いついていけますから・・。

 昨夜、寝る前に、シュルレアリズム・超現実主義の画家ダリの本を読んでいたら、夢で抽象画が出て来ました。
 ダリは、フロイトの「夢」を、特に、先入観、深層心理、手を加えないイメージ・偶然、といったものを大切にしていましたが、それにしても、この夢は出来過ぎ、よくこんな夢を見ました。
 余談ですが、私、72歳なのに、睡眠時間は、9時間前後です。調子の良いときは、11時に本を置いて電気を消し、すぐ寝付いて、トイレにも行かず、8時過ぎまで寝ていることがあります。
 妻には、「遅くまで寝ていても、生きているから」と言ってあります。

ここで一句・・
  「まださめぬ この世の夢に 夢を見て  沢庵」。

 やっと本題です。今日、読み終えたのは、やはり、このところ続いている、現代アートの本で、

藤田令伊 『現代アート超入門 ! 』(集英社新書)

です。

20191216222125538.jpg 

 それから、さっき夢に見た話をしましたが、
《芸術家たちの素顔》シリーズ

第6巻、『僕はマティス』(パイ・インターナショナル)
第2巻、『僕はダリ』(パイ・インターナショナル)

も読み終えました。実に、良いシリーズです。
 著者は、何れも、キャサリン・イングラムです。イラストの美しい本です。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

現代アートを〈身近にする〉チャンスを逃さないように、またも、「ニューヨーク・アートシーン」展に行き、キュレーターの解説を聴きました。読んだ本は、やはり、『僕はウォーホル』。

 原田マハ『風神雷神』を読み始めたのですが、そのお話は後日にして・・、
 この1か月ぐらい、お気づきでしょうが、〈現代アート〉に凝っています。
 むしろ、このチャンスを逃さず、身近にしたい、というところで、少しでも、《現代アート》に近づきたいと思っているのです。(ですから、本当は、現代アートの本を、4冊平行して読んでいるところなのです。結構、もっと時間が欲しい。)

 ところで、すでに、二度行っている、『ニューヨーク・アートシーン』(埼玉県立近代美術館)で、今度は、キュレーター(学芸員)の解説があるというので、また、出かけました。 マメ、というか、もの好きというか・・・。

 ところで、余談ですが、この美術展出口ロビーに、子供用の「ニューヨークのステキな作品ぬり絵」シートと机が置かれています。
 たまたま、一人の小さい女の子が、そのぬり絵をしているのを見て驚きました。
 巧いし、色が正確なのです。

 その子は、会場にあったトム・ウェッセルマンの「シースケープ #8」の足や背景を正確に塗っています。きちんと、覚えて会場を出て来たのですねえ。
 小さい頃から、気軽にこのような展覧会に連れて来るものです。感動しました。

 さて、キュレーターの解説は、現代美術だから参加者が少ないかな、と思っていましたが、約30人以上集まりました。
 会場を35分ほど、解説を聞きながら作品を観賞しましたが、気が付かなかったことが随分あり、有益でした。

 帰宅後読んだ本は、展覧会にも出ていたウォーホルの画集です。

キャサリン・イングラム /絵・アンドリュー・レイ《芸術家たちの素顔》シリーズ 1

『僕はウォーホル』(パイ・インターナショナル)

です。

20191216221750aca.jpg 

 展覧会場の「キャンベルスープ」、「モンロー」の絵を観て、考えると、その時代を的確に掴み、それをポップな作品にしたことが理解できます。
 そして、自らも、破天荒、というよりか、58年の、ポップな人生を駆け抜けた。アンディー・ウォーホル(1928-1087)のイラスト満載の伝記です。

 著者・キャサリン・イングラムは、現代絵画からこのシリーズを進めているのが注目すべきところです。しかも、指摘は、短く、的確で、文章は読みやすい。イラストも、凝っています。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

メイ・サートン『82歳の日記』など、心に染みいる書物のこと、そして、キャサリン・イングラム『僕はポロック』 ~何れも、素晴らしい書物です。ポロックの本では、現代絵画への興味はますます広がって来ました。

