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清水克行 『室町は今日もハードボイルド』 ~ 各種の古文書などから拾った、歴史書や小説などには書かれないネタをもとに、生き生きと時代の空気を描きます。現代の物差しで歴史を知った気になってはいけない指摘は重要です。

 暑い !
 やっと、一昨年に買った「日傘」を、毎日、本格的に遣うようになりました。楽ですねえ。
 今日は、炎天下、正午に、妻と焼肉を食べに出掛け、その後、筆者は、電車に乗ってホームセンターに行って来ました。今更ですが、急に「テミ」が欲しくなったのです。
 テミ、知っています ? 庭掃除のゴミ集めに遣う、大きな塵取りの様なものです。そろそろ紫陽の手入れもありますし。
 今日、歩いたのは11,000歩。75歳だけれど、まだ、当分、寿命は“大丈夫”かな。

 さて、室町時代については、このところよく読んでいますが、面白そうな書名なので、早速、読んだのが、

清水克行 『室町は今日もハードボイルド』(新潮社)

です。

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 サブ・タイトルは、「日本中世のアナーキーな世界」。
 伊野孝行の装画・挿絵が面白い。

 日本中世という、史上、無数の「乱」や「変」が巻き起こされた「ハードボイルド」な時代で、異質で多様な価値観が拮抗した「アナーキー」な時代を、16テーマ(〈悪口〉から〈合理主義〉まで)を、〈自力救済〉・〈多元性〉・〈人々のきずな〉・〈信仰〉の、大きく4つに集約してまとめて、古文書(寺社の記録・・「本福寺跡書」など多数・・や判決文などや、古書・・国宝「菅浦文書」や「鵤荘引付」、「醒睡笑」など多数)などから拾ったネタをもとに書かれたものです。
 「小説新潮」に連載されたものを一冊にまとめた書物です(したがって、章ごとに、前置きが入るのが、面白い時もありますが、煩わしい時もあります。)。

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国立近代美術館『ゲルハルト・リヒター展』 ~ いきなり重要作品「ビルケナウ」と対面。会場を行き来して、強烈な色彩の世界が発するメッセージに心傾けました。同時開催の「MOMATコレクション」展も楽しい。

 6月22日(水)11時に予約して、東京・竹橋の国立近代美術館の、

『ゲルハルト・リヒター展』

に妻と行きました。

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 この日は、陽射しは弱くも、昨夜降った雨で、高い湿度が攻め立てます。
 展覧会の“入り”は、少なく、ゆっくりと鑑賞できました。電子チケットの読み取りに、なぜか、職員が焦った感じで、数度かかりました。
 この美術館は、原則、写真撮影可なので、お気に入りの絵画の前で、まるで、修学旅行の生徒の如く、記念写真を撮りました。

 ゲルハルト・リヒターと絵画の特色は、既に、このブログの6月7日にアップ(←ここをクリック)しています。

 入り口で、丁寧な目録を入手して、中に入ります。
 予習をたっぷりしたので、〈音声案内〉は、パスしましたが、後半、近作などもあるので、遣ってもよかったかな、と後で、思いました。

 入館して、左右の壁には、ドイツ国会議事堂玄関ホールの作品を彷彿させる「赤・青・金」(1999)、と「鏡 血のような赤」(1991)があり、すぐ左の室内に入ると、いきなり、目玉作品の、
ビルケナウ」(2014)
が、鑑賞者を圧倒します。〈写真ヴァージョン〉に目が行ってしまいますが、〈油彩〉画は、奥です。

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 正面には、発表時だったと思いますが、鏡を遣った巨大なインスタレーションもあります。
 1944年にアウシュビッツ強制収容所でゾンダーコマンドによって、秘密裏に撮影された収容所内の悍(おぞ)ましい写真も展示されています。近づいてよく見ないと理解できません。

 次の部屋(順路は特に無くて、自由に回遊できます。)は、アブストラクト・ペインティングが大半を占めますが、画家が(袋小路に落入った)グレー・ペインティングも飛び飛びにあります。
 グレー・ペインティングの表面も多様で、書物では詳しく分かりません。
 全体を見て、スキージ(細長いヘラの様なもの)遣いを見て、また全体を見る・・、至福の醍醐味のひとときとなります。
 部屋の中央には、インスタレーション作品の、8枚のガラス作品(2021)も。その前で、写真を一枚。

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 次は、カラーチャート作品。さすがにアシスタントを遣ったという作品群です。ストリップ作品(ストライプ作品)が続きます。

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伊藤彰彦 『最後の角川春樹』 ~ 波瀾万丈の物語で、出版界・映画界・俳句結社のことがよく分かります。心に老いの皺を残さない生き方がうかがわれますが、あまり寄り添いすぎのインタビューで、心情・人柄を十分引き出せず、読んでいて心に響かないのは残念です。

 梅雨。雨の残り香が漂います。
 さて、きょうの本は、出版、映画、俳句・・と多彩な、角川春樹のロング・インタビュー集(318頁)で、

伊藤彰彦 『最後の角川春樹』(毎日新聞出版)

です。

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 角川春樹は、俳句で、かつて、
「生きるとは生きのこること水の秋」
「火はわが胸中にあり寒椿」
この様な句を詠んでいます。
 この本とも、通じますが、まさに「出生の悲しさ、俳句の中から宿命の共鳴音みたいに匂い出す」ところ(吉本隆明「情況へ」)です。

