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国立劇場十月歌舞伎公演 『通し狂言 天竺徳兵衛韓話』を、総文字数 約4,800字で詳説予習します。奇想天外、大仕掛け、ケレンの面白さに満ちた、まさに大〈芝居〉です。

 物語を読むと、ケレン【見た目の面白さや奇抜さを狙った芝居の演出】たっぷり、まさに、江戸の芝居を観るよう。
 主役が、火を吹く蟇(がま)に乗ったり、舞台の本水に飛び込んだら濡れずに揚げ幕から上下衣装に早変わりで登場したり、生首を抱えて花四天【捕り手】と争ったり、何度も蛇(蛙の天敵です。)が出たり、花道で蟇の縫いぐるみが割れて早変わりしたりと、面白さ満載です。
 だいたいが、世界初の廻り舞台を考案した、アイデアマン並木正三の台本が面白い上に、鶴屋南北が改稿したのですから、面白くないわけがありません。
 きょうは、国立劇場・十月歌舞伎公演

『通し狂言 天竺徳兵衛韓話』

を詳しく予習してみます。約4,800字になります。

 この原作は、四世鶴屋南北(1755-1829)の、
『通し狂言 天竺徳兵衛韓話(てんじくとくべえ いこくばなし)』
で、1804(文化元年)に初演されたこの作品を、1972年(昭和47)年に国立劇場が、74年ぶりに復活公演たものを、今回さらに補綴しています。
 その補綴の結果、新たな公演史がどう出来るか楽しみな公演です。

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 本作は、もともと、先日ご紹介した、大島真寿美 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』に登場する、並木正三が書いた、
『天竺徳兵衛聞書往来』(宝暦7年【1757年】、大阪大松座初演)
を、近松半二が、人形浄瑠璃の丸本に書いた、
『天竺徳兵衛郷鏡(てんじくとくべえ さとかがみ)』(宝暦13年【1763年】)を、さらに、明和5年【1768年】、江戸中村座が、
『天竺徳兵衛故郷取楫(てんじくとくべえ こきょうのとりかじ)』として上演しました。

 それを、文化元年【1804年】、江戸河原崎座が盆狂言(夏芝居。夏期は、大名題差絵なし、書出しも2,3枚で、主要な役者一人、後は若手、下廻りだけが演じます。)として、初代尾上松助(後、梅幸)が、座の立作者(当時、奈河七五三助)では無い、二枚目の四世鶴屋南北(当時、勝俵蔵。49歳)を抜擢して書かせた、
『天竺徳兵衛韓話(てんじくとくべえ いこくばなし』
が当たったもの(7~9月)です。
 翌年(1806年)には、市村座で、
『波枕韓聞書(なみまくらいこくのききがき)』、
 その後、1808年市村座『彩人御伽子』、1809年森田座『阿国御前化粧鏡』・・と様々に面白い趣向で進んでいます。

 ところで、主人公の天竺徳兵衛(1612-1695?)ですが、実在し、播磨国加古郡高砂町の塩商人の家に生まれ、1626年、15歳の時に京都角倉家の朱印船貿易に係わって書記役として、ベトナム、シャム(タイ)、さらには、ヤン・ヨーステンと天竺(インド)に渡り、帰国後、大阪上塩町に住み、外国商品店を営み、後、僧侶となり、幕府が鎖国政策をしいた後、見聞録「天竺渡海物語」を書いて、長崎奉行に提出した、知識人です。
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 因みに、高砂は、「百人一首」の「誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに」の松の名所です。 
 あまり珍しい経験をしたことから、いつの間にか、芝居で、妖術遣いの悪党にされてしまったのは、まことに気の毒ではあります。

 天竺徳兵衛は、並木正三作品では、高麗国の臣・正林桂の一子、七草四郞となっていて、三好長慶から妖術を授けらる物語になっています。近松半二作品では、吉岡宗観、実は、朝鮮の木曽官の子で、宗観から妖術を授る筋書きになります。

 物語梗概をご紹介しますと・・・、

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東京二期会『魔弾の射手』プレトーク」、ペーター・コンヴィチュニー「演劇についての新たな考察」を聴講しました ~コンヴィチュニー演出の醍醐味が理解でき、多くの《謎》が解けました。宝塚の、大和田悠河さんも飛び入り出演しました。

 6月27日(水)19時から21時過ぎまで、東京ドイツ文化センターホール(GOETHE INSTITUT。青山一丁目)で、

ペーター・コンヴィチュニー「演劇についての新たな考察」

を聴講しました。席は、最前列。

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 話も、通訳も的確で、実に充実した2時間余でした。
 こんなに、《立ち入った》解説があるとは、予想外で、嬉しくなりました。コンヴィチュニー(敬称略)は、通訳が心配するのもお構いなしの《ネタバレ》満載です。いいんですよ、オペラの舞台なんですから、演出意図の話は、《ネタバレ》とは違います。その点、通訳は、誤解しているのでは。この話が無ければ、講演の意味がありません。

 宝塚の、大和田悠河さん(悪魔ザミエル役)も飛び入り参加です。何と美しい。
 大和田さんの役どころも、コンヴィチュニーから詳細な解説がありました(後述)。
 聞き手は、森岡実穂(中央大学経済学部准教授・英文学。写真、向かって左端。何れの写真も許可ある撮影です。)

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 ペーター・コンヴィチュニーは、指揮者・フランツ・コンヴィチュニー(1901-1962)の息子で、1945年生まれ。ライプツィヒ歌劇場主席演出家です。
 私は、既に、2013年5月に「マクベス」を、2011年2月に「サロメ」を観ています。
「サロメ」の時は、凄いブーイングでしたが、コンヴィチュニーにとって、ブーイングは勲章のようなものです。

 今回は、7月18日に観劇する予定の、3幕のロマンテック・オペラ・『魔弾の射手』(3幕)の《プレ・ソワレ》です。
 この日は、19時から開演で、ゆっくり楽しみたいので、終了後は、お隣の、「富山県赤坂会館」に1泊しました(シングル、朝食付き8100円)。いつものことです。15時にチェックインして、一休みしてから会場に向かいました。

 話の前半は・・、
 過去にコンヴィチュニーが演出した3つのオペラを中心に、どのような演出意図があるかを、映像で〈解明〉していきました。
 その要諦は、「世にある多くの演出の様に、テキストだけ、物語だけを舞台化しない」ということでしょうか。その意味で、原台本のト書きは、無視されます。

 まず、1995年にライプチヒで公演された、チャイコフスキーのオペラ「エフゲニー・オネーギン」2幕2場での、普通行われるバレエシーンが、コンヴィチュニーは気に入らない。
 で、オネーギンが、親友レオンスキーを殺しての「ポロネーズ」では、バレエでは無くて、オネーギンが死体を抱いて、慟哭して、ダンスします。
 通常、この後の休憩後に演じられる、親友の死を悼む心情を、休憩前にポロネーズに重ねて見せたわけです。
 オネーギンの嘆きと音楽のコントラストで、感情の摩擦が描かれます。

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ヘンデルのオペラ『アルチーナ』をもう一度《予習》します ~今度は、物語の〈場〉ごとの進行を詳述してみます。

 5月20日(日)に鑑賞予定のヘンデルの

バロック・オペラ『アルチーナ』

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 すでに、3月9日に、〈予習〉していますが、大幅に〈増補〉し、場ごとの進行を書きました。
 この物語は、恋と嫉妬と騙しが錯綜する、心理的な物語です。
しかも、ダ・カーポ・アリアが、25曲近くありますので、話が混乱してしまいがちです。

 〈ダ・カーポ・アリア Da kapo aria〉とは、歌詞が、AーBーAの三部形式で、Bで、最初のAに戻るアリアです。
 歌手は、2度目のAに、楽譜に書かれていない装飾的パッセージを自分で作って歌います。
 〈ダ〉は、英語のfromと同じ「~から」という前置詞です。余談ですが、ダ・ヴィンチは、ダヴィンチ村から来た、のイメージがあります。
 
 鑑賞が間近になりましたので、ここで、人物と物語を整理して、再予習してみます。まさに、《手習帳》です。

 「物語」の大きな流れ自体は、既に予習していますが、それを再録したうえで、その後に、さらに詳細に、舞台の進行にしたがって、「場」ごとの流れを詳しく書いてみます・・

 ◆まず物語の大きな流れは・・・、

 パレスチナにおける十字軍の聖地回復の頃、とある魔法の島。
 この島では、女王で魔女のアルチーナが、男達を島に誘い込んでは誘惑し、飽きると、その姿を石、木や動物に変えてしまいます。
【アルチーナは、ホメロスの「オデュッセイア」のキリケの様な妖女】

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ヘンデルのオペラ『アルチーナ』 ~愛する男の心を操れなかった魔女の悲劇。〈二期会ニューウェーブ・オペラ劇場〉を予習します。

 5月20日(日)に鑑賞予定の

オペラ『アルチーナ』(HWV34)

を予習します。

 物語は・・・、

 パレスチナにおける十字軍の聖地回復の頃、とある魔法の島。
 この島では、女王で魔女のアルチーナが、男達を島に誘い込んでは誘惑し、飽きると、その姿を石、木や動物に変えてしまいます。
【アルチーナは、ホメロスの「オデュッセイア」のキリケの様な妖女】

