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画家スーチンに凝って、深水黎一郎 『エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』を読みました。 ~絵画の蘊蓄にみちたミステリーです。 エコール・ド・パリの絵画史と、スーチンの絵画が関係する現代日本の密室ミステリーで驚きの結末に至ります。

 前々回も少し触れましたが、先日、国立西洋美術館の「松方コレクション」で、エコールド・パリ(パリ派)の画家、ハイム・スーチン(1893-1943)の
「ページ・ボーイ」(1925)と、
「常設展」会場の、
「心を病む女」(1920)、
を観て以来、スーチンの書物に集中しています。
 写真は、書斎の机上です。下記の書物3冊と、機器の《ポメラDM200》(キングジム)があります。《ポメラ》は、フタを開ければ、すぐ入力できるので、書き溜めの執筆に欠かせません。執筆終了後にパソコンにリンクして、ブログに複写しています。

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 さて、ハイム・スーチン。シャイム・スーチンとも、カイム・スーチンとも言います。
 先ほどの、「心を病む女」。
 ・・画題は、「狂女」、「気違い女」などとも言われますが、もともと、画題は作家自身がつけたものでは無く、画商やパトロンがつけたものですが、本作は、作家・林芙美子さんが所蔵していたものです。
 何となく、納得できるではありませんか。
 死後、夫の林緑敏さんが、1960年、開館1年余の国立西洋美術館に寄贈されました。(美術評論家・嘉門安雄「日本にあるスーチン」~「カイム・スーチン 世界の巨匠シリーズ」月報所収~)。

 そこで、今日読み終えたのは、2008年2月刊行の作品ですが、

深水黎一郎『エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』

(講談社ノベルス)です。
 レザルティスト・モウディとは、「呪われた芸術家たち」という、エコール・ド・パリの画家たちを言います。

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 なぜ、読むのが小説か ? と言うのは、この小説中に、書中書のように、エコール・ド・パリ、エコル・ド・パリとも言い、《エコル》とは流派のことですが、この「美術史」の記述が、主人公が書いた著書の形で、独立して数章入っているからです。
 さらには、小説本文中にも、随所にエコール・ド・パリやスーチンら画家に関する記述が出て来ます。
 スーチンに関する書物が少ない中で、これは貴重な資料です。

 著者の深水黎一郎〈ふかみ れいいちろう〉氏は、1963年生まれ、慶応大学文学研究科後期博士課程修了で、在学中、仏政府給付留学生として留学、ブルゴーニュ大学修士号、パリ大学DEAを得ています。
 ですから、本書中の美術史の部分は、それだけで、一冊の価値がある記述です。
 併読している下記の参考書籍も、その《参考文献》で知りました。
 余談ですが、この著者の、オペラを題材にした作品『トスカの接吻』(講談社ノベルス・2008年)を探し出して、読み始めました。11月に、日生劇場で「トスカ」を観る予定ですので、余計に面白い・

 閑話休題。その併読しているのは、

ゲルダ・ミハエルス 『スーチン その愛と死』(美術公論社)、

 (ゲルダ・ミハエルス(愛称・ガルド嬢)は、スーチンと晩年共に過ごした女性です。
《ガルト》とは、看護婦の意味での愛称ですが、看護婦ではありません。スーチンと住み、医者に行くのを勧め、レントゲンを撮るのを説得し、タバコだらけの床を掃除して、極貧の中に暮らして、スーチン死後は、フランスに帰化し、パリに一人で過ごし、この書は、1977年に出版されていますが、その前年、1976年までは美術館に勤めていて、その時点で65歳でした。)

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 もう一冊は、大判の画集、
・『カイム・スーチン(世界の巨匠シリーズ)』(美術出版社)
です。

 きょうのブログでは、主に、小説のほうを中心にお話しして、エコール・ド・パリなど絵画史については、後日「続編」として、あらためて書いてみます。

 では、早速、小説(ミステリー)の概要で、
まずは、全体のポイントは・・、
(なお、ネタばらしは、最後の「追記」で書きますので、結末を知りたくない方も、ご安心して本文をお読みください。)

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映画『荒野の誓い』 ~正視できない、殺された子を埋めるロザリーの慟哭。一方、近頃、希有な、甘い抒情的なラストです。白人・先住民間の対立の中で、生き方に悩む人々を描く、生真面目で、正統的〈西部劇〉です。

 このところ、我が家の庭で、秋の虫が、互いに会話しているような、呼び合っているような、重奏が聞こえます。☆

 さて、前回にご紹介した、国立西洋美術館「松方コレクション」で絵を見て以来、このところ、画家のハイム・スーチンに興味を持って、
・深水黎一郎『エコールド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』、
・ゲルダ・ミハエルス 『スーチン その愛と死』(美術公論社)、
・『カイム・スーチン(世界の巨匠シリーズ)』(美術出版社)
など3冊に耽溺しています。☆

 きょうは、映画に行って来ました。
 当初、ずっと観て来ているタランティーノ監督の、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(2019)に行く予定でしたが、新聞評で知った映画のほうに行ってきました。 それは、

荒野の誓い』(2017・米国・135分)

です。
 原題は《Hostiles》(敵、仇)です。邦題は、ちょっと・・。

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 それにしても、この映画、上映館が少ない。
東京都内では、たった、2館だけ。どうして ?
 ウエスタンが流行らないから ? それとも、今時、白人と先住民との人種的憎悪と偏見の骨肉の争いは、時代遅れ ? でも、これは多分、「配給」が松竹、東宝といったところでは無いからでは・・。
 と言うわけで、始めての館、「新宿バルト9」に行きました。
 新しい館で、床の勾配がきつくて、前の席が気にならず、観やすいのですが、欠点があります。ロビーが広いのに小さな椅子が3脚しかありません。
 「どうして ?」と、通りかかった社員に聞きました。わからず。

 ところで、余談ですが、この日、暑かったので、チケットを買ってから、お隣の「追分だんご本舗」に行って、「抹茶氷あずき」(1,177円ほど)を食べて、体の熱をさまして、休憩していました。量が多く、若い女性は残していました。

 さて、映画・・。ほぼ満席です。
 私は、もともと、ウエスタンは、好きな分野ではあります。しかし、この映画は、〈ウエスタン〉と言うより、マカロニ・ウエスタンなどが出る前の生真面目な、正統的な〈西部劇〉という趣でした。

 印象に残ったところの結論から言いますと・・、
 開巻冒頭で、夫と幼い子ども3人(一人は赤ちゃん)をコマンチ族の残党に惨殺された、ロザリー・クウエイド役のロザムンド・バイク(1979-)が、めっぽう巧い。こちらの方が主役っぽいところです。
 特に、開巻冒頭から約1/4位まである、ロザムンドのPTSD(心的外傷後ストレス障害)の演技は、真に迫っています。

 一方、退役間近になって、先住民族を殺しまくった過去の栄光が、果たして栄光であったのか迷いが出てくる、ジョー・ブロッカー大尉役のクリスチャン・ベールも、内の苦悩が常に滲み出ていて、こちらも巧い。
 苦悩を抱えた二人が、最後、共の道を選んだのでしょう(あっ、言っちゃった。)
 二人の演技を引き出した、監督/脚本の、スコット・クーパーの功も見逃せないところです。

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 本作品は、全般的に、結構、殺戮場面などがある割には、むしろ、地味で重い映画です。
 物語は後述しますが、時間を追って、仲間が一人ひとり死んでいきます。
 まさに、映画の台詞にあるように、「戦争で人を殺すのはすぐ慣れたが、仲間が死ぬのは慣れない」、そういう感じです。

 物語は・・、
(最後の場面の「ネタバラシ」をしています。むしろ、その感動を伝えなければ、意味がありません。)

