FC2ブログ

歌舞伎『通し狂言 孤高勇士嬢景清 -日向嶋 (4幕5場)』 ~圧巻、慟哭狂乱の景清・吉右衛門。一方で、波乱の生涯の丁寧過ぎる〈通し〉と、終幕、娘も乗船する、まるで七福神宝船の様なハッピーエンドは、少々疑問です。

 11月12日(火)正午から、
 「景清物」の集大成、西沢一風、田中千柳 作の「大仏殿万代石礎」(1725)の骨格が受け継がれた、若竹笛射ら作の「嬢景清八嶋日記」の中の「日向嶋」を中心に、そもそもの「東大寺大仏供養」と「花菱屋」を併せて補綴・再構成した、
国立劇場・歌舞伎、

通し狂言 孤高勇士嬢景清 -日向嶋 (4幕5場)

を、妻と観賞しました。この日は、空席が目立ちます。

201910271812533d0.jpg 

 開幕後、遅れて来た客を遠慮会釈なく、私の前を通そうとする案内係に異議を申し立てました。

 「序幕」(鎌倉大倉御所の場)で、仏の教えを守り国家安寧を願って、平家に焼き討ちされた東大寺大仏再建を図る、源頼朝(中村歌六)の慈悲や、平家の公達を想う玉衣姫(中村米吉)への頼朝の思いやりと、二幕への伏線となる、八島合戦で、景清に不覚をとった三保谷四郎国時(中村歌昇)の心持ちが描かれ、物語に入ります。
 これからの物語の理解が深まり、慈悲深い頼朝が強く印象づけられます。

 二幕(南都東大寺大仏供養の場)は、興福寺法師に変装した悪七兵衛景清(中村吉右衛門)が襲い、頼朝に肉薄します。しかし、吉右衛門の槍さばきが軽く、迫力が無いのは残念。
 見ていて面白いのが、悪七兵衛景清と三保谷四郎国時の力比べ。
 やがて、平家の非道を説く頼朝と、平重盛が頼朝に与えた情けを説く景清です。
 頼朝は、源氏の白旗を与え、これを切り刻む景清。あまり、気持ちの良いものではありません。武士が、温情あるとは言え、ここまでやらせるか。
 ここでは、頼朝の温情にも、平家への忠誠を貫く景清です。しかし、自らの目を突いてその温情には配慮します。
 竹本の義太夫が聞かせます。

201911101941215c6.jpg 

 三幕(手越宿花菱屋)。駿河国手越宿の遊女屋、花菱屋長(中村歌六二役)花菱屋女房おくま(中村東蔵)夫婦の人情味厚い夫と吝嗇の女房の掛け合いの妙。ふて寝するおくまが面白い。
 景清娘・糸滝(中村雀右衛門)は、身の上を切に語り、その父の窮状を救おうという心根に心動かされ、花菱屋長は、糸滝を、肝煎左治太夫(中村又五郎)と日向(今の宮崎県)に旅立たせます。遊女たちも餞別を渡しますが、その店で遣う実益のないものばかりというのは、よく注意していないとわかりません。

 「通し」で、丁寧に全部見せられるのですが、山と思えば地に戻り、何か、盛り上がらず、興奮が持続しません。
私は、「みどり」狂言はあまり好きではありませんが、折角、「通し」にするなら、亡君への想いか、娘への情か、執着を捨てたなら、そういう骨格づけた一工夫が欲しいものです。付随物をくっつけただけのようにはならない工夫がほしい。

 さて、いよいよ・・、
 四幕日向嶋浜辺の場
 日向で、亡君・平重盛の位牌を供養しつつ暮らす景清と身売りの娘・糸滝の再会と苦しい情愛。クライマックスです。
 景清の娘を想う慟哭を、吉右衛門が熱演。

201911101944009e3.jpg 

 そして、
 日向嶋海上の場
 平家への執着を捨てて(亡君の位牌も捨てて・・供養しているようには見えませんでした・・)、頼朝の家来となった景清の船に、娘糸滝まで乗っているのは、新演出でしょうか。あまり、あっけらかんとしたハッピーエンドで、「~なんちゃって」みたい。美しい舞台装置ですが、感動はありません。
 ま、いままで、文楽・歌舞伎で、あまりに、忠義に準ずる悲劇を見過ぎたせいか、ご一同の幸せな姿に戸惑いを覚えました。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください、)

続きを読む

スポンサーサイト



オペラ『トスカ』(全3幕) ~私のオペラ好きの原点である、粟国淳さんの演出とトスカ役・岡田昌子とオーケストラの熱演で、心から楽しめました。

 11月10日(日)日比谷・日生劇場で、ジャコモ・プッチーニ作曲

オペラ『トスカ』(全3幕・イタリア語上演)

を観賞しました。席は、S席、中央・最前列です。

2019092111340640d.jpg 

 先日の、「カルメン」は、期待外れでしたが、きょうは、感動しました。「トスカ」は、2017年2月にもこのブログで書いています。
 それにしても、日生劇場のオペラで、ホール入り口には、いつも、スーツ姿の管理職っぽい人々が、大勢ズラリと、L字型に囲むように一列に並んでいます。初めての人は気後れするんでは。

 私事になりますが、私は、定年退職後、ある芸術文化財団の事務局長を勤めました。
 そこで、演出家の粟国淳(あぐに じゅん)さんに知り合いました。今日の、「トスカ」の演出家です。

20191027182235483.jpg 

 私が、オペラ好きになったのは、事務局長だった時に製作・主催したオペラで、粟国さんが演出され、第一回目の顔合わせから、ピアノ・リハーサル、ズイッツプローベ(座り稽古)、オーケストラ付きリハーサル、ドレスリハーサル、テクニカルリハーサル、最後のゲネラルプローベまで、何回も、何回も、そして、本番も公演全公演、観てからです。
 それで、オペラが分かり、俄然、好きになりました。

 以降、粟国さんのファンともなり、氏のオペラは、東京以外、横浜は勿論、名古屋であろうと松山であろうと聴きに行っています。追っかけ、のようなものです。
 今回は、その粟国さんの演出です。昨年から、日生劇場の参与にもなられて、日生劇場では、イベントも含めて、頻繁に登場されるようになりました。
 10日も、ロビーでご挨拶しました。相変わらず、ダンディーな、トーン・オン・トーンのスーツ姿です。

 今回は、そのイタリアで育った粟国さんと、イタリアのキジアーナ音楽院出身で、ローマ歌劇場などで、ジャンルイジ・ジェルメッティの薫陶を受けた指揮者・園田隆一郎のタッグで、妙な読み替え新制作などしない、ヨーロッパの「風」に触れられました。

 そう、この間の「カルメン」の様な複雑な〈読み替え〉をせず、かといって、毎回、進歩があります。
今回は、カヴァラッドシの拷問されるところやナポレオン軍がマレンゴの戦いに勝利したところを、それとなく映像で見せ、一層、物語が分かりやすくなりました。

 つまり、ポイントを理解し易い演出だと、音楽のほうに集中できることに、改めて気づきました。耳に入るのです。例えば、今更ですが、「星はひかりぬ」のメロディーが何度も出てくるのも、気がつき、味わえました。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください、)

続きを読む

『コートールド美術館展』 ~マネの「フォリー=ベルジュールのバー」のシュゾンやシャイム・スーチン「白いブラウスを着た若い女」に〈会って〉来ました。

 秋晴れの11月6日(水)に、妻と、上野の《東京都美術館》で、

『コートールド美術館展』

を観賞して来ました。

20191106175251a7d.jpg 

 余談ですが、たまたま、前夜寝る前に、
原田マハ「消えない星々との短い接触」
の、セザンヌの頁を読んでいました。なぜ、セザンヌは、印象派の人々と距離を置いたか、と言ったテーマでした。
 今回の展覧会で、その文章に出てくる、セザンヌの家とアトリエの映像が見られました。