 アルチーナが、人間の男、騎士・ルッジェロに恋をして、魔法をかけて、官能の絆で、島に止めおいています。
 ルッジェロを探しに、恋人ブラマンテが、弟・リッチャルドに男装して、供のメリッソと来ます。迎えたアルチーナの妹・モルガーナは、男装と思わずにリッチャルドに一目惚れの恋をします。

 モルガーナを恋しているのが、アルチーナの部下の軍司令官・オロンテで、さまざまな〈策略〉をして妨害します。
 一方、魔法をかけられて島にいる【ライオンにされています】であろう父・アストルフィを探しに少年・オベルトも島に来ました。

 やがて、魔法を解く指輪で、目覚めたルッジェロは、アルチーナを捨てて、恋人・ブラマンテとの愛を蘇らせ、島を取り囲む兵士や魔物を倒し、島を去る決意をアルチーナに伝えます。
 魔法の壺を壊すと、宮殿や美しい庭は、荒野と化し、アルチーノやモルガーナの姿は消え、姿を変えられていた人々も元の姿に戻りました。
【ヘンデルは、アルチーナを、厭うべき存在では無く、傷つきやすい、一人の女性として共感を持って描いています。】
 
 さて、細かく予習です・・、

 バッロクオペラですから、〈予習〉の観点も、物語の筋だけでは無く、オペラ上演史の歴史も重視し、それに伴う、鑑賞のポイントも述べてみます。

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『深作健太が、オペラ『ローエングリン』演出で考えていること』、を聴講しました。あっと言う間の、実に楽しい2時間でした。

 1月21日(日)、14時から、東京・青山にある、ドイツ文化会館OAGホールで、二期会主催の、

深作健太と『ローエングリン』~今、僕が考えていること」、

を聴きました。

 二期会2月公演の、リヒヤルト・ヴァグナー(1813-1883)のオペラ「ローエングリン」(1848作品)のプレ・イベントです。会場は、満席でした。

 前半は、演出した深作健太(写真)への、石川了(クラシカ・ジャパン)のインタビューで、冒頭から核心を突き、スピーディで、聴いていて、すこぶる楽しく、有益でした。

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 後半は、林正子(エルザ役。下の写真中央)、福井敬(ローエングリン役。写真右から2人目)、
菅野敦(ブラバントの貴族役。写真左から2人目)、土屋優子(エルザのカバー役。写真左端)、大藤玲子(ピアノ)の歌の後、深作健太(写真右端)も加わっての、やはり石川了のインタビュー。このインタビューも、肩肘張らない《本音》で、すこぶる面白かった。
(下の写真は、インタビュー終了後の、写真撮影許可の出た、挨拶のスナップです。インタビューは、着席で行われました。)

 それに、シックな黒スーツで登場した、チャーミングな林正子の話が面白く、すっかり気に入ってしまいました。
 Wキャストで、私の観る予定の21日は、オルトレート役が清水華澄ではなかった事を悔やんでいましたが、その日は、エルザ役の林正子の日で良かった、と、やや節奏の無い、移ろいやすい私。

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 深作健太(1972-)は、オペラ「ダナエの愛」(2015公演)に続く、2作目のオペラ演出ですが、先ほどの、林正子談では、オペラの指揮者と演出家は、角突き合わせて仲が良くないことが普通なのに、演出家・深作と指揮者・準メルクルの仲の良さに驚いたとか。

 今回の演出は、思い切った《読み替え》に挑戦し、ローエングリンをルートヴィッヒⅡ世(即位1864年)に仮託するのだとか。楽しみです。

 「ローエングリーン」は、ヴァグナーの「リエンツイ」(1840)、「さまよえるオランダ人」(1843)、「タンホイザー」(1845)の次の作品です。因みに、もう、この頃(1848)、「ジークフリートの死」の台本も書かれたとされています。
 「ローエングリン」は、所謂、ナンバーオペラから、ヴァグナーらしい切れ目の無い音楽に移行していった最初の作品ですが、ヒトラーが好んだ為に、ある種〈汚れた〉のは残念だと、深作氏は何度か語っていました。

 この日にも話に出たのですが、ヴァーグナー作品は、ヴァグナー自身が台本作家なので、切れ目の無い音楽と相まって、歌や演技の難しさ、台詞と台詞の間を〈埋める〉音楽の解釈の難しさがあり、逆に、聴衆からすれば、そこを聴ける楽しみに満ちています。

 さて、この日は、開場前に、近くの「伝統工芸 青山スクエア」で、「宮城県の伝統的工芸作品展」で、伝統こけしなどを沢山見ることが出来て、充実した一日でした。
 天気予報では、明日は、東京地方も雪になりそうです。そういえば、我が家の、鉢植えのチューリップが咲きました。春も、もう近いのでしょうね。★

1月国立劇場・歌舞伎『世界花小栗判官』を〈予習〉し、説教節「おぐり」も詳説します  ~豊穣神の犠牲と巫女による再生、あるいは漂白民の定着現象という民族的説話を壮大な物語に転化しています。

国立劇場の1月歌舞伎、

世界花小栗判官(せかいのはなおぐりはんがん)』

を〈研究・予習〉してみます。約7千字です。

 『世界花小栗判官(せかいのはなおぐりはんがん)』は、以前、2000年(平成12年)に、国立劇場で、『小栗判官譚ー姫競双葉絵草紙』として上演されています。
 作・近松徳三、奈河篤助で、今回と同じですが、相当、補綴されると思います。 

 今まで、よく上演されたのは、梅原猛作、猿之助の『オグリ』で、1998(新橋演舞場など)、1992(同)、1991(同)・・で、国立劇場でも、2006年に『猿之助18番の内 當世流小栗判官』が上演されているところです。

『世界花小栗判官(せかいのはなおぐりはんがん)』(初演は、1800年(寛政12年))
または、
『姫競双葉絵草紙(ひめくらべふたばえぞうし)』、『小栗判官譚』は、
『説教節』(正本は、1675年(延宝3年)頃)の「小栗判官」をもととしつつ、狂言作者が、腕を見せて、また、役者に合わせて、多彩に改変しているのは当然です。そこで、いろいろな筋に発展しているわけです。

 後ほど、物語の筋を読んでから見ていただくと、発展形態が分かるのですが、例えば・・・、

「當流小栗判官」(1698(元禄11)年)、作・近松門左衛門は、ほぼ説教節をなぞっていますが、
「小栗判官車街道」(1738(元文3)年)、作・文耕堂は、「3の切」が傑作で、大膳は、浅香に命じて長男・太郎で毒を試みる筋があり、太郎の実父が現れたり、浅香が自害したり、阿呆を装っていた太郎が大膳を庭に蹴落としたり、さらには、小栗は生きて藤沢寺に逃げていたりします、
「小栗鹿目石」(1703(元禄16)年)では、小栗の妻・名月が、嫉妬で、蛇の本性を現したり、
「小栗十二夜」(1703(元禄16)年)は、横山三郎の妻・夜叉竹が小栗に恋したり、
「東海道温泉汲(ゆくみ)車」(1736(元文元)年)は、荒事中心になり、
「満月小栗車」(1747(延享4)年)は、勇士劇調になり・・、
・・・と、多彩です。

以下・・、
まず、 「説教節」のあらすじを、《留意すべき注意点》を入れて、
次に、 「世界花小栗判官」のあらすじに、《留意点》を入れて、
・・述べていきます。

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作曲のワークショップが楽しかった。本番での清水華澄のイェジババに期待します 〜オペラ「ルサルカ」、日生劇場・音楽レクチャー



 9月16日(土)14時から、日比谷・日生劇場大会議室で、

オペラ「ルサルカ」関連企画・音楽レクチャー

を聴講しました。
 3日の「ドラマトゥルク・レクチャー」に続いての企画です。今回のゲストは、いずれも、すこぶるチャーミングな、
清水華澄(しみず かすみ オペラ歌手)さん
加羽沢美濃(かばさわ みの 作曲家)さん
です。

 加羽沢さんの、ドボルザーク「ルサルカ」音楽の分析は、ピアノとホワイトボードを使って、《ヨナ抜き》を詳細に指摘されます。
 《ヨナ抜き》とは、ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド、の4番目ファと7番目シをぬかして5音で音楽を作ることで、《47抜き》とも言います。ドボルザークは、ファとシが嫌いっだのではないか、との話です。
 ちなみに、《ヨナ抜き》作の例は、リンゴ追分、上を向いて歩こう、昴、恋するフォチュンクッキー・・まで、多彩にあります。

 その後が素晴らしい !!