 12月7日(土)の「朝日新聞」読書欄の書評に、
メイ・サートン 『74歳の日記』(みすず書房)
が紹介されていました(評者・都甲幸治)。

 心臓病を抱えつつ、自然に囲まれて一人で生活する、不自由でありながら満ち足りた日々を綴った日記です。
 おやっ! と思ったのは、
『82歳の日記』(みすず書房)
を、私が以前書いていたブログで、10年近く前に紹介したことがあるからです。

2019120808554881f.jpg 

 著者は、1995年に亡くなっています。
 素敵な本を紹介するのは、もし、新刊ではなくても、新聞評は好ましいものです。評者は、余程感動して、紹介せずにいられなかったのでしょう。
 皆さんにも、お薦めします。

 ついで、と言っては語弊がありますが、その時に、ブログで同じように紹介した本は・・、

ケニー・ケンプ 『父の道具箱』(角川書店)
ユベール・マンガレリ 『おわりの雪』(白水社)
リディア・フロム 『親の家を片づけながら』(ヴィレッジブックス)
沢木耕太郎 『無名』(幻冬舎)

 ・・いずれも、父と子、季節の移ろい、親と娘・・、心に染みる一冊で、私が、特別養護老人ホームの施設長(120床。別にショートステイ40床)だった頃に、皆に薦めた本です。考えたら、昔のほうが良い本を読んでいたかな・・。
 もっと、あるんですが、本日は、これくらいに・・・。

 さて、本日の本題。
 これも、素晴らしい書物です。
《芸術家たちの素顔》シリーズの3巻目、

キャサリン・イングラム /絵・ピーター・アークル 『僕はポロック』(パイ・インターナショナル)

 80頁の小冊子ですが、イラストと絵が満載で、内容が濃いが、文章は分かりやすい。
聞いたことの無い出版社ですが、良い本を造りました。

2019120521065398e.jpg 

 前回の、埼玉県立近代美術館で、《ニューヨーク・アートシーン》を観た時に、気になった、抽象表現主義で、ドリッピング技法の画家、《オールオーバー(全体に及ぶ)》な作品を描く、
ジャクソン・ポロック(1912-1956)
の資料を探していて見つけた書物です。

 アメリカの現代美術の風土を説明するに、冒頭、広島・長崎の原爆投下で終わった第2次世界大戦終結後の米国人のやや虚無的なムードから入っているのが、類書にありません。
 これって、日本人が書いたのでは無いよなあ・・と思わず確認してしまう、導入部です。
 そうか、アメリカ美術の始まりは、こういうところも大きいんだ、と納得してしまいます。
 本書の著者は、美術史家で、今、上野・東京都美術館で展覧会が開かれている、コートールド美術館の研究所で修士号をとっていて、また、オックスフォード大学で哲学博士もとった英国人です。
 イラストは、スコットランド出身で、ニューヨーク在住のイラストレーター。 
 なお、早速、次は、このシーリーズの『僕はウォーホル』を読むことにしました。

 先日の、菅原教夫『やさしい美術 モダンとポストモダン』で理解できなかった各論箇所が、いくつか理解できました。
 歳をとっても、日々、このような楽しみがあれば、楽しいものです。

 それに、本書にあるように、東洋思想は、《孤独》の人生哲学を勧めるところがありますものね。このあたりとアメリカ現代美術も、少し心得て置くところかもしれません。
 と、わずか80頁から多くのことが類推出来ます。

 写真の作品は、ポロックの方向転換となった作品、「燭光(りんこう)」、ホイットマンの詩、「肌身に感じる健康の感覚、真昼のトレモロ 私がベッドから起き上がり太陽に挨拶する時の歌」を描いたと言われる作品ですが、後述します。

201912061424215bd.jpg 

 因みに、この日は、現代美術の書籍を探して、図書館・・我が家から、歩いて10分のところに中核図書館があります・・に行って、新書中心に6冊ほど借りました。

千住博・野地秩嘉 『ニューヨーク美術案内』(光文社新書)
小山登美夫 『現代アートビジネス』(アスキー出版)
宮津大輔 『現代アートを買おう!』(集英社新書)
『現代美術の教科書』(美術出版社)