 書名は、角川春樹の映画監督作品「みをつくし料理帳」(2020)が、〈最後の監督作品〉となっているのに因んだそうですが、何が最後か、ホントに最後かは判然としません。
 もともと、サンデー毎日でのインタビュー記事が好評だったので、そのロング版として出版されたようです。
 余談になりますが、このインタビューを2年間延べ40時間行った場所は、お堀端の角川春樹のオフィスで、イタリア文化会館5階にあるとのこと。ここの地階ホールには、何度か、音楽会で行ったことありました。ここなんですか。

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堀越啓 『西洋美術は「彫刻」抜きには語れない』 ~ カラー写真満載で、内容の多彩さと、実に容量よくまとめられた彫刻の歴史。ただし、鑑賞には、事前の勉強以外王道はありません。

 75歳、「後期高齢者」になりました。「高齢者」に「後期」までつけるとは、冥途に行くのをせっつかれているような・・。
 表題にひかれて読んだのが、

堀越啓 『西洋美術は「彫刻」抜きには語れない 教養としての彫刻の味方』(翔泳社)

です。

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 著者は、学者でも無く、キュレーターでも無く、アート関連イベント企画・セミナーや美術品売買をしている「株式会社SDアート」の代表取締役です。
 したがって、類書に無いような視点で(例えば、アートが発展する条件の一つは、冨が集まる場所です、と言ったストレートな発言とか、屋外彫刻の「サイトスペシフィック」【その場でしか実現しない作品】に注目することなど。)、彫刻鑑賞法と彫刻の歴史を、分かりやすく、簡潔に述べていきます。
 活字のポイントも大きくて読みやすく、2日もあれば読み上げてしまいます。ただし、本体価格2,000円とやや割高。

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日記。3Dセキュア騒動記。時代に追いつくのは、タイヘンです。

 朝起きて、リビングのカーテンを開けると、庭の“満開”のアジサイが目に飛び込んで来るのが心地よい。

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 まずは、また、ブログに詳述しませんが、

笠原一郎 『ディズニーキャストざわざわ日記』(フォレスト出版)

を読みました。
 ディズニーランドでの従業員(キャスト)の、このような書物を読むと、夢の国が色褪せてしまいます。しかし、考えてみると、我が国の、大多数の雇用が似たり寄ったりで、ここに限らないと思えます。
 筆者など現役を退きましたが、今、働くのは、タイヘンです。

 さて、きょうは、雑談です。
 国立近代美術館の、ゲルハルト・リヒター展を観るために、近時、どの展覧会でもそうですが、美術館ホームページから、「予約優先チケット」を購入しました。
「空也」展で経験しているので、慣れているつもりでしたが・・。

 日時、枚数2枚、住所氏名、生年月日、性別、電話番号(どうして、美術館にこんなに個人情報を明かす必要があるの ? )、クレジットカード番号、署名脇の3桁のセキリュティコード・・と入力して(何分以内に入力しろ、と急かす ! 文面が出ます)、最後の頁で、何だか ? 暗証番号を入れるような空欄があったので、クレジットカードの「暗証番号」4桁を入れました。

 ところが、何度やってもエラーで、挙げ句、ロックがかかってしまいました。
 あー、やっちゃった。暗証番号にロックがかかるとめんどうだ~。暗証番号は、間違っていない筈なんだけれど・・。

 クレジット会社に電話を入れると、電子音声で、「暗証番号」の問い合わせ法を教えられ、その通りにネットで申し込むと、数日後に郵送して教えてくれるそう。
 しかし、もし、「暗証番号」を間違い、それで、ロックがかかったら、カード自体を作り替えなければダメだそうです。厄介なことになりました。

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『リヒター、グールド、ベルンハルト』と『評伝 ゲルハルト・リヒター』で、フォト・ペインティングからアブストラクト・ペインティングまで、〈戦争・社会的事件と芸術〉の深い歴史観の全貌を知ることが出来ました。

 東京国立近代美術館(竹橋)で、『ゲルハルト・リヒター展』が、きょう、6月7日から10月2日
まで開催されるので、早速、予習しました。
 ドイツの画家、ゲルハルト・リヒター(1932-)に関する、

1  杉田敦『リヒター、グールド、ベルンハルト』(みすず書房)
2  ディートマー・エルガー『評伝 ゲルハルト・リヒター』(美術出版社)
『ユリイカ ゲルハルト・リヒター』(青土社・2022年6月号)

を熟読したわけです。
 ある意味では、やり尽くされた現代絵画の歴史を見るような感じになりました。

 まず、リヒターのことをあまり知らずに読んだのが、1の本。

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 最初から、リヒターの心の内に分け入ってしまうような本です。
 後で2の評伝を読んでから気付いたのですが、1は、リヒターの、主に1962~1966年の、「フォト・ペインティング」時代を中心に、心の内、を解析しているのですね。
 「パーティー」(1962)から、「鹿」(1963)、「机」(1963)・・と始まった、モノクロのフォト・ペインティングは、写真をキャンパスに拡大投影した下絵に重ね塗りしたものです。
 描かれたもの全てを等しくする、また、世俗的日常を芸術の高みに導く意図で「ぼけ」が入っています。

 当初は、ありふれた既存の写真を遣っていましたが、やがて、リヒター自身が撮影した写真を遣うようになりました。
 リヒターは、「絵画のために写真を利用する」のでは無く、「写真のために絵画を利用する」のだと言います。
 主観性を嫌悪し、写真装置の一部としてのペインターになろうとしました。
 つまり、モチーフと感情的に結びつかず、抽象画の感情的罠から脱出しようとします。
 まるで、ピアニストのグレン・グールドの対位法や文学者のベルクハルトの間接話法のように。