 さて、今回は、予め、1984年1月に東京・高島屋で開催された「印象派・後期印象派展 ロンドン大学コートールドコレクション」展の図録(286頁)で、大半の作品を〈予習・研究〉していましたので、予備知識はバッチリです。

 この図録は、古書店で100円で買ったものです。今じゃあ3,000円前後はするでしょう。
 絵画の研究は、随分進んでいて、その本文でも、製作年や〈ヴェルション〉の専門的追求と記述が入念ですが、キュレーターには兎も角、私には、これで十分です。
(このブログでは、これを、以後「昔の〈図録〉」と言います。今回買ったものではありませんのでお間違え無く。)

 昔の〈図録〉では、気にとめませんでしたが、ユージェーヌ・ブーダン「トゥルーヴィルの海岸」(1875)が、あんなに小さな絵(12.5×24.5)だと思っていませんでした。
 エドガー・ドガ「舞台の二人の踊り子」(1874)や、オノレ・ドーミエ「ドン・キホーテとサンチョ・パンザ」(1865)は、昔の〈図録〉よりも色調が暗い(深い)と感じ、やはり、印刷ではなくて本物を観なければ分からないものだと思った次第です。

 また、昔の〈図録〉では載って無く、今回展示された、私の〈好きな〉シャイム・スーチン「白いブラウスを着た若い女」(1923)を観ることが出来て嬉しかった。早速、帰りには、そのポスト・カードを買い求めました。

201911071235503d5.jpg 

 極めつけは、やはり、エドゥアール・マネ(1832-1883)、最晩年、51歳の、カフェ・コンセールの「フォリー=ベルジュールのバー」(1881-82。油彩・96×130)です。
 会場には、当時の劇場のポスターも何枚か貼ってあり、また、映像も流されていて、劇場とその中にあるバーの様子がよく分かります。

20190109165429ccd.jpg 

 ジョルジュ・オスマン(1809-91)のパリ改造計画によって出来た大通り(グラン・ブールヴァール)沿いに出来た、そこで最大の人気だったのが、「フォリー=ベルジュール」です。 絵のモデルは、そこの女性バーテンダー・シュゾン。彼女が見つめるのは誰なんでしょうか。
「退屈している」のか、「悲しがっている」のか、「すねている」のか「明るく生き生きしている」のか諸説あります。昔の〈図録〉では、高階秀爾さんの詳細な解説がありましたので熟読していきました。

 英国の繊維業界の実業家・サミエル・コートールド(1876-1947)が、この絵を1928年に購入したときは、既に1万ポンド(現在の2億円)でした。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

ジョン・マウチェリ『指揮者は何を考えているか』 ~出た ! 今年、最も面白かった本。指揮者の遠慮無い本音とわかりやすい音楽の秘密が、膨大な事例で書かれていて、目から鱗で面白く、有益な本です。

 さて、今日のこの本は、私の読んだ「今年のお薦めベスト」、最上位の本です。

ジョン・マウチェリ(松村哲哉 訳)『指揮者は何を考えているか』(白水社)

 本書の原典は、2017年刊行で、日本語版は、2019年7月に第1版、10月に第2版が刊行されています。私が、読んだのは、第2版です。本文は、330頁、定価3,000円です。

201910300944341c6.jpg 

 《白水社》の本は、良書が多いのですが、程度が高くて、取っ付きにくい本が多いので・・と、やや腰が引けていましたが、本書は、読み始めると、何と読みやすく、何と面白く、何と役に立つ本でしょうか。
 読んで本当に良かった。「今年のベスト」に掲げたいと思います。

 指揮者ジョン・マウチェリ(1945-。ニューヨーク生まれ)【写真2枚目】が、指揮者の仕事を、あらゆる面から紹介し、その中に、50年間にわたる膨大な経験談や当事者から聞いた第一次伝聞が、惜しげなく掲載されています。
 翻訳(松村哲哉 訳)が、実に読みやすく、頻出する数多くの音楽(用語)の説明も、本文に上手く溶け込んでいます。

2019110116133998c.jpg 

 著者ジョン・マウチェリは、ロサンゼルス・フィルハーモニー協会の管理する交響楽団ハリウッド・ボウル・オーケストラで、創立(1990年)から16年間音楽監督を務めています。 因みに、1997年に楽団を率いて来日しています。

 ハリウッド・ボールは、ハリウッドにある野外音楽堂です。
 著者は、また、ミラノ・スカラ座、メトロポリタン歌劇場などにも客演し、母校イェール大学で教鞭もとっていて、CDなども50枚以上録音しています。

「ウエストサイド物語」を作曲した、レナード・バーンスタイン(1918-1990。1943年にニューヨーク・フィルに指揮者デビュー)【写真3枚目】と親交があり、そのバーンスタイン作品の初演も多く手がけています。

2019110213163852d.jpg 

 さて、本書は、《イントロダクション》で、早速、興味ある話題に入って行きます。

 まずは、マーラーの交響曲第2番「復活」を、音楽キャリアの無い、米国の実業家(経済誌「インスティテューショナル・インベスター」の創刊者)ギルバート・キャプラン(1941-2016)が、自費でアメリカ交響楽団などで100回以上指揮した、つまり素人の指揮者の話題と、名匠ピエール・ブーレーズ(1925-2016)の逸話の対比から入ります。
 ブーレーズは、バーンスタインに継いで、1969年からニューヨーク・フィルを指揮した人物です。

 次に、1975年に、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)【写真4枚目】が、自分の山荘にバーンスタインを招いた時の、バーンスタインから聴いた逸話の話になります。
 バーンスタインのカラヤン評などがあり、何かカゲグチを聞いているようで、もうここで、頁を置くことが出来無くなってしまいます。

20191102132449605.jpg 

 そして、次は、少し指揮の話の基本知識に触れられます。例えば・・、

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

梶よう子 『とむらい屋颯太』 ~葬具屋を舞台に江戸の人間模様を描いた、まるで、江戸のホームドラマのような市井の物語六編。

 「現役」の頃から、数十年通っている、大手町の理容店に行き、その後、もう、朝9時から開いている、丸善書店で、来年のカレンダーと薄い手帳を買いました。
 手帳は、もう無くても良いんですが、《年齢早見表》は、どうしても必要なんですね。

 さて、前回の、朝井まかてさんの次は、やはりファンである梶よう子さんの新刊小説。

梶よう子 『とむらい屋颯太』(徳間書房)

今度は、どんな物語か、ワクワクして頁をめくって行きました。
 江戸新鳥越町二丁目にある「葬具屋」つまり、「とむらい屋」を舞台にして、市井の人々を描いた、六編の短編からなる物語です。

20191025180804f95.jpg 

 一章、大店の君津屋に台所奉公している、植木屋・与八とおていの娘・八重が、大川に土左衛門であがった不審死、
 二章、馬喰町の公事訴訟宿(江戸宿)に泊まっていた加平次が独楽(こま)の紐を持って凍死していた不審死、
・・を読むと、まるで、颯太の謎解きミステリーかな、と思ってしまうのですが、だんだんと、二章で、加平治が、子どもの昔、加吉と言った頃の、兄の長助(長じて峯屋長右衛門)との話が出てくる頃から、主人公たちの辛い過去、その中で光明を与えてくれた人を、縁あって葬る物語が頻出します。
 そうなると、もう、梶さんの世界に引き込まれていました。
 世の中に幸福を絵に描いたような人は周囲にいない、という物語が続きます。
 今度は、こう来たか・・・。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

朝井まかて 『落花狼藉』 ~江戸「吉原町」の約50年間の盛衰と傾城屋「西田屋」の人間模様を〈切先鋭い〉主人公花仍を中心に描いています。

 今度、朝井まかてさんが書いたのは、江戸吉原の歴史と、そこにある傾城屋「西田屋」の人間模様です。
 朝井小説大ファンの私は、今年、8月刊行の本を、秋深くなって、今、精読しました。

