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「古本いち」で、謡曲の本を買い、昔を想う。

 きょうは、暑いです。昼に、市民団体が毎月第4木、金、土に開いている「古本いち」に行きました。(例によって、写真は、Wクリックで大きくなります。)
 この「市」も、昭和57年11月から始まり、今年で27年目です。きょうは、小学館の「日本古典文学全集 45 浄瑠璃集」を、525円で買いました(元値は、3200円)。新品同様です。
 他にも、「ホフマン全集」(創土社。出版は、全10巻)があったのですが、第8巻だけだったので諦めました。素晴らしい装丁です。

 さて、私が勤めていた頃は(この段落からは、年寄りの回想話です。)、大体、年間に200冊以上、本を買っていたように思います。 仕事の本は、几帳面に、全て最初から最後まで全頁を読むわけではありませんし、すぐ読みたいですし、図書館なども利用している暇がないので、どうしても買ってしまう本が多くなります。

 本とそれにもう一つ、仕事のための参考や、アイデアを熟成させるための、自腹での「視察」が、自己啓発2本柱でした。
 読んでは、どこかに行って観る、疑問が沸けば又読む。その中から、何かを、仕事に反映させる。前任者のやり方は「どこか変える」、のが「生き方」でした。だから、前任者の「引継ぎ資料」なんて、そのまま引き継ぐために見る、というより、象徴的に言いますと、違うことをする(発展、飛翔も含めて)アイデアを探すために見る、ようなものでした。

 若い頃は、収入が少ないので、本代が大変でしたが、管理職になった頃から、ほしい本を、どんどん買えるのが嬉しかったものです。
 また、自腹でどんどん視察し、行った先では、すぐに帰らずに、必ずホテルに泊まって、何かほかの全然関係ないものを見たりして「付加価値」を探して帰る、家族と離れて、じっくり一人で「思索」する。これがポイントでした。(若い頃は、広い意味での24時間仕事、でいいんすよ。ですから、あまり几帳面に「超過勤務手当」の請求もしませんでした。ルーティンワークの24時間ではありませんよ。ただし、家族をないがしろにしているのではありません、私の趣味は、「家事」ですから。)
 自分の持っている専門知識や、同質化している職場や、周囲からの「耳学問」の知識では、「ちょっと飛び出す知識」はあまり得られません。

 だいぶん、年寄りの話になりました。反感が出る前にやめます。
 これは、それぞれの、生き方の話になりますから、多様であっていいのです。

 でも、管理職も長く務めると、どうも、(年寄りじみますが)、若い人の「仕事の姿勢・仕方」をどのようにのばすのか(特に、小さな組織で、異動が限られる場合など)や、気になる「人あしらい」の拙劣さ、それに同じ管理職として後輩の「管理職の問題点」が、目につくんですよね。
 その意味で、すっぱり、引退してよかったと思います。「再雇用(任用)」などでは、いろいろ気になってもあまり口を出せませんし、周囲も、遠慮も含めて、真剣に受け止めませんからね。
 
 明日は、孫が来るのでレストランも予約しました。楽しみで、早速、家の掃除を始めました。
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朝食を食べつつ、「感動」ということを考えました



 朝食は、妻が出かけてから、ゆっくりと食べます。今日は、レタスサラダにハムエッグ(焼き方は、サニーサイドエッグ)、パンケーキ、2枚、といった「メニュー」です。
 もともと、「趣味」は、家事で、昔一度、休みの日に妻が洗濯を干していると、たまたま、隣の奥さんも洗濯干しをしていて、「今日は、ご主人ご病気か何かですか・・」と声をかけられたほどです。考え事は、「家事をしながらする」のが一番よいタイプです。

 さて、「新版歌祭文」の予習をしてから、少し、考え込みました。 
 「感動」だけでよいか、ということです。
 つまり、今、観た出し物を、素直に、一生懸命、理解しようと努力し、「感動し」、ただそれを語るだけでよいのかな、ということです。
 
 例えば、文楽です。理解すればするほど、今の上演方法で、見所の段を、台本の順序ではなく、1部と2部に「うまく」散らしたり、原作にある段を省略したり、改変したりしています。また、文楽は、古典文学や歌舞伎の「原点」ともいえるのにもかかわらず、多くの(勿論、例外はあります。ただ、私の経験した範囲では。以下同じです。)自治体などの「公共ホール」の職員なども、洋楽、演劇の知識はあるが、文楽や日本の古典を観たり、勉強したことのない人がきわめて多いのです。

