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国立劇場「大人のための声明入門」・「大人のための雅楽入門」  ~奈良・長谷寺の声明を《役者節》と言うのを知りました。雅楽の儀式音楽も、楽しく《勉強》しました。

 先週は、前回ご紹介した、マイケル・バードの美術書にマネが載っていないことに気づき、それから絵画史に没頭して、このブログのアウト・プットを、少しご無沙汰してしまいました。
 調べる中で、「マネの《酒場》に関する12の意見」(邦訳不明)という、9月から、「コートールド美術館展」で観られるマネの絵画《フォリー=ベルジェールの酒場》に関する書物などを知り、知らなかったマネの位置づけに気がつきました。

 さて、今日は、久しぶりの国立劇場、おまけに、昼食には、隣の「ホテル・グランドアーク半蔵門」のレストラン(ホテル・オークラ経営)「パティオ」の松花堂弁当まで予約したので、張り切って出かけました。
 7月20日、午前中と午後、国立劇場で、

午前11時から12時半、「大人のための声明入門」、
午後14時半から16時、「大人のための雅楽入門}、


を観賞しました。
 席は、中央、3列目と6列目です。

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 午前中は、10時から、ロビーと舞台で行われた、10種類の法音具(鳴らし物)に触れられる《体験コース》の、
ロビーのAコース(磬(けい)、錫杖(しゃくじょう)、柝(たく)、鈴(れい)など)、

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舞台上のBコース(木魚、鉦鼓(しょうこ)鈸(はち)、磬子(きんす)など)、

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にも参加しました。木魚以外は、鳴らし方は勿論、持ち方も覚束きませんでした。
(因みに、午後の体験コースは、パスしました。既に、本を数冊読み込んで研究していることもありますが、昼食をゆっくり味わいたいという本音もありました。)

 ところで、奈良県桜井市の長谷寺(真言宗豊山派総本山)の声明は、《役者節》などと、高野山金剛峯寺などから言われていることなどを、始めて知りました。

 それだけでは無くて、《しょうみょう》という呼び方も、国立劇場が名付け親とか(それまでは《せいめい》だったとか)、国立劇場で声明、つまり「お経」を詠むのは、「憲法違反では無いか」と言われたとか、客席を向いて声明を唱えるのは、「仏に背を向けてけしからん」とか、今日に至るまで随分と苦労があったようです。

 その意味で、日本文化の承継を経営の重点に置いた国立劇場の功績は素晴らしいものがあります。(余談ながら、国立劇場でお経が憲法違反なら、国立博物館に仏像を展示するのもダメ、という議論になります。)

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歌舞伎『姫路城音菊礎石』 ~狂言改革者・並木五瓶の志を継いだような、観客を喜ばせ、新春らしく明るく、楽しい編綴。菊之助、長男・甥と共に大活躍。

 1月17日正午から、平成最後となる、国立劇場初春歌舞伎公演、恒例の尾上菊五郎一座公演を観ました。
 今回は、音羽屋家の芸「新古演劇十種」の通し狂言、

『姫路城音菊礎石』(5幕9場)
(ひめじじょう おとにきく そのいしずえ)
です。

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 尾上菊五郎所縁の「音」「菊」が名題に入って、御家騒動、妖怪ミステリー、狐の報恩譚を基本に、善悪正邪入り乱れた意外性に富んだ内容ですが、新春、初芝居らしく、狐親子などの悲劇的な要素は無くし、解りやすく、楽しい娯楽作品となっています。

 並木五瓶の「袖簿播州廻り(そでにっきばんしゅうめぐり)」(1779年安永8年初演)を元に、平成3年に国立劇場で212年ぶりに復活されたものを、今回、さらに編綴されましたが、開幕前、真っ暗にした客席から、冒頭、いきなり目が眩むほどの明るい舞台になって、遊女・花魁らの現代風、《ダンス》(!?)所作で賑やかに始まりました。ここで、もう、娯楽性が高いことがうかがわれます。
 3幕、「姫路城天守の場」では、菊之助自ら振り付けした、腰元お菊(梅枝)との長唄での所作事で魅了されます。

 それに、菊之助の、5歳の長男・寺嶋和史(かずふみ)と、6歳の甥・寺嶋眞秀(まほろ)の両音羽屋が、桃井国松役と福寿狐役で大いに受けました。和史クンの花道での見得など可愛いったらありません。
 因みに、菊之助(本名・寺島和康)の妻は、中村吉右衛門の四女・波野瓔子(ようこ)さん、眞秀クンは、菊之助の姉・寺島しのぶさんが母で、父は、フランス人アート・ディレクター・ローラン・グラシアさんです。

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 さらには、娯楽性に富んだ舞台、例えば、10人での縄跳び(!)などは、歌舞伎役者、さすが、巧いですなあ・・。

 何と言っても、
尾上菊之助【昭和52-・音羽屋・5代目】
が、弓矢太郎(実は、多治見純太郎)、主水女房お辰、小女郞狐の3役で、早変わりも見せて大活躍です。

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国立劇場・歌舞伎『増補双級巴』 ~「よっ、 ご両人 ! 」。吉右衛門・菊之助、談笑の会話から、吉右衛門《葛籠(つづら)抜け》の宙乗りを経て、「南禅寺山門」パロディー。工夫された脚本で、国立劇場、今年の掉尾を飾りました。大薩摩の三味線も良かった。

 12月12日(水)正午から、永田町、国立劇場で、

国立劇場・歌舞伎『増補双級巴(ぞうほふたつどもえ) ­石川五右衛門­』

を鑑賞しました。

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 先月の国立劇場・歌舞伎は、今ひとつ、の感がありましたが、今回は、空中での「葛籠(つずら)抜け」【写真】やクライマックスの大立ち回り、間には、大薩摩三味線の演奏があるなど見所も多く、台本も練られています。
 ただ、国立劇場らしく、学究的な、と言うか理詰めな練り方で、細かいところは、事前に知識が無いと気づかずに過ぎてしまいそうです。

 例えば・・、
 五右衛門実母の《寒竹の笛》の動き(1.2幕)や、3幕で御台が吹くと剣が音を発して交わるところ、葛籠(つずら)の中に次左衛門が居たこと、久吉が雄龍丸(おりゅうまる)を、五右衛門が雌龍丸(めりゅうまる)を所持すること、太政官の御正印(みしょういん)の狙いや所持者、木屋町2階のパロディーや小柄投げ打ち、父次左衛門の方途・・などです。
 なお、五右衛門自体は、生活者、小心な恐妻家としての面が前面に出ていますので、それが面白いか、冗長か、は、好みになるでしょう。

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 今回の台本は・・、
「木下蔭狭間合戦(このしたかげはざまがっせん)」(主に、前半) や、
並木宗輔「釜淵双級巴(かまがふちふたつどもえ)」(主に、後半)、
などの石川五右衛門(?-1594)物に、創作場面が入った、三世瀬川如皐(せがわじょこう 1806-1881)が脚色し、1737年に豊竹座の人形浄瑠璃で初演されたものを、
歌舞伎で、「木下蘇我恵真砂路(このしたそがめぐみのまさごじ)」として、嘉永4(1851)年江戸中村座で初演され、以後、初代中村吉右衛門によって、大正・昭和初期に度々上演されたものに、初代市川左団次の所演本を加え、今回、当代吉右衛門が補綴し、《通し狂言》として上演したものです。

 特に、「大詰 五右衛門隠家」は、50年ぶり、「序幕 壬生村(みぶむら)」は(数分ですが)、70年ぶり、「三幕三場 木屋町二階」(やはり、数分ですが)は、90年ぶりの復活上演です。

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国立劇場・歌舞伎『名高大岡越前裁』 ~稀代の悪計に追い詰められる大岡忠相。ハラハラ、儲け役の池田大輔。珍しい、一度も大向こうから掛声がかかりません。さて、今日から、観劇後の食事は「帝国ホテル」のバイキングにしましたが、その感想も一筆書きます。