 「エマ(階段上のムード)」(1966。200×130cm。ケルン・ルートヴィヒ美術館蔵)は、代表作の一つで、妊娠中の当時の妻マリアンネ(通称エマ)を描いています。

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 フォト・ペインティングは、モノクロ作品が多いのですが、本作はカラーで(その意味で、次の「カラー・チャート」への繋がりが見て取られます)、しかも、リヒターが、自分で撮影したカラー写真をもとに描いた最初の作品です。
 繊細にぼかされた裸体は、古典絵画のヌードのようで、世俗的日常を芸術の高みに導く、美術史的伝統に連なっています。
 デュシャンの芸術の転換点となった「階段を降りるヌード」(1912)とは、構図も異なっています。デュシャンは、この後、絵画の終わりを宣言しましたが、リヒターは、その様な傲慢さに反抗し、具象の伝統はまだ終わっていない、することがある、との宣言でしょうか。(参考:2の126頁)

 それにしても、雑誌「シュテルン」の報道写真をもとにした、ドイツ赤軍バーダー・マインホフ・グループのテロリスト獄死事件を描いた15点の、「1977年10月18日」(1989)は、ショッキングです。

 本作の解釈としては、様々言われていますが・・、

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須賀敦子 『トリエステの坂道』 ~ 美しい比喩の入った文章で、過ぎた、ミラノでの生活と、早世した夫、その家族の人生を辿ります。エッセイでありながら、まさに、珠玉の大河小説の趣です。

 大袈裟な表現ですが、生涯には、何気なく知った書物に捕らわれて、病みつきになってしまうことが、幾度かありますが、そのうちの1冊が、この本です。

1 須賀敦子 『トリエステの坂道』(新潮文庫)

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併せて読んだのは、「須賀敦子全集」(河出書房新社)第1巻の、
2 須賀敦子 『コルシア書店の仲間たち』
3 須賀敦子 『ミラノ 霧の風景』
です。

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 1で、須賀敦子(1929-1998)の、11年間のミラノ時代(1960-1971)を知り、2で、その期間に夫と知り合った(1960。1961結婚・1967没)コルシア書店時代を知り、3で、ミラノやイタリアをマクロに知ることができました。

 作品としては、3が1990年で最初、2が1992年、1が1995年ですが、作者の人生を辿るには、筆者の順序で読んだのは、正解でした。
 恥ずかしながら、以前、書店で、3の本をパラパラ見て、才女のイタリア見聞記か、と塩野七生氏も頭に浮かんで、急いで読むことは無い、と誤解して読まなかったのです。

 本書が、こんなに、イタリア庶民、どちらかと言うと底辺の庶民生活や街や部屋の風景、その人々の内面、人間関係を主題に、さらに、戦争・ロシア革命の傷跡(「家族」など)、人種問題(「大通りの夢芝居」など)、貴族のサロンを思索した(「夜の会話」など)本だとは、思いませんでした。
 掌編のエッセイでも、内容は、長編小説並に、豊かで、深いものがあります。
 まるで、後述するギンズブルグの小説の様に、無名の家族一人ひとりを、小説ぶらないまで虚構化しているのに似ています。
 その誤解を正されたのが、先日の、津野海太郎 『最後の読書』(新潮文庫)だったわけです。

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日記:初夏の一日、深川周辺を歩いて来ました。

 ブログには、詳述しませんが、
女性指揮者の西本智実が書いた、

『知識ゼロからのオーケストラ入門』(幻冬社)

を、〈知識ゼロ〉では無いのですが読みました。氏のスコアの勉強法やリハーサルのやり方が知りたかったからです。
もう一冊、このところ寝る前に、

野口悠紀夫 『データエコノミー入門 激変するマネー、銀行、企業』(PHP新書)

を読みました。
 これからの世の中、銀行も「マネー」制度もタイヘンな時代に進みそうですが、正直、あまり理解できませんでした。それで、ブログには、単発アップしない(できない)ことにしました。批評どころか、理解も覚束ないのですから。
 それにしても、これからの若い人は、タイヘンだ。

 ブログの原稿を、キングジムの「ポメラ」を遣って、何度も推敲を重ねて書いていて、その折りに、どうもうつむき加減になって、入力に熱中いるせいか、首が痛くなります。「ストレートネック」と言うんでしょうか。
 また、このところ好きな本が“押し寄せて”来て ! 出版社の月刊PR誌(波・ちくま・一冊の本)や、買ったブルーレイ「天井桟敷の人々」まで置いたままです。

 それで、数日前、初夏の快晴の一日、門前仲町の
冨岡八幡宮(深川八幡)
深川不動堂(成田山東京別院)
そこから、バスで4駅ほどの
清澄(きよすみ)庭園
を、妻と散歩して来ました。
 政府は、外でのマスク着用義務を和らげましたが、街行く99.9%の人は、きっちりとマスク姿です。
 私事ながら、履いて2回目のウオーキング・シューズ(皮革のニューバランスMW585)は、極めて快調。

 冨岡八幡宮「資料館」では、複製とは言え、伊能忠敬の「大日本沿海興地全図」が展示されているので、見たかったのですが「事前予約」制だとか。
「求不徳苦(ぐふとくく)」、オーバーか。 
 伊能忠敬は、深川黒江町(現・門前仲町)に住み、1800年(寛政12年)に、氏神である、ここを参拝して旅立ち、その銅像も建っているんです。