 また、例えば、能です。ファンが拡大しない、と言いつつ、「永遠の古典」性の認識がぬけず、これも、「公共ホール(多目的ホール)」の職員なども、きちんと、能について議論できる人材が少なく、能を「ホール」で上演しても、能楽堂と同じ層の観客が、同じ感覚で、しかも、多くの空席で入るだけになっています。また、能が、当時に比較した3倍の長さになっていたりすることへの問題意識が希薄です。一方で、お祭り的な薪能は大人気です。
 
 また、例えば、オペラです。多くの「公共ホール」などは、洋楽中心で、時に、1オペラの上演に、約3~4千万円と、1年~2年の準備期間と、数か月の練習期間がかかりますが、このことに理解が得らない。
 また、「公共ホール」は、コディネイトできる人材が少ない。ホールや運営も「管理規則」にしばられいて、思い切った運営ができない。
 それらの結果、外部プロダクションや有名学者へ「丸投げ」になり、人気のある有名オペラや人気アーティストの上演、反対に、学者のペダンチックな出し物となり、市民からの意見、批判(市民の意見はしばしば自分の好みが土台となるときがあります。)に、きちんと答えられない。 「レアな」演目に対しては、経営的観点から批判されたり、また、仲間うちの招待客で席を埋めることが行われることが多く見受けられます。それで、ますます、公的団体では納税者が、オペラ、レア物には白い目で見ることになります。

 この3つは、通じるものがある、仲のよいジャンルで、例えとしてあげましたが、他のものも、大同小異といえるでしょう。

 そこに持ってきて、「公的ホール」である場合は、役所から、さらなる効率化、収支改善が求められています。それに対して、多くの公的団体は、独自の哲学がなく、それに従うか、「商業主義」に迎合して、自主的に出し物を「入り」のよいもの、あるいは入りのよい「方法」に改変してしまいます。

 「事業仕訳」的発想では、もっと「ニーズのある出し物」を、「経済効率的に」公演すべきだ、ということになろうと思います。しかし、その前に、今の出し物がどのような状態にあるか、そのままでよいか、どうすればいいか、それは民と官がどう分担すればいいか、といった芸術に対する「哲学」がきちんとなければならないと思います。

 ただ、ニーズのある、感動できる出し物をやっているだけでは、進歩はないと思います。
 それに、そもそも、「公共ホール」などでは、出し物の決定方法が、年に1、2度形式的に開かれるだけの理事会や芸術知識のない管理職の決裁権や、仲間内の数人の合議や学者「丸投げ」、詳しい職員の企画、が多くなります。そして、「行革命令」には真っ先に従います。あまり、「芸術的」では無いところが多いのです。

 観衆側も、ただ、観た舞台を感覚的に、感動した、という物差しや、ご贔屓さんの芸に浸るだけで測るのではなく、もう少し、「理屈っぽく」観る習慣と根気があってもいいと考えます。そういう態度が芸術をのばしていくのではないでしょうか。

 いろいろ、解決方法は考えられるでしょうが(事実、オペラ分野では、小さなNPO団体の上質なオペラ公演などが、200人以下の小さなのホールで数日間連続公演したり、といった試みが目に付きます。)こんなのも、面白いと思います。
 たとえば、「芸術を、きっちり、鑑賞する、初心者、研究会」を、ホール側と鑑賞者側などで作るというようなものです。
 
 「きっちり」というのは、単に、その舞台を評論家風に感動や評価を語るだけでなく、来し方、行くべき方向を持って語り、その感性を磨き、勉強することのうえで感動します、できればみんなで、ブログなどで発信します。
 「初心者」というのは、ベテランは、自分の好み・評価が固定し、問題点を心理的に「止揚してしまって」いる場合が多く、青臭い議論が抜けてしまいます。それに対して、熱心な初心者は、結構、理論をきっちり予習し、またジャンル横断的に同じような問題点を発見し、観られますので、このような課題にナイーブではないか、と思うからです。音楽ボランティアというと、詳しいひとばかり集まることの逆の発想です。
 「会」で、というのは、一人での勉強よりも視点が多様になるから、です。また、ゆくゆくは、何らかの「行動」も可能だからです。ま、会がなくても、いろいろなブログ発信者の方が、多少でも、このような観点を意識的にもって、ブログ提携してもいいのですがね。

 ゆっくりものを考えられるようになると、多少視野も深まってきたようです。でも、少しとり止めの無い無い文章になってしまいました。同業の方には、元同業からの生意気な発言ですが、心の悩み?ですからお許しください。
(なお、今回は、あえてご覧いただかなくてよいのですが、写真は、Wクリックで大きくなりますので、念のため。) 