 聴衆に、《ヨナ抜き》5音を使った〈作曲ワークショップ〉です。
 5音を、8つ並べたものを、加羽沢さんが、ピアノで音楽を付けます。それが、いずれも、素晴らしいメロディの音楽になるのです。加羽沢さんの、作曲の神髄に触れた思いで、感激してしまいました。

 清水さんのほうは、11月公演「ルサルカ」で、魔法遣い・イェジババを演じます(写真・二期会リーフレットから)。また、来年2月には、「ローエングリン」(深作健太演出)にも出演されます。
 この日は、女子会でのノリのような面白い会話とホワイトボードに漫画を描いてストリーの説明をしたり、反対に、歌を歌う時の真面目な迫力の、そのギャップ !? が傑作(失礼)でした。

 イェジババは、一昨日の、METライブでのジェイミー・バートンの名演が強く印象に残っているところで、清水さんには大いに期待しています。

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「私の作品〈ルサルカ〉は、何なのだ」、ドボルザーク痛恨の3幕目ではないか!? ~オペラ「ルサルカ」 ドラマトゥルク・レクチャー  



 秋の芸術鑑賞シーズンが、始まりました。
 まずは、9月3日(日)13時から、日比谷・日生劇場大会議室で、オペラ「ルサルカ(3幕)」上演関連企画のドラマトゥルク・レクチャーを聴講しました。講師は、

阿部賢一(チェコ文学者、本公演字幕担当)氏
宮城 聡(本公演の演出家)氏

です。(チラシの写真は、ワン・クリックで、拡大出来ます。)
 素晴らしく、充実した約2時間余でした。

 『ルサルカ』は、(作曲・アントニン・レオポルド・ドヴォルザーク(1841ー1904))、
台本・ヤロスラフ・クヴァビル(1868ー1950)による、
1901年3月プラハ国立劇場初演のオペラです(参考に、「あらすじ」を、当日のお話のコメントを入れて後述しておきます)。
 ちなみに、アレクサンドル・ダルゴムイシスキー(1813ー1869)にも、オペラ「レサルカ」(1856)があります。

 ルサルカは、スラブ民謡に登場する水の精霊です。例えば、
カレル・ヤロミール・エルバン(1811-1870)「スラブの民話と伝説」
 それに、他にも、
フーケ(1777ー1843)「ウンディーヌ」、
アンデルセン(1805ー1875)「海の小妖精」
ハウプトマン(1864ー1946)「沈鐘」
スタインバーク「物言わぬ森の乙女」
フランスのメリジューヌ(蛇女)伝説、
カレル・チャペック&ヨゼフ・チャペック「カッパのお話」
と言ったものがあります。

 宮城氏は、このようなメルヘンは、ありのままの実話で残しては、あまりに辛いので、例えば、若く死んだ花嫁、事故で死んだ女性などが幽霊となり、暗い水底に住んで若い男性を魅了して、水に引き込むといったメルヘンという形で残ったのではないか、という話で口火を切られました。

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10月、国立劇場・歌舞伎公演 『霊験亀山鉾』 を詳説します。冷血漢、水右衛門を、片岡仁左衛門がどのように演ずるか楽しみです。




 少し早いのですが、10月国立劇場・歌舞伎公演『霊験亀山鉾』(れいげんかめやまほこ)を予習します。約8,000字になる、長文です。

 尋ぬる人の人相は・・
 脊(せい)の高さは常体(つねたい)にて、
 目の内するどく、鼻筋とおり、
 青ひげ有って色白く、
 左の眉(まゆ)に壱つのほくろ、・・・

 悪の藤田水右衛門です。 

 四世鶴屋南北(宝歴5年〈1755〉ー文政12年〈1829〉)、68歳の代表傑作で、化政歌舞伎の頂点の作品。
悪のエネルギーに満ちた、《返り討ち》物、


霊験亀山鉾』(11幕・文政5年〈1822〉江戸河原崎座初演)


 南北が、実悪の名人、鼻高幸四郎(写楽の役者絵)こと、五世松本幸四郎の為に書き下ろした作品で、元禄14年〈1701年〉5月に起きた仇討ち事件が元になっています。

 次々、討手の変わる、5回の敵討ちで、追う《石井》側の討手8人が、悪の藤田水右衛門(江戸狂言では、「藤川」とするのが多かったようです。)に、返り討ちで殺されたり、自害します。
 さらには、石井側も水木の父を殺し、「相狙い」の様相となります。

 結局、敵(かたき)が討たれたのは、発端である父の死後29年目、兄の死後21年目となりました。

 本作は、「岩倉宗玄恋慕琴」や「お妻・八郎兵衛」(「桜鍔恨鮫鞘」)の物語も、「ない交ぜ」にされています。

 余談ながら、南北の『月出村』(文政4年)は、敵討ちではなくて、心中の繰り返しです。そういう作品もあるのです。


 では、返り討ち、仇討ちの大筋を分かりやすく述べます・・・、
 各番号の段落の前に、「・・まず」ということで、登場人物を整理解説します。
 これを「」にでも書いて、整理していただくと、一層理解が深まります。


 幕開の舞台展開から・・

 発端です。浅黄幕。甲州石和河原、八ツ時分(14時頃)。
 敵討ちが見られるというので、百姓、旅人が5、6人、通りかかった飛脚・早助(2幕にも出ます。)も集まっています。

 次の1、2で詳説しますが、石井右内を殺して、捕らえられた藤田水右衛門への、右内の弟・兵介の正式な仇討ちが行われるのです。

 この地には、藤田水右衛門を助けたいという、水右衛門の下部(しもべ)伴介や、水右衛門の父と昵懇である了善和尚も嘆願の為に来ています。

 ところで、伴介は、水右衛門から預かっている、右内殺害の折りに盗んだ、神影流の秘書「鵜の丸の一巻」を了善に預けます。


 筋の詳説をはじめます・・・、

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文楽五月公演『加賀見山旧錦絵』を詳しく〈予習〉します。 【アクセス数 14万記念記事】

 東京・国立劇場、文楽・五月公演は、

加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』。

 本公演も、どうせなら、江戸時代の如く、弥生狂言として、さらに、文楽・歌舞伎競演にすれば、もっと評判になったと思います。

 私の予習は、まずは、NHKーDVD『加賀見旧錦絵』(2016刊)、長局の段、奥庭の段を観て、尾上の遺骸を見て、お初のクドキに涙ぐみました。
 映像内容は、昭和50年代の道頓堀・朝日座の舞台ですが、これが良い。
 太夫は、四代目竹本越路太夫(三味線・竹澤弥七)
 人形は、初代玉男、二代目勘十郎、若かりし簑助、玉女で、圧巻でした。皆、きりりとしています。
 DVD付録映像のインタビューで、越路太夫は、出だしの「テモおそろしい たくみごと・・」からは、素人が考え及ばぬ、脂汗の出る難曲と述べています。

 さて本題の予習に入ります。
『加賀見(鏡山)旧錦絵』。大昔から、上方と江戸で名題を代えたり、作者や建(たて)役者が集まっての《世界定め》では、アイデアを盛ったり、作者が、見せ場を《ないまぜ》したり、見せ場を2つを合わせてサービスしたり・・いろいろ考えたのでしょう。
 その上方と江戸では、省略する場も異なります(例えば、上方では「竹刀打ち」が無い。)。

 それやこれやで、結果として、だんだんこの狂言が面白くなっていったのでしょう。
 が、反面では、いろいろ混ざって、どこがどう混ざっているのか、どこが、どういう背景を持ってきたのか、我々は、からくりを理解するのに苦労します。しかし、そのからくりが分からなくたって、芝居は、十分楽しめます。でも、まあ、からくりを解き解すともっと楽しめるのは否めません。
 ・・と、いうスタンスで、この予習をしてみました。
 約7000字になります。ゆっくり、お読みください。
 このブログも、おかげさまで、14万のアクセス数となりました。改めてご愛読を心から感謝申し上げ、お礼をかねて、本記事を書かせていただきました。

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日生劇場・第23回舞台フォーラム「物語る舞台空間」を聴講しました。



 まずは、孫の、男の子も学習院初等科に合格しました。このブログの6,7回前の回で、私と遊んでいる写真の孫です。
来年からは、姉弟で通学することになります。

 さて、11月10日(木)、18時半から、日比谷・日生劇場で、


第23回舞台フォーラム「物語る舞台空間」


を約2時間、聴講と舞台見学しました。
明日、観るオペラ、「後宮からの逃走」の関連イベントの一つです。

 ドラマトゥルクの、庭山由佳さんのオペラ概要からスタートし、
 今年の2月に、美術の、幹子・S・マックアダムスさんのニューヨーク事務所で、演出の、田尾下哲さんらが結集して構想を重ねた話からです。

 「トルコでテロが頻発するなかで、今、どうしてこのオペラを上演するのか」をマックアダムスさんが、納得するまで皆で考え抜いた話が印象的でした。

 さらには、日本ではまだうまくいかない、裏から光をあてるルーセント幕、トウモロコシの澱粉を使った背景幕の米国での作成過程や日米の消防法(幕の防火加工)の話と、制作過程の映像は貴重でした。

 「白模型」(立体的にどう見えるかの最初の模型)や、舞台「仕込み」映像を(後者は、早回しで)見せたり、この写真にある、歌手か客席側に向かって歌うために柵を回転させて、後ろの海にいる船を客席側に持ってくる工夫の実演をみせたり、なかなか演出は、手が込んでいます。

 衣装の、前田文子さんからは、日本のシルク業界が、もう疲弊していて、海外に良品を求めに出かけざるを得なかった話、その衣装デザインを作りあげるまでの話、特に、フロックコートやドレスの色、デザイン、ボタン位置までの詳しい話は有益でした。
 ちなみに、当夜の服装は、さすが衣装デザイナーです。