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 ちょうど、伊能忠敬をテーマにした、映画「大河への道」を上映しているのに(評判は、イマイチの様ですが)“商売”が下手ですねえ。
 因みに、この後、古書店で、伊能忠敬を書いた小説(昭和61年刊)、

井上ひさし 『4千万歩の男 上・下』(講談社)

を買いました。2冊で、計4,600円が、220円 ! 全くの新品です。

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津野海太郎 『最後の読書』(新潮文庫) ~ マンネリ化していた読書生活に《カツ》を入れられた感じです。あふれる文学情報と、図書館や貸本屋の話、さらには、老いの糞尿潭から戦後バタヤ部落の話まで、圧倒されました。須賀敦子、瀬田貞二には強いインパクトを受けました。

 先日の、津野海太郎(1938-)、『かれが最後に書いた本』(2020)が、あまりに面白いので、それ以前に出版された書物を辿って、2018年の、

津野海太郎 『最後の読書』(新潮文庫)

を読みました。読売文学賞受賞(2019年)作。

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 久しぶりに、深甚な影響を受けました。
 良家に育った女性がヨーロッパの印象を美しく書いているのだろうと考えていた須賀敦子は、そんなものでは無いと分かったり、何だか軽く考えていた獅子文六の「自由学校」(1950。お茶の水下のバラックが舞台)や、北原怜子(さとこ。1929-1958。「蟻(あり)の町のマリア」)を知らしめるのに山口瞳が努力した逸話など、『かれが最後に書いた本』に比すと、すこぶる、真面目で(!?)、紹介される作者や本が皆、素晴らしい。
 なお、先ほどの、須賀敦子の「トリエステの坂道」や同訳ウンベルト・サバの詩集を、早速、読み初めています。

 さて、本書は、『かれが最後に書いた本』でも紹介された、鶴見俊輔の「もうろく帳」から、内田樹(つる)の「落ち目の話」と、例によって、老い、の話から始まるので、それら、例の話題が続くかな、と思っていると、続いて、筆者も読んで、ブログでも紹介した、メイ・サートンの膨大な日記(「82歳の日記」など)の話に進みました。この書は、同じ「老」を扱っていても、文学の香りが極めて高い。
(もっとも、小林信彦、嵐山光三郎、はては、トーマス・マンに至る老いの糞尿潭もあり、身につまされますが。)

 瀬田貞二の話は貴重。1916(大正5)生まれで、「児童百科事典」(1951年)の編集を、33歳(1949年)での平凡社入社後からすぐに携わった話や、同人を書いた、
荒木田隆子「子どもの本のよあけー瀬田貞二伝(福音館)」
や、同時代の「暮らしの手帖」を、1948年に創刊した、花森安治の話と続き、俄然、引き込まれてしまいます。

 瀬田貞二については、金子兜太「他界」でも、戦後、秩父への旅行の中でも触れられています。
 また、花森安治の末弟秋四郎が、1948年に(「暮らしの手帖」発刊と同じ年)神戸で、「ろまん文庫」という、当時、普通だった保証金では無くて、米穀通帳などの身分を証明するものがあれば借りられる、新しいシステムの貸本屋をはじめた話も、後章に出てきます。
 ここで知ったのですが、1950年に「図書館法」が制定されるまでは、図書館入館は有料で、また、借りた本も館内でしか読めなかったとかを初めて知りました。

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養老孟司 / 中川恵一『養老先生、病院へ行く』 ~ 病院・検査嫌いの養老先生が心筋梗塞になっても、その意見は変わりませんでした。愛猫まるの最後の痛々しい日々。

 このところNHK-TVで、虫を追いかける姿を、よく見かける養老先生(1937-。解剖学者)。その先生が「病院に行った」話、と「愛猫の最期」、が載っているというので。つい、買ってしまいました。それが、

養老孟司 / 中川恵一 『養老先生、病院へ行く』(エクスナレッジ)

です。

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 聞き慣れない出版社ですが、建築や解剖、猫の本を出していて、副社長は、猫のバッチを付けています。
 本書の内容は、まず、養老先生が、心筋梗塞(左冠動脈前下肢枝)での緊急入院、手術(冠動脈ステント治療)の顛末と、持論の病院・検査嫌いを語り、次の章では、後輩で主治医の東大病院中川(1960-)先生が、専門知識でそれを、心電図、CT画像などのデータを遣って補足します。

 次に、再び、養老先生が、病を経ても心境変化が無いことや東大退官の経緯などを語り、次の章で、もう一度、中川先生が補足意見を延べ、最期に、二人に加えて、ヤマザキマリ(1967-。「テルマエ・ロマエ」などを描いたイタリア在住の漫画家。)を交えて鼎談するというものです。二人に緩衝材を入れて本音を出そうとしたのでしょうか。

 養老先生は、「現代の医療システムに巻き込まれたくない」とい理由から、病院・定期検査を嫌っています。
 今回の東大病院受診は、26年(本文では、25年)ぶりで、昔の診察券は作り直さざるを得なかったと言います。
 もっとも、全く医者に行かないわけでは無いらしく、糖尿病のクスリを服用しているようです。要は、無闇に検査せず、体が欲したときは、病院に行くと言うことでしょう。

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秋葉弘道 『いつか小さくても 自分の店を 持つことが 夢だった』 ~ “自慢話”は兎も角として、〈市場〉(卸売・仲卸)や〈仕入れ〉・〈小売り〉の話題は、面白く、タメになりました。