が面白かった。
 しかし、美術出版社は、もう少し、平易に分かりやすく書けないものでしょうか。
それとも、現代美術は、やはり理解が難しいから、書いているうちにこうなってしまうのかしら。
 余談ですが、同時に、
古田亮 『俵屋宗達 琳派の祖の真実』(平凡社新書)
も借りました。この本については、本文末で触れます。

(以下下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

ジョン・マウチェリ『指揮者は何を考えているか』 ~出た ! 今年、最も面白かった本。指揮者の遠慮無い本音とわかりやすい音楽の秘密が、膨大な事例で書かれていて、目から鱗で面白く、有益な本です。

 さて、今日のこの本は、私の読んだ「今年のお薦めベスト」、最上位の本です。

ジョン・マウチェリ(松村哲哉 訳)『指揮者は何を考えているか』(白水社)

 本書の原典は、2017年刊行で、日本語版は、2019年7月に第1版、10月に第2版が刊行されています。私が、読んだのは、第2版です。本文は、330頁、定価3,000円です。

201910300944341c6.jpg 

 《白水社》の本は、良書が多いのですが、程度が高くて、取っ付きにくい本が多いので・・と、やや腰が引けていましたが、本書は、読み始めると、何と読みやすく、何と面白く、何と役に立つ本でしょうか。
 読んで本当に良かった。「今年のベスト」に掲げたいと思います。

 指揮者ジョン・マウチェリ(1945-。ニューヨーク生まれ)【写真2枚目】が、指揮者の仕事を、あらゆる面から紹介し、その中に、50年間にわたる膨大な経験談や当事者から聞いた第一次伝聞が、惜しげなく掲載されています。
 翻訳(松村哲哉 訳)が、実に読みやすく、頻出する数多くの音楽(用語)の説明も、本文に上手く溶け込んでいます。

2019110116133998c.jpg 

 著者ジョン・マウチェリは、ロサンゼルス・フィルハーモニー協会の管理する交響楽団ハリウッド・ボウル・オーケストラで、創立(1990年)から16年間音楽監督を務めています。 因みに、1997年に楽団を率いて来日しています。

 ハリウッド・ボールは、ハリウッドにある野外音楽堂です。
 著者は、また、ミラノ・スカラ座、メトロポリタン歌劇場などにも客演し、母校イェール大学で教鞭もとっていて、CDなども50枚以上録音しています。

「ウエストサイド物語」を作曲した、レナード・バーンスタイン(1918-1990。1943年にニューヨーク・フィルに指揮者デビュー)【写真3枚目】と親交があり、そのバーンスタイン作品の初演も多く手がけています。

2019110213163852d.jpg 

 さて、本書は、《イントロダクション》で、早速、興味ある話題に入って行きます。

 まずは、マーラーの交響曲第2番「復活」を、音楽キャリアの無い、米国の実業家(経済誌「インスティテューショナル・インベスター」の創刊者)ギルバート・キャプラン(1941-2016)が、自費でアメリカ交響楽団などで100回以上指揮した、つまり素人の指揮者の話題と、名匠ピエール・ブーレーズ(1925-2016)の逸話の対比から入ります。
 ブーレーズは、バーンスタインに継いで、1969年からニューヨーク・フィルを指揮した人物です。

 次に、1975年に、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)【写真4枚目】が、自分の山荘にバーンスタインを招いた時の、バーンスタインから聴いた逸話の話になります。
 バーンスタインのカラヤン評などがあり、何かカゲグチを聞いているようで、もうここで、頁を置くことが出来無くなってしまいます。

20191102132449605.jpg 

 そして、次は、少し指揮の話の基本知識に触れられます。例えば・・、

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

マイケル・バード『ゴッホは なぜ星月夜の うねる糸杉をえがいたのか』 ~このような本が書けたらいいなあ。ある程度の知識があると、1を知って10をイメージできる、魅力的な語り口と美しい絵と造本の美術史です。