(映画冒頭、コマンチ族の残党がロザリー一家を襲う描写があります。平行して、騎兵隊がシャイアン族の酋長イエロー・ホークを手荒く捕らえ、連行する描写もあります。何度か出ますが、殺して頭の皮を剥ぐのは、インディアンばかりではありません。むしろ、白人が始めたとか。)

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国立西洋美術館『松方コレクション展』で、ハイム・スーテインの絵に邂逅し、感動しました。

 曇天の9月3日(火)午前中、まず、新橋に出て、NHK-TV『サラメシ』(毎週火曜日夜放送)で紹介された店《長崎街道》で、〈長崎皿うどん〉を食べた後、国立西洋美術館で開催されている

松方コレクション展

に行きました。
 チケット購入まで約10分待ちでした。

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 結論から言うと、この日、始めて観た、エコールド・パリ(パリ派)のハイム・スーテイン(1893-1943)の、「ページ・ボーイ」(1925)に感動を受けました。
 パリ国立近代美術館(ポンピドーセンター)からの特別貸与公開です。仏政府が、返還を拒んだ作品の一つというわけです。

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 ハイム・スーテインは、1923年にアルバート・C・バーンズがギヨーム画廊で見いだすまで、一枚も売れず、「汚し屋」と言われたり、生涯、苦労が多かったロシア出身のユダヤ人画家です。
 さらに、この日、常設展に行くと、なんと、同人の「心を病む女」(1920)が、展示されていました。こちらは、この美術館所有です。これに気づくとは、やはり縁があるのかもしれません。

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 思うに、近く東京都美術館で所蔵品が公開される、英国の繊維業界の実業家・サミエル・コートールド(1876-1947)の場合もそうですが、松方幸次郎(1866-1950)も、高い理想にたって、絵画を蒐集した往時の実業家の一人です。
 松方幸次郎は、第四代総理大臣松方正義の3男で、川崎造船所社長時代に、絵を蒐集しました。
 力を貸したのは、この展覧会で飾られている、「松方幸次郎の肖像画」を描いたフランク・ブラングインやロダン美術館のレオンス・ベネディットです。

 もっとも、松方幸次郎の場合は、関東大震災(1923)・第二次世界大戦(1940-)・昭和大恐慌による会社破綻(1927)など、さらには、英国の絵画保管倉庫火災(約900点喪失)、戦後仏国による接収(400点)などによって、蒐集絵画も随分散逸してしまいました。
 幸い浮世絵のほうは、国が買い、国立博物館に大半があるのは、同慶の至りです。

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 そのかわり、と言っては何ですが、日置幸三郎という人材が名を残しました。
 ナチスのフランス侵攻時に絵を、パリ郊外のアボンダンの自宅に絵を隠して、守りました。これから読もうと思っている、
原田マハさんの小説『美しき愚かものたちのタブロー』(文藝春秋)
は、多分、このあたりを物語にしているのでしょう。
 因みに、《タブロー》とは、キャンパス画を指すフランス語です。

 だいたいが、この国立西洋美術館は、松方コレクションの絵画返還をフランス政府と1953年から交渉し、1959年に返還された絵画を展示するために、ル・コルビジェの設計によって建てられたものです。建物自体も世界遺産に指定されています。

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計良宏文『ヘアメイク展』で文楽人形に邂逅しました。森村泰昌の(なりきり?)《自画像》にも興味を持ちました。

 「えっ、文楽人形がある !?」・・、と言うことで、

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 8月27日(火)、埼玉県立近代美術館で、会期末(9月1日まで)間近の、

『May I Start ? 計良宏文の越境するヘアメイク展』

を観てきました。

 計良宏文(けら ひろふみ)さんは、1971年生まれの、資生堂トップヘアメイクアップアーティスト(1992年入社)。
 資生堂美容学校卒業のとき80名が、一年後8名、さらに一年後1名だけ残り、資生堂で《TSUBAKI》ブランドなど多くを手がけ、《ドルチェ&バッバーナ》のオートクチュール・コレクションで100名のモデルを、スタッフ30名を指揮するなど、世界で実績を積んでいます。
 この道に入ったのは、高校生の時にビジュアル系バンドのコピーバンドをするなどこの方面に興味があったことが大きかったとか。

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 《ヘアメイク》とは、ヘアスタイリングとメイクアップの両方を指す言葉だそうで、文楽人形に当てはめると、〈かしら(頭部)〉の、頭部と顔を化粧で作ることでしょうか。
 May I Start ? は、ファッションショーで、モデルにかける言葉。

 第4室には、文楽人形が置かれ、壁には映像が流れています。写真撮影可です。
 人形を遣っているのは、勘緑(かんろく)で、文楽座で桐竹(1979-)勘緑→吉田(1986-1990。)勘緑として活躍し、独立後は、木隅社を主宰するフリーの人形遣いです。
 文楽では、桐竹勘十郎(二世。1920-1986)と吉田簑助(三世。1933-)に師事したとか。部外者ながら、簑助の元を去ったのは惜しい。
 最後の舞台は、1990年6月・国立文楽劇場の「仮名手本忠臣蔵」の千崎弥五郎でしょうか。

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 さて、余談ながら、私は、これまで女性の、服のファッションを見ていても、ヘアスタイルのほうにはそれほど気にかけていなかった様な気がしますが、これを機会に、女性のアタマも良く見ることになりそうです。

 この展覧会では、6人の女性アイドル・グループ(でんぱ組.inc)「いのちのよろこび」CDジャケットのウィッグや、
ヨウジ・ヤマモトのパリ・コレクションでの、モデルが、BGMでは無くて、自分の好きな曲をヘッドホンで聴きながらランウエイを歩く、そのヘアスタイルが、20数個の既製のヘッドホンで、パターンを変えて組み込まれているものや、ティッシュ・ペーパーをヘア・ジェルで固めて成形したウイッグや、偏向パールで色彩が変わるものもあります。
 展示は、このように多くのファッションショーの動画、さらに、多くのマネキン、ウィッグがあります。

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国立劇場十月歌舞伎公演 『通し狂言 天竺徳兵衛韓話』を、総文字数 約4,800字で詳説予習します。奇想天外、大仕掛け、ケレンの面白さに満ちた、まさに大〈芝居〉です。

 物語を読むと、ケレン【見た目の面白さや奇抜さを狙った芝居の演出】たっぷり、まさに、江戸の芝居を観るよう。
 主役が、火を吹く蟇(がま)に乗ったり、舞台の本水に飛び込んだら濡れずに揚げ幕から上下衣装に早変わりで登場したり、生首を抱えて花四天【捕り手】と争ったり、何度も蛇(蛙の天敵です。)が出たり、花道で蟇の縫いぐるみが割れて早変わりしたりと、面白さ満載です。
 だいたいが、世界初の廻り舞台を考案した、アイデアマン並木正三の台本が面白い上に、鶴屋南北が改稿したのですから、面白くないわけがありません。
 きょうは、国立劇場・十月歌舞伎公演

『通し狂言 天竺徳兵衛韓話』

を詳しく予習してみます。約4,800字になります。

 この原作は、四世鶴屋南北(1755-1829)の、
『通し狂言 天竺徳兵衛韓話(てんじくとくべえ いこくばなし)』
で、1804(文化元年)に初演されたこの作品を、1972年(昭和47)年に国立劇場が、74年ぶりに復活公演たものを、今回さらに補綴しています。
 その補綴の結果、新たな公演史がどう出来るか楽しみな公演です。