 照明の、沢田祐二さんの、台本にある日暮れの時期をを変えた話、「照明仕込帳」の説明、

 肝心の、演出の、田尾下哲さんの「演出意図」の話の内容は、明日のオペラ感想と共に記します。と言うのは、いわゆるネタばらしになってしまうからです。
 序曲での工夫や逃亡方法なども・・、言いたいところではあるのですが・・・。
 進行は、劇場参与の高島勲さん。

 若い、舞台分野に携わる人向けにも参考になるようにしているこのフォーラムだそうですが、いつもながら充実した内容でした。★

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1月・国立劇場公演 『しらぬい譚』 を予習・研究してみます。



 さて、今年の「十三夜の月」は、10月13日です。「後の月見」とも言って、一月前の「中秋の名月」を見たところと同じ場所で、月を見るのが良いとか。
 別の場所で見るのは、「片月見」とか「片見月」と、嫌われるそうなのです。もっとも、これは、昔、吉原に客をよぶ手だてだったとも言われますが。
 ところで、私事ながら、先日、結婚40年を迎えました。
 
 本論です。今日は、東京・国立劇場歌舞伎、初芝居、

しらぬい譚(ものがたり)

を予習してみます。
 「通し狂言」と銘打たれています。
 
 予習、といっても・・、40年ぶりの上演にあたって、国立劇場のチラシを見ると、「先行の劇化作品や講談などを参考としながら、新たに台本を作成」、というものですから、〈予習〉のしようがありません。
 したがって、過去の公演や、原作などの〈研究〉と相成ります。

 その「40年ぶりの上演」ということですが、たしかに、1977年(昭和39年)3月に、国立劇場で、「志らぬい譚」が上演されています。

 その前は、1954年(昭和29年)、『白縫譚』が、歌舞伎座で上演されていますが、「烏山屋敷」のみのようです。

 初演は、1853年2月。8幕。
 ちなみに、前年に「児雷也豪傑話」(脚色・河竹黙阿弥)が成功したことが見逃せません。
 好評で、続編、8幕が、同じ年の4月上演です。
 
 初演の河原崎座以降、約50回ほど上演されていますが、外題(名題)は、「しらぬい譚」、「白縫譚」のほか、「四季模様白縫譚」、「巷説白縫譚」、「筑紫しらぬい譚」、「彩糸模様(いろもよう)白縫譚」、「東土産白縫草紙」、「宿桜しらぬい譚」・・・など多彩です。

 作は、河竹黙阿弥(1816ー1893)で、38歳の作品です。

 原作は、90編の合巻で、〈合巻〉とは、草双紙の一で、筋の複雑化に伴って、1編で4冊、その2冊を合冊したものです。
 いわゆる「正本製(しょうほんじたて)」の、あたかも舞台で演じられているように読める、いわば、絵コンテ入りの脚本のような書物です。2冊の表紙を左右に並べると、1枚の絵となります。

 作者は、
柳亭種員(たねかず。1807ー1858 黙阿弥と親交。)が、1~31編、
二世柳亭種彦(1783ー1842)が、32~38、39~62編、
柳亭種清(1823ー1907。黙阿弥の門下。)が、63〜90編
で、
河竹黙阿弥は、14編までを劇化しました。
 なお、毎頁の浮世絵は、豊国、国貞、芳幾、周重(ちかしげ)ら。
 さて、

白縫譚

です。

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将来、孫に言いたいなあ。「これから文楽を観るなら、こういう視点を忘れないでほしい」と。優しい眼差しと広い視点の文楽論、人形論を読みました。 ~フランソワ・ビゼ『文楽の日本 人形の身体と叫び』




 写真は、孫の幼稚園で、敬老の集いに招かれたおり、6歳の孫と遊んでいるところを、先生が撮り、掲示した写真です。

 さて、4,200円で、堅い〈みすず書房〉、の印象から、やや〈構えて〉買った本です。

フランソワ・ビゼ『文楽の日本 人形の身体と叫び』

 しかし、内容は、優しい眼差しで、「文楽」の疑問をたどり、自らの知識を総合して〈学んで〉行くような筆致の文楽論で、さらには、日本文化や西欧の芸術論も整理して考えいきます。
 とりわけ、人形とは何か、その〈演劇論〉の思索に重点が置かれています。

 これから文楽を観ようとする方は、その舞台の芸の「巧い」、「下手」といった評価は兎も角、原点につながる素朴な疑問、こういう視点を忘れないでほしいと思います。
 将来、孫にならそう言うでしょう。


 著者は、1963年生まれで、パリ第3大学でフランス文学博士号を取得して、トルコで10年間過ごした後、2004年に来日し、青山学院大学仏文科特任教授を経て、現在、東京大学総合文化研究科教養学部准教授です。

 文楽に興味を持ってからは、鶴澤三寿々と竹本越孝から義太夫も習っていて、「寺子屋」や「組討ち」なども修得している記述もあります。


・・・「人形、人形遣い、太夫という3つのエクリチュールを同時に読みとっている観客」・・、
そう言われると、いつも観客である私は、なるほど、そう言う表現があるかなあ、と自分を客観視してしまいます。

 ある物事、ここでは文楽の様々を考えるのに、著者は、演劇論、絵画やクラシック演奏の知識・・様々な知識を持って、それをツールとして、考えて行きます。
 私も、この著者のように考えられたら、と大それた考えが浮かんでしまいました。

 まさに、本書にあるように、《他者のやったことを真似るのではなく、他者のありかたを真似る》(アリアーヌ・ムヌーシュキン)ことが大切です。

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国立劇場公演(文楽・歌舞伎)、『仮名手本忠臣蔵』、を再度「予習」します。

 8か月ほど前(2015・12)に出版された、

野口武彦 『花の忠臣蔵』(講談社)

は、当時の様々な日記文などを、平易に引用し、固有名詞はすべてルビがふってあって、読みやすく、当時の〈空気〉がよく理解できます。芝居は、事実と時代を脚色したものですが、このようなその時代の空気を知っておくことは、観劇を一層楽しめ、解釈を深められるもので、ぜひお勧めします。

 さて、「冬は義士、夏はお化けで飯を食い。」という戯れ句がありますが、今回は、そうでなく、意欲的な公演です。
 10、11、12月の東京・国立劇場・歌舞伎公演、12月の国立劇場文楽公演の、

仮名手本忠臣蔵』(通し)、

「国立劇場開場50周年記念公演」を予習・解説します。
 歌舞伎は、3か月にわたる〈全段完全通し〉で、期待がもてます。
 私は、人形浄瑠璃を、2012年11月に、大坂文楽劇場で、通し、で鑑賞して感動した覚えがあります。

 初演は、寛延元年(1748年)8月から11月まで、大坂・竹本座の人形浄瑠璃です。歌舞伎(大坂)では、同年12月に初演されました。
(余談ですが、この興業の最中に、竹本座内で、9段目を発端に、人形遣いと太夫間の内紛が起こり、4人の太夫が出てゆき、代わりに4人が豊竹座から移籍して入ってきています。それでも、興業に影響は出ませんでした。)

 昔から、「献立に困ったら豆腐。芝居の出し物につまったら忠臣蔵」、と言うのもあり、『仮名手本忠臣蔵』は、必ず当たるとされた「独参湯(どくじんとう=気付の漢方薬)」と言われますが、文楽から歌舞伎、その歌舞伎の影響による文楽、といった、せめぎあいがあります。
 しかし、人形浄瑠璃では、出来るだけ原典による上演が望まれます。

 作者は、二代目竹田出雲(もとの、小出雲)、三好松洛、並木千柳(宗輔)の合作です。

 ちょうど、竹本座で作品を書いていた近松門左衛門が死んで(1724年)、文耕堂を経て、そのあとの「合作」体制に、かつて東風【明るく華やか。西風は、地味】の豊竹座で書いていた並木千柳(宗輔)という新しい血が入って来て【竹田出雲の、親子恩愛・倫理的な劇に、並木千柳の運命・悲観主義的な劇】、まさに、人形浄瑠璃全盛期となりました。
 この間、人形も、三人遣いになり、細かい心理描写が可能となってきました。

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9月国立劇場・文楽公演・屈指の名作、通し公演「一谷嫩軍記」を詳解説・予習します。〈通し〉ですと、筋にかくされた、仕掛けの演技に注目してしまいます。

 9月国立劇場・文楽公演は、浄瑠璃の最高傑作といわれる「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」で、「国立劇場開場50周年記念」の〈通し〉公演です。

 私は、「一谷嫩軍記」は、すでに、平成22年10月(大阪・国立文楽劇場)と、27年5月(東京・国立劇場)の二度観劇していますが、何れも、〈通し〉でなく、2段目中心でした。

 余談ですが、その平成27年公演は、(よりどり)みどり公演で、「熊谷陣屋」だけですから、演者は、歌舞伎ほどではありませんが、後述する〈観客だまし〉の課題に縛られず、悲劇だけを演じていればよかったことになります。