 まずは、ご報告です。遅まきながら、ブログをSSL化しました。URLが若干変わりましたが、従来URLからも転送されますのでご安心ください。
 (ついでながら、SSL化は、アクセス数カウンターのみ後で再貼り付け・・数は、継続・・しただけで、あっけなく、1分ほどで終わりました。)

 さて、今日のお話です。
 気障に言えば、書斎で、熱い紅茶でものみながら、ゆっくり頁を繰るのに良い書物です。
分厚いので、寝て読むと言うわけには参りません。
 先だって、学識溢れる、柳亮『近代美術史』をご紹介しましたが、本書は、《学識》というよりも、《見識》豊かな書物、と言えるでしょう。
 このような本が書けたら良いなあ、と思いました。プレゼントに良いでしょうね。

マイケル・バード・著
ケイト・エヴァンス・絵
岡本由香子・訳
『ゴッホは なぜ星月夜の うねる糸杉をえがいたのか』(エクスナリッジ)

 著者は、英国の作家、歴史家そして、ラジオ司会者です。
A4版、336頁のどっしりした造本です(3,200円)。
 1テーマ(アーティスト)約3頁で、1枚の絵と絵本のようなイラストがあります。

20190706172130d9a.jpg 

 絵は、紀元前4万年前の、ドイツ〈シュターデル洞窟〉から、2010年の中国現代アーティスト、アイ・ウェイウェイまで、68作品で、その選ばれた絵が秀逸のセンスです。
 その絵に関して、知的な《語り》で、そこから、イメージが広がります

 書名になっている、「星月夜」は、精神病院にいた頃描いた「星月夜」から、ゴッホの人生と絵の特長を見事に活写しています。

2019071216154232e.jpg 

 気に入ったのは、ロダンの頁。内容は、ロダンでは無く、〈弟子〉〈愛人〉、カミーユ・クローデル (1864-1943)・・ロダンに《捨てられて》半生を精神病院で過ごしました・・に光を当てて、彼女の作品「波」を載せています。
 この著者の〈見識〉に、大いに賛同します。

 スーラでは、その画法を、《ポワインティイーズム》(点描画法)というのでは無く、《クロモ・ルミナリズム》と紹介しています。ここにも著者の見識が現れています。
 隣の色によって、色が違って見えることを主張しました。

 ピカソの頁は、「ゲルニカ」。この選定にも感心しました。
アートというのは真実を語るうそなのだ」と言いつつ「ゲルニカ」を描いたピカソを描きます。
(そう言えば、この言葉、ピエール・ボナール (1867-1947)も、「絵画とは、小さな嘘をいくつも重ねて大きな真実を作ることである」と言っていましたっけ。)

 葛飾北斎は、「神奈川沖浪裏」(1831)で、きちんと、この頃の雅号「為一(いいつ)」で、富士山と版画や漫画絵の話で北斎の一生を語っています。

 アルブレヒト・デューラー (1471-1528)の絵は、あえて ? 「芝生」(1503)。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

ギヨーム・ド・ベルティエ・ド・ソヴィニー『フランス史』 ~大部なので、読み方を工夫しました。一人の著者による、公平で、平易な通史で、面白さに、どんどん前に引きずられて、あっという間に六百頁以上を読了しました。これを機会に、新聞の『書評』欄に一言苦言を。

 余談になりますが、ちょうど絵画の印象派登場の頃の、日本も知っておこうと、明治神宮外苑にある「聖徳記念絵画館」に行ってきました。
 例の如く、妻と、新橋・第一ホテルでランチ・ブッフェを食べた後、地下鉄銀座線で〈青山一丁目〉に出て、10分余歩いて、若い頃から見てはいるけれど、まだ入ったことが無い「絵画館」(重要文化財・1926年竣工)【写真は最後】で、たっぷり2時間弱、明治天皇のストーリーを80枚ほどの大きな絵画でたどりました。参考になりました。