 昨夜来、やっと、少しだけ、冬らしくなって来ました。
 11月14日(水)11時から、永田町・国立劇場で、妻と、
 河竹黙阿弥(古河黙阿弥。文化13(1816)ー明治26)作、

歌舞伎『通し狂言 名高大岡越前裁 (6幕9場)』

(なもたかし おおおかさばき)を鑑賞しました。終演が、15時10分と、早いし、休憩がいやに多くて、細切れ感があります。

 本題名は、「扇音々(おうぎびょうし)大岡政談」で、初代神田伯山の講釈を元に書かれ、明治8(1875)年、新富座で初演されました。明治150年記念となり、かなり補綴されました。

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 余談ですが、歌舞伎専用劇場公演で、珍しかったのは、「~屋 ! 」と言った大向こうからの掛声が、あれは歌舞伎の華ですが、一度も聞こえなかったことです。
 大向こうさんのストライキみたいな感じ。
 映像でも撮影していて遠慮したのかな、それなら、余計に本末転倒です。
 それで、5幕が終わった時に、劇場スタッフに、「この芝居は、声をかけては駄目なんですか」と、皮肉では無くて尋ねたくらいです。「いや、みえてますけれど・・」との答え。

 今回は、舞台の仕掛けも無く、多少の山はあっても、基本的には平板で、淡々と理屈と会話ばかりが続きます。筋の為の芝居のようで、ご贔屓さん見物よりも、戯曲を楽むのを主眼としている私でさえ、芝居としては、やや面白くなかったのは、台本改変・補綴が巧くなかったのでしょうか。
 それに、そもそも、今時、「大岡・・」と言うのも、余程の新演出でなければ、最初から、ちょっと見に行くのを、心配はしていたんですが・・。そう言えば、来月の出し物も、「石川五右衛門・・」。どうしちゃったの、国立劇場。

 ・・・と、その前に、もう一つ、今回から、終演後のディナー・バイキングを帝国ホテルの「サール」にしましたが(写真は、入口です。)、先にそのお話を・・。

 ネットでは、「サール」は、100%ベタ褒めされていて、もの凄い評判です。
ドレス・コードは・・、などと気合いが入ったブログもあります。

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 しかし、私の感想は、一流ホテルでは、あれくらい「普通」で、どうして、ネットで、あんなに褒められているのか理解できません。(歌舞伎が面白くなかったので、八つ当たりしているのではありません。)

 ま、私は、帝国ホテル・桜の間での息子の結婚式の時に、最後の挨拶が心配で、ろくにお代わり出来なかったロースト・ビーフを、今回、3回お代わりして堪能し、また、アップル・パイは見事でしたが、・・それくらい。
 帰宅後、これから「サール」にするつもりで、既に、12月も予約してありましたが、コスパが良くないので、キャンセルしました。

 さて、本題に戻って、歌舞伎の話です。

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国立劇場・歌舞伎『通し狂言 平家女護島』 ~〈通し〉を生かし、スペクタクルや大立廻りもある、芝居の面白さに満ちた演出です。芝翫・成駒屋が、清盛、俊寛二役の独断場。新悟・大和屋の千鳥にも存在感がありました。

 秋の国立劇場歌舞伎公演が始まりました。
 余談ですが、与謝蕪村は、家中で芝居に行かれてしまって、一人残された気持ちを「俊寛已来のあはれ」、と嘆いています。今日は、その《俊寛》が出し物でした。

 10月17日(水)正午から、近松門左衛門、67歳の作、

『通し狂言 平家女護島』
(へいけ にょごがしま)
・・パンフレットには、《へいけにょごのしま》とルビが振られていますが・・を鑑賞しました。

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 国立劇場は、1日1演目、「見取り」なしの「通し」公演が主で、歌舞伎座よりも〈本格〉が観られます。
 今回も、歌舞伎座なら、恐らく、「鬼界ケ島(俊寛)」だけの〈見取り〉公演だったでしょうが、〈通し〉を生かした演出で、廻り舞台全面を生かしたスペクタクルや、大立廻りも取り入れられた、芝居らしい、面白さに満ちた歌舞伎でした。

 《女護島》とは、原作三段目「朱雀(しゅしゃか)の御所は女御の島」に由来している、女性だけの島で(伊豆の八丈島と言われたこともありますが、勿論、実在しない島です。)、今回は登場しませんが、三段目、義朝の妻だった常磐御前が往来の男を引き入れては、色仕掛けでたらし込むことからこの名題があります(実は、非行では無く、源氏の徒党を募っていたのですが。)。

 元は、秀頼の妻だった千姫が、後年、「吉田御殿」に住んで、男と見れば「二階から」、「鹿の子の振り袖で」招いたという俗説からのものと言われますが、これもそうでは無くて、三河吉田の郭の話だと言われます。 
 今回は、初段・東屋(あずまや)、2,3段目・千鳥(ちどり)の女性主人公で話が進みます。

 近松は、平曲と能の物語を、成経と島の海女・千鳥の恋を入れ、それが、俊寛の都の妻を想って島に残る伏線となっていることや、俊寛が島に残るについて「凡夫心」を捨てられないなど、庶民に取っつきやすい物語にしました。まさに、近松の面目躍如と言った物語になっています。

 初演は、人形浄瑠璃で、享保4年(1719)です。
 因みに、私は、文楽を、平成29年2月に国立劇場で観ています。
 なお、今年は、平清盛の生誕900年に当たります。また、この公演は、芝翫襲名後の初公演となります。

 〈通し〉(因みに、23年ぶり)ですから、《喜界ヶ島の場》(第二幕)の前に、《六波羅清盛館の場》(序幕)があり、後ろに、《敷名(しきな)の浦磯部の場》(第三幕)、《同御座船の場》(第三幕)があり、妻・東屋を想う俊寛の心情など、物語が良く理解できます。それに、演出も工夫されています。

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三月歌舞伎(歌舞伎座)夜の部を、《桟敷席》で堪能しました ~玉三郎・仁左衛門、寄り添う二人にため息です。

3月16日(金)、
三月歌舞伎(歌舞伎座)夜の部
を、夫婦で観劇しました。

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 歌舞伎は、いつも、国立劇場で見ていて、歌舞伎座は、2013年5月に観た、《こけら落し公演》以来になります。

 いつも、国立劇場では、肩肘張って《通し》を観るのですが、歌舞伎座は、《みどり》で、まずは軽妙な出し物→景事→有名な出し物、となっていますので、寛いで、贔屓の役者を楽しみ、リラックスして時間を過ごせます。

 まして、今回の席は、次男のお嫁さんの配慮による1階《桟敷席》です。ま、ご近所さんにも自慢の一つもしたくなるほどです。
 桟敷席は、芝居を見るだけでなく、〈見られる〉席であることを留意しなければなりませんので、お洒落して出かけました。

 出し物は・・、

まずは、『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうら)』
 41年ぶりの片岡仁左衛門の鬼門の喜兵衛×板東玉三郎の土手のお六、夫婦役。
 《“孝”玉》コンビは、《こけら落とし公演》の時もそうでした。
 山家屋清兵衛は中村錦之助、髪結亀吉は板東亀造、庵崎久作は嵐橘三郎、油屋太郎七は板東彦三郎、芸達者の布陣で、鶴屋南北の特長である、字余り・字足らずの言葉の使い方、下座音楽の無い無音の台詞がスピーディに物語が運ばれました。

・・30分間の休憩。
 席に、お弁当が届きます。2段です。さらに、食後は、3階売店で買っておいた、〈おめでたい焼き〉を・・やや食べ過ぎ。

休憩後は・・、

神田祭
 これが良いんです。
 粋な芸者の板東玉三郎、鳶の片岡仁左衛門。
二人寄り添って、やや、はじらいます。玉三郎は、やはり、ホントに〈美しい〉。

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国立劇場・歌舞伎『世界花小栗判官』 ~ 色彩美の華やかさ、奇想天外の舞台。見せ場連続の楽しい初芝居でした。