朝井まかて 『落花狼藉』(双葉社)

20191022201940137.jpg 

 物語は、親仁(とと)さんと皆から慕われた、吉原の傾城屋「西田屋」の庄司甚右衛門と、気の強い妻・花仍(かよ)の生涯を、遊郭「吉原」の歴史を詳述しつつ描かれます。

 江戸が開府され、当初、圧倒的に男性人口が多かった当時は、売色もさかんでした。
 それを、秩序をまもるためという理由で、一箇所に売色の店を集めた、遊郭の吉原は、甚右衛門の手腕で、12年かけて、唯一の〈売色御免〉公許の町になり、甚右衛門が惣名主となり「町」と認められました。
 当初、江戸幕府を甘く見て吉原に〈投資〉しなかった、角町(すみちょう)の九郎右衛門の店などとの諍いも長く続きました。

 その間、吉原の町も11年たつと、由井正雪の乱で浪人が逃げ込むのを防ぐためや、江戸城大奥の反対もあって、また、何よりも吉原周辺が江戸の繁華街に成長して来たこともあって、今度は、遊郭の風紀を守るためという理由で、江戸の外れ、葦の生え田圃の広がる浅草浅草寺裏の新吉原に移ることを命じられたりもしました。

 その時も、甚右衛門は、町奉行との移転条件交渉に没頭します。
 大火災が、正保2年富沢町出火の火災と、明暦3年の大火災、さらには、万治3年の大火と三度起こり、再起に苦労します。店や家は勿論、妓夫も死にます。

 「吉原」は、湯女がいて売色する「風呂屋」(売色しないのが「湯屋」)や、売色する「お国歌舞伎」との争いもずっと続きます。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

「中島 敦」展で、家族への愛情に感動し、「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展で、《ピアノを弾く少女たち》の色遣いの美しさに圧倒されました。 ブログ・アクセス数が、19万を超えたことをお礼申し上げます。

 まずは、このブログのアクセス数が、19万を超えました。心からお礼申し上げます

 さて、何度かお話ししましたが、横浜に、オペラ「カルメン」を観に行ったおり、18日(金)午前中に、
「神奈川近代文学館」(中島 敦展)
に行き、

2019101520554309e.jpg 
21日(月)に、
「横浜美術館」(ルノワールとパリに恋した12人の画家たち展)
に行きました。

20191015210135767.jpg 

 そのために、
『中島 敦 中国小説集』(ランダムハウス講談社)
を読み、漢文調の、知的な文章に圧倒されました。
 読んだのは、「李陵 司馬遷」、「山月記」、「弟子」、「悟浄出世」 です。

 漢文調といっても難解では無く、流れるような名文に圧倒されました。
 文中に出て来た、何かの折に遣える単語、例えば、天気を現すだけでも・・「秋天の一碧」(雲一つ無い青空)、「碧洛(へきらく)の潔(きょ)さ」(青空)、「遡風寒く」(北風寒く)、「黄雲が落暉(らっき)に曛(くん)ずる」(黄昏時の雲が夕日にいぶされているように見える)・・等々をメモしていくと、たちまち何枚にもなりました。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

オペラ『カルメン』(全4幕) ~《ゲネプロ》と《本公演》、2回観ました。予め、演出家の話を聞いていたので、《読み替え新演出》でも隅々までよく理解できました。〈結末〉まで熱演光るフラスキータ役・青木エマ。翌日、朝食の隣席に指揮者ケーニックさんが !!

 神奈川県民ホールで、ジョルジュ・ビゼー(1838-1875)作曲の

オペラ『カルメン』(全4幕)

を、
10月18日(金)14時から、《ゲネプロ(総仕上げリハーサル)》、
20日(日)14時から、《本公演
と、2回(2日)観賞しました。

20191015205128112.jpg 
 本公演での席は、中央・最前列です。
 なお、リハーサルは、下手舞台に張り出した、2階最前列だったのですが、「音」は、確かに、こちらの方が良いですねえ。
それに、今回は、最前列だと、舞台上の〈レッド・カーペット〉は見えません。
 ただ、私は、視力も落ちているし、細かい表情を観たいので、これからも最前列にします。

 《ゲネプロ=ゲネラール・プローベ(総仕上げリハーサル)》は、チケット購入者約200名の参加で行われました。
 当日、リハーサル終演後、演出家・田尾下 哲さんのトークがあり、その後半の質疑では、結構、議論が白熱して有益でした(その内容は、後述します)。
 と、言うのは、後述のように、今回の演出は、物語を、21世紀のショー・ビジネスの世界に置き換えた新演出だからです。
 私も、演出家のトークを聴いて、始めて府に落ちたところや、見落としていた細部に気づきました。
 いきなり本番観賞だと、ちょっと理解出来なかったかも知れませんでした。その意味で、賛否両論ある公演だったと言えましょう。

 なお、18日(金)は、午前中、「神奈川近代文学館」(中島 敦展)に行き、
20日(日)終演後は、ほぼお隣の「ホテルモントレ横浜」に泊まって、ブログの下書きをして、
21日(月)は、「横浜美術館」(ルノワールとパリに恋した12人の画家たち)に行きました。そのお話は、後日にします。
 ところで、ホテルの朝食の隣席に、指揮者ジャン・レイサム・ケーニックさんが、連れの(お付き ?)若い男性と来られました。ここに泊まっておられたんだ・・。

 それはそうと、余談になりますが、オペラ「カルメン」については、青春の思い出があります。
 私が、ちょうど、クラシック音楽に興味を持ち始めた高校生の頃、カラヤン=ウイーンフィルの『カルメン』全曲盤レコードを買いました。確か、1963年収録版でしたか。

 分厚い全曲ヴォーカル・スコアや、美術冊子、解説書などが付録に付いて羊皮背表紙のボックスに入った超豪華限定版でした。演奏についても、今でも、「レコード史に残る金字塔」と言われています。
 私は、レコード店のおばさんに、おずおずと、「ポイント分の割り引き」を交渉し、清水の舞台から飛び降りた気持ちで大枚をはたいて買ったのを覚えています。
 それから、毎日、近所の迷惑も顧みず、ヴォリュームがんがんで聴いていました。
 因みに、私は、その後、バーンスタインのファンになり、カラヤンのレコードを買ったのはこれが最初で最後でしたが。

 さて、閑話休題。「カルメン」です。
 先ほども述べましたが、今回の公演は、21世紀のショー・ビジネスの世界に舞台を置いた《読み替え新演出》です。コンセプトは、《ショビズ・カルメン》とか。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

加須屋 誠 『地獄めぐり』 ~自己の内面の欲動を、顧み・抑えること、としての地獄思想に触れることが出来ます。

 余談ですが、時代の流れが、どうも「そちら」(キャッシュレス)の様なので、私もその一つ、《PayPay》を始めました。
 Yahoo ! JAPAN IDで、チャージ用のYahoo ! JAPANカードもつくり(それも、Tポイントに有利なマスター・カード)、正統的に構築しましたが、結局、チャージは、セブンイレブンATMでしています。
 始めるにあたって、ネットの各種投稿、特に、You-tubeの動画の説明が随分役立ちました。始めると簡単で、確かに、《現役》の人には、必須かもしれません。

 今日の本題です。

 子どもの頃、親から「嘘をつくと閻魔さんに舌を抜かれる」とか、「お天道さまが見ているよ」などと言われた記憶があります。
 また、小説に出てくる「火車(かしゃ)」とはどういうもの、と思ったこともあります。

 しかし、閻魔さんや、地獄について、きちんと知る機会が無いまま72歳まで来ましたが、ここで始めて、この本で知ることが出来ました。

加須屋 誠 『地獄めぐり』(講談社現代新書)

2019100717012099e.jpg 

 今、もう一冊

中島 敦 『中国小説集』(ランダムハウス講談社)と、
『中島敦』(河出書房新社・道の手帳)