 今回は、1~3段目の〈通し〉を、昼夜(11時から21時近く)にわたって上演されます。

 そこで、あらためて、鑑賞ポイントを詳述して、全段を《予習》してみます。久しぶりに、約6千字になります。


 なお、本作は、全5段ですが、4、5段は、並木宗輔の死(1749年9月没)2年後に書かれたもので、秀作ではありませんから、娯楽としては兎も角、芸術作品としては、3段までの観劇で、気にする必要は無いでしょう。
(ちなみに、内山美樹子氏は、「4段目は、幕末以降の改作物で」、「念のいった愚作」「聴くに耐えない代物」と言われています。)
 と言うことで、「一谷嫩軍記」といえば、敦盛の物語に理解されています。


 この「一谷嫩軍記」は、結構、筋に複雑な仕掛けがあったり、和歌や能に通じていたり、事前の知識があると観劇の楽しみも倍増します。

 よく、太夫には、この戯曲の、3段目切(「熊谷陣谷」くまがえじんや)語り、になりたい、ともいわれ、そのことは、「文楽の大幹部太夫」登用を意味するほどの、時代物白眉のクライマックスがあります。
 前回、私が聞いたのは、綱太夫。今回は、呂勢太夫(前)、英太夫(後)。どのような、腹芸を聞けるか。

 しかし、後述しますが、第一段階の仕掛けの入った、2段目「組討」を、どのように演ずるかも極めて難しい問題です。この「組討」は、若手太夫の練習曲扱いされることもありますが、熟考して演ずると「3の切」よりも難曲とも言えます。
 今回聞くのは、咲甫太夫で、三味線は、錦糸。注目です。

 かつて、岡本綺堂氏などは、2段目「組討」の物語だけで十分感動させるので、3段目の物語は蛇足(「三文の価値もない」)、などと極論されています。(「演芸画報」の『嫩軍記雑感』~「上演資料集」1972・4所載)


 この戯曲は、1751年(宝歴元年)12月に大坂豊竹座(ただし、宝歴2年2月に豊竹座類焼して、曾根崎新地で興業)で、人形浄瑠璃として翌年夏まで初演され、翌年、江戸中村座、森田座や大坂でも歌舞伎化されました。

 前述したように、5段からなりますが、立(たて)作者・並木宗輔は、3段目までで絶筆で、4、5段めは他の作者(浅田一鳥、浪岡鯨児、並木正三、難波三蔵、豊竹甚六)による補筆です。


・・・あらすじです。

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日記。葛飾応為を発端に、読みたい本が、沢山見つかりました。オペラは、秋の予習を兼ねて、DVDでモーツァルト「後宮からの逃走」を楽しみました。

 既述のとおり、葛飾応為の小説と漫画を読んだら、浮世絵に関して、一挙に、読みたい本(小説と、漫画も)が沢山、出てきました。
 興味を持つと、見つかるんですねえ、こんなに・・。
 そういえば、息子が家に置いていった、辻惟雄『江戸の浮世絵』(東京美術)、なんて本まで目に入りました。

 先日、杉浦日向子さんの江戸漫画の話をしましたが、芸大卒で、今回、マンガ大賞を受賞した、

一ノ関圭(1950ー) 『鼻紙写楽』(2015・小学館)、

それに、『茶箱広重』(1992・小学館文庫)、

さらには、すごいコラボ、同氏と服部幸雄共著の、
絵本 夢の江戸歌舞伎』(岩波書店)。

 漫画ではありませんが、4代歌川豊国(2代国貞)を書いた、こちらは、女子美短大卒で江戸風俗に詳しい、2015年154回直木賞候補にもなった、

梶よう子(1961ー) 『ヨイ豊』(講談社・2015)。

さらに、2015年153回直木賞候補だった、

澤田瞳子(1977ー) 『若冲』(文芸春秋社)、

といったところ。
若冲は、展覧会にも行かねば・・。

 ところで、
杉浦日向子『江戸へようこそ』(ちくま文庫)、
も、今、読んでいます。博識ですねえ。それに、女性視点の遠慮ない春画などの話は、新鮮です。

 次は、舞台の話です。

 さて、私の、これからの舞台鑑賞予定表を見ていると、5月・文楽「絵本太功記」。久しぶりです。
 オペラの方は、まるでオペラ史に沿うかのように、
6月は、オペラ・ブッファのジャンル史の最後を飾る「セヴィリアの理髪師」、
 秋に入ると、ヴァーグナー「トリスタンとイゾルデ」。

 そして、ヴァーグナー後を象徴するような、〈モーツァルトに戻れ〉と言うが如くに、
モーツァルト「後宮からの逃走」、さらには、
リヒャルト・シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」・・と、いまのところ、このように続いています。

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長老のいなくなった文楽。その伝統承継への期待と不安の公演です ~5月文楽公演『繪本大功記(絵本大功記)』を予習します

 5月国立劇場・文楽公演

絵本大功記

を予習してみます。

 現代のように人間的な、運命に翻弄される、光秀の悲しみと苦しみを描いた物語です。長老のいなくなった文楽が、これからどのように伝統を承継させていくのか。その萌芽を見つけてみたいものです。

 1799年(寛政11年)7月12日、道頓堀若太夫芝居(元の豊竹座)初演の作品です。
 近松半二以降の〈近松〉姓を名乗る中で、優れた末弟の立作者・近松柳(やなぎ)を中心に、近松湖水軒(こすいけん)、近松千葉軒(せんようけん)が合作したのもです。

 「太閤記」を興味本位に増補・脚色した読本である岡田玉山の「絵本太閤記」(寛政9年~享和2年)に依って作られた浄瑠璃で、天正10年6月1日から13日までを、〈時に一致〉させた13段にしています。

 読本から浄瑠璃化にあたっては、読本の逸話を整理し、時代浄瑠璃の構造に当てはめていますが、読本風に運びが速く、複雑でなく、凝りすぎず、すっきりしているところが、後述の類書と異なっています。

 徳川幕府の衰退時にあって、類似の作品も多く作られていて、例えば、近松半二「時代織室町錦」(天明元年)、
近松門左衛門「本朝三国志・五段」(享保4年)、半二・松洛・平七ら「三日太平記・十段」(明和4年)、半二・東南・能輔ら「仮名写安土問答・五段」(安永9年)・・・などです。
 
 さて、前述のとおり、6月1日から13日までを、〈時に一致〉させている13段ですが、今回の公演は、主に、光秀に焦点を当てた、

2日目本能寺の段【5段組織の1段目切に相当】、
6日目妙心寺の段
10日目尼が崎の段【5段組織の4段目切に相当】、となります。

 いつも述べているとおり、私見では、文楽は、「通し」で戯曲を味わうのが本道であるところから言えば、また、伝統承継の意味からも「通し」が重要なところですが、今回は、事実上《十段目》、いわゆる《太十》【太功記の十段目の略】だけというのは、寂しいところではあります。

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日記。素晴らしいオペラのDVD、2枚を、繰り返し観ました。その他、読書と文楽〈予習〉の話も併せて書いてみます ~『セヴィリアの理髪師』、『ナクソス島のアリアドネ』、『絵本大功記』など

 このところ、結構、いろいろ観たり、聴いたり、読んだり・・と、密なる〈予習〉生活で、どこからお話しようか悩んでしまいます。

 まずは、買った新刊です。

橋本治 『義太夫を聴こう』(河出書房新社)

朝井まかて 眩(くらら)』(新潮社)

 後者は、北斎の娘・葛飾応為のことを書いています。新潮社の『波』4月号には、刊行特集があります。


 次に、DVDのお話です。
 まずは、

歌劇『セヴィリアの理髪師
(ジョアキーノ・ロッシーニ作曲)

 DVDは、パリ・バスティーユ歌劇場2002年4月ライブです。

 6月、日生劇場公演を前にしてのプレ・イベントとして、今週末に、日生劇場のレクチャー(彌勒忠史さん)を聞くので、その〈予習〉に映像を観たのですが、この舞台の、映画監督・脚本家の、コリーヌ・セロー(1947-。パリ生まれ。)の演出が、すこぶる素晴らしい。

 舞台が美しく、小道具も粋(イキ)。思わず笑いを誘う演出です。さらには、カーテンコールに、まずは、ロッシーニとボーマルシェの肖像画を登場させる趣向も面白い。

 セヴィリアは、711~1248年イスラム支配下だあったことや、イスラームの女性抑圧を踏まえて、この舞台は、イスラム世界に置き換えられていて、ロジーナへの〈抑圧〉風に演出されています。
 
 また、ジャンネット・フィッシャーのベルタのアリアが、〈アリア・デル・ソルベット〉と言われるようなものでなく、そうはさせじ!!、という感の、一見の価値の演出と歌唱、振り付けです。

 カーテンコールが、しまいには、会場の一斉拍手の熱狂になっていくのがこの舞台の成功を物語っています。

指揮・ブルーノ・カンパネッラ(1943-)
演出・コリーヌ・セロー(1947ー)
装置・ジャン・マルク・ステレ、アントワーヌ・フォンテーヌ

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ロッシーニの作曲意図に基づいた格調に期待して、いろいろと余談のネタがある、6月、日生劇場リニューアル公演、オペラ『セビリアの理髪師』を予習します。