 まずは、食べ物余談。
 筆者は、この季節に、大好物なのが、「新生姜の酢漬け」(甘酢でなく、酸っぱいもの)と「枇杷(びわ)」が大好きで、前者は、それさえあればおかずはいらない、ほど大好物です。後者は、息子が千葉にいるようになって、必ず食べられるのがありがたい。
 もう一つ、グリンピースの天ぷらも大好物で、この季節は、たまりませんが、なぜか、青果店に置いていません。

 さて、きょうは、テレビニュースの、現場インタビューされている常連の様な八百屋さんの書いた本を買ってみました、長い題名ですが・・、

秋葉弘道 『いつか小さくても 自分の店を 持つことが 夢だった スーパーアキダイ式経営術』(扶桑社)

です。

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 再び余談ですが、このお店の本店のある、「練馬区関町」は、近く、津野海太郎「最後の読書」で、ご紹介する須賀敦子(1929-1998)が、1977ー1975年に、「エマウスの家」で、廃品回収などのボランティア活動、当時の、セツルメント(福祉活動)をしたところです。
「須賀敦子は、ほとんど登場した瞬間から大家であった」(関川夏央)と言わしめた作家です。また、このお店が開店した1992年は、須賀敦子「コルシア書店の仲間たち」が刊行された年です。50歳を過ぎて執筆しはじめた須賀敦子の貴重な時期でした。

 本題に戻って、秋葉弘道が1992年、社長23歳の時に練馬区関町にオープンした青果店は、いまでは、関町本店ほか、全6店舗の「スーパー・アキダイ」(青果店2店舗,スーパー4店舗)に成長し、従業員は約200人(パート・アルバイト含む)、年商39億以上(2021年)で、一日700~1,000万円、来店客1,500~2,000人以上に成長しました。

 テレビの野菜のニュースにたびたび登場し(本書曰わく年300件とか)、ある局では、あまりにやり取りが巧いので「やらせ」と思われるのを心配したそう。

 ここまでの成長、努力物語が中学生の頃から書かれた本書ですが、筆者が興味を持ったのは、やはり、青果市場のシステムです。

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澤田瞳子 『漆花ひとつ』 ~ 平安の混乱した世の、大きな歴史の中で起こる、重箱のスミの様な事件を拾って、創造し、謎の要素も搦めて、なかなか奥の深い、しかし、頁を置けない面白さの短編集です。

平安時代の読書が続き、今回は、

澤田瞳子 『漆花ひとつ』(講談社)

です。

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 作者は、同志社大学文化史学大学院博士課程卒です。

 歴史の中で、人は、僅か一粒にすぎません。その一粒を物語にした、しかも、謎を搦めてミステリアスな要素もある短編集といえるでしょう。
 その一粒に関係する歴史的登場人物は、巻頭の歴史人物系図がすこぶる分かりやすいのですが、その人物が関わる事件は、壮大ですから、ある程度、その歴史を知っていると、さらに、本書に書かれた一粒を理解する面白さが倍加します。
 時代は、武士が台頭し、都の治安が乱れ、権力争いの激しい平安時代を舞台にした、短編五編です。

 冒頭の、「漆花ひとつ」は・・、
 鳥羽ノ宮南殿(証金剛院)にいる、30歳前の絵を得意とする僧・応舜(おうしゅん)が、傀儡女・中君(なかぎみ)のために、討たれた筈が現れたニセの源義親の似顔絵を描くことが、間接的に、平忠盛の白河時代から鳥羽時代に変わっての栄達を叶えてしまう物語です。
 静かに、時代の厳しさを創造させます。題名は、傀儡女が東市で買った、銀作の漆の花をかたどった簪(かんざし)を言います。
 子どものために母親の絵を描く、権僧正などは、格別の脇役で、やや勿体ない感じも。
 因みに、〈傀儡女〉とは、山野を巡って芸と色を同時に商う女、〈遊女〉とは、川べりを船で移動して春をひさぐ女のこと。

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映画『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』 ~ サリンジャーを通底に、米国文学とマンハッタンの香りを背景に繰り広げられる、軽快でセンスに溢れた、女性の成長物語

 映画が先か、書物が先か。今回は、上映終わり近くに知って、駆けつけたので、映画が先。それは・・、

マイ・ニューヨーク・ダイアリー』(2020 アイルランド・カナダ合作)

です。

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 映画の原題どおり「サリンジャー・イヤー」(サリンジャーとの一年)か、原作訳書名どおり「サリンジャーと過ごした日々」(2015)とあれば、早くに気付いたのですが。
 原作は、作家志望の女性、ジョアンア・ラコフ(1972-)の、1995年、23歳の1年間、米国の出版エイジェンシー《ハロルド・オーバー・アソシエイツ》で、ジェローム・D・サリンジャー(1919-2010)担当を務めた時の実体験を書いた自叙伝です。と言うことは、サリンジャーは77歳か76歳。

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 出版エイジェンシーとは、著作者の版権管理をする会社で、この会社は、1929年設立で、アガサ・クリスティー、スコット・フィッツジェラルド、ウイリアム・フォークナーなど綺羅星のごとく有名作家の版権管理をしていることは、映画中にも出て来ます。
 映画の、この事務所内でのドラマのみならず、セット、備品、すべてが必見です。

 映画は、主人公・ジョアンナ(マーガレット・クアリーが好演。笑顔がずっと記憶に残ります。)と、その上司マーガレット(シガニー・ウイヴァーが好演。恋人が死んでの老け役は見事。)との仕事上のやり取りが映画の芯となっています。
 クライマックスで、夢を求めてジョアンナが、マーガレットに退職を求めるシーンは、両者とも見事な演技で感動的です。