 1月17日(水)正午から、国立劇場・歌舞伎、

通し狂言 世界花小栗判官 (4幕)』

を、妻と鑑賞しました。
 
 「演出上、開演後10分は、ご入場できません。お早くご入場ください。」と言われ、幕開きは、舞台一面、天空の星座。そこに、幾筋かの流れ星の美しい舞台でした。

 まずは・・、笑われそうですが、正直言って、人喰い馬・鬼鹿毛の曲馬(きょくば)乗り、が楽しめました。人、二人の入った、馬の足の動きも、首の動きも、さらに、碁盤乗りも、天晴れ、お見事 ! 
 荒馬の手綱捌きは、小栗判官兼氏、尾上菊之助【1977-・音羽屋・5代目】。

 次に楽しめたのは、漁師浪七の檀風(だんふう)の奇跡と大立回りです。
漁師浪七(実ハ美戸小次郎)は、尾上松緑【昭和50年-・音羽屋】。
 檀風とは、「太平記」からの、謡曲「檀風」から取り入れています。浪七は、自らの命と引き替えに照手姫を助けます。

 一転、滑稽で、笑わせて面白いのは、瀬田の橋蔵、市村橘太郎【昭和36年・橘屋】。
実の妹にも言い寄る、小悪党、鬼瓦の胴八、片岡亀蔵【昭和36-・松島屋・片岡市蔵の次男】との掛け合いも巧い。

 移ろう四季の華麗で美しい舞台に、大立ち回り、妖術、幽霊も入り混じり、最後には、深山(みやま)の家が、那智の大滝に転換する舞台装置。まさに、春を寿ぐ初芝居。大いに楽しめました。

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『今様三番叟』、『墨田春妓女容性』~華麗さと、吉右衛門×菊之助の熱演で、理屈抜きに楽しんだ師走の国立劇場歌舞伎でした。



 12月21日(木)正午から、国立劇場で歌舞伎、

今様三番叟
と、
墨田春妓女容性(通し)』

の二本立てを観劇しました。今年、見納め、の舞台鑑賞です。

 華麗な舞踏と、「芝居らしさ」満点の通し舞台で、肩が凝らない、楽しい舞台でした。
 後者では、吉右衛門の貫禄、菊之助二役の熱演と、錦之助の仕草が魅力的で目が行きました。

 特に、「本所大川端」の〈長吉殺し〉と、「梅堀由兵衛内」の夫婦の情愛は、感動しました。終幕は、「きょうは、これきり」で幕。やや尻切れとんぼ風ですが、いかにも「芝居らしい」幕で、理屈よりもこれでいいのでしょう。
 由兵衛の頭巾の訳が、仕草でもっとあらわれていれば、それに、一層のこと、「橋本堀外の場」の〈松の木〉で、アドリブがあれば、尚可でしたが。

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雨の擬音(雨団扇)、じわじわと心理的に追い詰められる出羽守(松緑)の演技に引き込まれました ~国立劇場・歌舞伎『坂田出羽守』、『沓掛時次郎』



 〈趣味の問題〉ですが、やや、国立劇場にマッチしない〈感じ〉を受けたのが、今回の《新歌舞伎》の演目です。やはり、私は、歌舞伎は、古典のほうが良いかな。
 それに、伴奏音楽、音曲、ツケ打ち、見得、などが全く入らないのは、歌舞伎としては、やはり、気分が盛り上がりません。

 同じような〈感じ〉を受ける人も多いのか、すこぶる空席が目立ちます。いつも、超満員の帰りの「新橋行き」臨時バスも、がらがらで、立っている人が誰もいません。

 11月15日(水)、正午から、国立劇場で、歌舞伎、

坂田出羽守(さかさきでわのかみ)』、
沓掛時次郎(くつかけときじろう)』、

の2本を、を妻と鑑賞しました。
 所謂、〈新歌舞伎〉です。すでに、〈予習〉していますので、ワンクリックでご参照ください。 

 《新歌舞伎》とは、明治後期から昭和初期に、劇場の座付き作者以外の劇作家によって書かれた歌舞伎の演目で、荒唐無稽な筋では無く、人間の心理描写などで物語が進み、これらによって、江戸歌舞伎の厚みが増したと言われます。なお、第二次大戦後の《新作歌舞伎》とは、区別されます。
 この日、昨年も見かけましたが、学芸大付属高校生徒の団体が来ていましたが、どうせなら、もっと「歌舞伎らしい」演目を選べば良いのに、と幕間に、余計なことを話していました。さすが、学芸大の高校生で、きちっと、〈対話〉が流れるんですね。

まずは・・、

坂田出羽守 (4幕)』
山本有三(1887-1974)生誕百三十年記念

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「大当たり!」仁左衛門の冷血漢ぶりと見事な早変わり二役の《華》 ~歌舞伎『霊験亀山鉾』(四幕)



 重厚な戯曲ではありませんが、紙芝居のような面白さがありました。舞台に、雨も降らします。妻曰く「あんなに濡れたんじゃ、明日、あの衣装は着られないわね」。

 10月12日(木)12時半から、国立劇場で、

霊験亀山鉾(れいげんかめやまほこ)」(四幕九場)

を鑑賞しました。すでに、〈予習〉は、6月2日にアップしています。クリックしてください。
 各幕、各場の冒頭の登場人物の会話から、それ以降の筋がネタバレのごとく、よくわかります。ですから、登場人物さえ理解していれば、〈イヤホンガイド〉など使わずに、台詞回しに集中することをお勧めします。

 若干、原作が改作されて、貞林尼の魅力が薄れ、おまけに(文蔵ではなくて)貞林尼が自害して肝の血を差し出します。あと、「興津法台院」の幕がないのが、惜しまれます。
 ちなみに、貞林尼。片岡秀太郎(1941-・松嶋屋。仁左衛門の弟。2代目。六代目片岡愛之助の養父。)。

 しかし、全編、楽しめます。

 藤田水衛門、八郎兵衛、の二役、片岡仁左衛門(1944ー・ 松嶋屋・15代目)の冷血漢ぶりが、見所。
 中島村荼毘の場、火葬の桶を打ち破っての登場、雨の中、おつまを殺しての見得は一番の見せ場でしょうか。「敵討ちの場」で、悪漢ぶりを発揮出来ないのは、体制秩序ゆえ(森山重雄解説「資料集」88頁)との説は納得します。

 (以下、下記の「続きを読む」をクリックしてお読みください。)

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秋。たくさん本を読んでいます。書くほうは、この際、一挙に、12月国立劇場歌舞伎公演、『隅田春妓女容性』も〈予習〉します。



 秋で、読書が進みます。今も、3冊平行で読んでいます。

山口晃 『ヘンな日本美術史』(祥伝社)
浅野秀剛 『浮世絵細見』(講談社選書メチエ)
藤森照信×山口晃 『探検! 東京国立博物館』(淡交社)

なお、600頁の大著、
芳賀徹 『文明としての日本』(中央公論社)
は、ほぼ読了しました。素晴らしい内容でした。
いずれ、感想をご紹介します。


さて、きょうは、
12月国立劇場歌舞伎公演

隅田春妓女容性(3幕)』、

《すだのはる げいしゃかたぎ》。
すだ》と読みます。
 いわゆる、「梅の由兵衛(うめのよしべえ)」を〈予習〉します。

 写真は、長谷川宗広(むねひろ)の錦絵。うり二つの小梅と長吉の姉弟が、金策で話し合う米屋の絵です。

 天明から寛政期の、江戸歌舞伎黄金時代の作家、初代並木五瓶、による寛政8年(1796)正月、江戸桐座【市村座の控櫓(ひかえやぐら)】初演で、その2年前の10月に、共に、江戸に下って来た三代目沢村宗十郎の為に書き下ろした脚本です。
 