 さて、今日ご紹介する本書を読んでいて、例えば、国立西洋美術館の庭にあるロダンの彫刻《カレーの市民》(1888年作・この〈カレー包囲戦〉は、1346年英国エドワード三世・仏フィリップ六世の治世にフランスのカレーで起こりました。)や、シェイクスピアの史劇《ヘンリー5世》(1599年)、ジャンヌ・ダルク(1431年に火刑)、さらには、今、上演中のミュージカル「ピピン」という題名からフランスにいたピピン二世(741まで在位)や三世(ー771)アキテーヌ王・ピピン(-830)を思い浮かべたり、納得したのは、再三でした。
 その本は・・、

ギヨーム・ド・ベルティエ・ド・ソヴィニー『フランス史』(講談社選書メチエ)

です。本年4月の新刊です。

20190614182501d61.jpg 

 本のぶ厚さ(668頁)! に一瞬たじろぎ、後述しますが、読んで行く章の順序を、ちょっと、自分のニーズに合わせて少し工夫しました。
 しかし、面白さに、すぐ夢中になり、厚さなど気にならなくなりました。

 ところで、本書の監訳者・鹿島茂の「あとがき」(638頁)にありますが、「一人の著者が、それも真っ当な歴史家による1冊読み切りのフランス通史」は、「日本には・・学界の、マルクス史観や実証主義史観の影響もあって・・、本書以外無い」そうです。
 さらに言えば・・驚きですが・・フランスにも本書が出版される以前は無かったとか。

 特に、実証主義になってからは、学者の専門が細かく細分されて、専門外の部分は素人並の知識しか無い、というのは、なるほど、と頷かされます。

 本書は、朝日新聞の書評に取り上げられていましたが、このような肝心な情報は書かれていません。
 その書評では、「人物のエピソードが面白く書かれている」云々、とありました。
 実は、私は、それにひかれて買ったのですが、人物のエピソードが面白いと言うのは兎も角、もう、内容全体が実に要領よくまとまっていて、大部ながら、一気に読んでしまう面白さでした。
 書評は、こういうところにきちんと触れるべきでしょう。

 ついでながら、近時の新聞書評は、評者に興味のあるペダンチックな書物が取り上げられることが多く、内容も難しすぎるかと思えば、これ、ちゃんと最後まで読んだの ? と思う内容もあります(ついでながら、書評頁が、4頁から3頁になったのも不満です。)。

 ところで、先の書評で、「人物のエピソードが面白く書かれている」例として、ドゴールが引退後、「回想録の執筆に専念している」など挙げていましたが、書かれているのも、唯、それだけです。あとは、何も書かれていません。一体、どこが「面白く書かれている」のでしょうか(580頁)。

 閑話休題。しかし、本書は、実に面白かった。しかも、フランス史を通じて、結局、ヨーロッパ史全体のアウトラインも理解できます。お薦めです。

 読み終えて、少し極論になりますが・・思ったのは、

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

レーヌ=マリー・パリス『カミーユ・クローデル』 ~早熟の天才的な女性彫刻家。哀愁と悲しみを帯びた作品。ロダンの協力者(弟子)、愛人として、ロダン作品に構想を反映させ、やがて、捨てられて心が病み、30年を精神病院で暮らしました。

 以前から、ロダン作品を観るときに、カミーユ・クローデル(1864-1943)の事が気になっていました。
 ロダンの優秀な弟子(ロダンは、厳密には弟子をとったことがありません。従って、協力者か、〈弟子以上の存在〉とも言えます。)・愛人で、ロダンにアイディアを与え、やがて捨てられて精神を病んだことは知っていました。

 今回、1989年発行の、1万円近い、厚さ4㎝にもなる重厚な本書で、カミーユ・クローデルのことをきちんと知りました。精神病院での診療記録も公開されていますが、毎年の記述が、「同様」「同じ状態」・・といった、疑問を感じる記録の何と多いことか。

レーヌ=マリー・パリス『カミーユ・クローデル』(みすず書房)

 作者は、カミーユの弟・ポール・ルイ・シャルル・クローデル(1868-1955)の孫娘(1838-。次女の娘)です。
 なお、ポール・ルイ・シャルル・クローデルは、外交官で駐日・駐米大使も歴任し、劇作家(「マリアへのお告げ」)、詩人(五大頌歌」)としても、20世紀前半の最も重要なフランス文学の存在と言われています。