役所が職員を送り出すときに・・

 民間財団であっても、役所の「出資比率」が高いと、当然、役所からの職員の「出向」者も多くなります。この場合、私のいたところでは、少なくとも、「出先」だからといって、人事が軽んじられることが無く、優秀な若手の人材が、数年サイクル(だいたい4年)で出向してきました。

 ただ、役所側は、職員を「送り出す」ときに、管理者や一般事務職で送り出すならば、労働基準法、税法とか私会計、簿記などの最低限の基礎知識を与えてあげなければ、だいぶん本人も、周囲も、苦労してしまいす。

 役所は、「公務員」ですから、地方組織ならば、例えば、「地方公務員法」が適用されますので、よほどのことが無い限り、「労働基準法」の精神や法令自体になじみがありません。よく芸術関係にありますが、組織内で、「兼職」の議論が出たとします。公務員法は、身分として原則禁止ですから、役所の職員は、その発想で、疑いなく議論して、結論を出しかねません。あらゆる場面で、「公務員法」の発想が出てくるのは、長年の生活、昇進試験のからみで仕方ありません。

 ですから、36協定やその代替措置も知らないで、平気で、就業規則を変えたりもしてしまったりします。穿ちすぎかもしれませんが、役所の出資団体だと、もうちゃんとやっているものと思われているのしょうか、労働基準監督署もあまり目をつけないようです。労働時間管理もルーズになりかちです。

 民間財団は、労働基準法を物差しとしなければならず、出向職員は、このあたりの発想の転換に苦労ています。上司も、「出向」公務員で、このあたりの問題意識が無いと、なおさらです。

 公務員の事務職が出向して、事務(総務関係、予算・決算関係など)をこなすことになった場合に、貸借対照表も読んだことがないのに作らなければなりません。職員の労務関係や、社会保険関係、税法関係・・皆初見なことばかりで、大変です。

 ですから、的確な予算、決算分析や他の職員、新規採用職員、退職職員などへの的確な労務アドバイスなど、なかなか出来ません。やっと慣れても、「応用問題」にはお手上げとなります。

 このような、意味からも、「出向者」対応、役所がきちんと考えないといけません。盲点です。

 もう一つ。トップに役所の管理職退職者の、いわゆる「天下り」が時たまあるのですが、全く芸術の門外漢などの人のときはちょっと考えさせられます。おまけに、その方が、「私は、素人で何もわかりません・・・。」などと、(謙遜されているのでしょうが、)このようなあいさつをされると、サポーターはがっかりします(余談ですが、例えば、現役で、福祉関係の職場に異動したときに「私は、素人で、福祉はわかりませんが」など言うでしょうか。)。経験と人脈を持った方の天下りは一概に否定しませんが、留意点する点は多いものです。

 よく組織は、2割の優秀な社員が全体を動かす、などと言われます。しかし、私のいた、芸術関係の、外部の民間組織は、凝集力が高く、出来の悪いお客さんはあまりみかけませんでした。それだけに、もっと、組織的に知識の対応をすべきではないかと常づね考えていました。ま、どのような組織も固有の問題、課題、風土があるものですが。

大変な、オペラの協賛金集め

 私は、オペラが好きですが、オペラ、と言うものは昔からお金がかかり、歴史的には、有力なパトロンがいて発展してきたものです。現代でも、お金がかかり、また、集客に苦労するのは同じで、オペラ一回の公演は、私の経験したところでは、4000万円前後かかりました。

 私のいたホールは、1300席ぐらいですが、オーケストラ・ピットなどで300席ほど使えませんので、1000ぐらいの席で、比較的小規模なオペラ、ただし、レアな出し物です(ただし、自前のホールですから、ホール使用料は必要ありません、ということは、4000万以上のオペラ、ということになります。)。有名な出し物は、かえって首都圏では、お金のかけられるところにマケてしまいます。

 私のところの経験です。助成金、協賛金集めが大変です。まずは、銀行や証券会社などが運営している、芸術文化財団から助成金をいただくのですが、大体、一財団700万円前後で、2,3財団です。これで1400万円前後です。連続していただけるのは3年間などという制限もありますから気を使います。

 次は、一般企業です。昨今のように、景気が悪いと、真っ先にこのような「協賛金」は、カットされます。去年、総務部長が対応していただいたのに、今年はそうでないときなどは、「嫌な予感」がします。大体、50社くらいから御協力いただきますが、30万円以上は3社ほど。10から20万円が10数社。1から5万円が20数社ほど。これで300万円ほどです。