も読んでいます。

201910081730510ea.jpg 

 後者については、神奈川県民ホールで、オペラ『カルメン』を観る折、神奈川近代文学館の「中島 敦」展に立ち寄ろうと思ったからです。
 『カルメン』については、《ゲネプロ(総仕上げリハーサル)》と《本公演》と、2回(2日)観ますが、ゲネプロ前に文学館(「中島敦展」)を、本公演終了後は、近くに泊まって、翌日、横浜美術館(「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」)に行く予定をしています。

 さて、閻魔さんや地獄・・、

 まず、〈閻魔天〉が、裁きの〈閻魔王〉になったのは、12世紀頃からのようです。
 閻魔、は、サンスクリット語のヤマ神の音訳です。そこに、チグチス・ユーフラテス河流域のシュメール人の文化である地獄の思想が入って来ました。

 中国では、8,9世紀頃から民衆に道教の教えが混ざって、そのような傾向がありましたが・・例えば、人が死んで7日、49日毎に閻魔王の裁きがあるので、肉親らは、少しでも刑が軽くなるように供養した如く・・、我が国では、まだ、仏教伝来当初は、閻魔王という、最初の人間、したがって最初の死者として、12天の一人として仏教を守る役割がありました。

 やがて閻魔天から、裁きの〈閻魔王〉になった閻魔は、同生神同名神、という二人の倶生神を従えています。
 二人は現世に出張し、前者は人の右肩、後者は人の左肩に付いて、人の生涯の善悪の行いを詳細に記録します・・いわゆる「お天道さまが見ている」ことでしょうか。

 人は死ぬと、先の記録に基づいて〈閻魔王庁〉の合議で裁かれます。
 合議は、閻魔王のほか、書記の司命、司録など〈五官〉です。先の記録の外、〈浄頗梨鏡(じょうはりきょう)〉という、過去・現在・未来の一切を写す鏡もあります。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

国立劇場・十月歌舞伎公演『通し狂言 天竺徳兵衛韓話』 ~成駒屋・中村芝翫、独壇場の熱演、大活躍です。板東彌十郎との競演、大蝦蟇の登場、屋体崩し、水中六方、早替わりの圧巻もあります。

 皆様、台風の被害はありませんでしたか。
 私は、中学生の頃、第2室戸台風で屋根を飛ばされた経験がありますので、台風には、敏感になってしまいます。

 台風で、永田町・国立劇場は、12,13日が休演となりましたが、私は、10日(木)正午から、妻と、十月歌舞伎公演

通し狂言 天竺徳兵衛韓話
(「てんじくとくべえ いこくばなし」)

を観賞しました。
 このブログでは、既に、8月22日に、物語を詳説しています。

20190925143618fc2.jpg 

 本公演では、国立劇場らしく、「序幕」(北野天満宮鳥居前」「別当所広間」で、佐々木桂之介(中村橋之助)が、将軍から預かった宝刀〈浪切丸〉を紛失する前振りがあって物語が理解しやすい演出です。
 しかし、ここは、地味で、やや退屈気味。35分の休憩に入ります。

 第2幕目(「吉岡宗観館」「裏手水門」)からは、天竺徳兵衛(中村芝翫)が登場して、舞台が華やぎます。
 徳兵衛は、アイヌの民族衣装〈厚司(あつし)〉を着ていて、よく見ると、舞台背景も南国樹木が描かれています。
 前半は、徳兵衛の〈異国話〉。琉球を沖縄の水族館の話にして始まり、台湾、果てはハワイのワイキキビーチ、最後に天竺(インド)と、そこまでは、軽妙なアドリブ三昧です。

 後半は、父、吉岡宗観(板東彌十郎)との対面、切腹し瀕死の宗観から、妖術を授けられます。
 板東彌十郎×中村芝翫の熱演、そして、「屋体崩し」のスペクタクルと巨大な蝦蟇(がま)の登場で、舞台は熱を帯びます。
 蝦蟇は、今回、高さ約1m、体長約2.5mとかで、「古風」に造ったとか。

20191011150421a4d.jpg 

 最後は、中村芝翫は、〈水中六方〉で花道を去ります。東西南北さらに天地をかく如き動きの六方の水中版で、まさに、ハイライト場面。
 ここで、25分の休憩。
 余談ながら、ここで、私は、たいがい、ミカンと醤油の効いた煎餅を食べます。

 さて、いよいよ、大詰(「梅津掃部館」「奥座敷庭先」)
 座頭・徳一に化けた徳兵衛が、軽妙なアドリブで木琴を聴かせ、その後、正体を見破られ、舞台、庭の泉水に飛び込んで逃げ、早替わりで花道から、裃姿の斯波義輝(しばよしてる)、偽の将軍家上使として現れます。

 しかし、この泉水~早替わりは、やや、期待外れ。
 初演(文化元年、1804年・河原崎座)の頃は、本水に入って、床を転がって水を手ぬぐいで拭き、長裃姿に早替わりした水中早替わり、とか聞いていたので、今回、単に、舞台セリの正方形の穴に跳び込み、周囲で、噴水のように数本で水を出しただけだったのは、ちょっとチャチでした。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

原作の世界観を弾く圧巻のカデンツァ、終幕のプロコフィエフ ピアノ協奏曲の大熱演に感動しました ~映画「蜜蜂と遠雷」(恩田陸・原作)は、近頃稀な良い映画でした。

 映画を見終わって・・、直接関係ありませんが、少年時代に読んだロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」の言葉、たしか・・〈誰であろう戦っている、やがて勝つであろう、自由な魂に捧げる〉を思い出しました。

 今日は、映画

『蜜蜂と遠雷』

を観ました。感動しました。本当に、良い映画だった。
監督・脚本・編集:石川慶(1977-)。

201910041730574ef.jpg 

 この夜、たまたまNHKーTV『らららクラシック 蜜蜂と遠雷』(Eテレ・9:00~9:30)で、主演の松岡茉優さんと、ピアノ〈吹き替え〉の河村尚子さんが出ていました。
 松岡茉優さんは、祖父が買ってくれたアップライトピアノで、消音して、指先の動きを練習したとか。

 河村尚子さんは、劇中の課題曲「春と修羅」を弾きました。
 その「春と修羅」、宮沢賢治の詩から作曲したものですが、その作曲者・藤倉大(1977-)さんも滞在先のポーランドから国際電話で登場しました。
 原作の該当頁を写真に撮って、壁一面に貼ってイメージを膨らませて作曲したそうです。映画を観た後、有益な番組でした。

 原作は、直木賞と本屋大賞をW受賞した長編小説、恩田陸(1964ー)の「蜜蜂と遠雷」です。
10年以上にわたって書かれました。
 私は、幻冬舎のPR誌「星星狭」、その廃刊後「ポンツーン」で連載時に、本当に長い期間にわたって読んでいましたが、あまりに長すぎて散漫な理解になってしまいました。それどころか、ずっと、「ミツバチと遠雷」と頭に入っていたんです。
 でも、それが、変に原作と比較したりせず、映画に集中出来てかえって良かったかもしれません。

201910041734584b7.jpg 

 物語は、4人の若者がピアノ・コンクールで、自分を見つけ、成長していく物語といえましょうか。
 誰が一位になったかなどは、蛇足です。映画も、最後、字幕でさらりと写しています。

 そう言えば、先のNHK番組の30分後に、
NHKドキュメント選『密着・カリスマ指揮者への道 国際コンペの舞台裏』(Eテレ・10:00~10:50)という、
フランクフルトでのゲオルグショルティ指揮者コンクール本選のドキュメントが放送されていました。
 誰かが言っていました、「これは、自分自身との戦いだ」、「作曲家という神が伝えた音楽を伝える役目が指揮者にある」、さらには、「これはコンクールだ、だから運が必要」とも。
 審査員カール・ラヒリスらの審査の模様も、今日の映画を観て、同じ雰囲気を感じました。