20190324162540fd8.jpg 

 表紙の作品は、ほぼロダンと別れる頃の作品、大理石の「小さな女城主」(1896。「少女ジャンヌ」・「リレットの少女」とも。)です。独創的な彫刻家でカミーユを見いだしたプーシェの「優しさ」の影響がうかがわれます。

 まずは、共訳者の、文学者で精神科医でもある、なだいなだ(1929-2013)の言葉が胸に応えます。
「当時の精神病院では、それが当たり前のことであって、100人の医者がいたら、99人までが、彼女を同じように遇しただろう・・・にもかかわらず訳者は、厳しすぎると思われるかもしれないが、敢えて99人を責めずにはいられない・・・もう少しなにかできなかったのか、と」。

 カミーユ・ロザリー・クローデル (1864-1943)。シャンパーニュに生まれました。
 美貌で、しゃがれ声、田舎くさいところもあって、とつとつとした話し方。荒っぽい動作と子どもっぽい機智を持っています。〈クローデル〉とい名前に関係あるか否か分かりませんが、やや足を引きずって歩いた(「びっこ」)と弟は書いて(220頁)います。

20190327155036218.jpg 

 父は、ヴィルヌーブの名士であった、ルイ=プロスペール・クローデル(登記所の収税吏)、母はルイーズ・セルヴィで、相続した土地を持参して1862年に結婚しました。
 子どもは、夭折した長男・アンリのほか、3人で、カミーユ(1864年生)、ルイーズ(1866年生)、ポール(1868年生)。

 クローデルの家庭は、父は、真面目で厳しく、〈嵐が猖獗を極めた〉ように、言い争いが多く、穏やかではありませんでした。カミーユは、稀に見る美貌で、気性激しく、また、自分の才能を露ほども疑っておらず、小さい頃から彫刻が好きでした。
 父は、厳しくも子ども達を愛して育てました。母は、後に、カミーユがロダンと今で言う〈不倫〉してからは、カミーユを嫌い、妹を愛し、頼りました。この時代、性の問題はタブー視されていました。
 カミーユは、弟・ポールとは親愛で、息を引き取るときに「私のかわいいポール」と言ったとか。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

『本当にあった ? グリム童話「お菓子の家」発掘』 ~オペラ「ヘンゼルとグレーテル」のチケットを買った機会に、グリム・メルヒエンを〈研究〉してみました。

 昔、藝術財団の事務局長の頃、オペラ指揮者と演出家の顔合わせ会食の席で、ご両者の話題の中で、さかんに、「ヘングレ」と言っておられたのを思い出しました。
 「ヘングレ」は、オペラ「ヘンゼルとグレーテル」のことで、その時に、これは、子ども用オペラでは無いことを悟った次第です。
 後述書「解説」でも触れていますが、普通、《童話》と言われているからで、《メルヒエン》、せめて《昔話》と言われるべきだったからなのでしょう。
(なお、余談ですが、こういった会食費用は、財団では、交際費といった予算が無いので、全て私のポケット・マネーでした。これが結構負担なのですよ。)

 閑話休題。《日生劇場》の6月オペラ、
ヤーコブ(1785-1863)と、ヴィルヘルム(1786-1859)のグリム兄弟原作の、
『ヘンゼルとグレーテル』
のチケットを買いました。
 席は、例によって、S席・中央・最前列です。やはり、先ほどの事務局長の頃に、某音楽大学の学長から聞いた「兎に角、オペラは前ですからね。」、が頭に残っていて、それ以来一途に、10年以上、最前列を買っています。

 ・・ということで、この際、そのオペラを、少し〈研究〉することにしました。

 ご承知でしょうが、このオペラの作曲者は、
エンゲルベルト・フンパーディンク(1854-1921)。
妹の、
アーデルハイト・ヴィッテ(1858-1916)
が台本を書いた、1893年作品で、物語は、すこぶる明るいものになっています。