 あとは、入場料収入なのですが、これがよくないのです。昨年ですと秋の芸術シーズンの金曜日夜で59パーセント、日曜日の昼で81パーセントでした。一昨年は、64パーセントと76パーセント。1000万円強でしょうか。

 どこのオペラも、私の見る限り、ほぼ、基本的に、同じようなものです。

 しかも、招待者が結構多くて、昨年は、25パーセント、一昨年は28パーセント位が招待者となります。招待者は、助成金や協賛金をいただいた方やマスコミ(昨年、一番多い社で、一社8枚、次は4枚でした。)、評論家、学者などが多いのですが、空席があまり多いときには、よその関係業界の知人なども多くなります(もっとも、私も、ファンで、会員になっている二期会などは、P会員は、Wキャストの場合一回同等席で無料で観られる特典がありますが、そのような特典者は招待の範疇ではありません。)。

 余談ですが、私も、最近は、音楽会に行くと、受付脇などにある「ご招待者」チケット引き換え所に目が行ってしまいます。大体、招待で来ている、音楽関係者以外の方は、雰囲気ですぐわかります。しかも、結構よい席においでなので、高いチケットを自腹で買っていると、ちょっと、複雑な心境になることがあります。

 閑話休題。これですと、1500万円以上は赤字ですが、さいわい役所の市民のための事業、といって補助があります。これが無い場合は、本当に「勝負」です。大きなスポンサーを見つけるか、制作費を1000万円ぐらい落とすか(ですから、ホール使用料は結構ばかになりません。練習期間もあるのですから)、演目、演出(演奏会形式とか、バロックオペラのような小編成のオーケストラにするか)を工夫するか、PRを工夫する余地があるのでしょう。

 しかし、まあ、基本的に、これは、と思うオペラなどの芸術は、歴史にあるように「パトロン」が必要なのでしょう。ヘンデルなども、随分「営業で」苦労していますよね。先ほど、役所が出す、と言いましたが、出す方の役所も、現代におけるパトロンのあり方?、ということも知的に考える必要もあります。

 でも、このところ、小規模な「室内オペラ」やNPO団体のオペラなど、多様な発展があって、活性化しているところもあるのは大したものです。

 

 

今日からスタート。まずは、ホールのスタンド「花」の話から。

 はじめまして。今日から、「正式に」スタートします。よろしくお願いします。

 今日は4月1日。あちこちで、希望にあふれたセレモニーが行われています。そこで、それに因んだわけではありませんが、「花」のお話です。そう、よく、劇場・ホールの入り口に飾ってある「スタンド花」です。

 最近は、景気が悪いせいか、値の張る花よりも、食べ物の差し入れが多くなった、などといっているある主催者の方もいました。また、劇団、「TK劇団」のTさんなどは、花嫌いで、一度、飾ってあったあった花を、奥に全部片付けさせたこともあります。「皆でがんばっているのに特定の人だけの花はダメ」、「どうせ、花は、贈った人の自己宣伝だ」、などという持論がおありだそうです。

 しかし、そうはいっても、必ずしも自己宣伝ではなく、ファンは気分よくプレゼントしているものです。もちろん、休憩時間に、観客のみなさんが結構見ていますから、ある程度、贈呈者の宣伝にはなることは否定できませんが。私も、プライベートで(自己負担で)、随分スタンド花を贈りました。また、スタンド花だけでなく、お付き合いのある芸術家の誕生日や展覧会に花を贈ったりもしました。

 余談ですが、私のいた芸術財団は、役所のほぼ100パーセント出資の財団ですから、このような費用は、どのような理由があっても、絶対出せません。

 それどころか、だいたい、交際費、食料(量)費的なたぐいの、お付き合い経費は、絶対出せませんので、私は、随分とポケットマネーを使いました。規定では、どうしても、出さざるを得ないときは、お客さんだけ、ほんの数千円の範囲で出す、という規定がありますので、喜劇のようですが、実際、事務局員は、食べているお客さんの前で、話だけしていることになります。気の利く上司ならば、事務局職員の分全部を「おごり」ます。しかし、その様な時に、「前例になって、後のちの管理職がこまるから、止めてほしい。」などという、ケツの穴の小さいことを言う(下品でごめんなさい。)中間管理職も中にはいるんです。いいじゃありませんか、その管理職の個性で、やれる範囲のことを自信をもってやれば。