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 本作は、もともと、先日ご紹介した、大島真寿美 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』に登場する、並木正三が書いた、
『天竺徳兵衛聞書往来』(宝暦7年【1757年】、大阪大松座初演)
を、近松半二が、人形浄瑠璃の丸本に書いた、
『天竺徳兵衛郷鏡(てんじくとくべえ さとかがみ)』(宝暦13年【1763年】)を、さらに、明和5年【1768年】、江戸中村座が、
『天竺徳兵衛故郷取楫(てんじくとくべえ こきょうのとりかじ)』として上演しました。

 それを、文化元年【1804年】、江戸河原崎座が盆狂言(夏芝居。夏期は、大名題差絵なし、書出しも2,3枚で、主要な役者一人、後は若手、下廻りだけが演じます。)として、初代尾上松助(後、梅幸)が、座の立作者(当時、奈河七五三助)では無い、二枚目の四世鶴屋南北(当時、勝俵蔵。49歳)を抜擢して書かせた、
『天竺徳兵衛韓話(てんじくとくべえ いこくばなし』
が当たったもの(7~9月)です。
 翌年(1806年)には、市村座で、
『波枕韓聞書(なみまくらいこくのききがき)』、
 その後、1808年市村座『彩人御伽子』、1809年森田座『阿国御前化粧鏡』・・と様々に面白い趣向で進んでいます。

 ところで、主人公の天竺徳兵衛(1612-1695?)ですが、実在し、播磨国加古郡高砂町の塩商人の家に生まれ、1626年、15歳の時に京都角倉家の朱印船貿易に係わって書記役として、ベトナム、シャム(タイ)、さらには、ヤン・ヨーステンと天竺(インド)に渡り、帰国後、大阪上塩町に住み、外国商品店を営み、後、僧侶となり、幕府が鎖国政策をしいた後、見聞録「天竺渡海物語」を書いて、長崎奉行に提出した、知識人です。
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 因みに、高砂は、「百人一首」の「誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに」の松の名所です。 
 あまり珍しい経験をしたことから、いつの間にか、芝居で、妖術遣いの悪党にされてしまったのは、まことに気の毒ではあります。

 天竺徳兵衛は、並木正三作品では、高麗国の臣・正林桂の一子、七草四郞となっていて、三好長慶から妖術を授けらる物語になっています。近松半二作品では、吉岡宗観、実は、朝鮮の木曽官の子で、宗観から妖術を授る筋書きになります。

 物語梗概をご紹介しますと・・・、

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宮部みゆき 『あやかし草子 -三島屋変調百物語 伍之続』 ~ 度肝を抜かれ、めまいがするほどの、主人公・おちかの名言で、感動の《第一期》が終結します。

 このブログに、私も数冊読んだ、有名な女性作家の方が訪ねてくださいました。元気が出ました。

 猛暑の中、行きつけの新橋・第一ホテルのランチ・ブッフェを食べた後、日本橋・三越に行って「みんなの寅さん」展を観て来ました。12月上映の50作目のプレ・イベントなんでしょう。
 山田洋次監督直筆原稿を観られたことは良かったですが、それくらい。私は、招待状だったから良いのですが、入ったと思ったらもう出口。その間は、大半がポスターで、入場料(800円)を払った人は怒るのでは・・。

 本題です。
 きょうの本は、

宮部みゆき 『あやかし草子 -三島屋変調百物語 伍之続』(角川書店)

です、
 ぐっと分厚い565頁ですが、面白いので、頁の多さは全く気になりません。

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 シリーズ第5作目。これまで、断続的に、4作目まで全て読み、いよいよ、現在出版されている最後の、5作に追い着きました。
 このシリーズは、人間の奥底を描いて、何れも内容が《重い》ので、第4作を読んだ後、しばらく間を置きました。そのせいで、登場人物が、皆、懐かしい。

 この第5作で、・・勝手に名付けるのですが・・《第一期》が完了のようです。
 主人公・おちかの祝言、それによって、聞き役が富次郎へ交代する、という感動の結末を持って終わるからです。

 今回、読んで気づくのは・・、
・ おちかの、実家「丸千」での《事件》からの〈日にち薬〉の効き方。
・ 小旦那・富次郎の新しいキャラクターぶり。
・ 叔父夫婦の、これまでの苦労と良い歳の取り方。
・ 江戸の商家の日々の暮らしぶり。
が格段に良く描かれています。
 書名「あやかし草子」は、富次郎が、「変わり百物語」をおちかの脇で聞いた後、その印象を1枚の絵に描いて、それを仕舞って置くための桐の大きな箱のことです。

 さて、内容は・・、

 今回は、第一話「開けずの間」から、三島屋の小旦那である次男・富次郎(おちかの従兄にあたります。21歳。)が、「変わり百物語」の聞き役に加わりました。聞き終えた後には、聞いたあやかしの語りを1枚の絵に収めます。これが、まずは、新趣向。 
 なお、因みに、三島屋の若旦那(跡継ぎの長男)・伊一郎は、通油町の小物売商・菱屋に修業に出ています。こちらが若旦那ですから、次男・富次郎は《小旦那》という訳です。

 ところで、主人公・おちかは、川崎宿の旅籠・丸千の娘ですが、昔、おちかを取り合った二人の男性のうち、許婚・良助(よしすけ)が殺され、下手人も、おちかに恋心のある幼なじみで自死してしまうという悲劇がありました。
 この心に負った傷を、〈日にち薬〉で癒やすため、実家を離れて、江戸の叔父・伊兵衛の営む、小物屋である三島屋で、娘+女中の様にくらし、さらに、叔父の発案で、トラウマを癒やす一助になるように、三国屋の奥の黒白の間で、人の怪異な話、「変わり百物語」を、「名はふせて可、聞いて聞き捨て、語って語り捨て」で聴くこととしています。

 本書では、これを始めてから、約3年たっています

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木内昇 『化物蝋燭』 ~人の心の寂しさを掬い上げ、その運命、嘆き、願いが物の怪となって繋がる、各一作が重い、見事な短編集です。

 暑い、ですが、私は、一昨年から、避暑に行くのをやめています。
 行き帰りが暑くてしんどいし、荷物をまとめるのも億劫ですし、何よりも、やはり、家のほうが余程広くて、食事も都会のほうが便利です。本も沢山あるし、パソコン機材も周囲にあることも大きい。ま、実際は、もう、歳なのかもしれませんが。

 そう言う、都会生活のわけで、昨日は、中目黒のヘアー・サロンに行くと言う、お盆休みをとらない息子と、終わったら落ち合うということで、昼に、目黒・雅叙園の中華料理店「旬遊紀(しゅんゆうき)」で、妻共々、フル・コースを味わいました。

 久しぶりに、ブルックス・ブラザースの半袖シャツに麻のスーツ。それに、ストローハットにサングラスと、都会風に洒落込みました。
 3時間近く、たっぷり食べましたが、中華料理は医食同源なのか、行き帰りに汗をかいたせいか、はたまた、夕食をとらなかったせいか、1kg弱体重が減っていました。

 さて、本題です。
 前回の「渦」に続いて・・その「渦」のブログは、力を込めた割には、お盆のせいか、しばらく置いていても《視聴率》が伸びませんでしたが・・、今回も、良作に当たり、読書の楽しみを満喫しました。
 その作品は、

木内昇 『化物蝋燭(ばけものろうそく)』(朝日新聞出版)

です。

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 木内昇(1967-)は、『よこまち余話』(2016)、『櫛挽道守』(2014)、『漂砂のうたう』(2011)で、いずれも、感銘を受けた、好きな作家です。本書は、本年7月末刊行の7編からなる短編集新刊で、すぐに入手しました。