 余談ながら、現実には、このマーガレットが、やがて、経営を引き継いだそうです。
 また、原作者ジョアンア・ラコフが、映画のエレヴェーター・ホールですれ違う女性として、カメオ出演しています。わかりましたか ? エレヴェータ前シーンは、2度ありましたが。

 サリンジャーについての映画は、2019年2月5日の、このブログで、
ライ麦畑の反逆児 ーひとりぼっちのサリンジャー」(2017)
を載せたことがありますので、ご参照ください。
 同作は、サリンジャーの全体像とその中の「ライ麦畑でつかまえて」の位置づけが、よく描かれた秀作でした。

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日記。危機一髪 ! エスカレターの後ろからスーツケースが落ちてきた。

 たまに、日記を。
 昨日は、好天なので、ウオーキング・シューズを買いに銀座へ。 
 今履いているミズノ製は、良いんですが、クッションが無いのです。そこで、上部革製、クッションが効き、ベロが長く、出来れば、履きやすいファスナーがあればなお可、が条件。
 ABCマート銀座→ワシントン靴店→三越→松屋、いずれも、今ひとつ。最後、ニューバランス銀座店。ありました。即決で気に入りました(18450円)。

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 まだ、元気ですなあ。もうひと頑張り、山野楽器に行って、ブルーレイ、4Kデジタルリマスター版の

「天井桟敷の人々」(1945・仏映画・190分)

を買いました。6350円は、ちょっと高かったけれど、このところ読んでいる本にあまりに登場し、観ていなかったので、冥土の土産に観ておくことにしました。

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 疲れたので、東京駅に出て、丸善本店の喫茶コーナーで、レモネードを飲み、1時間ほど休憩。

 その後、5階から、下に降りるエスカレータに乗ったら、後ろで、若い女性の「キャー」と言う悲鳴と共に、ガタガタ・・とすごい音が。さすがに、大きな音が近づいて来るので、あと4,5段、駆け下りて後ろを見たら、直後、赤いスーツケースが、ドン。
 振り向いていたら、細いエスカレータで、荷物も持っていたので、危なかった。
(でも、「キャー」じゃあ無い、「危ない!」だろう。)
 ボッと、気を抜いて外を歩けませんねえ。

 4時に予約した、近くのビル地階の散髪屋で(何度かお話しましたが、40年以上通っています)、ひとしきり武勇談を語って、東京駅構内「」で、頼まれた「のり弁」(@1,100円)を買って帰宅の次第。この日の、歩数は、15,000歩。
 一日休んで、明日は、映画を「予定」しています。明日までの上映なんです。★

津野海太郎 『かれが最後に書いた本』 ~ 病気や怪我をものともせず、幅広い交友と読書を続け、また、それを本音を隠さず、書き続ける情熱には恐れ入ります。

 著者は、84歳。10歳年下の筆者が、興味を持って読んだのが、

津野海太郎 『かれが最後に書いた本』(新潮社)

です。

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 一言で言えば、交友日記と読書日記の多いエッセイです。
 それにしても、70歳過ぎて、友と鰻屋に行く途中路上転倒したり、奇病がみつかったり、自宅の階段から落ちて肋骨を7本折ったり、それらが不思議に元気一杯なのに、力づけられます。

「死にたくはないですよ。でも若い頃とちがって、死が特に恐ろしいとも想わない」、
とは何となく分かります。
「根(こん)などつめない。というか、つめる力をみごとに失ってこその老人なのに、むりをするから肩がこるし、息もきれる。その気分を定期的にちょっと切り換えた」のが本書と言えるでしょう。これも、分かりますねえ。

 評論家で、晶文社取締役、和光大学教授などを歴任し、劇団「黒テント」プロデューサー・演出の経験もある、幅広い人脈と経験に裏付けられたエッセイで、さすがに内容が濃い。
 読んでいると、筆者の知らない人名が沢山出て来て、まだ、まだと、不勉強を自覚しました。
 例えば、ブレイディみかこ、の連載(「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」)など、筆者は、同じ雑誌(新潮社「波」)を購読しているのに、読むのをスルーしていて、誠に反省しています。

 書名の「かれが最後に書いた本」とは・・、
加藤典様「大きな字で書くこと」古井由吉「この道」と、著者より2歳下で、2019年8月30日に亡くなった、池内紀「ヒトラーの時代」です。
 ここでは、池内紀(おさむ)の上記作品をご紹介しましょう。
 46年間で130点の著書を出した、高名なドイツ文学者の最後の著作です。ところが、同書は、種々の誤りを指摘され、出版社のホームページで、67か所の正誤表を、亡くなる少し前、8月23日に出しました。
あの人が、なぜ ?
 それを、子息の池内恵(さとし)「書き手としての父・池内紀の死」(「中央公論」2019年11月号)も参考に思索した文章です。
 合間に、エーリッヒ・ケストナーのかつての訳者・高橋健二(1902-1998)が、元ナチス賛美者で、幻滅してしまう話や、また、編集者の関与しないブログ記事の落とし穴の話なども語られ、考えさせられます。

 冒頭の、「樹木希林と私」が、まずは、すこぶる良い内容です。
演劇史にもなっています。

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梓澤要 『捨ててこそ空也』 ~ 乞食して念仏を説いて歩く念仏聖、空也上人の生涯を、仏教学の知識を駆使して解釈した、重厚な物語です。

 東京国立博物館(上野)『空也上人と六波羅蜜寺』展に行くのを契機に読んだのが、

梓澤要 『捨ててこそ空也』(新潮文庫)