 最初から、話が逸れますが、古書店で、

バリー・ミリントン、スチュアート・スペンサー編、三宅幸夫監訳の、

『ワグナーの上演空間』(音楽之友社)

それに、
佐藤輝夫訳・ベティエ『トリスタンとイズー物語』(岩波文庫)、
を入手したので、読んでいます。
 前掲書は、今月に、リハーサルと本公演の両方を観る「さまよえるオランダ人」の予習にも役だっています。

 さて、工事中の日比谷・日生劇場が、6月に改装リニューアルされ、そのオープンに上演されるのが、

オペラ『セビリアの理髪師』(ロッシーニ)

です。
 えらく早口のアリア、レチタティーボが満載で、日本人歌手には大変だろうな、と思う印象の作品です。
 「悪口はそよ風みたいに、皆に行き渡る・・」風な、面白い策謀の台詞もありますが。

 演出は、「騎士オルランド」(2008)以来、私の好きな粟國淳さん。イタリア生まれのイタリア育ち。
 公演があれば、愛媛、名古屋までも観に行っています。

 今回は、6月19日のチケットを買ってあります。発売即申し込んだのですが、初日・18日は、最前列が取れなかったので、19日と相成なった次第です。

 この『セビリアの理髪師』は、題名こそ有名ですが、モーツアルトの「フィガロの結婚」よりも、やや格と人気が落ちるようで、私も、舞台では観ていません。でも、今回は、しっかり予習してみました。

 このオペラに関しては、余談的に、話題も多く、たとえば・・、

1 使用人・ベルタのアリアは、気の毒にも、〈アリア・デル・ソルベット(アイスクリーム・アリア)〉と言われていて、つまりは、何ということの無いアリアで、劇場で、この間にアイスクリームを買うのだとか。

2 作曲を、2、3週間で仕上げたとか。

3 すでに、この原作を作品化している大先輩パイジェルロにえらく気を使ったが、結局、初日は、パイジェルロのファンに妨害されて公演を失敗したとか。

・・音楽の本質でないところで、えらく話題が豊富です。

 しかし、アルベルト・ゼッダ、がこれまでの舞台にしばしば観られた、喜劇役者が自分で楽しんで茶番劇化したような舞台になっているとか、アルトをソプラノにしたことがあったりとか、美しいレチタティーヴォを話言葉にしているものがあるとか、バルトロの人物造形とか、の誤りを指摘して、本来のロッシーニの作曲意図、格調ある様式美を減殺しているところを正すなど、をきちんと分析して、再評価しているのを読むと、視点が定まって、改めて公演が楽しみになりました。

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【アクセス数12万件記念】「今こそ、無上の喜び」・・天上に昇るような感動の終末。楽劇『トリスタンとイゾルデ』で、オペラ〈予習〉のコツを書いてみます。

 このブログのアクセス数が、12万件になりました。ひとえに、皆様に感謝しています。
 読書をしていても、観劇の〈予習〉をしていても、感動を誰かに伝えられるというものは、日々、張り合いがあるものです。
ということで、本日は、このブログの原点である観劇の予習です。

 9月10日から東京文化会館で、二期会主催の、

ヴァーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ

が、ライプツィヒ歌劇場との提携公演で、上演されます。
指揮は、ヘスス・ロペス・コボス
演出は、ヴィリー・デッカー

 まもなくチケットが発売されますが(4月2日から。会員は、3月17日から)、きょうは、予習を、趣向を変えて、予習そのもののコツを交えてお話ししてみます。

 楽劇『トリスタンとイゾルデ』。
 
 まず、1、舞台となる地の地理を押さえる。次に、2、ここに至るまでの物語の経緯を押さえる、そしてもう一つ、3、作曲の背景を知る、この3つが、特に、この作品に限っては必要です。

 地理は・・、今の英国。1、アイルランド島(王国)と、2、海を隔てたイギリス本島西南端にあるコーンウオール王国、と、3、さらに海を隔てた現・フランスのカーレオールです。

 アイルランドは、イゾルデの故国、カレオールは、トリスタンの故国です。コーンウオールは、イゾルデを迎えようとするマルケ王の国です。
 はじめに、述べておきますが、マルケ王は、人柄の良い王で、無理に、イゾルデを求めているのではありません。

 物語に入る経緯は・・、アイルランドは強国で、コーンウオールにも貢ぎ物を出させていました。
 この度も、アイルランドは、騎士・モーロルトを取り立て人にして、コーンウオールのマルケ王に貢ぎ物を要求しました。強いモーロルトには、勝ち目がないので、要求に屈するほか無いと思われたのですが、コーンウオールの騎士・トリスタンが志願し、モーロルトと戦って勝ち、その首をアイルランドに貢ぎ物の代わりに送り返しました。立場が、逆転したわけですね。
 しかし、勝ったトリスタンも、モーロウトに切られた時に、剣に塗られた毒がまわって瀕死で、小舟に乗ってさまよっていました。


 実は、破れ、殺されたモーロルトは、アイルランドの王女・イゾルデの許嫁であったのです。送られたモーロルトの頭骸の中には、切ったトリスタンの刀の破片が残っており、イゾルデは、その破片を復讐のための相手を特定するためにとっていました。

 さて、小舟にのって瀕死でさまよっていたのを見つけたのが、イゾルデです。トリスタンは、タントリスと偽名を名乗りました。
 イゾルデの介抱で命を救われたトリスタンですが、イゾルデは、トリスタンの剣の欠けたところがモーロトの頭骸の破片と合致することに気づきます。
 復讐に燃えて、トリスタンを殺そうとしたところに、目があって、不思議な感情が走って、剣を落とし、果たせませんでした。トリスタンは、生きて国に帰りました。


 コーンウオールの老王は、トリスタンの母の兄で、優雅で、心映え高い王。王妃は、子をなさずに亡くなっていました。王は、もう妃はめとらず、騎士・トリスタンを子同様に育て、やがては地位と財産を譲ろうとしていました。

 しかし、国民は、皆、王に妃をめとることを望みました。また、トリスタンに嫉妬する王の家来・メートロも妃を迎えることを進言します。
 トリスタンも、国民の妃を望む気持ちから、自らは国と財産を受ける気持ちは捨ててまで、美しいアイルランドの王女・イゾルデを王に勧め、王に、そうでなければ永久にこの国を去るとまで言います。イゾルデにも、恩返しとして、国を譲る意味もあったのでしょう。
 そのようなことから、アイルランドの王女・イゾルデを王妃として迎えにトリスタンが行くことになりました。

  
・・・という経緯は、ドラマでは、ちょっと会話(歌)の中で出てくるだけなので、〈予習〉していなければお手上げです。

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荻田浩一のオペレッタ初演出で注目する、11月日生劇場『ウイーン気質(かたぎ)』を〈予習〉します。

 ほぼ、年1回の、日生劇場での、オペレッタの楽しみ。
 2010年は「メリー・ウイドー」、2013年は「こうもり」、2014年は「チャールダーシュの女王」といった具合です。
 
 しかも、どの公演も注目ポイントがあり、「メリー・ウイドー」は、演出を、東宝ミュージカルの山田和也。「こうもり」の演出は、白井晃、指揮は、大植英次。「チャールダーシュの女王」の指揮は、三ツ橋敬子・・、といった新しい楽しみがありました。

 今回の楽しみは、演出の荻田浩一です。二期会は、先日の、深作健太・オペラ演出家デビューの「ダナエの愛」に続いて、今度は、宝塚出身の荻田浩一を起用しました。オペレッタ初演出です。

 荻田浩一は、1994~2008年宝塚に所属し、1997年演出家デビューし多くの名作を生み、退団後もミュジーカルなどで活躍している新鋭です。
 どのような舞台か、次記述の指揮者と相まって期待が高まります。

 その指揮者とは、阪哲朗
・・私は、初、ですが、レーゲンスブルグ歌劇場音楽総監督で、欧米での客演が多く、ウイーン・フォルクス・オーパーでの2009年始の「こうもり」は、大きな話題だったとか。京都市立芸術大学卒で、ウイーン国立音楽大学指揮科で学んだようです。どのような指揮ぶりか、これも期待が高まります。
 
因みに、演奏は、東京フィルハーモニー交響楽団です。 

 今回の、作品は、ヨハン・シュトラウス2世(1825ー1899)が、既存の名曲に合わせて台本を作ったオペレッタ、

ウイーン気質(かたぎ)』(全2幕・日本語訳詞上演)

 台本は、フランツ・ラハールの「メリー・ウイドー」(1905年)で大成功を納めた、ヴィクトル・レオン(1858ー1940)とレオ・シュタイン(1861ー1921)。1899年10月初演です。

 台詞や演技、バレエも注目です。

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11月国立劇場公演『神霊矢口渡』 ~原作を元に、詳しく、丁寧に、予習します。