 並木五瓶は、前記の江戸に下った翌年には、早くも、「五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)」が当たり、以後、沢村宗十郎の為に脚本を書いていきました。
 なかでも、この江戸前の侠客を主役とした、「梅の由兵衛」は、傑作の一つです。

 「由兵衛(よしべえ)」は、大阪(坂)の「板替の吉兵衛」という実在の人物です。
 両替屋で、銀をすり替ええるのを得意とした詐欺師の無頼感でした。

 この由兵衛が、元禄2年(1689)に、天王寺屋九左衛門の丁稚・長吉が両替に行くところを、家に連れ込み、夫婦でこれを殺害し、金を奪い、死骸を古井戸にほりこんだ罪で極刑にされています。
 
 本作では、由兵衛が、主の恩義に報いる為の金策中に、妻の小梅に頼まれた小梅の実弟・長吉が、工面した金を姉に届ける途中に、そうと知らない、また、実弟とも知らない、由兵衛が、長吉を殺してしまう〈悲劇〉が物語になっています。

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つづいて、11月国立劇場歌舞伎公演の2本目、 『沓掛時次郎』 を〈予習〉します。

 はじめに、今、読書中の本は・・・、

芳賀徹 『文明としての徳川日本』(中央公論社。1993年版)
吉田雄助 『デジタル遺品』(技術評論社 2017年8月刊)

 書斎から持って来て、
『日本美術絵画全集 24 渡辺華山』(集英社)
『渡辺華山』新潮社日本美術 20)

です。特に、「文明・・」は、夜、床に入ってから、時間をかけて読んでいる600頁の大冊、1993年版です。


 さて、前回の、『坂崎出羽守』に続いて、《2本立て》の、11月の国立劇場歌舞伎公演、
沓掛時次郎(くつかけときじろう)』(3幕)
を予習します。
 いわゆる、《股旅物》です。


 作者は、長谷川伸(1884・明治17年ー1963・昭和38年)で、昭和3年11月に「騒人」(村松梢風主宰)に、稿料無しで掲載されました。


 商業演劇の常識に反して、長谷川伸は、劇場や俳優から頼まれて脚本を書くのではなくて、雑誌「大衆演芸」、前掲誌などに、稿料無しで、当てなく、作品を書き溜めていたのです。

 本作品の場合、掲載後すぐに、沢田正二郎が。500円の、当時としては大金の上演料を払って、昭和3年12月に帝劇で初演されました。


 この作品は、作者の父・長谷川寅之助が、横浜で土木請負業をしていた時に、当時の、全国を旅かける土工(これを「西行」(さいぎょう)と言いました。)の徳という人物がいて、友人が死ぬ時にその女房・きぬと腹の子の面倒を見ることを約束して、二人の関係は〈きれいなまま〉面倒を見ていた、現場(帳場)で聞いた話が素材になっています。


 ちなみに、昭和4年にこの劇の再演中に沢田正二郎が亡くなっています。
 なお、作者・長谷川伸は、4歳の時に生母と生き別れ、昭和8年2月に48年ぶりに再会しています。これは、「瞼の母」(昭和5年「騒人」。ちなみに、「主人公の〈番場の忠太郎〉の名は、浄瑠璃「ひらかな盛衰記」の敵役〈番場の忠太〉から来ています。)の素材になっています。

 
さて、お話です・・、

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11月国立劇場歌舞伎公演『坂崎出羽守』を〈予習〉します。

 10月の、『霊験亀山鉾』は、すでに、6月2日に、〈予習〉が済んでいます。クリックしてください。

 11月の国立劇場歌舞伎公演は、
坂崎出羽守(さかざきでわのかみ)」

沓掛時次郎(くつかけときじろう)」
の2本です。

 きょうは、前者を〈予習〉してみます。それほど、込み入った物語ではありません。一般予約開始は、10月6日からです。

 『坂崎出羽守(4幕)』は、山本有三(1887・明治20年ー1974・昭和49年)の戯曲で、戯曲としては異例の、7か月で10版出版されました。自らも「快心の作」と述べています。今年、生誕130年に当たります。

 大正10年9月の「新小説」に発表され、大正10年9月市村座で初演されました。当初は、第1幕が、2場ありました。気分が高じていたのでしょう。

 初演は、尾上菊五郎(坂崎)・沢村宗之助(千姫)一座です。
 今回は、坂崎出羽守が尾上松緑、家康が中村梅玉で、国立劇場では、36年ぶりの上演となります。
 
 クライマックスの第4幕が、元和2年9月29日になっています。物語は、その前年、元和元年5月の茶臼山の徳川家康の陣に始まります。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

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漆黒の会場に浮かぶ舞踏の熱演。小尻健太、ヒューストンバレエ団ダンサーのコンテンポラリーダンスを楽しみました。



 7月22日(土)19時から、
千葉市美浜文化ホール(千葉市、JR京葉線「新検見川浜駅」)で、

千葉市・ヒューストン市姉妹都市提携45周年記念バレエ公演

を、妻と鑑賞しました。息子の推薦です。
 暑いので、昼過ぎに、ホテル・ニーオータニ幕張にチェック・インし、終演後も宿泊して、ゆっくり、楽しみました。


 照明が全て消えた、漆黒に包まれた会場に、幕が上がります。
 
 チェロの独奏。バッハ入魂の〈舞曲〉、シャコンヌ(仏語)。それは、冒頭8小節のテーマ旋律・和音提示から、30回の繰り返し構造のある至難曲です。ちなみに、この曲が好きな、私は、「シャコンヌ」をメールアドレスに入れています。
 ここからプログラムが始まって、古典バレエを間にはさんで、最後は、9・11アメリカ同時多発テロに係る作品をアレンジした、意欲的なプログラムです。
 鍛えられた肉体での、繊細な舞踏に引き込まれます。
 
 

総監督、小尻健太
(尻の字体は、本来は、九では無く丸。)
監督、楠崎なお
舞台監督、尾崎聡
照明、伊藤雅一 

 この劇場は、ダンサーとの距離感近い、約350席で、勾配も急で見やすい構造です。この日の観客は、バレエ好きが多いようで、拍手も要所をつかんでいました。ピアノ、チェロは、生演奏。席は、実質2列目。

 ところで、コンテンポラリーダンスとは・・、
仏語で、ダンス・コンテポランヌとも言い、非古典的、前衛的で、時代の先端を体現している舞踏を言います。

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歌舞伎『伊賀越道中双六』 ~雀右衛門(お谷)の嘆き、吉右衛門(政右衛門)・歌六(幸兵衛)「岡崎」圧巻の幕切れ。



 昨夜は、吉右衛門と阿川佐和子の対談集、『吉右衛門のパレット』(新潮社)を読んでいました。

 さて、3月8日正午から、国立劇場・歌舞伎公演

通し狂言 伊賀越道中双六』(5幕7場)

を鑑賞しました。
 写真は、命をけずるがごとき《莨切(たばこぎり)》。

 天明3年(1783年)4月、竹本座初演の、近松半二(1725ー1783)の人形浄瑠璃が原作です。

 今回の《通し》は、全10段中の、7段目「岡崎」がクライマックスの通しで、平成26年公演で、第22回読売演劇大賞・最優秀作品賞を受賞した作品の再演です。

 歌舞伎役者が、この賞を受賞した例はありましたが、歌舞伎作品として受賞したのは、初めてでした。
 歌舞伎が、浄瑠璃の本質に迫り、普遍的な人間テーマとして、現代に通じる演劇作品として評価されたのです。