 例えば、秋の音楽祭で主催するオペラの指揮者と演出家の初「顔合わせ」のあとの食事代なども、ポケットマネーです。でも、簡単なフルコース(クラシック関係者ですから、やはり洋食でしょうね。)で、時間をかけて食事すると、打ち解けますし、今後に参考になる、いろいろな話題がいっぱい聞けるんですよねえ。こんな、費用は絶対に、公的に支出したほうがよいと思うんですが。

 閑話休題。スタンド花は、1段でだいたい15000円位。上下2段だと、だいたい21000円位かかります。全国チェーンのH花壇などですと、それぞれ、2~3000円位高くなります。その代わり、ホールに設置した写真をきちんと送ってくれます。

 最初、「祝 ○○様」、と表示しましたが、やっぱり、「御祝」でしょうね。花は、大体どの花屋さんでも、花の種類はシーズンのもので、そうかわりません。でも、大きな会社が、社費で出すスタンド花の隣に置かれたりすると、やはり「負ける」ときがあります。オペラ「トーランドット」のとき、レストラン「トーランドット」さんが出されているのはお金がかかっていましたもの。あるいは、「○○テレビ」などです。

 退職しましたので、これからは、一ファンとして、肩書きなしの名前だけで、頑張ります。肩書きなし、で相手がちゃんとわかってくれるかしら、ちょっと、心配ですが。

 

 

 

「芸術財団回顧日記 1」 採用試験必勝法

 春。街で「新入社員」達を見かける時期です。

 

「A芸術財団」でも、1月から3月にかけて、正規職員と月18日勤務の非常勤職員の採用試験を行いました。

あらかじめ判っている4月採用を、切羽詰まった、この時期に募集するのは、若干「採用スキル」に欠けるところがあるのかもしれません。

昨今の不景気のせいか、職員約20名の小さな財団でも、バックに「役所」の影が見えるせいなのか、応募者は、超有名音楽学校卒は勿論、テレビ制作会社出身やマスコミ出身、中にはキャリア10年以上の舞踊家など異色の人材も含めた数十倍の競争率となりました。

そこで、書類選考や面接選考をしていて気付いたことを、受験側の技術の側面から考えてみます。

まず、履歴書の写真と「実物」が違う方が結構多いのです。

まあ、あまり本質とは関係ないこと、とは言え、面接をした結果、筆記成績判定の時と順位が入れ替わってしまうことが多いことを考えると、きちんとした写真を撮ったほうがいいかと思いました。

 

 試験官は、履歴書の経歴を熟読し、写真で人物をイメージし、論文で能力をイメージして印象を作っていき、その延長線で、「こうあってほしい」という疑問点を面接で補強します。

ですから、履歴書の「希望」欄なども空白ではなく、熱意がうかがわれる印象強い文章で埋めるべきでしょう。

印象、と言えば、面接入室のときに、いかにも「暗い」ムードの方や、面接最後の雇用条件説明のときに、「まだるっこしいな」と思っているような表情をして、「逆転」・減点になる方もいますので油断しないように要注意です。

余談ですが、最近、面接のときにメモ用の「手帳」を持って行くかどうかについての質問がリクルート誌に出ていましたが、そんな(小道具を)持っていようが、いまいが、試験官は、気にもしていません。  

論文や面接で大切なことは、採用先では、どういう人材であってほしいか(「こうあってほしい」の裏面)、どう仕事にマッチした人材(実力)がほしいか、専門以外にどのような行動が求められているのか、どのようなニンゲン(人柄)がほしいのか、を分析、リサーチしたうえでの、「プラス・アルファ」を構築して、印象づける必要があります。事前リサーチ、分析、作戦構築の方法は様々でしょうが、実は、ここで、すでに仕事の「能力」が発揮されているのでしょう。

例えば、よくあるのですが、採用先では、幅広く仕事をこなせる臨機応変な「事務職」がほしいのに、「企画能力」を誇示してもあまり効果がありません。

なお、時たま、試験官の中に、団体の内部昇格試験のような質問をしたり、評価づけをしてしまう試験官もいます。特に、「役所」が設立、バックアップしている団体の、役所の出向者の試験官に多いのですが、そのような新規採用スキルの欠けた試験官対策想定回答の用意もしておく必要があります。

採用試験は、受験者側も、採用側の団体の「風土」をよく見極めて、ミスマッチのない選択をするのが肝要です。

最初の入力です。いろいろな入力テストも兼ねています。また、スタートアップ・クライシス。スタート時の文章は、まだ、緊張がほぐれませんのでお許しください。

プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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