 ゆっくりと、文章を味わえます。至極の読書のひとときと言えましょうか。

 まず、江戸弁(職人も、「わっち」と言ったのですねえ。)と江戸の地理市井の生活描写知らない言葉が印象に残ります。例えば・・、

「せっかく真猫(しんねこ)だったのにねえ、喧嘩別れでもしたのかえ」
《真猫》とは、気の合う男女の仲睦まじい語らいです。
 こう言う時、スマホは、すぐ調べられて良いですね。もう、スマホ無しじゃあ生活が不自由になります。

 若い女性の描き方も、例えば、色白の女性は・・、
「残雪を思わせる肌に切れ長の目 奥二重・・」、「白粉気がないのに淺瓜のように白く・・」、「顔の輪郭を見失うほどの色白」という感じです。
 体がほっそりと、病気がちのことを「蒲柳(ほりゅう)の質(しつ)」と言うことや、いろいろな言葉を知りました。メモしておくと良いですね。

 出てくる生業(なりわい)も・・、
羅宇屋」(らおや。煙管の掃除をする。煙管の雁首と吸口の中間の竹管部分を〈羅宇〉と言います。)や、「早桶屋」(埋葬用の桶を急いで作ります。)や、本書の表題『化物蝋燭』に出て来る「影絵師」、果ては、「提重」(さげじゅう。重箱に菓子や鮨をつめてお屋敷や寺社を廻る商売女。実は、私娼)などです。提重は、新しく知りました。

 そう言えば・・この様な題名の小説がありますが・・、「付喪神(つくもがみ)」。
 主人の為に一生懸命働いて来た道具が、古くなったといって簡単に捨てられたときに取り付く霊です。《終活》も良いですが、呉々もお気を付けになって。冗談です。

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大島真寿美 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』 ~素晴らしい ! 直木賞を受賞する筈です。人形浄瑠璃作者・近松半二の生涯とその周辺を、優しさのこもる眼差しで描いています。

 本年7月の、第161回 直木賞候補の女性ばかり6名を知った時に、「ああ、これは多分、原田マハさんではないか。」と思っていました。
 しかし、受賞したのは、本作でした。そして、一読で納得。これは上手い。感動ものです。

大島真寿美 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(文藝春秋)

を読みました。

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 大阪弁で、台詞が地の文に溶け込んでいる、まるで、浄瑠璃のような文章が、テンポ良く進みます。
 作者・大島真寿美は、56歳で、デビューは、1992年ですが、時代小説は始めてとか。  
 1985年から1992年まで、劇団「垂直分布」で、脚本・演出を担当していたとのことですから、なるほど、と頷けました。劇団の経験も、作品に溶かしこまれているようです。

 ところで、私は、文楽(人形浄瑠璃)好き。とりわけ、近松半二(1725-1783)、中でも「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」のファンで、本年5月に、国立劇場で、久方ぶりの〈通し〉公演も観たばかりです。前回は、約10年ほど前に、大阪(文楽劇場)まで観に行っています。

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 半二の戯曲は、明るく華やかで、色気もあって、謎解き・どんでん返し・サスペンスに満ちていて、からくりも満載です。
 因みに、近松半二は、近松門左衛門とは、何の関係もありません。尊敬しているだけです。
 本書では、その近松半二の生涯を、単純な成功物語では無くて、常に呻吟する、悩める主人公として描いていきます。ストーリーテリングの見事さです。
 話の中の、お末や、死に際の母・絹の描写などが実に上手い。最終部分の妻・お佐久と娘・おきみの姿も清々しい爽やかさで、心うたれます。

 本書の肝は、道頓堀全体の渾然一体となった操(人形)浄瑠璃や歌舞伎世界の〈渦〉、虚と実の〈渦〉、そこに生きる人々の人間模様の物語です(参照;202,208,233頁)。
 浄瑠璃は戯曲で先行し、すぐ後に、歌舞伎が追いかけて上演します。著作権などありません。むしろ、先行作品の欠点を修正したりして完成度をあげて行きます。歌舞伎の方は、戯曲よりも、役者を見せるのが主ですから、そのように脚色します。そのあたりが、繰り返し出てきます。
 一体となったの中で、それぞれが影響され、頭角を現し、虚実の間に苦しみます。

 余談ですが、この10月国立劇場の歌舞伎演目は、四世鶴屋南北作「天竺徳兵衛韓噺」ですが、これは、近松半二の「天竺徳兵衛郷鏡」が、道頓堀の〈渦〉の中で先行作になっている作品です。

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武川佑 『落梅の賦』 ~騎馬、船の戦場面の描写に迫力があります。戦国末期の勢力図を鳥瞰して理解することのできる作品です。

 暑くなったので、寝室を1階北側和室に、書斎を2階北側に移しました。
 どの部屋も、クーラーは在るのですが、北の和室は、洒落たような小さな窓も無くて、雨戸を閉めてしまうと、朝8時を過ぎても、カーテンの隙間から陽の入る様なことも無くて、真っ暗なので気にいっています。
 また、北の書斎は、もともとは、私の書斎だったのですが、陽ざしが入らず、かといって天窓があって書物も読み易く、それでいてクーラーの効きが早いので気にいってます。本だらけで多少狭いのですが。

 このところ、書斎を変えて、本に囲まれた部屋になったら、現代美術史の本を読むのに夢中になって、ブログのアウト・プットを怠りました。しばらく、この状況が続くかもしれません。
 あっ、それから、ご同役と同じに、私も、庭の雑草取りに、疲れています・・。

 さて、きょうは、新聞書評で知った、本年4月刊行の戦国時代小説です。

武川佑 『落梅の賦』(講談社)

 著者・武川佑(たけかわ  ゆう)は、1981年生まれ。本書は、2016年デビュー後の第2作です。立教大学博士課程でドイツ文学を専攻(前期課程)し、書店員、専門誌記者を経て小説家になられたとか。

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 ところで、私は、本書に平行して、古書店で、400円で入手した、

市川正徳 『図解 江戸民族史』(けいせい)

を座右に置いて、《騎射戦がうみだした大鎧(よろい)》、《兵器とともに変化した戦争形式》や、《火縄銃》、《忍者》、《水術》などの知識を得ながら読了しました。
 ただ、小説を流し読みしては、勿体ない。

 物語は、分かりやすい。
 武田家滅亡間近の、
甲斐武田衆ご一門衆・穴山信君(のぶただ。後、梅雪)、
武田信虎の11子・武田信友
信友に従う佐藤信安(のぶやす。清安(せいあん)とも。)
の謀反を、主・武田勝頼の対比で、必然性ある説得力で描いたものです。

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国立劇場「大人のための声明入門」・「大人のための雅楽入門」  ~奈良・長谷寺の声明を《役者節》と言うのを知りました。雅楽の儀式音楽も、楽しく《勉強》しました。

 先週は、前回ご紹介した、マイケル・バードの美術書にマネが載っていないことに気づき、それから絵画史に没頭して、このブログのアウト・プットを、少しご無沙汰してしまいました。
 調べる中で、「マネの《酒場》に関する12の意見」(邦訳不明)という、9月から、「コートールド美術館展」で観られるマネの絵画《フォリー=ベルジェールの酒場》に関する書物などを知り、知らなかったマネの位置づけに気がつきました。

 さて、今日は、久しぶりの国立劇場、おまけに、昼食には、隣の「ホテル・グランドアーク半蔵門」のレストラン(ホテル・オークラ経営)「パティオ」の松花堂弁当まで予約したので、張り切って出かけました。
 7月20日、午前中と午後、国立劇場で、

午前11時から12時半、「大人のための声明入門」、
午後14時半から16時、「大人のための雅楽入門}、


を観賞しました。
 席は、中央、3列目と6列目です。

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 午前中は、10時から、ロビーと舞台で行われた、10種類の法音具(鳴らし物)に触れられる《体験コース》の、
ロビーのAコース(磬(けい)、錫杖(しゃくじょう)、柝(たく)、鈴(れい)など)、