 赤子殺しの故か、めったに観られない「岡崎」の公演で、一般的な6段目「沼津平作内」・「千本松原」はありません。私も、前回、鑑賞した2013年はやはり逆でした。
 因みに、上演は、原作の、2、3、7、8、10段目といったところでしょうか。

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歌舞伎『しらぬい譚』 ~《鳥山邸》の秋篠が惜しくも、見事な全改訂。筋交い宙乗り、屋体崩し、怪猫退治、蜘蛛の妖術・・《ピコ太郎》!?も。見所満載、楽しさ満点でした。



 写真は、菊之助の若菜姫。
 百人一首に、「君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ」とあります。
 今日の物語の「若菜」姫も、若菜は七草、天草四郎を七草四郎にして、その七草は若菜の面影があっての連想から若菜姫と、名付けられたようですが。

 17日(火)、国立劇場で、初春歌舞伎公演


『通し狂言 しらぬい譚(ものがたり)』(5幕)


を妻と鑑賞しました。
 黒田家のお家騒動に、島原・天草の乱も盛り込まれています。
 面白かった。とにかく、大仕掛け、見所満載。年初で、もう、今年のベスト舞台が出てしまった感があります。
 もう、「国立劇場歌舞伎」として、別に特長付けても良いほどの層の厚さを見せました。

 河竹黙阿弥(1816ー1893)、38歳の作品で、初演は、1853年2月(8幕)です。
 1954年(昭和29年)に歌舞伎座で「烏山屋敷」のみ上演され、1977年(昭和52年)3月に国立劇場で通し上演されています。

 今回の公演は、〈国立劇場開場50周年記念公演〉の一つで、国立劇場で、先行劇化作品や講談などを参考としながら、長期にわたる資料調査、企画検討を経て、新たに台本を作成したものです。改訂脚本は、同劇場の渡邊哲之。

 冒頭、海の場面で、魚師春吉(青柳春之助)でなく若菜姫が出てきて、ちょっと戸惑い、それよりも、三幕「鳥山邸(とりやまやしき)」での、乳人・秋篠(あきしの)【中村時蔵(萬屋)】の部分の改訂だけは、一つの見せ場が無くなったようで、これは如何かと思いますが、あとは、楽しさ満点です。

すずしろ・若菜姫・白縫大尽・尾上菊之助(音羽屋)
烏山秋作・尾上松緑(音羽屋)
烏山豊後之助・尾上菊五郎(音羽屋)
雪岡多太夫・市川團蔵(三河屋)
20日が誕生日の、平成18年生まれの子役、松禄の長男、尾上左近(音羽屋)も頑張りましたね。

 雪岡の娘・照葉、鷲津六郎など、さりげなく多くの登場人物が出ますが、この人物たちだけで物語を持っている、40年近く書き続けられた全90編の「合巻」(B6版程度の江戸時代の浮世絵入り物語)です。

 二度の筋交い宙乗り、しかも、二度目は蜘蛛の糸を派手に出しながらです。屋体崩し怪猫妖術猫四天との大立回り・・果ては、ピコ太郎まで登場の、考えられる見せ場を惜しげも無く出し尽くした感です。歌舞伎初見の方や、外国人、などは喜ぶでしょうねえ。

 時間的には、3時間弱ですが、理屈無く楽しめた舞台でした。

 帰りは、例によって、新橋の第一ホテルで、バイキングを食して帰りました。★

3か月にわたった完全通し忠臣蔵、いよいよ、壮大な伏線が第3部で大団円に ~国立劇場・歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』



 これを全て見た、しかも、競演の文楽も聞いた、というのは、やはり、大きな鑑賞実績でしょうね。

 12月12日(月)、妻と、永田町・国立劇場(大劇場)で、
 「国立劇場開場50周年記念公演」の歌舞伎、


仮名手本忠臣蔵』(第3部・4幕8場)


を鑑賞しました。
 10、11、12月、3か月にわたる、完全通し、の第3部、いよいよ最終です。
 お隣の小劇場では、やはり、〈満員御礼〉の札がかかった文楽の『仮名手本忠臣蔵』通し、が上演中です。こちらは、日、月曜日に行く予定です。

 第3部は、8段目「道行旅路の嫁入」から、注目の9段目「山科閑居」を経て、11段目「花水橋引揚げの場」までです。きちんと、順番どおり、省略無く、各段を観られるといいうのは、得難く、素晴らしい。
 11時から4時まで。途中休憩は、35分、20分、15分。因みに、35分の休憩には、《成城石井》で買った弁当を、20分には、劇場で買った《切腹最中》を食しました。

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〈落人〉の舞踏から、7段目〈茶屋場〉の長台詞までの名場面、見所満載。名演技を心から堪能しました ~国立劇場・歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』(第2部・4幕5場)




 暖かく、とても冬とは思われない、15日(火)、妻と永田町の国立劇場に。

 かつて、松竹独占と6代目中村歌右衛門の〈君臨〉していた歌舞伎が、1966年の国立劇場の完成によって、非主流にも門戸が開かれ、さらには、玉三郎(1950ー)らのデビュー・人気沸騰のきっかけとなった国立劇場です。

 現在の歌舞伎界は、この日、登場の、吉右衛門(1944ー)、菊五郎(1942ー)体制、とりわけ、吉右衛門(因みに、今年、襲名50年です。)の政治力が抜きんでているとか言われます。
 余談ですが、ご存知のとおり、吉右衛門の4女と菊五郎の息子・菊之助(1977ー)が結婚しています。

 その「国立劇場開場50周年記念公演」、「歌舞伎公演300回記念公演」の歌舞伎、


仮名手本忠臣蔵


 10、11、12月、3か月にわたる、完全通し、の第2部、いわば《中》編。
 今月は、「道行」から7段目「祇園一力茶屋」までを鑑賞しました。
 約40分の「道行」で、35分の休憩の後は、途中20分の休憩があるとは言え、約2時間ずつの5・6段、7段です。

 ところで、もう14日の、朝日新聞夕刊で、劇評(児玉竜一教授)が出ていて、すごく絶賛していました。
 その中で、昔、同じような大幹部の名演があったが、その時は、「ひびの入った骨董でもあった」・・なんて、スゴい表現がありました。
 余談ですが、私は、できる限り、特にオペラに関しては、主要劇評が出る前に、このブログで「感想」を書くようにしていて、あとで、見比べてツボがずれていないか、〈勉強〉するようにしています。

 さて、第1部で、塩冶判官が切腹し、断絶となった塩冶浪士の〈その後〉を、早野勘平とおかるの悲劇、復讐の機会を狙う大星由良之助の苦渋、おかると兄寺岡平右衛門の兄妹愛、が物語の今回の中心です。


 まずは、定式幕が、上手から下手へと逆に開き、通称、〈落人(おちうど)〉、「道行旅路の花婿」。
 江戸では、3段目「裏門」書き替えの浄瑠璃の舞踏(いわゆる、筋のある踊りで、清元です。)です。設定は、夜明けですが、明るい舞台に、菜の花、桜が咲き乱れ、富士山が遠くに霞む、戸塚の山中です。

勘平・中村錦之助(萬屋)
おかる・尾上菊之助(音羽屋) 
そこに、
鷺坂伴内・板東亀三郎(音羽屋)の滑稽さが光ります。花四天も加わって、勘平との所作ダテの舞踏化された立ち回りも。
 下手から幕が閉じたあとは、幕外での引っ込み。おかるは、腰元から、女房、苦界の遊女と人生が転変します。

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めったに観られない導入から、一気に刃傷、切腹〈通さん場〉へ、そして、圧巻、幸四郎の〈送り三重〉 ~『仮名手本忠臣蔵』(完全通し)に感動しました。



 6日(木)11時から4時15分まで。芝居の世界に、たっぷりと、ひたることが出来ました。楽しい一日でした。
 「国立劇場開場50周年記念公演」、ということで、

仮名手本忠臣蔵

 10、11、12月の、3か月にわたる、3か月間の〈完全通し〉の始まりです。今月は、大序から4段目、いわば、前、中、後編で例えるならば、前編、です。
 めったに観られない場面が満載です。