です。

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 本書は、空也上人の生涯の不明なところを、執筆の傍ら、東洋大学大学院で仏教史を学んだ該博な知識と推理をもって、その生涯を、虚実入り交えて小説にしています。

 まずは・・、
 幼少期の空也は、宇多上皇(出家後は、仁和寺を御室御所として、法皇と初めて名乗りました。)から譲位された、醍醐天皇と後宮の更衣の子で、幼名・五宮常薬丸(このみやとこはまる)と言いました。
 五宮が2歳のおりに、女御・藤原穩子(やすこ)に生まれた子・保明(やすあきら)が、皇太子になり、五宮母子は、実家に戻されました。
 穩子は、藤原時平(ときひら)の妹ですから、到底太刀打ちできません。因みに、時平の死亡後、弟、忠平が後を継ぎました。その子、実頼と師輔が、後年の空也に関わります。

 実家に戻った(捨てられた)母は、精神が不安定になり、時に感情を爆発させて、五宮に当たり、折檻したかと思えば溺愛しました。ある日、激高した母が、五宮の足を掴み、高殿の淵から放り投げ、それが元で、左肘が不自由になってしまいました。

 さて、この時代。皇宮の中では、藤原時平が権力を握り、菅原道真を太宰府に追放し、やがて死した道真の霊に恐れおののいていました。京の街では、大地震・洪水・飢饉(天然痘・赤痢)・干魃・疫病、東西に勃発する兵乱で、街には屍骸が溢れていました。

 物語では、五宮が牛車から見た、死体を運び火葬する、ほぼ同年齢の猪熊(いのくま)たち「優婆塞(うばそく)」を見たことが、後の空也に影響を与えました。

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東京国立博物館(上野)『空也上人と六波羅蜜寺』展 ~ 間近の「空也上人立像」に感動。しかし、展示方法にはやや疑問を感じました。

 4月27日(水)午後12時半に予約して、上野の「国立博物館」の「空也上人と六波羅蜜寺」展に、妻と行きました。もう、5月8日の会期末まで「完売」とのこと。
 同館特別5室1部屋、17展示物だけの展示ですから、ゆっくりと鑑賞できます。

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 「空也上人立像」、
 観た時に、117センチ、思ったよりも小さく感じました。
 乞食(こつじき)して念仏を説いて歩く「空也上人」(903 ?ー972 ?)像です。

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 この時代、京の街は、大地震・洪水・飢饉・干魃・疫病(天然痘-赤痢)、東西に勃発する兵乱で、街には屍骸が溢れています。その亡骸(なきがら)を集め、油をかけて焼く・・死者でさえ浄土に送ろうとした空也上人。
 また、車に、仏像を積んで、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えて、街を歩き回りました。

 母の虐待でねじ曲がった左の肘に、径5寸ほどの金鼓(こんく)をかけ、右手細い打具を手に、「なーむあーみーだーぶ」、「コーン。コーン」と唱えます。
 鹿の錫杖(しゃくじょう)にすがってようやく立っていられます。
 南無阿弥陀仏・・「阿弥陀仏よあなたにおすがりします」と唱えれば、浄土に迎え入れてもられるのです。

 その空也上人を、運慶の四男、康勝(こうしょう)が、鎌倉時代13世紀、約20歳のころ立像にしたのが、この「空也上人立像」です。
 上人の人柄が滲み出たような、崇敬してしまうオーラを感じてしまいます。お隣の若い女性は、手を合わせていました。
 素敵な像です。

 その像を所蔵しているのが、京都の、
六波羅蜜寺」(951年創建)
です。
 あるのは、髑髏原(どくろはら)と言われた、「六道の辻」の、野捨の亡骸が累々とした場所で、五条から鴨川を渡って、東山の清水寺へ至る緩やかな上り坂の中程にあるこの世と冥界の境です。
 ここに空也が建てた道場は、まずは「西光寺」となりました。「西の光、西からの光」です。
 近くに、「六道珍皇寺」もあります。
 因みに、六道とは、地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道で、死者は、生前に為した業によって六道に輪廻転生する、と言うものです。

 空也上人の教えは、「全ては空なり」。
「空也」の沙弥名は、人々のあらゆる苦しみを滅減し、大いなる利益を与える、それを心に刻みつけ、忘れないように、大乗(十二門論)の深義「空」から得たと解されています。
 執心を捨てねば、己を捨てられない。己を捨てきらねば無にはなれない。無にならなければ、悟りは得られない・・。
 余談ですが、伊丹十三(1933-1997)氏の松山市の記念館で買った絵はがきを思い出しました。

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 今回は、不明な点の多い、空也上人の間隙を解釈するために、
梓澤要『捨ててこそ空也』(新潮文庫)
を読みました。
 濁世(じょくせ)に生きながら、書物に頼って、頭で理解しようとするのが、そもそも空也理解の見当違いかもしれませんが、本書については、次回詳しく述べてみたいと思います。

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梶よう子 『噂を売る男 ー藤岡屋由蔵』 ~ 市井の風景に隠れる権力と人の独善をつぐむように面白く進む、ミステリー風時代小説です。

 いままでに何冊か読んで、興味ある作家の一人の昨年の新作、

梶よう子 『噂を売る男 ー藤岡屋由蔵』(PHP)

を読みました。

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「噂を売る」とは、市井の噂や風聞などを売る、いわば情報屋です。
 日本橋の高札場やさらし首、はては、浅草の見世物に関する情報も売ります。ただ、「読売屋」などの瓦版とは異なって、正確を期します。また、評価や私情は挟みません。