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舞台上のBコース(木魚、鉦鼓(しょうこ)鈸(はち)、磬子(きんす)など)、

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にも参加しました。木魚以外は、鳴らし方は勿論、持ち方も覚束きませんでした。
(因みに、午後の体験コースは、パスしました。既に、本を数冊読み込んで研究していることもありますが、昼食をゆっくり味わいたいという本音もありました。)

 ところで、奈良県桜井市の長谷寺(真言宗豊山派総本山)の声明は、《役者節》などと、高野山金剛峯寺などから言われていることなどを、始めて知りました。

 それだけでは無くて、《しょうみょう》という呼び方も、国立劇場が名付け親とか(それまでは《せいめい》だったとか)、国立劇場で声明、つまり「お経」を詠むのは、「憲法違反では無いか」と言われたとか、客席を向いて声明を唱えるのは、「仏に背を向けてけしからん」とか、今日に至るまで随分と苦労があったようです。

 その意味で、日本文化の承継を経営の重点に置いた国立劇場の功績は素晴らしいものがあります。(余談ながら、国立劇場でお経が憲法違反なら、国立博物館に仏像を展示するのもダメ、という議論になります。)

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マイケル・バード『ゴッホは なぜ星月夜の うねる糸杉をえがいたのか』 ~このような本が書けたらいいなあ。ある程度の知識があると、1を知って10をイメージできる、魅力的な語り口と美しい絵と造本の美術史です。

 まずは、ご報告です。遅まきながら、ブログをSSL化しました。URLが若干変わりましたが、従来URLからも転送されますのでご安心ください。
 (ついでながら、SSL化は、アクセス数カウンターのみ後で再貼り付け・・数は、継続・・しただけで、あっけなく、1分ほどで終わりました。)

 さて、今日のお話です。
 気障に言えば、書斎で、熱い紅茶でものみながら、ゆっくり頁を繰るのに良い書物です。
分厚いので、寝て読むと言うわけには参りません。
 先だって、学識溢れる、柳亮『近代美術史』をご紹介しましたが、本書は、《学識》というよりも、《見識》豊かな書物、と言えるでしょう。
 このような本が書けたら良いなあ、と思いました。プレゼントに良いでしょうね。

マイケル・バード・著
ケイト・エヴァンス・絵
岡本由香子・訳
『ゴッホは なぜ星月夜の うねる糸杉をえがいたのか』(エクスナリッジ)

 著者は、英国の作家、歴史家そして、ラジオ司会者です。
A4版、336頁のどっしりした造本です(3,200円)。
 1テーマ(アーティスト)約3頁で、1枚の絵と絵本のようなイラストがあります。

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 絵は、紀元前4万年前の、ドイツ〈シュターデル洞窟〉から、2010年の中国現代アーティスト、アイ・ウェイウェイまで、68作品で、その選ばれた絵が秀逸のセンスです。
 その絵に関して、知的な《語り》で、そこから、イメージが広がります

 書名になっている、「星月夜」は、精神病院にいた頃描いた「星月夜」から、ゴッホの人生と絵の特長を見事に活写しています。

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 気に入ったのは、ロダンの頁。内容は、ロダンでは無く、〈弟子〉〈愛人〉、カミーユ・クローデル (1864-1943)・・ロダンに《捨てられて》半生を精神病院で過ごしました・・に光を当てて、彼女の作品「波」を載せています。
 この著者の〈見識〉に、大いに賛同します。

 スーラでは、その画法を、《ポワインティイーズム》(点描画法)というのでは無く、《クロモ・ルミナリズム》と紹介しています。ここにも著者の見識が現れています。
 隣の色によって、色が違って見えることを主張しました。

 ピカソの頁は、「ゲルニカ」。この選定にも感心しました。
アートというのは真実を語るうそなのだ」と言いつつ「ゲルニカ」を描いたピカソを描きます。
(そう言えば、この言葉、ピエール・ボナール (1867-1947)も、「絵画とは、小さな嘘をいくつも重ねて大きな真実を作ることである」と言っていましたっけ。)

 葛飾北斎は、「神奈川沖浪裏」(1831)で、きちんと、この頃の雅号「為一(いいつ)」で、富士山と版画や漫画絵の話で北斎の一生を語っています。

 アルブレヒト・デューラー (1471-1528)の絵は、あえて ? 「芝生」(1503)。

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読んでから(『シスターズ・ブラザーズ』)、観ました(『ゴールデン・リバー』) ~原作(ブッカー賞受賞)も映画(フランス人監督)も、斬新的、見所満点の、父親からのトラウマ、心理的ゴーストから逃れる、無骨な兄弟愛の〈西部劇〉です。「考えられない結末」です。

 新聞書評欄を読んでいたら、英国の文学賞である〈ブッカー賞〉が、いかに権威があるかの記事が載っていました。
 そこに、たまたま、目についたのが、2011年の〈ブッカー賞〉の最終候補までいった作品です。それが、今日お話しする、

パトリック・デヴィット(茂木健・訳) 『シスターズ・ブラザーズ』(東京創元社)

でした。

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 ゴールド・ラッシュ時代の、西部の殺し屋、シスターズ兄弟(ブラザーズ)の物語です。
 カナダでも、4文学賞を受賞し、日本では、2014年「このミステリーがすごい」第4位にもなっています。

 映画のほうは、
 2018年、米仏羅西合作作品の

『ゴールデン・リバー』(監督・ジャック・オーディアール【仏】)

で、7月5日から公開されました。
 ヴェネチュア国際映画祭やフランスアカデミー賞を受賞しています。

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 まずは、原作を読み終え、9日(火)に、「日比谷シャンテ」で映画を観て来ました。
 上映2時間前に、チケットを買い、余談になりますが、日比谷シャンテ3階にある、きわめて特色ある良質な書店「HMV&BOOKS 日比谷コテージ」で、本を見て、終映後に行く食事場所の見当をつけて(結局、地階の「五穀」で、金目鯛の煮付けを食べることに決めました)いたら時間がすぐ潰れました。

 さて、この映画は、ネットの『口コミ』でも、ほとんど、結末は、書かれていません。そうでしょうね、この手の映画では、考えもしない結末ですからね。
 で、私も、結末を書いて仕舞うのは失礼だと思って、書くのは止めにします。(ただし、最後の★の後に「追記」しておきますので、どうしても知りたい方は、どうぞ。

 で、まず書物・・、

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笠原英彦 『皇室がなくなる日』~皇位継承の歴史と現代天皇継承の問題点を整理した、センシティブな課題への労作です。明確な「答え」には窮している感じの叙述ですが。

 余談ですが、かかりつけ医に血液検査、血圧測定をしてもらいました。全く、問題なし、でした。別段、運動もしていないのですが、ストレスを溜めないのが良いのかも。

 さて、江戸の世に、新井白石が、3宮家(伏見宮、桂宮、有栖川宮)では皇統の存続に不安があると、閑院宮家を新設したことがありました。
 その不安が、70年後に的中し、1779(安永8)年に、118代 後桃園天皇が早世し、閑院宮家の祐宮(さちのみや)が、天皇の養子(猶子)となって、即位し(光格天皇)事なきを得たことがありました。

 今日の本は、いささか衝撃的な書名です。

笠原英彦 『皇室がなくなる日』(新潮選書)

です。

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(なお、先ほどの、宮家の話ですが、明治、大正の頃には、出家が禁じられたこともあって、還俗した者が宮宅を創設することが多く、14家に増え、財政を圧迫しました。その後、終戦後には、GHQの命もあり、3宮家を残して、11宮家51方が皇籍離脱しました。今日の話に、若干関係してきます。)