 まずは、開幕10分前に、定式幕の前で、口上人形(こうじょうにんぎょう)が出て、配役を読み上げます【口上の芸】。

 さらに、時代狂言の荘重な「天王立下(さが)り羽」の鳴物でのゆっくりした幕明きです。この間に、47回の拍子木が打たれます。
 元になっている人形浄瑠璃では、さっと、原作どおり戯曲に進みます。
 このあたり、本作品などを契機に、序々に、歌舞伎人気が文楽を抜き、逆に、文楽が〈歌舞伎化〉していった訳がわからないでもありません。

 ただ、竹本(浄瑠璃)は、文楽の太夫が一日の長、重厚さが感じられるのですが。

 やはり、筋が良く出来ています。作者は、二代目竹田出雲(もとの、小出雲)、三好松洛、並木千柳(宗輔)の合作です。
 それを、〈完全通し〉で、「力弥使者」、「松切り」、「文使い」、「裏門」、「花献上」なども省略なしですから、登場人物の心や物語の経緯が十分に理解できます。
 ちなみに、切腹の場面は、前後計50分間は、入出場できない〈通さん場〉です。アナウンスもされました。

 なんと言っても、通し、は良いですね。

 前半は、・高(武蔵守)師直(こうの(むさしのかみ)もろなお)、市川左団次(高島屋。石堂右馬之丞との二役。)の、憎々しい、
 塩治判官高定(えんやはんがんたかとき)、中村梅玉(1946ー、高砂屋。歌衛門の養子)、
と、
 桃井若狭之助安近、中村錦之助(萬屋)
いじめ。

 合間に、2つの若い恋が入ります。間が良いですね。
 早野勘平は、中村扇雀(成駒家)
 腰元・おかるは、市川高麗蔵(高麗屋)

それに、
 大星力弥良春(内蔵助息子)は、中村隼人(萬屋)
 小浪(加古川本蔵の先妻娘)は、中村米吉(播磨屋)

もう一人の忠臣とも言える、
加古川本蔵の市川團蔵(三河屋)や
チャリっぽい敵役、
鷺(さぎ)坂伴内の市村橘太郎(橘屋)、
も熱演が印象に残ります。

 そして、クライマックス、

大星由良助良兼(おおぼしゆらのすけよしかね)、松本幸四郎(高麗屋)
の、せりふの多い、重厚な肚芸をたっぷり見せる演技と、苦悩に満ちた城明け渡しの〈送り三重〉で幕。来月に続く、わけです。

 素晴らしい舞台でした。
 筋も、ポイントもわかっているので、ゆっくりとリラックスして、各幕間には、お弁当も、おやつも食べて、妻と観劇しました。
 ちなみに、来月、11月のチケットは、4日の〈あぜくら会先行発売〉で、ほぼ同じ席を入手しました。 

 なお、「予習」で書きましたが、赤穂浪士の討ち入りが題材ですが、当時は、そのままの劇化は許されないので、「大平記」時代に移して、役も、実名とは変わっています。例えば、塩治判官高貞(えんやはんがんたかとき)は、浅野内匠頭長矩(赤穂藩主・35歳)です。ただ、鷺坂伴内や内室・顔世(かおよ)は、創作です。
 このブログでの予習は、下記をクリックしてください。★
http://kandoujin.blog48.fc2.com/blog-entry-694.html

鈴本演芸場に、昼の部を楽しみに行きました。人それぞれですが、私は、盛り上がり今一つ、に感じました。


 24日(火)12時半から、

上野の鈴本演芸場

で、昼の部の寄席を聞きました。
 12時開場の45分前から、行列しました。本当は、そんな必要は無いのですが、13列目にある、2席だけの席を家人と取りたかったからです。勝手に、《カップルシート》と名付けています。
 余談ですが、この日は、暑く、〈松坂屋〉で買っていったカット・フルーツのスイカが美味しかったこと。

 この日を選んだのは、
三遊亭歌武蔵【三遊亭圓歌一門 83入門】が出るからです。

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〈満員御礼〉、の国立名人会・「圓歌一門会」で、たっぷり、爆笑の3時間でした。

 雨上がりの東京・永田町、国立演芸場で、家人と、1時から4時過ぎまで、国立名人会「圓歌(えんか)一門会」を堪能しました。入り口には、〈満員御礼〉の札が。
 国立劇場での噺は、度の過ぎた脱線がなく、きちんとプログラム通りの噺が聴ける一方、その日のマクラ【前置きの話】がどれも面白い。特に、今回は、一門なので、見事なバランスです。
 この日、まずは、最初の数人は、「そんな柏手みたいな拍手しないでください。」とか、「そちらは笑う、こちらは笑わせる、共同作業なんだから」・・手を変え品を変えの盛り上げが抜群。

出し物は・・、

三遊亭歌橘(かきつ) 「電報違い」【師匠直伝のネタです。】
三遊亭多歌介(たかすけ)「浪曲社長」【師匠往年の得意ネタです。】
三遊亭歌武蔵「岸柳島」
三遊亭歌司(うたじ) 「百川」【総領弟子の神田祭の話】

ー仲入りー

三遊亭歌之介「替り目」【爆笑王、スパースターの面目躍如】
三遊亭小円歌〈三味線漫談〉【後半は、名人たちの出囃しを聴かせました。】

そして、
いったん幕がが降りて【小円歌によると、この間に歌武蔵らが師匠を舞台に〈運ぶ〉んだとか。】、85歳
三遊亭圓歌 「芸歴70周年 圓歌の道標」を約30分。

 師匠は、小柄で、温泉に行って、「おーい、いい湯だよ」と言われて行ってみると、〈足湯〉に浸かっていたとか、出番は10分でも毎日5時間酒を飲んでいるとか、師匠は虫歯一つありません、全部入れ歯だとか、弟子たちの、爆笑師匠ネタも満載。繰り返しますが、皆、マクラの話も抜群に面白い。

 私の好きな歌武蔵は、やはり「ただいまの協議について説明します。」と大相撲の物言いのアナウンスで登場。

  
 寄席を楽しんだ後は、例によって、第一ホテル東京のディナー・バイキングを味わいました。ビル街なので、日曜日は、比較的ゆっくりできました。★

見所満載。新春、初芝居らしい絵巻物のような白浪狂言、菊之助も圧巻 ~歌舞伎『通し狂言 小春穏沖津白浪(小狐礼三) 4幕』

 正月もとうに過ぎたのに、深更までの読書や、馴染の少ない、オペラ《ルル》や《真珠採り》などの予習の楽しさに、うつつを抜かして、ブログ・アップをしていませんでした。 

 さて、観劇始動。
 これが面白かった。

 正午から、国立劇場で、
新春歌舞伎公演、河竹黙阿弥生誕200年記念

通し狂言 小春穏沖津白浪(こはるなぎおきつしらなみ) 小狐礼三(こぎつねれいざ) 4幕』

を鑑賞しました。
 
 まさに見所満載。趣向を変えた再三の狐の登場と妖術、〈雪月花のだんまり〉から、幕を使わない見所変わり、舞台全面を使った鳥居での大立ち回り、花道をゆく船の引っ込み、そして、盗賊(白浪)名乗りの名台詞・・、と芝居の楽しさを大いに満喫しました。

 おだやか(「穏」やか)な「小春日より」に、「沖」にたつ「白浪」(白浪、は中国の故事による盗賊の出た地名が転じて、盗賊のことを言います。)。
 この芝居に関係ありませんが、万葉集に、〈風吹けば沖つ白浪竜田山夜半にや君がひとり越ゆらむ〉などという有名な句もありますね。〈沖つ白浪〉とは、大荒れの時にたつ危険な白波のことです。