 で、「神」という言葉が出て来て思ったのは、『蜜蜂と遠雷』の題名の意味です。巷間様々に解釈されていますが・・、

・人間と神
という有力説が一つあります。他に、
・音符としての蜜蜂と胸の奥で鳴っているような遠雷
・登場人物の一人養蜂家の息子・風間塵とその師ユウジ・フォン=ホフマン
・世界に満ちている、命の躍動としての音楽
・外、喜ばしき世界を象徴する記号
などです。
 10年以上かかった小説に最初につけた題ですから、抽象的な中にも、全体に通じるものがあるのでしょう。

 さて、物語の4人とは・・、

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

国立劇場《あぜくらの集い》で、古井戸秀夫さんの、楽しく、歌舞伎知識満載の、講演「天竺徳兵衛と鶴屋南北」を聴きました。

 きょうは、写真を多くしました。気軽にお読みください。

 午前中、妻と、新橋に出て、NHKテレビ「サラメシ」で知って以来、2度目となる「長崎街道」で、《皿うどん》を食べました。

2019092617570662e.jpg 

 食後、そこから2分ほどの、「鳥越神社」に行って、可愛い巫女さんから、カラフルな、御朱印をいただきました。

201909281238585c1.jpg 

 その後、新橋駅前広場で開かれている大がかりな《古本市》をぶらついて、百貨店に行くという妻と別れて、さらに、まだ、予定時刻まで1時間半あるので、30分歩いた話は、最後にします。それから、予定している国立劇場に行きました。

 さて、本題です。

 9月26日(木)午後2時から、国立劇場伝統芸能情報館(レクチャー室)で、
 国立劇場・十月歌舞伎公演『通し狂言 天竺徳兵衛韓話』に因んだ、

あぜくらの集い「天竺徳兵衛と鶴屋南北」

を聴講しました。
 この日は、『通し狂言 天竺徳兵衛韓話』の稽古初日だそうです。
 《あぜくら》とは、国立劇場会員《あぜくら会》のことです。

 講師は、東京大学名誉教授・古井戸秀夫さんです。
お歳なのに、すこぶるスマートな体型。
 早稲田大学文学部演劇科卒業。『評伝 鶴屋南北』(白水社・2018刊)で、2019年(1951-)芸術選奨文部科学大臣賞、読売文学賞、日本演劇学会河竹賞を受賞されています。
 凄い本。2巻で27,000円。2段組、2巻で1,629頁あります。その第1巻の最終章、第6章に「天竺徳兵衛と夏芝居」が書かれています。さすがに買うのは諦めて、図書館に申し込みましたら、すぐ、借りられました。

20190925133612a95.jpg

 お話のスタートは、大学院生の頃、今は無くなっている、当時、落成直後のABCホールの新劇公演で、この天竺徳兵衛の補綴台本を1幕分書いて、演出した〈武勇伝〉から、ユーモアたっぷりに始まりました。
 その公演の天竺徳兵衛は橋爪功、吉岡宗観は仲谷昇

 新しい舞台に本水を遣い、おまけに、舞台装置係が緊張して、客席7列目あたりの批評家のいる席に水を飛ばしてしまったとか、せり上がりが無いので、真似た工夫をしたとか、花道が無いので造ってしまったとか、
 新劇役者は、切腹の動きが小さく短いので、長く、両手を離す動きにしたら、予想したとおり、批評家がすっ飛んで来たとか、ユーモアたっぷりです。
「私は、人が怒ると冷静になれるたちなんです」とか。
 で、劇場に「出禁」、つまり、出入り禁止になった、ペンネームを遣っていて良かった、というのは、面白く話を盛られたのでしょうが。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

深水黎一郎『トスカの接吻』 ~2日で読了しました。オペラ解釈や舞台裏話満載で、オペラ好きには、抜群に面白い作品です。

 知りませんでした。この作者、この作品。
 面白かった。実に、面白かった。

深水黎一郎『トスカの接吻』(講談社ノベルス)

です。少し古く、2008年作品です。

2019091818091518f.jpg 

 前回の、『エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』の美術と言い、このオペラと言い、ややマイナーな読者対象で、本の売れ行きを案じてしまいます。

〈トスカの接吻〉とは、第2幕でのローマの歌姫・トスカが、警視総監・スカルピオをを刺殺する時の台詞です。
 因みに、私が、このオペラを観たのは、2007年2月でした(演出は、アレッサンドロ・タレヴィ、指揮・ダニエーレ・ルスティオーニ)。
 この11月に日生劇場でも観る予定があります【下は、そのチラシです。】。

2019092111340640d.jpg 

 小説のあらすじは・・、

 ジャコモ・プッチーニのオペラ『トスカ』の第2幕で、恋人カラバッドシを捕らえ、処刑すると言って、トスカに言い寄る、王党派の警視総監スカルピアを、トスカは、隠し持ったナイフで刺し殺します。
これがトスカの接吻よ ! 
と言いながら。

 しかし、舞台では、ここで、すり替えられた本物の短剣で、首の頸動脈を切られたスカルピア役が本当に殺されてしまいます。

 おまけに、数日後、このオペラを演出した、世界的演出家も風呂場で頸動脈を切られて殺されました。
 その現場には、「これがトスカの接吻よ」という文字が、鏡に口紅で書かれ、死体は、奇妙に、手を交差したような格好をしていました。

 殺された演出家は、来年上演する新しい「トスカ」の演出を記者会見で発表したばかりです。
「トスカ」のオペラ台本や台詞の分析を踏まえて、「トスカ」の読み替え・新解釈、《スポレッタ黒幕》の演出を考案していました。

 その新演出は、スカルピアは、トスカを我が物に出来ると思ってからは、カラバッドシを、見せかけの処刑にしようと意図していたものを、部下のスポレッタが、トスカをやはり我が物としたくて、命令に背いて実際に銃殺にしてしまった、というものです。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

承前。激情で描いたスーチンを中心にした、「エコール・ド・パリ」の、四人の「呪われた芸術家たち(レザルティスト・モウディ)」の話です。

 スーチンの絵を観ていて、直接、関係は無いのですが、大江健三郎の、「文学の文章は、美しく書かないで、あえて歪めて書く」、という指摘を思い出しました。

 一人の画家を知るには、1、2冊だけ参考書を読んだのでは、余計疑問が深まります。
 スーチンの場合も、例えば、貧困と言われていますが、バーンズやカスタン夫妻に絵が売れた後もなぜそうだったのかとか、どうして名医にたやすくかかれたのかとか、ゲルダの収容されたのはドイツの強制収容所では無くてフランスのそれだったとか(これは思慮深く読めばすぐ気づきますが)、あるいは、そもそも、マリー・ベルト・オーランドは自殺したとか・・、なかなかそれぞれの本だけでは、行間が埋まりませんでした。やっと、ほぼ理解出来たので、アップしてみます。

 さて、今回も、まずは、ハイム・スーチンの絵画、
マキシムのボーイ」(1927)です。

20190915204350551.jpg 

 ボーイの屈託、屈辱(チップを貰う差し出した手をご覧ください。)と雇用不安を想像させる中に、あざけるような笑い、も表現されています。
 似ている絵は、先日の、前回のブログの
ページ・ボーイ」(1925~7頃)。

20190904080546451.jpg 

 寂しげな目、しかし、口は官能的です。支離滅裂なようで、作者の激情が表されています。これにもミステリー小説に出て来た、カドミウム・レッドが使われています。
(スーチンは、指を遣っても描いたそうですから、カドミウム中毒ということも捨てきれません。)
 この外に、真っ赤な服の絵は、後援者・マドレーヌ・カスタン(室内装飾家)が当時破格の3万フランで買い上げた「座る少年聖歌隊員」(1930)、それに、「赤い服を着た女」(1922)、やはり前回のブログに載せた「心を病む女」(1920)などがあります。