 歴史の本を読んでいても、例えば、大化の改新、乙巳の変などとあっても、そこで生じた結果だけを知って、そこでの当事者たちの「血のつながり」は、あまり記憶していません。
 いわんや、天皇空位が10年あったとか、称制(天皇空位時の執政代行)が行われたとか、終身性から譲位制に移ったとか、世代内承継から直系承継になったとか、天皇の多くが側室などの非嫡出子であったとか、あまり細かいことは、覚えていません。
 せいぜい、藤原氏が天皇の外戚になって権力を振るったこと(例えば、不比等の娘二人は天皇に嫁ぐ)や道鏡の暗躍が強く印象に残っているくらいでした。

 今日のこの書物は、むしろ、そこに、皇位継承関係に焦点をあてた内容です。
 前半は、皇位継承のさまざまな例と問題が如実に現れている7世紀を梗概し、中盤は、現在の皇室典範との関係で、その淵源となっている明治期皇室を述べ、終盤は、現代の皇位継承問題を扱っています。

 特に、悠仁(ひさひと)親王まで40年間男子が誕生せず、男女比率も1:7で、戦後、華族制度も無くなり、勿論、側室制度や庶子(正室ではない女性から生まれた子ども)は認めない世の中で、今後の天皇継承者を考えるのは、超難問と言えそうです。
 本書の著者も、やや考えあぐねている感じがしないではありません。

 著者は、「悠仁(ひさひと)親王までは、皇位継承順位を変えずに「男系男子」を優先し、セーフティネットとして(一代限りの)女性宮家を創設する。」
という結論ですが、それにしても、次に男子誕生を期待される、悠仁親王の結婚相手探しにも、深甚な心配をします。

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奥山景布子 『葵の残葉』 ~幕末・明治の動乱に翻弄された、高須徳川四兄弟の約20年を、時代の描写も丁寧に物語られます。

 余談ですが、1873年のウイーン万国博覧会(印象派の〈立ち上げ〉は、1874年です)、それは、クリムトの分離派創設にも影響を及ぼしましたが、その博覧会に、名古屋城の〈金鯱〉(きんしゃち。きんこ)が出展されました。
 それは、今日、お話しする、小説の主人公、尾張徳川家の慶勝が政府に献上したものです(273頁)。慶勝は、金鯱が見世物になるのを後悔していましたが。
 さて、その本は、

奥山景布子 『葵の残葉』(文藝春秋)

です。

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 第30回新田次郎文学賞を受賞しています。
 著者の、奥山景布子(おくやま・きょうこ・1966-)作品は、すでに、
「時平の桜、菅公の梅」、「キサキの大仏」、「びいどろの火」、「太閤の能楽師」、「音わざ吹き寄せ」など読んでいます。

 この小説は、幕末から明治の動乱期を生きた、家康の九男・義直【よしなお】以来の、尾張徳川家61万石に、徳川末葉の分家・高須松平家(現在の岐阜県海津市)3万石から養子に入り、14代当主となった、高須義建の二男、
尾張・慶勝 (1824-83)【写真右】、
(なお、尾張徳川家は、まず慶勝(当時の名は、慶恕【よしつぐ】)が継ぎ(1849)、井伊大老と対立し、「不時登城」で謹慎処分(謹慎を解かれたのが、1860年) となったので(1858)、茂栄(当時の名は、茂徳【もちなが】)が継ぎ、その後、茂栄が一橋家当主となったので、慶勝の子・義宣が茂栄の養子となって尾張を継ぎました(1863)。まだ、年少なので、父・慶勝が再び実権を握り、16代義宣が18歳で夭折後、再び当主(17代)となりました(1875)。)

と、兄弟の
義建六男の、会津に養子に入った容保(かたもり)【写真左二番目】。京都守護職です。
義建八男の、桑名に養子に入った定敬(さだもり)【写真左】京都所司代です。
義建五男の、高須家当主、尾張徳川を経て一橋家当主となった茂栄(もちはる)【写真右二番目】。旧名・茂徳、玄同、

の約20年の生涯を描いています。【写真は、徳川美術館HPから引用。銀座の二見朝隈写真館で、1878年9月3日に撮影されたもの。】

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 因みに、高須家を継いだのは、
義建十男の、義勇です。
 まず、義建死後、茂栄が継ぎ、茂栄が一橋家当主になったので、茂栄の子・義端が継いだのですが、夭折した結果です。

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今村夏子 『父と私の桜尾通り商店街』 ~ざらついた現代にピタリの作風。心の奥底の重いこだわりや呻吟を汲み出すような物語です。ややグレーの美しい活字の頁に反して、内容は、気色(きしょく)悪い !? ところもあります。

 余談ですが、『本の旅人』(角川書店。月100円)の「休刊」通知が来ました。休刊、と言っても、事実上は廃刊のようです。
同書は、新潮社の『波』と共に、毎月、上質な内容でしたのに、残念です。

 巻頭に、編集長の「休刊によせて」という一文がありますが、感傷的な大学時代の思い出よりも、マスコミ人として、紙媒体の同書が「休刊」に至った理由、経営状況など数字をあげて問題提起してほしかった。
 また、連載中の幾つかは、創刊する、電子媒体の『カドブンノベル』に引き継ぐようですが、それがどういうものか、全く情報も無いのは、いささか不手際ではありませんか。

 さて、今日の本は、6つの小品からなる短編集 (2019年2月刊行)です。
 表題から、てっきり、微笑ましい短編集だと思いましたが、意外に、重い作品集でした。
 いわば・・勝手に期待しただけですが・・寿司を食べに行ったら、ラーメンが出て来た感じでもあります。

今村夏子 『父と私の桜尾通り商店街』(角川書店)

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 著者(1980-)のインタビュー(2019年2月28日)をネットで読むと、太宰賞(2010)受賞後、芥川賞の候補(「あひる」)にもなったベテランながら、・・謙遜かもしれませんが・・「もう書くことがないと完全に諦めていた」が、文学ムック編集長に、「自分の楽しみのためだけに書いてください。」、と言われたことで気持ちが動いて書いた作品ばかりとのことです。
(因みに、太宰治賞(2010・デビュー作「あたらしい娘」)の翌年には、三島由紀夫賞(2011「こちらあみ子」)。それから、確かに、随分立って、2017年に野間文学新人賞・芥川賞候補(「星の子」)を受賞と、ブランクがあります。最新作は、「むらさきのスカートの女」(朝日新聞出版))

 いわば、書くことが無くなって、呻吟して書くと、人の奥底の苦しみを汲み出してしまうものなのでしょうか。
 あるいは、「楽しみ」に書いたとなれば、もともとの作風、傾向、本質がこの本のようなものなのでしょうか。
 ネットで確かめると、この作風が受けているようです。これらを知って読まないと、ちょっと「失敗」(!?)します。

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 本書の短編6つ目、最後の、表題の短編『父と私の桜尾通り商店街』は、惨めに過ごした商店街のパン屋を閉じる段になって、事もあろうに、新しいパン屋を始めようと〈偵察〉に来た女性と邂逅したことによって、それまでのくびきや父の桎梏からテイクオフした女性を描きます。
 ちょっと、常識からは考えられない行動がありますが、呻吟した心の奥底のこだわりをはき出したような、重いけれども、清々しい物語です。

 冒頭の短編、「白いセーター」は、「伸樹さん」から、前年のクリスマスにプレゼントされた白いセーターですが、お好み焼き屋に、着ていくのは、匂いがつくし、ソースで汚すかもしれないと躊躇っていたもの。