 河竹黙阿弥、元治元年(1864)11月・江戸市村座初演
の作で、昭和9年の木村錦花増補【佐助稲荷】。
 国立劇場改訂(平成14年)による、平成14年復活上演されたものの再演です。理屈なんか抜きで楽しめる舞台にしているのは、大成功と言えます。
 原作での、幸兵衛の暗い物語はカット、生首は頭蓋骨にし、終幕も大団円、と改作していますが、これも成功です。

 原作は、定石どおり、幕府を慮って、江戸時代を避けた室町時代。鎌倉〈新清水寺〉、つまり〈しんせんすいじ〉は、〈しんきよみずでら〉と言いますが、実は、鎌倉でなくて、上野寛永寺・清水観音。〈矢倉沢〉は、実際は、沼津でなくて赤坂。〈大磯〉は吉原です。

 大盗賊、小狐礼三、船玉お才、日本駄右衛門の物語です。

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師走の一日を心行くまで楽しめました。「これにて成仏得脱(これで成仏できるだろう)」か ? ~ 歌舞伎『通し狂言 東海道四谷怪談』

 クリスマス・イブ。あまり、街中にも、人々にもそのような気配が伺われず、特に、乗り物の中は、仕事に疲れて、なお、スマホを見ている人ばかり。

 国立劇場で、正午から、

通し狂言 東海道四谷怪談 (3幕10場)』

を鑑賞しました。

 このところ、観る舞台が〈当たって〉いますが、この日もそうでした。
 ただし、千秋楽近いので、「上演資料集」は、もう〈完売〉とかで、買えませんでした。その言い方が、気に障るの・・。

 本作は、もともと、「仮名手本忠臣蔵」(1825年・中村座初演)が背景となった、併演作【初演時に、2作を、2日かけて、交互に半分ずつ上演したもの】ですから、この時期の上演も違和感はありません。

 今回は、冒頭、真っ暗になった場内に、〈鶴屋南北〉が、花道の「切穴」から登場して、それを解説し、幕開けと大詰も、忠臣蔵の物語です。

 終末「仇討ちの場」は、やや蛇足の感もあり、「地獄宿」などをカットした価値と比べると如何か、とも言えますが、演出の首尾一貫という点からは肯首できます。
 演出と役者の芸質で、舞台はかくも変わるのだ、ということがよく分かる舞台ではありました。

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三島由紀夫『金閣寺』を追っての一日でした ~松本徹氏の講演と、本番ステージを使っての朗読劇・ステージ見学を楽しみました。

 11月は、長かった・・。

 2つの講演会、METオペラビューイング、オペレッタ、歌舞伎、
 孫の学習院初等科文化祭、さらには、
 民生委員研修会での女性漫画作家との〈対談〉司会、もう一つの民生委員研修会役員としての世話役、バスで一日かけた民間委託刑務所の視察研修、
 そこに、間が悪く、ひどい腰痛に加え歯痛の治療。
 一体、どうなることかと思いましたが、すべて何とかクリアしました。ブログの更新の間は空きましたが・・・。


 その、忙しい11月の、きょう(日曜日)は、フィナーレ。

 13時から、横浜・山手の神奈川近代文学館で、12月6日(日)に観る、オペラ『金閣寺』の関連催しの、初旬の片山杜秀氏講演「黛敏郎と〈金閣寺〉」に続いての、今度は、山中湖文学の森・三島由紀夫文学館館長、


松本徹(とおる)氏講演・『三島由紀夫と〈金閣寺〉』


 を聴き、それが終わって、16時からは、神奈川県民ホールで、


日本語による朗読劇『金閣寺』


75分、です。
「日本語による」とあるのは、このオペラは、クラウス・H・ヘンネベルクのドイツ語台本上演だからです。 
 なお、朗読劇終了後、舞台見学ツアーもありました。

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100年ぶりに復活させた悲劇の〈兵庫之助〉吉右衛門、華麗な残酷さ〈お船〉芝雀。さらに、周囲にはマナーの良い高校生の団体がいて ~11月国立劇場・歌舞伎公演『神霊矢口渡(4幕)』で、歌舞伎の面白さを堪能しました

 昨日までの雨も上がり、11月・国立劇場、歌舞伎公演『神霊矢口渡』を鑑賞しました。

 〈通し狂言〉ですが、原作での3、4段目が骨格です。
 富豪・三井元之助から依頼された、福内鬼外(平賀源内)の、この作品は、過去の名作のアイディア借用も多いせいか、いかにも、歌舞伎らしい作品です。
 特に、1802年以降に加った段の、団十郎であてた、「頓兵衛新邸」は、やはり、見応えがあって、面白い。
 
 国立劇場の歌舞伎は、「歌舞伎座」のような、〈みどり〉公演ではなく、今回のように、研究、復活した〈通し〉狂言が多く、役者の華には、少々欠けますが、「戯曲」そのもの、を味わえるのが特長です。

 今回は、100年ぶりに復活した「由良兵庫之助新邸(しんやしき)」の、
・・新邸、とは、兵庫之助が、寝返ってから与えられた、新しい屋敷のことです・・

 由良兵庫之助に扮した、二代目中村吉右衛門(播磨屋。1944ー)の、義太夫節とツケ打ちに合体したように演じられた、忠義の為に自分の子を殺した、悲劇のクライマックスが感動的でした。

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もう一度観られて、本当に良かった。感動です。超絶技巧、圧巻のダンス「ボレロ」を34年ぶりに鑑賞しました。 ~映画『愛と哀しみのボレロ』(仏)

  原題は、「Les Uns et Les Autres」。

 「愛と哀しみの・・」という日本題は、何となく面はゆい題名だな、と当時から思っていたのですが、今日、34年ぶりに観てみると、ある意味、なかなか当たっているかな、とも思いました。

 19日(月)に、恵比寿ガーデンシネマで、1か月間(11月13日まで)公開している、デジタルリマスター版・リバイバル公開(3時間5分)、


映画『愛と哀しみのボレロ』(仏)


 を鑑賞しました。日本初公開は、1981年10月。ちょうど、34年前のこと。私、30歳代はじめ。

 映画の物語も、1936、7、8、9年~1960年代にわたる、パリ、ニューヨーク、モスクワ、ベルリンを中心とする2世代4家族の、主に音楽家人生を、まるで織物、のように構成し、描いたものです。
 織物、のようなんです。うまい構成。それだけに人物相関図でも頭に入れておかないと、大半の親子が2役で演じられていることもあって、理解しにくいところもあります。

 ちなみに、私は、今回観るにあたって、登場人物の相関図を書いて、常に、それを頭に浮かべながら観ていたのですが、劇場ロビーにも、縦軸・横軸、逆の表記でしたが「相関図」が貼ってありました【写真】。

 映画冒頭に、米国の女流作家・ウィラ・ギャザー(1873ー1947)の言葉が画面に流れます。

・・人生には2つか3つの物語しかない
  しかし、それは何度も繰り返される
  その度ごとに初めてのような残酷さで・・・

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中村壱太郎の熱演に好感度アップ ~歌舞伎「伊勢音頭恋寝刃」。併せて、国立劇場のホール・サービスにも一言。

 秋晴れ、14日(水)。これから、毎月、歌舞伎も鑑賞しよう、ということで、今月、まずは、文楽との競演でもある、

 東京・国立劇場、歌舞伎、

 「通し狂言 伊勢音頭恋寝刃」(いせおんど こいのねたば。3幕8場)

に夫婦して参りました。
 席は、「大向こう」、つまり、3階最後列。しかし、国立劇場は、奥行きが浅いですし、勾配が急なので、特に、ご贔屓がいない私は、ここで十分です。因みに、値段は、1,500円です。