20190903203406127.jpg 

 多くのスーチンの絵は、全て身をくねらせ、流麗からほど遠く、ある女性の絵は、スーチン自身が胃潰瘍であったことから、極端な痩せたウエストで描かれています。
 いずれも、不気味な戦慄を与え、苦しむ者の存在の根源から発しているようなデフォルマッション(対象の変形・歪曲)です。

 前回、スーチンと晩年の約3年を過ごした女性、ゲルダ・ミハエルスの本(『スーチン その愛と死』)を紹介しましたが、実は、その外に、ゲルダの前に、スーチンには、ボーレット・ジュルダンという女性がいました。
 1925年頃に、画商・ズブロフスキーが、モデル兼家政婦として紹介した女性です。
 さらに、ポーランド女性のデボラ・メルニク

 そして先ほどのゲルダの次に(大戦中、ゲルダが、フランスの敵国であるドイツ人であるため、1940年5月15日からフランス国内で強制収容されて、スーチンと離れざるを得なくなった後)、四番目、死を看取ったマリー・ベルト・オーランドと、4人の女性が係わりました。
 マリーは、当時、35歳位で、マックス・エルンストの前妻でした。美人でしたが、気が荒く、昔、アル中かで精神病院入院歴もあったとか。
 スーチンの墓(後に、墓碑銘が彫られた時に、スーチンの綴りと生年が間違っていました。)に自分の場所を確保しておき、1960年に自殺し、亡くなったときに、そこに埋葬されました。
 マリーとゲルダの複雑な感情は、ゲルダの前掲書に書かれています。
 メルニクは、1925年に女の子を産みましたが、ゲルダの書に出てきますが、後に手紙で知ったスーチンは認知しませんでした。
 何れの女性もスーチンに尽くしましたが、ゲルダが最も献身的で、スーチンが心の安らぎを得たのは間違いないようです。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

画家スーチンに凝って、深水黎一郎 『エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』を読みました。 ~絵画の蘊蓄にみちたミステリーです。 エコール・ド・パリの絵画史と、スーチンの絵画が関係する現代日本の密室ミステリーで驚きの結末に至ります。

 前々回も少し触れましたが、先日、国立西洋美術館の「松方コレクション」で、エコールド・パリ(パリ派)の画家、ハイム・スーチン(1893-1943)の
「ページ・ボーイ」(1925)と、
「常設展」会場の、
「心を病む女」(1920)、
を観て以来、スーチンの書物に集中しています。
 写真は、書斎の机上です。下記の書物3冊と、機器の《ポメラDM200》(キングジム)があります。《ポメラ》は、フタを開ければ、すぐ入力できるので、書き溜めの執筆に欠かせません。執筆終了後にパソコンにリンクして、ブログに複写しています。

20190914151007d0a.jpg 

 さて、ハイム・スーチン。シャイム・スーチンとも、カイム・スーチンとも言います。
 先ほどの、「心を病む女」。
 ・・画題は、「狂女」、「気違い女」などとも言われますが、もともと、画題は作家自身がつけたものでは無く、画商やパトロンがつけたものですが、本作は、作家・林芙美子さんが所蔵していたものです。
 何となく、納得できるではありませんか。
 死後、夫の林緑敏さんが、1960年、開館1年余の国立西洋美術館に寄贈されました。(美術評論家・嘉門安雄「日本にあるスーチン」~「カイム・スーチン 世界の巨匠シリーズ」月報所収~)。

 そこで、今日読み終えたのは、2008年2月刊行の作品ですが、

深水黎一郎『エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』

(講談社ノベルス)です。
 レザルティスト・モウディとは、「呪われた芸術家たち」という、エコール・ド・パリの画家たちを言います。

20190910113237582.jpg 

 なぜ、読むのが小説か ? と言うのは、この小説中に、書中書のように、エコール・ド・パリ、エコル・ド・パリとも言い、《エコル》とは流派のことですが、この「美術史」の記述が、主人公が書いた著書の形で、独立して数章入っているからです。
 さらには、小説本文中にも、随所にエコール・ド・パリやスーチンら画家に関する記述が出て来ます。
 スーチンに関する書物が少ない中で、これは貴重な資料です。

 著者の深水黎一郎〈ふかみ れいいちろう〉氏は、1963年生まれ、慶応大学文学研究科後期博士課程修了で、在学中、仏政府給付留学生として留学、ブルゴーニュ大学修士号、パリ大学DEAを得ています。
 ですから、本書中の美術史の部分は、それだけで、一冊の価値がある記述です。
 併読している下記の参考書籍も、その《参考文献》で知りました。
 余談ですが、この著者の、オペラを題材にした作品『トスカの接吻』(講談社ノベルス・2008年)を探し出して、読み始めました。11月に、日生劇場で「トスカ」を観る予定ですので、余計に面白い・

 閑話休題。その併読しているのは、

ゲルダ・ミハエルス 『スーチン その愛と死』(美術公論社)、

 (ゲルダ・ミハエルス(愛称・ガルド嬢)は、スーチンと晩年共に過ごした女性です。
《ガルト》とは、看護婦の意味での愛称ですが、看護婦ではありません。スーチンと住み、医者に行くのを勧め、レントゲンを撮るのを説得し、タバコだらけの床を掃除して、極貧の中に暮らして、スーチン死後は、フランスに帰化し、パリに一人で過ごし、この書は、1977年に出版されていますが、その前年、1976年までは美術館に勤めていて、その時点で65歳でした。)

20190911073100da4.jpg 


 もう一冊は、大判の画集、
・『カイム・スーチン(世界の巨匠シリーズ)』(美術出版社)
です。

 きょうのブログでは、主に、小説のほうを中心にお話しして、エコール・ド・パリなど絵画史については、後日「続編」として、あらためて書いてみます。

 では、早速、小説(ミステリー)の概要で、
まずは、全体のポイントは・・、
(なお、ネタばらしは、最後の「追記」で書きますので、結末を知りたくない方も、ご安心して本文をお読みください。)

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。

続きを読む

映画『荒野の誓い』 ~正視できない、殺された子を埋めるロザリーの慟哭。一方、近頃、希有な、甘い抒情的なラストです。白人・先住民間の対立の中で、生き方に悩む人々を描く、生真面目で、正統的〈西部劇〉です。

 このところ、我が家の庭で、秋の虫が、互いに会話しているような、呼び合っているような、重奏が聞こえます。☆

 さて、前回にご紹介した、国立西洋美術館「松方コレクション」で絵を見て以来、このところ、画家のハイム・スーチンに興味を持って、
・深水黎一郎『エコールド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』、
・ゲルダ・ミハエルス 『スーチン その愛と死』(美術公論社)、
・『カイム・スーチン(世界の巨匠シリーズ)』(美術出版社)
など3冊に耽溺しています。☆

 きょうは、映画に行って来ました。
 当初、ずっと観て来ているタランティーノ監督の、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(2019)に行く予定でしたが、新聞評で知った映画のほうに行ってきました。 それは、

荒野の誓い』(2017・米国・135分)

です。
 原題は《Hostiles》(敵、仇)です。邦題は、ちょっと・・。

201909101139393d3.jpg 

 それにしても、この映画、上映館が少ない。
東京都内では、たった、2館だけ。どうして ?
 ウエスタンが流行らないから ? それとも、今時、白人と先住民との人種的憎悪と偏見の骨肉の争いは、時代遅れ ? でも、これは多分、「配給」が松竹、東宝といったところでは無いからでは・・。
 と言うわけで、始めての館、「新宿バルト9」に行きました。
 新しい館で、床の勾配がきつくて、前の席が気にならず、観やすいのですが、欠点があります。ロビーが広いのに小さな椅子が3脚しかありません。
 「どうして ?」と、通りかかった社員に聞きました。わからず。