 まずは、原作を、

吉原高志・吉原素子訳『初版 グリム童話集 Ⅰ』(白水社ブックス)

で読みました。可なりミゼラブル、暗い感じです。
 本書は、初版第一巻(1812)です。これが、最終、第七巻(1857)になると、可なり変わって、残酷、セクシュアルな要素が目立たなくなっているとか。
 先日の、「フランダースの犬」もそうでしたが、この頃のヨーロッパ庶民は、戦争もあって、皆、食うや食わずの悲惨な時代だったのがわかります。

 次に、近所の、図書館に行くと、

ハンス・タラクター著・矢羽々崇・たかおかまゆみ訳
『本当にあった ? グリム童話「お菓子の家」発掘』
(現代書館)

という本があって、面白そうなので借りてきました。

2019012111283860a.jpg

  なんと、228頁のうち、70頁近くが「訳者解説」(矢羽々崇)になっていて、読者が、いらぬ《誤解》をしないようにされています。
 つまり、この本で、ヘンゼルとグレーテルに出てくる《お菓子の家》を《発掘》するというのは、あくまで、パロディなのです。でも、良く出来ています。ゼッタイ、本当だと思ってしまいます。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

レイチェル・イザドラ 『ベンのトランペット』~ ああ、粋な〈大人〉だなあ。心を通わせる一言があります。

 絵本です。
 モノトーンで、ミケランジェロの素描のような、細密な線の描写です。

落合恵子「明るい覚悟 ⑪」(「一冊の本」所載)の中で、庭の、るこう草を見ながら、亡くなった友にあげたかったこの絵本を、「ひとりの大人として」想いながら引用された絵本です。

 レイチェル・イザドラ(著)・谷川俊太郎(訳)
『ベンのトランペット』(あかね書房)

201812182230006c0.jpg

 アメリカ図書館協会の下部機関、児童図書館協会の1979年度コルデコット賞次席受賞作品です。
 19世紀英国のイラストレーター、ランドルフ・コールデコット(1846-1886)に由来し、年間で最も優れた作品に与えられます。

 貧しい黒人少年ベンが、毎晩、「ジグザグ・ジャズ・クラブ」から流れるジャズに合わせて、非常階段に座って、〈エアー・トランペット〉を吹いています。時に夜更けまで。
 家に帰ってからも、夢中で、家族に聴かせます。

「ばっかじゃねえか ! ペットなんかもってねえくせに。」友は、馬鹿にします。

 そんなある日、バンドメンバーが休憩した時、一人のトランペッターがベンに近づいて来て聞きます。
「ラッパは どこにあるんだい ? 」
「もってないよ。」ベンは言います。
トランペッターは、ベンの肩に腕をまわして言いました。
「クラブへこいよ。」

・・
「いっしょに やってみようじゃねえか。」

 ただこれだけ。〈粋〉な大人です。こんな風に子どもに接したいものです。
さて、子どもは、この絵本をどう感じるでしょうか。★

トレイシー・シュバリエ『真珠の耳飾りの少女』 ~仮説の世界から味わうフェルメールの世界。フェルメールがますます近しくなる素敵な書物です。

 ムンクに続いて、これも、今、展覧会が開かれている(「上野の森美術館」。来年2月3日まで。)ヨハネス・フェルメール(1632-1675)に関する書物(小説)を読みました。
 やはり、新刊ではなくて、2000年刊行の、

トレイシー・シュバリエ『真珠の耳飾りの少女』(白水社)

です。

20181028194520c4f.jpg 

 2003年に映画化もされています。それ以降、「ターバンの少女」では無くて、「真珠の耳飾りの少女」でよばれるようです。
 読書中、座右には、おなじみの新潮美術文庫 13「フェルメール」を置きました。絵を観ながらの読書です。

 フェルメールの絵は、世界に35作品しかありませんし、日記などの類いも無いので、全く謎です。
 それをこの女流作家は、周囲を丹念に調べて、小説にしました。
 謎のところは、仮説、作家の解釈ですが、実に、良く描かれていて、そこから、一つの〈フェルメールの世界〉に浸れます。