 余談ですが、夫婦で歌舞伎に行くと、終演後の夜は、いつも新橋、第1ホテルの世界バイキングで、年甲斐も無く満腹になり、その後、気楽な老夫婦のこと、帰るのも億劫だからと、泊まっていくこととなります。今回も、そう。

 さて、「伊勢音頭恋寝刃」は、どうしても、文楽との比較、という見方になりますが、歌舞伎のラストは、文字通り〈砂切り〉、ま、終わってつべこべ考えさせないこと、が生きてくる〈夏芝居〉です。団扇も、たくさんうち並びます。

 何よりも、お紺役の、中村壱(かず)太郎(成駒屋。1990ー)が、好感持てる熱演です。人気が出ますね。
 祖父・四代目坂田藤十郎、父・中村雁次郎(成駒屋)ですね。

仲居万野、中村魁春(加賀屋)、がもう少し、しみ出るような意地悪さを発揮するかとも思いましたが、
中村松江(成駒屋)、演ずる油屋お鹿
【平成18年の襲名は、「伊勢音頭恋寝刃」の今田役】
が、印象に残る演技。

今回は・・、

6世中村歌衛門(成駒屋)の子(養子、芸養子含む。)、
先ほどの、中村魁春(加賀屋)のほかに、
中村東蔵(加賀屋)、演ずる福岡貢の叔母おみね、

立役頂点の一人、中村梅玉(高砂屋)、演ずる福岡貢
 【平成2年の襲名は、「伊勢音頭恋寝刃」の福岡役】

さらに、東蔵の長男、
さきほどの、中村松江(成駒屋)、といったところが見所の布陣。

また、正直正太夫、料理人喜助は、上方の伝統を守りたい、中村雁次郎(成駒屋)【父は、坂田藤十郎、母は、扇千景】です。

 もともとの劇が一夜漬けですが、演出が、割合早いペースの進みで楽しめました。

 さて、この日、劇場では、サービスなども含めた「アンケート」を入場者全員を対象に行っていましたが、この際、気づいたことを一つ・・。

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大じかけ、絢爛、楽しみ満点の正月舞台でした ~国立劇場・初春歌舞伎公演『通し狂言 南総里見八犬伝』

 歌舞伎の重鎮・渥美清太郎(1892ー1959)が、昭和22年に脚色した台本(10日ほどで、馬琴28年の作を5時間に圧縮したのは驚異的です。)をもとに、大じかけと絢爛さがパワーアップした、新台本の、いわばオペラでいう、プレミエ公演。

 この日は、お正月ともあって、ロビーでは開演前に獅子舞も行われ、最後に、舞台からの手ぬぐいまきも。【写真は、ワン・クリックで拡大できます。】

 お正月にふさわしい、楽しさ満点の舞台です。この際、戯曲要素が薄くなっての〈ミドリ〉傾向などには、目をつぶり楽しみましょう。この日は、妻と二人で鑑賞。

 

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幸四郎は、50年ぶりの濡髪通し。染五郎は、華麗に早替り・宙乗りなどの趣向 ~ 歌舞伎『双蝶々曲輪日記』を、心から、楽しみました。

 7日(火)、東京・国立劇場で、

歌舞伎・通し狂言、
双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)』


を楽しみました。
 先月は、これを文楽で聞いて、この日は、歌舞伎です。文楽は、半通しでしたが、歌舞伎は、通しでの上演です。
(文楽公演の感想は、少し前の記事、http://kandoujin.blog48.fc2.com/blog-entry-549.html です。)

 高麗屋・松本幸四郎、
50年ぶりの「濡髪」役、通しです。

 作品については、すでに詳細に「予習」していますが、
( http://kandoujin.blog48.fc2.com/blog-entry-526.html  です。ワン・クリックしてください。)

 この作品は、竹田出雲、三好松洛、並木千柳の、「忠臣蔵」「手習鑑」「千本桜」を書いた、最高合作トリオになるものです。

 しかし、この作品は、初演4年前の「夏祭浪速鑑」に似ているからか(同作の団七九郎兵衛と一寸徳兵衛)、当初、あまり評判にはならず、歌舞伎で演じられて以降、人気狂言となりました。

 この日も、実に楽しめた〈お芝居〉でした。歌舞伎で、人気が出たのがわかるような気がしました。

濡髪長五郎は、高麗屋・松本幸四郎
放駒長吉、与五郎、与兵衛三役は、高麗屋・市川染五郎
都 後、お早は、京屋・中村芝雀
吾妻は、高麗屋・市川高麗蔵
母・お幸は、加賀屋・中村東蔵 

 余談ですが、この日は、妻も同行。二人でいると、20分の休憩には、国技館名物の焼き鳥とか(相撲の芝居ですから販売していました。)、35分の休憩には、お稲荷とか食べて、のんびりリラックスしての観劇です。

 筋も、分かりやすくなってます。また、細かいところは、文楽と異なっていて、これも理解が進みます。

 特に、「浮無瀬」(浮無瀬は、料理屋の名です。)と「清水観音」をアレンジした「新清水」で人間関係が明確になり、南与兵衛の佐渡七殺しもあって、人間関係などが分かりやすい。


 舞台も、
放駒長吉、与五郎、与兵衛の三役を演じる、
高麗屋・市川染五郎の、
与五郎と与兵衛、与五郎と放駒長吉の〈二役早替わり〉、与兵衛が傘をさして清水の舞台から飛び降りる〈宙乗り〉や、与五郎の〈つっころばし〉ぶり、など、趣向たっぷりです。


 ところで私、今、12月文楽公演の、

紙子仕立両面鑑(かみこじたてりょうめんかがみ)』「大文字屋の段

予習をしているのですが(近日、アップします。)、「300両」とか、「贋金」とか、「楠葉」とか、同じような言葉が結構出てくるのに気づきました。

 さて、終演後は、劇場発の臨時便で新橋に出て(このバスに乗ろうとして、いつも、芝居の余韻も無いのですが)、おなじみの、第一ホテル東京で、ディナー・ブッフェと相成りました。★

遊三の「柳田格之進」をじっくり味わい、落語の良さを認識しました~国立名人会・遊三一門会。

 土曜日、18時(終演・21時半)から、半蔵門の国立演芸場で、

国立名人会・四代目三遊亭圓馬系の「三遊亭遊三 一門会」、

を楽しみました。席は、2列目中央です。
 ここの舞台は、綺麗ですし、お客さんもお行儀がよい。ただし、噺家もお行儀がよく、あまり羽目をはずした話はしないように感じます。

この日は、前座・遊里(09年入門)から。

とん馬(とんば。82年入門)「犬の目」、
踊り・《かっぽれ》も良かった。

遊吉(82年入門)「権助芝居」、
ヴァイオリン漫談・マグナム小林、


中トリ、三遊亭小遊三「金明竹」。
小遊三は、テレビ「笑点」でおなじみですが、じっくりと古典を聴かせました。私と同じ、1947年生まれです。68年入門。出囃子は、ボタンとリボン。

仲入り後は、
左遊(69年入門)「真田小僧」。やや、元気不足は、腰痛のせいでしょうか。


漫才・ナイツ

トリは、三遊亭遊三柳田格之進」。


 ときどき舞台に出て、座布団の手当をするのは、宝塚男役風のごとき、小遊三の孫弟子、女性前座・遊かり(12年入門)。

 国立劇場の寄席は、一人ひとり、じっくり聴けるのが良いですね。
 トリの、三遊亭遊三「柳田格之進」は、40分を超えていたと思います。いやー実に良かった。語り、噺の真髄ですね。
 1938年生まれですが、カクシャクとしています。出囃子は、お江戸日本橋。

 ナイツ(落語芸術協会・小遊三門下)がもうちょっと聴けるかと思って期待していたのですが短い。でも、例によって、時事ネタ満載で抱腹絶倒でした。


 次回は、阿刀田高さんの講演会に行く予定です。★

プロフィール

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Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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