 ところで、余談ですが、この日、暑かったので、チケットを買ってから、お隣の「追分だんご本舗」に行って、「抹茶氷あずき」(1,177円ほど)を食べて、体の熱をさまして、休憩していました。量が多く、若い女性は残していました。

 さて、映画・・。ほぼ満席です。
 私は、もともと、ウエスタンは、好きな分野ではあります。しかし、この映画は、〈ウエスタン〉と言うより、マカロニ・ウエスタンなどが出る前の生真面目な、正統的な〈西部劇〉という趣でした。

 印象に残ったところの結論から言いますと・・、
 開巻冒頭で、夫と幼い子ども3人(一人は赤ちゃん)をコマンチ族の残党に惨殺された、ロザリー・クウエイド役のロザムンド・バイク(1979-)が、めっぽう巧い。こちらの方が主役っぽいところです。
 特に、開巻冒頭から約1/4位まである、ロザムンドのPTSD(心的外傷後ストレス障害)の演技は、真に迫っています。

 一方、退役間近になって、先住民族を殺しまくった過去の栄光が、果たして栄光であったのか迷いが出てくる、ジョー・ブロッカー大尉役のクリスチャン・ベールも、内の苦悩が常に滲み出ていて、こちらも巧い。
 苦悩を抱えた二人が、最後、共の道を選んだのでしょう(あっ、言っちゃった。)
 二人の演技を引き出した、監督/脚本の、スコット・クーパーの功も見逃せないところです。

20190911205250745.jpg 

 本作品は、全般的に、結構、殺戮場面などがある割には、むしろ、地味で重い映画です。
 物語は後述しますが、時間を追って、仲間が一人ひとり死んでいきます。
 まさに、映画の台詞にあるように、「戦争で人を殺すのはすぐ慣れたが、仲間が死ぬのは慣れない」、そういう感じです。

 物語は・・、
(最後の場面の「ネタバラシ」をしています。むしろ、その感動を伝えなければ、意味がありません。)

(映画冒頭、コマンチ族の残党がロザリー一家を襲う描写があります。平行して、騎兵隊がシャイアン族の酋長イエロー・ホークを手荒く捕らえ、連行する描写もあります。何度か出ますが、殺して頭の皮を剥ぐのは、インディアンばかりではありません。むしろ、白人が始めたとか。)

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

国立西洋美術館『松方コレクション展』で、ハイム・スーテインの絵に邂逅し、感動しました。

 曇天の9月3日(火)午前中、まず、新橋に出て、NHK-TV『サラメシ』(毎週火曜日夜放送)で紹介された店《長崎街道》で、〈長崎皿うどん〉を食べた後、国立西洋美術館で開催されている

松方コレクション展

に行きました。
 チケット購入まで約10分待ちでした。

201908301423107ca.jpg

 結論から言うと、この日、始めて観た、エコールド・パリ(パリ派)のハイム・スーテイン(1893-1943)の、「ページ・ボーイ」(1925)に感動を受けました。
 パリ国立近代美術館(ポンピドーセンター)からの特別貸与公開です。仏政府が、返還を拒んだ作品の一つというわけです。

20190904080546451.jpg 

 ハイム・スーテインは、1923年にアルバート・C・バーンズがギヨーム画廊で見いだすまで、一枚も売れず、「汚し屋」と言われたり、生涯、苦労が多かったロシア出身のユダヤ人画家です。
 さらに、この日、常設展に行くと、なんと、同人の「心を病む女」(1920)が、展示されていました。こちらは、この美術館所有です。これに気づくとは、やはり縁があるのかもしれません。

20190903203406127.jpg 

 思うに、近く東京都美術館で所蔵品が公開される、英国の繊維業界の実業家・サミエル・コートールド(1876-1947)の場合もそうですが、松方幸次郎(1866-1950)も、高い理想にたって、絵画を蒐集した往時の実業家の一人です。
 松方幸次郎は、第四代総理大臣松方正義の3男で、川崎造船所社長時代に、絵を蒐集しました。
 力を貸したのは、この展覧会で飾られている、「松方幸次郎の肖像画」を描いたフランク・ブラングインやロダン美術館のレオンス・ベネディットです。

 もっとも、松方幸次郎の場合は、関東大震災(1923)・第二次世界大戦(1940-)・昭和大恐慌による会社破綻(1927)など、さらには、英国の絵画保管倉庫火災(約900点喪失)、戦後仏国による接収(400点)などによって、蒐集絵画も随分散逸してしまいました。
 幸い浮世絵のほうは、国が買い、国立博物館に大半があるのは、同慶の至りです。

201908301512100bb.jpg 

 そのかわり、と言っては何ですが、日置幸三郎という人材が名を残しました。
 ナチスのフランス侵攻時に絵を、パリ郊外のアボンダンの自宅に絵を隠して、守りました。これから読もうと思っている、
原田マハさんの小説『美しき愚かものたちのタブロー』(文藝春秋)
は、多分、このあたりを物語にしているのでしょう。
 因みに、《タブロー》とは、キャンパス画を指すフランス語です。

 だいたいが、この国立西洋美術館は、松方コレクションの絵画返還をフランス政府と1953年から交渉し、1959年に返還された絵画を展示するために、ル・コルビジェの設計によって建てられたものです。建物自体も世界遺産に指定されています。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

計良宏文『ヘアメイク展』で文楽人形に邂逅しました。森村泰昌の(なりきり?)《自画像》にも興味を持ちました。

 「えっ、文楽人形がある !?」・・、と言うことで、

20190827160734501.jpg

 8月27日(火)、埼玉県立近代美術館で、会期末(9月1日まで)間近の、

『May I Start ? 計良宏文の越境するヘアメイク展』

を観てきました。

 計良宏文(けら ひろふみ)さんは、1971年生まれの、資生堂トップヘアメイクアップアーティスト(1992年入社)。
 資生堂美容学校卒業のとき80名が、一年後8名、さらに一年後1名だけ残り、資生堂で《TSUBAKI》ブランドなど多くを手がけ、《ドルチェ&バッバーナ》のオートクチュール・コレクションで100名のモデルを、スタッフ30名を指揮するなど、世界で実績を積んでいます。
 この道に入ったのは、高校生の時にビジュアル系バンドのコピーバンドをするなどこの方面に興味があったことが大きかったとか。

201908272100267ee.jpg 

 《ヘアメイク》とは、ヘアスタイリングとメイクアップの両方を指す言葉だそうで、文楽人形に当てはめると、〈かしら(頭部)〉の、頭部と顔を化粧で作ることでしょうか。
 May I Start ? は、ファッションショーで、モデルにかける言葉。

 第4室には、文楽人形が置かれ、壁には映像が流れています。写真撮影可です。
 人形を遣っているのは、勘緑(かんろく)で、文楽座で桐竹(1979-)勘緑→吉田(1986-1990。)勘緑として活躍し、独立後は、木隅社を主宰するフリーの人形遣いです。
 文楽では、桐竹勘十郎(二世。1920-1986)と吉田簑助(三世。1933-)に師事したとか。部外者ながら、簑助の元を去ったのは惜しい。
 最後の舞台は、1990年6月・国立文楽劇場の「仮名手本忠臣蔵」の千崎弥五郎でしょうか。

2019082716034059a.jpg 

 さて、余談ながら、私は、これまで女性の、服のファッションを見ていても、ヘアスタイルのほうにはそれほど気にかけていなかった様な気がしますが、これを機会に、女性のアタマも良く見ることになりそうです。

 この展覧会では、6人の女性アイドル・グループ(でんぱ組.inc)「いのちのよろこび」CDジャケットのウィッグや、
ヨウジ・ヤマモトのパリ・コレクションでの、モデルが、BGMでは無くて、自分の好きな曲をヘッドホンで聴きながらランウエイを歩く、そのヘアスタイルが、20数個の既製のヘッドホンで、パターンを変えて組み込まれているものや、ティッシュ・ペーパーをヘア・ジェルで固めて成形したウイッグや、偏向パールで色彩が変わるものもあります。
 展示は、このように多くのファッションショーの動画、さらに、多くのマネキン、ウィッグがあります。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