  11月国立劇場・歌舞伎公演、

 福内鬼外平賀源内。1728ー1780。平賀氏(父の代までは、白石姓)で、名は国倫(くにとも)、通称は、源内。号は、風来山人。戯作名は、作り放題だったようで、天竺浪人・・など多数。
 本作は、42歳の時の戯作【当時の知識人が戯れに作った浄瑠璃など】で、後述の鉱山事業に手を出していた頃に、秩父中津川の寺島家で書かれ、2度目の長崎遊学前に脱稿し、その前金で長崎に行き、長崎から原稿を送ったとの説がある。当時、家を数軒買える200両も、植物の本を買って訳したとか。

 なお、源内は、讃岐志度生まれ。先述のように、植物の研究などする一方、電気(エレキテル)を製作したり(安永5年)、秩父に赴き石棉などを発見もしているが鉱山業は失敗している。荒川通船工事にも手を出している。酔って、勘違いで大工2人を殺し、獄中で破傷風で死す。】作の、
 
人形浄瑠璃で、明和7年(1770年)1月16日、江戸外記座初演、
歌舞伎で、寛政(1794年)8月15日、桐座初演、


神霊矢口渡』(しんれいやぐちのわたし)


を予習します。
 補作は、吉田冠子【江戸2丁町外記座作者。人形おんなづ遣いの名手。】、玉泉堂、吉田二一。
 
 今回、「通し狂言」ですが、原作では、3、4段目。ただし、4段目の道行きと、4段目奥はありません。また、多分、4段目中はカットされるでしょう。
 本稿では、理解のため、その4段目〈中〉〈奥〉と5段目を入れて記述します。

 さて、本作は、物語のクライマックスの一部が、「千本桜」の〈すしや〉や、「寺子屋」、「一谷」を模倣している、などと言われますが、こちらの若君を守る方法は、スケールが断然大きく、それに、娘殺しの父親は、〈モドリ〉など無く、虫の息の娘を、なお、足蹴にして叩くなど、その極悪非道ぶりは、新鮮味たっぷりです。
 
 また、特に、江戸で書かれて上演された浄瑠璃らしく、武士の心情が、単に忠義だけで無く、きちんと理解されているところも見逃せません。

 この作品には、いろいろな物語解説がありますが、ネタばれを避けてか、奥歯に物の挟まったような、理解し難いものもありますので、本稿では、成るべく、分かりやすく、書いてみます。また、【】で細かい注釈も付けてみました。


(以下、下記の「続きを読む」を、クリックしてお読みください。約7,500字の長文です。)

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初めてづくし、深作健太・演出のオペラに期待ワクワク、待ち遠しく ~日本初演、オペラ《ダナエの愛》講演とプレ・ミニ・コンサート。

 秋、始動。1か月の北海道避暑生活も終えて、朝型から夜型に戻って、なんだか、〈時差ボケ〉の様な気分です。
 まずは、日本初演、オペラ《ダナエの愛》の演出家の話を聴く講演とミニ・コンサートです。
 
 9月4日(金)19時から、赤坂・ドイツ文化センターOAGホールで、日本リヒャルト・シュトラウス協会第163回例会として開催された、10月2日~4日に、東京文化会館で、日本初演(二期会)される、

リヒャルト・シュトラウス(1864ー1949)の、
オペラ『ダナエの愛』
(3幕の陽気な神話。作品83。1952年初演)

が主題です。
 このブログでも、「予習」は、済んでいます。

http://kandoujin.blog48.fc2.com/blog-entry-586.html

 舞台日本初演、
 演出家の初演出オペラ、という記念的なところが、期待膨らむオペラ公演の事前催しです。
 
 その演出家は、深作健太

 舞台に関わってから、約20年間、ずっとオペラ演出をやってみたかったのが、こんなに早く実現したと感動の面もち。
 ヴァグナー・ファンで、初めてのギャラでベルリンに行って以来、何度も、通ったとか。この夜も、ヴァグナーの話が頻出します。

 小柄の、好青年、と言った感じで、ワグナーにもシュトラウスにも、果ては、ゲッペルスにも〈さん〉付けが印象に残ります。

 ところで言うまでもなく、深作さんは、故・深作欣二の息子さんです(1972ー。高倉健と菅原文太から字をとって名付けられたとか。写真を撮りましたが、広角になってしまい、やや遠く、ご本人は写真左です。ワン・クリックで、拡大できます。因みに、第二部のコンサート中は、ずっと、3列目の、私の隣に座っておられました。)。

 司会(写真右側)は、それこそ気鋭の、広瀬大介(1973ー)。評判になった、『リヒャルルト・シュトラウス「自画像」としてのオペラ』(2009)の著者です。

 第二部のコンサート出演は、オペラ出演の、

ダナエ役のソプラノ・佐々木典子
ミダス役のバリトン・小森輝彦
オペラではコレペテイトールを勤めるピアノ・大藤玲子

です。
 舞台は、Wキャストなので、この二人の顔合わせは、この夜限りの貴重なもの。

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『伊勢音頭恋寝刃』、9月文楽公演と、10月歌舞伎公演の競演作品を〈予習〉してみます。 ~文楽では、力量のいる節譜の爽快さ、が楽しみです。

 東京・国立劇場の、文楽9月公演・第一部では、前回予習した、「鎌倉三代記」のほかに、もう1作品が上演されます。
 また、国立劇場10月公演では、同じ演目を、歌舞伎で楽しめます。夏狂言ではありますが、その、

 「伊勢音頭恋寝刃」(いせおんど こいのねたば。世話物4幕)

を詳しく予習してみます。字数は、約3,000字です。

 この作品の作者は、近松徳三。
 近松徳三は、大坂の娼家の主人で、近松半二に師事して、60作ほどの作品がありますが、あまり残っていますおらず、本作が今日に残る作品です。徳三は、1810年に、60歳で没しています。

 本作は、1796年(寛政8年)5月に起こった、伊勢古市(ふるいち)の料理茶屋・油屋で、伊勢の御師【下級神職】孫福九太夫の養子で、医師・孫福斎(まごふくいつき)が、馴染みの仲居・おこんと酒を飲んでいたところ、おこんが、阿波の藍玉商人たちの席に出たことに怒り、下女・万に切りつけたほか、結局、死者2、負傷7の殺傷事件を起こし、養家に帰って自刃した事件を、一夜漬け狂言として3日で仕上げ、8月に大阪角の芝居初演したものです。

 さらに、1838年(天保9年)7月稲荷文楽座で、山田案山子の改作で、人形浄瑠璃として上演されました。
 近松門左衛門の死以降、衰退期に入った文楽の特色で、歌舞伎的、リアリティな舞台となっています。

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9月文楽公演『鎌倉三代記』の詳細な〈予習〉です。 ~至難の時姫役・・「北条時政討って見しょう」、その哀切と愛が見所です。「米洗い」の段もあります。

 9月文楽公演、『鎌倉三代記』(時代物、十段)、通称「鎌三(かまさん)」、を予習してみます。

 人形浄瑠璃後期の名作で、写実性ある歌舞伎の隆盛に何とか対抗しようしています。
 この〈予習〉は、全文約7,000字になります。

 この作品、私の持っている、昭和51年刊行の「歌舞伎名作事典」(青蛙書房)では、「作者不詳」となっています。

 長らく「作者不詳」あるいは、「1781年(天明元年)3月・江戸・肥前座(人形浄瑠璃)初演で、近松半二の作」ではないか、と言われてきましたが、近時の有力説は、近松半二には変わりませんが、「1770年(明和7年)5月・大坂・竹田新松座初演」で、その25日目で、幕府から「差し止め」され、以後、捨ておかれたものを、11年目に、名題と内容を若干変えて、段数も9段から10段になって、この「鎌倉三代記」として、官憲の目の緩やかな前述の如く江戸で上演され、様子をみて、6月に大坂で上演されたと言われます。

 と言うことで、1769年初演の、大坂冬の陣をテーマにした「近江源氏先陣」(全9段)の、いわば後日編で、大坂夏の陣をテーマにした、と言うことになります。
 作者は、近松半二、竹本三郎兵衛の合作と言われます。

 なお、1718年初演の、紀海音作で、「豊竹座」隆盛のきっかけを作った、源頼家の外戚・比企能員らの謀反と、能員の養女・若狭の局の実父と養父の板挟みの自死を扱った、同名作品、5段、とは全く別です。結構、混同されています。

【参考 「日本古典文学大系 52 浄瑠璃・下」(岩波書店。昭和34年刊行)、鶴見誠解説16頁から25頁。なお、内山美樹子の「演劇学」第7号の研究も、横山正、中村幸彦両博士の論点が整理されており、参考になります。】

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秋の文楽公演の予習をしています。慣れれば、また、悩みもあって・・。

 今日は、雨。今年は、我が家の紫陽花がことのほか綺麗です。

 秋の、東京・国立劇場、文楽公演の予習をアップしようと執筆を始めています。
 観劇のブログを初めて5年余。ようやく理解できて来た代わりに、公演への〈要求〉も厳しくなっていることを感じます。

 今回も、良いとこどりの、「(よりどり)見取り」公演で、第一部、「伊勢音頭恋寝刃」は、10月歌舞伎公演との〈競演〉となり、それなりに期待しますが、文楽の戯曲は、どうも対歌舞伎の特色が出ていない戯曲ですし、どうせなら、もう一つの「鎌倉三代記」で競演できなかったのかなあとか、第二部、「妹背山婦女庭訓」は、4段だけで、〈山の段〉は無いし、とか。
 それに、超ベテラン太夫が少なくなり、人形超ベテランも高齢化されたなかで、これらを、どうヤリクリするのだろうとか。
 これらが重なると、ちょっとした拍子で、文楽への足が遠のきそうで、我ながら気を引き締めています。