 この小説のミクロの絵画世界と、17世紀の、北部オランダ・カルヴァニズムの影響ある絵画の、例えば、絵画のパトロンは、市民であったなど、マクロの絵画世界を知っていれば、フェルメール作品の鑑賞は、格段に楽しくなること請け合いです。

 物語は、フェルメール家に女中に入った、16歳の少女、フリートが主人公です。
18歳の時、「真珠の耳飾りの少女」(「ターバンの少女」とも。)のモデルとなります。勿論、著者の解釈です。先日(2日)、フジテレビの特集番組では、長女がモデルであるという説もありました。因みに、同番組には、本書の著者トレイシー・シュバリエも主演していて、自説を主張されていました。

 舞台は、オランダの港町デルフト。1664年。
史実では、フェルメール32歳。小説の主人公・フリート16歳です。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

エドワード・ドルニック『ムンクを追え!』 ~盗難にあった《叫び》を追う、囮捜査官の実録で、面白い。《ムンク展》を観る前に、興味が出て、読み終えました。

 新刊では無く、2006年の本です。
 先頃、上野の東京都美術館で《ムンク展》が始まり(2019年1月20日まで)、ずっと、ムンクの事が頭にあって、古書店で、この本を見つけた時、すぐ買ってしまったわけです(〈新品同様〉で、1,700→500円。)。

エドワード・ドルニック『ムンクを追え ! 』(光文社)

 実は、もう二冊、ムンクとフェルメールの本もあるのですが、それは、後日アップしてお話しする機会があると思います。

20181026150911a8d.jpg 

 本書によると、絵画の盗難は、まず、有名な作品から狙われるそうです。
 しかし、有名な作品が狙われるのは、盗難に限らないようで、本書の原題は、「THE RESCUE ARTIST」ですが、「ムンクを追え」とムンクを前面に出した邦題になっています。 内容は、多くの他の美術盗難事件も俎上にのっていて、「美術囮捜査官の活躍」と言った趣です。

 因みに、〈叫び〉は、叫んでいるのでは無くて、叫びを聞かないようにしている説が有力とか。ムンクの手記からもそのようにうかがえます。
 10月末から、テレビ朝日、高田純次『じゅん散歩』(9時55分から)で、数日間オスロを訪ねていて、「叫び」を描いた丘の上の道(橋ではありません。)や、ムンク美術館などを観ることが出来て、参考になりました。

 ムンクの《叫び》盗難事件は、1994年2月12日払暁に発生しました。
 因みに、ムンクの《叫び》は、世界に4枚あります。盗まれたのは、ノルウエー国立美術館のムンクで、厚紙に、テンペラ(ポスターカラー)、パステル、チョークで描かれています。驚いたのは、裏面が没になった描き損じであることをこの作品で知りました。
 実行犯は、元プロサッカー選手の犯罪者・ポール・エンゲルと18歳のウィリアム・アースハイムの二人です。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

いったい、スカーレットの人生ってなんだったのだろうか。 ~M・ミッチェル 『風と共に去りぬ』を、最後の巻は、岩波版発行を待ちきれず新潮社版で、読み終えました。

 昨年、4月から数か月間隔で刊行されている、新訳の

荒このみ新訳、『風と共に去りぬ』(岩波文庫)

第5巻まで刊行され、あと1巻は来月以降に刊行されるようです。
 でも、ここまで来たら待ちきれず、50章から63章は、一足早く刊行されている、やはり新訳の、

鴻巣友季子 『風と共に去りぬ ~5』(新潮文庫)

を読んでしまいました。
 こういう人は多いかもしれません。でも、ここで、両新訳書を比較するのも、良いタイミングではあるのです。
 見てお分かりのように、岩波版が、1巻分多いのは、解説が充実しているからです。その意味で、発行されたら勿論、買うつもりです。
 
 長大な、物語を読み終えて感じたのは・・、

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。

続きを読む

プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

最新記事
最新コメント
FC2カウンター
検索フォーム
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

記事のカテゴリ
読みたいテーマを選択してください。
リンク
RSSリンクの表示