国立劇場十月歌舞伎公演 『通し狂言 天竺徳兵衛韓話』を、総文字数 約4,800字で詳説予習します。奇想天外、大仕掛け、ケレンの面白さに満ちた、まさに大〈芝居〉です。

 物語を読むと、ケレン【見た目の面白さや奇抜さを狙った芝居の演出】たっぷり、まさに、江戸の芝居を観るよう。
 主役が、火を吹く蟇(がま)に乗ったり、舞台の本水に飛び込んだら濡れずに揚げ幕から上下衣装に早変わりで登場したり、生首を抱えて花四天【捕り手】と争ったり、何度も蛇(蛙の天敵です。)が出たり、花道で蟇の縫いぐるみが割れて早変わりしたりと、面白さ満載です。
 だいたいが、世界初の廻り舞台を考案した、アイデアマン並木正三の台本が面白い上に、鶴屋南北が改稿したのですから、面白くないわけがありません。
 きょうは、国立劇場・十月歌舞伎公演

『通し狂言 天竺徳兵衛韓話』

を詳しく予習してみます。約4,800字になります。

 この原作は、四世鶴屋南北(1755-1829)の、
『通し狂言 天竺徳兵衛韓話(てんじくとくべえ いこくばなし)』
で、1804(文化元年)に初演されたこの作品を、1972年(昭和47)年に国立劇場が、74年ぶりに復活公演たものを、今回さらに補綴しています。
 その補綴の結果、新たな公演史がどう出来るか楽しみな公演です。

2019081713244587c.jpg 

 本作は、もともと、先日ご紹介した、大島真寿美 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』に登場する、並木正三が書いた、
『天竺徳兵衛聞書往来』(宝暦7年【1757年】、大阪大松座初演)
を、近松半二が、人形浄瑠璃の丸本に書いた、
『天竺徳兵衛郷鏡(てんじくとくべえ さとかがみ)』(宝暦13年【1763年】)を、さらに、明和5年【1768年】、江戸中村座が、
『天竺徳兵衛故郷取楫(てんじくとくべえ こきょうのとりかじ)』として上演しました。

 それを、文化元年【1804年】、江戸河原崎座が盆狂言(夏芝居。夏期は、大名題差絵なし、書出しも2,3枚で、主要な役者一人、後は若手、下廻りだけが演じます。)として、初代尾上松助(後、梅幸)が、座の立作者(当時、奈河七五三助)では無い、二枚目の四世鶴屋南北(当時、勝俵蔵。49歳)を抜擢して書かせた、
『天竺徳兵衛韓話(てんじくとくべえ いこくばなし』
が当たったもの(7~9月)です。
 翌年(1806年)には、市村座で、
『波枕韓聞書(なみまくらいこくのききがき)』、
 その後、1808年市村座『彩人御伽子』、1809年森田座『阿国御前化粧鏡』・・と様々に面白い趣向で進んでいます。

 ところで、主人公の天竺徳兵衛(1612-1695?)ですが、実在し、播磨国加古郡高砂町の塩商人の家に生まれ、1626年、15歳の時に京都角倉家の朱印船貿易に係わって書記役として、ベトナム、シャム(タイ)、さらには、ヤン・ヨーステンと天竺(インド)に渡り、帰国後、大阪上塩町に住み、外国商品店を営み、後、僧侶となり、幕府が鎖国政策をしいた後、見聞録「天竺渡海物語」を書いて、長崎奉行に提出した、知識人です。
20190818114553291.jpg 
 因みに、高砂は、「百人一首」の「誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに」の松の名所です。 
 あまり珍しい経験をしたことから、いつの間にか、芝居で、妖術遣いの悪党にされてしまったのは、まことに気の毒ではあります。

 天竺徳兵衛は、並木正三作品では、高麗国の臣・正林桂の一子、七草四郞となっていて、三好長慶から妖術を授けらる物語になっています。近松半二作品では、吉岡宗観、実は、朝鮮の木曽官の子で、宗観から妖術を授る筋書きになります。

 物語梗概をご紹介しますと・・・、

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

宮部みゆき 『あやかし草子 -三島屋変調百物語 伍之続』 ~ 度肝を抜かれ、めまいがするほどの、主人公・おちかの名言で、感動の《第一期》が終結します。

 このブログに、私も数冊読んだ、有名な女性作家の方が訪ねてくださいました。元気が出ました。

 猛暑の中、行きつけの新橋・第一ホテルのランチ・ブッフェを食べた後、日本橋・三越に行って「みんなの寅さん」展を観て来ました。12月上映の50作目のプレ・イベントなんでしょう。
 山田洋次監督直筆原稿を観られたことは良かったですが、それくらい。私は、招待状だったから良いのですが、入ったと思ったらもう出口。その間は、大半がポスターで、入場料(800円)を払った人は怒るのでは・・。

 本題です。
 きょうの本は、

宮部みゆき 『あやかし草子 -三島屋変調百物語 伍之続』(角川書店)

です、
 ぐっと分厚い565頁ですが、面白いので、頁の多さは全く気になりません。

20190812171559368.jpg


 シリーズ第5作目。これまで、断続的に、4作目まで全て読み、いよいよ、現在出版されている最後の、5作に追い着きました。
 このシリーズは、人間の奥底を描いて、何れも内容が《重い》ので、第4作を読んだ後、しばらく間を置きました。そのせいで、登場人物が、皆、懐かしい。

 この第5作で、・・勝手に名付けるのですが・・《第一期》が完了のようです。
 主人公・おちかの祝言、それによって、聞き役が富次郎へ交代する、という感動の結末を持って終わるからです。

 今回、読んで気づくのは・・、
・ おちかの、実家「丸千」での《事件》からの〈日にち薬〉の効き方。
・ 小旦那・富次郎の新しいキャラクターぶり。
・ 叔父夫婦の、これまでの苦労と良い歳の取り方。
・ 江戸の商家の日々の暮らしぶり。
が格段に良く描かれています。
 書名「あやかし草子」は、富次郎が、「変わり百物語」をおちかの脇で聞いた後、その印象を1枚の絵に描いて、それを仕舞って置くための桐の大きな箱のことです。

 さて、内容は・・、

 今回は、第一話「開けずの間」から、三島屋の小旦那である次男・富次郎(おちかの従兄にあたります。21歳。)が、「変わり百物語」の聞き役に加わりました。聞き終えた後には、聞いたあやかしの語りを1枚の絵に収めます。これが、まずは、新趣向。 
 なお、因みに、三島屋の若旦那(跡継ぎの長男)・伊一郎は、通油町の小物売商・菱屋に修業に出ています。こちらが若旦那ですから、次男・富次郎は《小旦那》という訳です。

 ところで、主人公・おちかは、川崎宿の旅籠・丸千の娘ですが、昔、おちかを取り合った二人の男性のうち、許婚・良助(よしすけ)が殺され、下手人も、おちかに恋心のある幼なじみで自死してしまうという悲劇がありました。
 この心に負った傷を、〈日にち薬〉で癒やすため、実家を離れて、江戸の叔父・伊兵衛の営む、小物屋である三島屋で、娘+女中の様にくらし、さらに、叔父の発案で、トラウマを癒やす一助になるように、三国屋の奥の黒白の間で、人の怪異な話、「変わり百物語」を、「名はふせて可、聞いて聞き捨て、語って語り捨て」で聴くこととしています。

 本書では、これを始めてから、約3年たっています

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

続きを読む

プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

最新記事
最新コメント
FC2カウンター
検索フォーム
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

記事のカテゴリ
読みたいテーマを選択してください。
リンク
RSSリンクの表示