 ところで、「妹背山婦女庭訓」は、2010年4月、大阪文楽劇場で、約9時間の〈通し〉を見て感激しました。
 本ブログでは、2013年2月5日付けで、相当詳しい予習をしていますので、それをご覧ください。下記をクリックしてくださっても移行します。★
http://kandoujin.blog48.fc2.com/blog-entry-411.html

シューベルトの歌曲「アヴェ・マリア」は、父の無事をマリアに願うエレンの歌「アヴェ・マリア」が元になっています ~ オペラ『湖上の美人』(ロッシーニ)を予習します。

 きょうは、冷たい名残り雪。ずっと、読書していました。

 来週、東銀座の東劇で、去る3月14日に、MET(ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場)で上演された、
作曲:ジョアキーノ・ロッシーニ

オペラセリア『湖上の美人』(全2幕)

が、4月11日から、「METライブビューイング」として公開されます。
 なかなか観ることのできないオペラ、しかも、MET公演ですので、予習して、鑑賞することにしました。

 余談ですが、ご承知とも思いますが、フランツ・ペーター・シューベルト(1797ー1828)の歌曲「アヴェ・マリア」は、この原作(詩)、

サー・ウオルター・スコット(1771ー1832)の
「湖上の美人」(1810年)、

第3曲29節の、父の無事をマリアに願うエレンの歌「アヴェ・マリア」が元になっています。

 シューベルトは、この詩をアーダム・シュツルクのドイツ語訳で読んで感銘を受け、5曲のリートと2曲の合唱曲を作り、1825年に、作品52として発表しましたが、その6曲目がアヴェ・マリアというわけです。誤解されるのですが、宗教曲ではありません。

・・アヴェ・マリア、優しい乙女
乙女の祈りをお聞きください
あなたは荒れ野の果てから聞くことが出来、
絶望の淵からも、救うことがお出来になる。
追放され、見捨てられ、私達は眠ることが出来ます。
聖女よ 乙女の祈りを聞いてください、
御母よ、乙女の願いを聞いてください。アヴェ・マリア。
・・(以下略。佐藤猛郎氏訳後掲書から引用)

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オペラ『ダナエの愛』を〈予習〉します。 ~ アクセス数10万件超記念。

 ふらりと家具屋さんに寄ると、書斎用の、ゆったり出来そうなイスがあったので、周辺のイスもあれこれ1時間近く試して、結局、最初に目についたイスを買いました。そう言えば、定年退職後、イスは替えていませんでした。快調です。

 また、この日、書物も買いました。

朝井まかて ぬけまいる』(講談社文庫)

です。江戸時代の、女3人の伊勢参り小説です。いま読んでいる、前回書きましたが「御松茸騒動」もすこぶる面白いので、文庫新刊で目についた、同じ著者の作品を買いました。

 さて、今回は、ずっと先の、10月2日~4日に、東京文化会館で、日本初演(演奏会形式では、2006年に若杉弘が上演しています。)を予定されている

リヒャルト・シュトラウス(1864ー1949)の、

オペラ『ダナエの愛』
(3幕の陽気な神話。作品83。1952年初演)、

を予習します。
 東京二期会の主催です。意欲的ですね。
 この作品は、上演頻度が極めて低い作品ですが(ダナエ役・林正子は「ハレー彗星みたいな珍しいオペラ」と言っています。)、秀作と言われていますし、後述する、今回の演出にも注目しています。

 ギリシャ神話の、浮気者、プレイボーイである大神・ゼウス【ローマ名ユピテル、英語名ジュピター】が、アルゴスの王自慢の娘、ダナエに手を出したことをアイデアにしています。

 神話では、将来、ダナエの生む息子が王を殺す、と言う神託を得たアルゴス王アクリシオスが、ダナエを青銅の塔に閉じこめたのですが、ゼウスは、黄金の雨となって、たやすく忍び込み、ダナエと交わるのですが【黄金で、つまり金(かね)で、いかなる女も言うことを聞かせられる、隠喩でしょうか。中世では、ダナエは、上流階級の堕落の象徴とみられたこともあります。】、このところの〈アイデア〉を使っています。
 ちなみに、神話では、ダナエは、メドゥサを退治するペルセウスを生むのですが、これらの話は、今回、無関係。

 また、恐妻家のゼウスが、3番目の妻・ヘラ【結婚の守護神。正妻。ローマ名ユノ、英語名ジュノー】の目を盗んで交わった、セメレ【テーバイの女王で、酒と演劇の神・デュオニソスを生みます。】、アルクメネ【アルゴスの女王で、英雄・ヘラクレスを生みます。】、レダ【スパルタ王テュンダレオスの妃で、人間界第1の美女・ヘレネなどを生みます。】、エウロペ【フェニキアの王女で、クレタ王ミノスなどを生みます。】、なども登場します。

 でも、このオペラの話は、あくまでも、ダナエを使って真実の愛への希求を描いた物語です。
 あるいは、ダナエは、シュトラウスの愛する音楽そのものであり、それが、シュトラウス=ユピテルから、若い世代=ミダスのもとに去る、哀惜の念だと解する人もいます(音楽評論家・広瀬大介)。

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詳説、近松門左衛門『国姓爺合戦』 ~初見の人のための詳しい予習です。

 国立劇場。2月文楽公演は、

国姓爺合戦(こくせんやがっせん)』

近松の大傑作、千古不滅の名作です。

 全5段の物語ですが、今回の上演は、第2段の一部、千里が竹、虎狩りの段だけ(21分位か)と第3段(120分位か)です。

 第1、第2段(125分位)で背景が理解できるんですが・・。
 また、第2段・千里が竹、虎狩りの段は、改曲の野沢松之助作曲で上演されることがほとんどですが、きちんと、近松の原作によって聴きたいものです(原作は、30分位)。

 第4、5段も、道行きや、凝った名文の景事場(けいじば)、カラクリ仕立ての戦闘などが続くことになりますが、勿論、今回は見られません。

 全段通しで聴きたいものです。やれば、評判になるし、上演史にも燦然と残るのに・・・。

 ところで、本来、このように長い出し物として登場したので、これ以前の短い浄瑠璃のように、幕間に演じられた「野呂間(のろま)人形」(野呂松勘兵衛の始めた愚人の人形で、鎌斎(けんさい)佐兵衛の賢い人形とで、掛け合いを演じた。)の滑稽ものやカラクリ細工が廃止になったのも重要な出来事です。

 
 近松門左衛門、63歳の、五段浄瑠璃(1715年)の本作は、3年越し17か月にわたる、古今希有、連日大入りのロングラン公演となりました。
 初公演から5年後、近松は「天網島」第1段の中で、この「国姓爺」の自家宣伝の台詞を入れているようなこともあります。

 当時珍しいエキゾチックな中国風俗、日・中の比較、日本魂の発揚、場面の緩急・変幻の舞台技巧など、竹本座の人形浄瑠璃舞台芸の蓄積のうえに、近松の新傾向作品の魅力など、まさに、竹本座の総力を結集した感のある名作となっています。

 その理由の一つに、実際の心中事件などを扱って名作を残した近松が、海外に題材をとって視野を広げた、ということも勿論あるのですが、むしろ、竹本義太夫が1714年に亡くなり、指名された跡継ぎが、24歳、経験2年の竹本政太夫(1691ー1744)ということになったことにもありそうです。

 能力はあるが、実績のない政太夫に、面白くないのは、古老、諸先輩。
 若いだけでなく、声も低い、なぜだ・・、と内輪もめ。 休座、退座の者も生じ、創設30年の竹本座は、内から揺さぶられ、外からは豊竹座が追撃します。

 そのような中、竹本座の重鎮である近松は、懸命に人間関係の斡旋につとめ、また、竹本政太夫の指導に努める一方、座を盛り立てるために、この名作を作ったわけです。
 結果は、大成功というわけです。
 竹本政太夫は、連日、3段目切り、を務め、実績を作りました。


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謹賀新年 今年も、観劇、読書、ボランティア活動の生活です。よろしくお願い申しあげます。

 今年もよろしくお願い申しあげます。

 このブログも、松の内には、アクセス数が、10万件となりそうです。
 このアクセス数は、私自身の舞台鑑賞の「予習」数とも比例するわけで、それだけ、知識と感動数が増えたと、まずは、新年の自賛をお許しください。
 今年も、観劇、読書、ボランティア活動に精を出します。

 さて、昨日まで、

小谷野敦(こやの あつし) 『馬琴綺伝』(河出書房新社・2014・3刊)

を読んでいました。
 時代小説ですが、著者は、東京大学、同大学院卒で、比較文化専攻ですので、重厚さがあります。

 すでに、このブログでは、「南総里見八犬伝」を〈予習〉しましたが、その時に、どうもモヤモヤとよく分からなかったところや繋がり、馬琴の執筆意図がこの一冊で氷解しました。

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プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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