 それをするのは、由蔵(よしぞう)30歳で、神田旅篭町の足袋商「中川屋」の軒下を借りて、表向きは古本屋を装っています。
 足袋屋の娘、11歳のおきちは、何かと首を突っ込んでくる可愛い盛りの子どもです。ジェンダー的には兎も角、女性作家は、大概、この様な子どもを描くのが巧い。

 由蔵は、上州藤岡の生糸屋の倅に生まれましたが、若旦那だった父・庄助は、信州に出掛けた折に、病の蚕を行商人から騙されて買って持ち帰り、自分の店どころか街一帯に病を流行らせて蚕を全滅させた過去があります。
 倅の由蔵も、「うそっこき由蔵」と虐められ、街から出た奉公先でも、努力の甲斐あって出世しそうになっても、過去が露見して暇を出される始末です。

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伊藤俊一 『荘園 墾田永年私財法から応仁の乱まで』 ~ 日本中世の土地制度と天皇・貴族の経済構造と、武士の「成立史」を俯瞰して、これまでの「事件史」を肉付け出来る貴重な書物です。

 日本中世史の書物を、もう一冊読みました。それは、

伊藤俊一 『荘園 墾田永年私財法から応仁の乱まで』(中公新書)

です。

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 面白いが、密度が濃いので、読了するのに、ほねが折れました。
 本書は、様々な用語(「国宛」「別名」「遥任」「田堵(たと)」「半済」「下地中分」・・)が、怒濤の様に出てきます。しかし、端的な説明があって、実に、理解が深まります。
 詳細な荘園経営、実体の詳細な説明が、終盤になりますので、疑問を保持する根気も必要です。
 なお、最終には、総まとめがあって、丁寧に終わります。

 いままで、天皇や藤原家の権謀術数はわかりましたが、さて、どの様な“収入”で暮らしていたのかが、よく分かりませんでした。
 それが、本書で、分かります。
 特に、例えば、白河上皇などが、法勝寺など多くの「御願寺(ごがんじ)」を造営して、その維持費に、不輸不入の特権を持つ荘園(領域型荘園)」を全国に持った(白河は24か所)、それらが、天皇と摂関家で、全国の半分ほどだとは、多分、昔、学校で習っているのかも知れませんが、その関係が驚きです。

 NHKテレビ「鎌倉殿の13人」で、義仲の倶利伽羅(くりから)峠での大勝の後白河上皇から恩賞を受ける話が出て来ますが、あれは、平家の荘園500か所を取り上げて(「平家没官領」)頼朝と義仲に与えた、その与え方は、「職(しき)」を取り上げて二人に与えた、と本書を読んでいればよく理解できます。そうでないと、恐らく、よく理解できていないでしょう。

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A5システム手帳バインダーが100円 ! ~ 15日開店の「銀座ダイソー」に行って来ました。しかし、このビル、1~6階に男性トイレが無いのはなぜ ?

 まずは、システム上の不都合があったのか、メールに「コメントあり」連絡が無くて、2コメントの公開と返信が遅れたことをお詫び申し上げます。これから本文で確認しなくては。

 さて、銀座「マロニエゲート銀座2」6階に、4月15日にオープンした「DAISO(ダイソー)銀座店 」に行って来ました。
 100円ショップです。銀座に行って100円ショップかよ、などと笑わないでください。もう1つ行くところが(後述)あったのです。

 しかし、平日なのに、若い女性で超満杯。みな働いていないのかな・・余計なお世話。
 それより、コロナに感染しないかな・・。

 それにしても、「マロニエゲート銀座2」1~4階が「ユニクロ」6階がダイソー系3店舗ですが、1~6階に男性トイレが無くて、地下1階と7階だけです。
 女性客が多いのも分かるが、なぜ。爺さんには不安な建物と相成ります。

 大汗をかいて、ぶらぶら人混みを歩いていましたが、A5システム手帳リフィル保存用バインダーが、100円であるのに驚きました。
 筆者は、読書したメモは、A5システム手帳用紙に書いて、システム手帳では無く、保存用バインダー(6穴)に綴じているんですが、このバインダーがなかなか手に入らない、もう4冊になりましたが。
 丸善か伊藤屋なら、置いてありますが、1,300円から3,000円前後するんです。それが、100円 ! これだけは、感心しました。

 これだと、お隣の「東急ハンズ」は、カインズに買収されたし、ますますタイヘンかも。

 実は、この日、夫婦で出掛けたのは、コロナ禍で、2年以上休業していた、新橋の「第一ホテル東京」の「世界バイキング エトワール」が再開した案内があったからです。
 数グループ毎に分けて入場する完全予約入場制で、水曜日、11時30分、初回が取れました。
 コロナ禍までは、国立劇場の後は、いつも、ここと決まっていたのです。
 フロアの前のすき焼き店は、撤退したのか、シャッターが閉まっていました。

 料理は、ほとんどライブ・キッチンで、記念の一人1皿の〈マンハッタン・クラムチャウダーのパイ包み焼き〉が美味。ローストビーフ、天ぷら・・デザートと一通り90分食べ詰めでした。飲み物も、ジンジャーエールから珈琲まで多種あります。
 ウエイトレスさんも再開が嬉しいのか、随分、ノって元気です。
「2年間どうしてたの ? ]
と聞くと、「関連店舗でベンキョウしてました」と。

 この様な具合の一日でした。この日は、寒いのに汗をかく、変な陽気でした。
 あッ、ユニクロで、コットン・パーカーを買ってしまいました。
 次回から、読書感想を書きます。2冊たまっています。★

プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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