 楽しい夜になるはずだった、クリスマスイブに、同棲している「伸樹さん」と夜に、お好み焼きを食べに行く約束をした。ところが、その午前中に、急に、その伸樹さんの姉の子どもの子守を頼まれ、そこで起きた、ささいな出来事。

 好きな人と一緒になれば、おのずとその家族との付き合いが付いてくるし、人生、こんな些細な苦さは何度もある。そんな心の奥底の重苦しさを、ちょっとした出来事で、繊細に描いています。その後、二人の関係は、文章から判然としません。

 以上の2作以外は、好き嫌いが分かれるでしょう。

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ギヨーム・ド・ベルティエ・ド・ソヴィニー『フランス史』 ~大部なので、読み方を工夫しました。一人の著者による、公平で、平易な通史で、面白さに、どんどん前に引きずられて、あっという間に六百頁以上を読了しました。これを機会に、新聞の『書評』欄に一言苦言を。

 余談になりますが、ちょうど絵画の印象派登場の頃の、日本も知っておこうと、明治神宮外苑にある「聖徳記念絵画館」に行ってきました。
 例の如く、妻と、新橋・第一ホテルでランチ・ブッフェを食べた後、地下鉄銀座線で〈青山一丁目〉に出て、10分余歩いて、若い頃から見てはいるけれど、まだ入ったことが無い「絵画館」(重要文化財・1926年竣工)【写真は最後】で、たっぷり2時間弱、明治天皇のストーリーを80枚ほどの大きな絵画でたどりました。参考になりました。

 さて、今日ご紹介する本書を読んでいて、例えば、国立西洋美術館の庭にあるロダンの彫刻《カレーの市民》(1888年作・この〈カレー包囲戦〉は、1346年英国エドワード三世・仏フィリップ六世の治世にフランスのカレーで起こりました。)や、シェイクスピアの史劇《ヘンリー5世》(1599年)、ジャンヌ・ダルク(1431年に火刑)、さらには、今、上演中のミュージカル「ピピン」という題名からフランスにいたピピン二世(741まで在位)や三世(ー771)アキテーヌ王・ピピン(-830)を思い浮かべたり、納得したのは、再三でした。
 その本は・・、

ギヨーム・ド・ベルティエ・ド・ソヴィニー『フランス史』(講談社選書メチエ)

です。本年4月の新刊です。

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 本のぶ厚さ(668頁)! に一瞬たじろぎ、後述しますが、読んで行く章の順序を、ちょっと、自分のニーズに合わせて少し工夫しました。
 しかし、面白さに、すぐ夢中になり、厚さなど気にならなくなりました。

 ところで、本書の監訳者・鹿島茂の「あとがき」(638頁)にありますが、「一人の著者が、それも真っ当な歴史家による1冊読み切りのフランス通史」は、「日本には・・学界の、マルクス史観や実証主義史観の影響もあって・・、本書以外無い」そうです。
 さらに言えば・・驚きですが・・フランスにも本書が出版される以前は無かったとか。

 特に、実証主義になってからは、学者の専門が細かく細分されて、専門外の部分は素人並の知識しか無い、というのは、なるほど、と頷かされます。

 本書は、朝日新聞の書評に取り上げられていましたが、このような肝心な情報は書かれていません。
 その書評では、「人物のエピソードが面白く書かれている」云々、とありました。
 実は、私は、それにひかれて買ったのですが、人物のエピソードが面白いと言うのは兎も角、もう、内容全体が実に要領よくまとまっていて、大部ながら、一気に読んでしまう面白さでした。
 書評は、こういうところにきちんと触れるべきでしょう。

 ついでながら、近時の新聞書評は、評者に興味のあるペダンチックな書物が取り上げられることが多く、内容も難しすぎるかと思えば、これ、ちゃんと最後まで読んだの ? と思う内容もあります(ついでながら、書評頁が、4頁から3頁になったのも不満です。)。

 ところで、先の書評で、「人物のエピソードが面白く書かれている」例として、ドゴールが引退後、「回想録の執筆に専念している」など挙げていましたが、書かれているのも、唯、それだけです。あとは、何も書かれていません。一体、どこが「面白く書かれている」のでしょうか(580頁)。

 閑話休題。しかし、本書は、実に面白かった。しかも、フランス史を通じて、結局、ヨーロッパ史全体のアウトラインも理解できます。お薦めです。

 読み終えて、少し極論になりますが・・思ったのは、

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重木昭信 『音楽劇の歴史 オペラ・オペレッタ・ミュージカル』 ~音楽劇の歴史を、受容する観客側からの変遷で書いた意欲作です。特に、アメリカの音楽劇(ミュージカル)史が俄然詳しく、面白い。

 今日のお話に関係しますが、今年の「トニー賞」ミュージカル部門は、「ヘイディズタウン」が8部門で受賞しました。この作品は、オペラ「オルフェウスとエウリディーチェ」を現代風にした作品だそうです。
 オペラ「オルフェウスとエウリディーチェ」は、オペレッタ「地獄のオルフェウス(天国と地獄)」の基にもなっています。

 さて、知っているつもりでも、まして、そうでないところは、読み出したら、面白くて止められない本が今日ご紹介する本です。

重木昭信 『音楽劇の歴史 オペラ・オペレッタ・ミュージカル』(平凡社)

を読了しました。本年3月刊行です。
 オペラ、オペレッタ、ミュージカルの、「音楽劇」の歴史が書かれています。

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 私は、オペラ、オペレッタ、能・狂言、歌舞伎、文楽・・と一通り観劇歴がありますが、ミュージカルは、舞台では、このブログにありますが、2010年6月に帝劇で、作曲・レナード・バーンスタイン、台本・ジョン・ケアードの「キャンディード」(初演は、1956年)を観た以外、多分観ていません。

 映画では、幼時に、「オズの魔法使い」(製作は1939年。なお、私は、1947年生まれです)を観て後、「ウエストサイドストリー」や「サウンドオブミュージック」、「メリーポピンズ」を20代前後に観た程度でしょう。

 この本は、ミュージカルに詳しい著者ならではで、ミュージカルというもの、を良く理解できます。

 考えてみますと、オペラも現代のミュージカルも、ある意味、共通する歴史があります。
 アメリカは、貴族・王族がいませんが、ヨーロッパの革命に近い、南北戦争(1861-65)、不況(1873-96)・大恐慌(1929)、世界大戦(1914-18)、禁酒法(1920-33)などが、微妙に音楽の傾向を変えています。

 音楽的には、何れも、台本が〈薄い〉ので、演出家の解釈・出番が大きくなっていることや舞台装置を競うことなど同じ傾向です。
 一方、オペラとミュージカルの大きな違いは、ミュージカルは、《踊り》が、《歌(音楽)》・《台詞》と全幕で融合しているところでしょうか。あと、ミュージカルは、マイクを遣い、オペラは、声楽家が声を競うこと。
 その他の、変遷は、似たようなものと感じます。

 著者は、音楽専門家では無く、実業家ですから、まさに、趣味が高じたところでしょう。
それが、この本を、理解しやすく、ツボにはまって、読んでいて面白い仕上がりになっているのでしょう。
 前半、100頁ほどは、要領よく(本当に、的を得たまとめ方です)、ヨーロッパのオペラ、オペレッタなどの歴史が語られます。

 後半が本書の特長です。アメリカの音楽劇の歴史、ミュージカル誕生から現在までの歴史が、俄然、面白い。

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オペラ『ヘンゼルとグレーテル』(3幕)~最高 ! 素晴らしい演出。ダンスが融合して、もう、ミュージカルを超えた舞台です。

 昨夜、遅くまでソヴィニーの「フランス史」を読んでいて、起きたら8時過ぎ。雨があがって暑い陽ざしでした。
 6月16日(日)13時30分から、《日生劇場》の、
ヤーコブ(1785-1863)とヴィルヘルム(1786-1859)のグリム兄弟原作
アーデルハイト・ヴィッテ台本
エンゲルベルト・フンパーディンク作曲の

オペラ『ヘンゼルとグレーテル』(3幕)

を楽しみました。

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 席は、例によって、S席・中央最前列です。ただ、指揮者の真後ろから少し外しています。
 日曜日のマチネーとあって、若い人が多い。女性は、皆さんお洒落をしています。
 演目のこともあって、随分、子どもも来ています。綺麗なドレス姿の女の子もいます。ドイツでは、この演目は、クリスマスに家族で観劇するそう。
 開幕前には、大勢の子ども達がオーケストラ・ピットをのぞきに来ていました。

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 今日の舞台は、最高でした

 まずは、演奏が、縦の和音と横のメロディーのバランスが素晴らしく、良く聞こえ、多い楽器の種類で、色彩豊かな楽器奏法をし、打楽器も多く、また、バス・クラリネットも使って、「人間の奥底の声」を出しているなど、素晴らしい演奏です。こういう演奏は、まさに、クラシック演奏ならではで、ミュージカルを超えるところです。

 そして、振付け。ダンサーだけで無く、声楽陣も含めて、全シーン踊っています
 すでに、序曲からダンスを見せます。ダンスが見事に融合して、これは、ミュージカルです。楽しい民族風オペラをはるかに超えています。

 舞台セットも美しく、展開が早い。声楽陣は、客席も走ります。

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 今日、子どもが随分いましたが、この舞台を観たら、きっと、舞台がやみつきになるでしょう。
指揮・角田鋼亮(こうすけ)
新日本フィルハーモニー交響楽団
合唱:C・ヴィレッジシンガーズ、パピーコーラスクラブ、松戸児童合唱団、初音の杜ジュニアコーラス、
ダンサー:久保田舞ほか13名

演出、振付・広崎うらん
 素晴らしい演出と振付けです。

舞台監督・幸泉浩司、音響・佐藤日出夫
美術・二村周作、照明・中川隆一、衣装・十川ヒロコ、ヘアメイク・田中エミ

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映画『クリムト エゴン・シーレとウイーン黄金時代』 ~フロイトや精神神経学者・エリック・カンデル博士の分析などを基に、世紀末のヴィーン全体像の中で解いていくクリムトとシーレ像です。

 暑いのか、寒いのか、服装に悩みながら、11日(火)朝、家を出て、現役時代からずっと贔屓にしている、大手町の床屋で、予約した10時半から11時50分まで、散髪。
 終えて、ちょうどビジネスパーソンが大挙してくる数分前に、近くのレストランに入って昼食を摂った後、銀座に出て、山の楽器裏の「シネスイッチ銀座」で、

映画『クリムト エゴン・シーレとウイーン黄金時代』

の14時半の回を観ました。

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 定員270名ほどのミニ・シネマです。
 驚くほど、人が入っていました。やはり、年配客(人のことは言えませんが)が多く、なんだか、老人ホームの映画会みたい。

 余談ですが、この映画館、随分、良作を公開します。予告編が上映された、次の、
「存在のない子どもたち」(レバノン、仏合作)や「北の果ての小さな村で」(仏)
は、是非観たいと思いました。

 さて、今回の映画は、先日、東京都美術館でも観た
グスタフ・クリムト(1862-1918)
と、その〈弟子〉、
エゴン・シーレ(1890-1918)
のドキュメンタリー映画です。

 ドキュメンタリー、と言っても、画家自身や作品を「解説」していくのではなくて、映画自体が、ひとつの「作品」と言えます。
 したがって、「ベートーベン・フリーズ」を詳しく知ろうと思っていると、残念ながら肩すかしを食ってしまいます。
 監督は、ミッシェル・マリー。

 世紀末、と言っても二人が活躍したのは、20世紀なんですが、その「時代」の風景を入念に描いています。精神科医・ジークムント・フロイト(1856-1939)が再三登場し、マーラー、ベートーベン、シェーンベルクも登場し、その意味では、フォーカスを相当広げています。
 特に、2000年のノーベル生物学賞・医学賞受賞者・エリック・R・カンテル(1929-)が再三「分析」を進めていき、この作品に大きな影響を与えているのも特長です。
 氏は、脳科学と芸術を結びつけた「芸術・無意識・脳 精神の深遠へ:世紀末ウイーンから現代まで」(九夏社・6,400円)の著作があります。

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 絵画そのものは、主に、クリムトの専門家・アルフレート・ヴァイデンガーやシーレの専門家・ジェーン・カリアなどが「解説」を進めます。

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柳亮 『近代絵画史』(美術出版社)を読み、重木昭信 『音楽劇の歴史』を読んで、さらに、ドナルド・キーン 『オペラへようこそ!』を読むと、「時代」の臨場感を感じて、絵画・音楽一体となって、すこぶる理解が進みます。

 はじめに、余談になりますが、6月から、「二期会オペラ愛好会」に再入会しました。約1年ぶりでしょうか。
2020-2021シーズンの出し物が、「ルル」、「フィデリオ」、「タンホイザー」、「ファルスタッフ」・・など、充実しているから、良い席をとるためです。

 きょうの、本題です。
 最初、漫然と読んでいた3冊の本でしたが、読み進めるうち、一本の流れとなって、面白さと、知識が何倍にもなった感じを経験しました。

 まずは、1冊目・・、

柳亮 『近代絵画史』(美術出版社)

 古書店で、300円で買いました(元値は、3,200円)。棚にあるのが、すぐ、目に入ったのです。
 美術批評家・柳亮(1903-1978。本名・伊藤義治)の、1974年(昭和49年)に出版された第5刷目の書籍です。

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 近代絵画史、とありますが、ほとんど印象派を中心にした記述で、その前後。
レアリズム印象派風景画新印象派キュービズム
と、印象派が、なぜ、どのように誕生し、さらには、その先どのようになって行ったが、分かりやすく書いてあります。

 印象派、といっても、内実は様々ですから、それと、その行く先をきちんと説明されているほうが興味を持てるわけです。
 その中で、〈風景画〉というものも、その意味の重要性が理解出来ると、絵を見ていても理解が違ってきます。
 それに、本書では、特に、日本の浮世絵の影響について、再三ふれられているのに気づきます。その影響の大きさを再認識させられました。

 平行して、2冊目・・、

重木昭信 『音楽劇の歴史 オペラ・オペレッタ・ミュージカル』(平凡社)

 上記の印象派の時代、音楽では、ワルツからオペレッタの時代になって来ました。
時代が、新興ブルジュアや一般市民層の比重が高くなったからです。
 この本は、音楽劇の歴史を、消費者、つまり観客層の変遷の視点から書いています。
 音楽と絵画の流行を、時代のスケール(物差し)に並べて比較して見ると、すこぶる面白い。
 本書は、アメリカのミュージカルについての記述など、最高に面白かったので、次回以降、詳細にご紹介したいと思っています。

 さらに、3冊目・・、上記2冊の知識を下敷きに・・、

ドナルド・キーン 『オペラへようこそ!』(文芸春秋)

を読むと、著者が書いている作品が、生き生きと、理解出来ます。

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 ところで、実は、古書店で、柳さんの本のほかに、一緒に買った本があります。
『マネ』(府中市美術館)
『印象派と20世紀の美術 フィラデルフィア美術館展』(東京都美術館)
『ポスト印象派』(同朋舎出版)
『絵画の知識百科』(主婦と生活社)
です。

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プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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